24話・過去の遺産 最悪の未来 2
私をトゥーリオの皇族だと断言するリカルド様は、顔色を失くした私を眇めた目でじっと見つめていた。
なぜ、そんなことを教えるんだろう。
確かに自分がどこの民族に属しているのか、知りたいと思っていた。
この容姿は、良い意味でも悪い意味でも目立つ。美しさとは対極にある、何もかも地味だという目立ち方だ。それに、珍しい容姿だと。
だから、自分が突然変異で生まれた人間なのではなく、きちんとした血の流れを汲む少数民族に属するのだと、確かな証拠が欲しかっただけ。
なのに、なぜ皇族なんていう未知の者たちと繋げようとするのか。
それに、『翠の魔女』の歴史だ。
「それは……本当なのですか?」
「ああ。この事実は、代々のカルミア国王と一部の異名持ちしか知らん。後は、トゥーリオの民のみだ。それゆえ『翠の魔女』は希少……いや、そなた以外にこの世にはおらん。表向きには希少と伝えておるが、それはトゥーリオの民を、ひいては『翠の魔女』を護るため」
怖い。
なんだろう? とても怖い。
「も……もしかして、私の知っているトゥーリオ皇国滅亡の話も、実は全く違うのでしょうか?」
「まったくの嘘だ。いっそでっち上げと言ってもよいな」
トゥーリオ皇国滅亡の話は、他の国同様に歴史を記した書物に載っている。戦乱の時代、大国カルミアに飲み込まれた国々のひとつとして。
今はこのカルミア王国の、天然の国境砦となっている険しい山脈の中腹に、トゥーリオ皇国はあったらしい。
単一民族だけの小さな皇国は鎖国に近い施政を敷き、独特の習慣や決まりごとの中で皇国の歴史を紡いでいた。
しかし、戦乱の時代に突入し、周辺の国々を占領し国土を拡げ続けていたカルミア王国は、西に長々と伸びる山脈を国境壁にと決めて、一掃するかのようにその間にある国々を攻めたという。
でも、リカルド様は違うと?
「でっち上げて……」
「カルミアが攻め込む前に、すでにトゥーリオは滅んでおった。それも、自らの手で国を滅した」
「え!?」
乾いた喉から枯れた声が漏れ、震える手で、それでも口元を覆った。
「ただ、そうしなければならん事情があった。あの小箱を狙い、どこかの国が少人数の手練れを送りこんだらしい。だが、小箱を奪われた直後に、皇王自ら国中に火を放つよう命令を下し、皇族には自死を民には退去を命じた」
「小箱が盗まれたくらいで……国を?」
可笑しな話。
他国の軍勢に攻め込まれたなら、わからないでもない。民の血を無益に流すことはないと国から逃がし、皇族は皇王と共に城に籠城し、蹂躙される前に自害する。
そんなことは、歴史の中に数々あっただろう。
でも、他国に攻め込まれたのではなく、小箱が盗まれただけで?
なぜ?
それほどの物だってこと? あの小箱は。
「なぜかは、わからんのだ」
それにしても、どうしてリカルド様はこんなに詳しいんだろう?
攻める前に滅んだ国の事情を。
「リカルド様、なぜそこまでお詳しいのですか? カルミアが軍を差し向ける前に、すでに皇族は死に絶えていたのでしょう?」
「当時の王は、密偵を送りこんでいた。一風変わった民族国家だということから、どう攻めれば無血入城を狙えるかとな。が、その前に事は起こり、密偵の報告のみが残った」
「逃げ出した人たちは……何も知らされず?」
「皇王から、大国が攻めてくるから逃げろと告げられたそうだ」
リカルド様の低い声が、お伽噺を語るように流れてゆく。
昔々の私の知らない時代の、どこか遠い国の話。
なのに私の胸は痛みを感じ、手足の先は震えながら冷たくなってゆく。
ごくりと息を呑み、リカルド様から視線を逸らせた。
「で、私に何をご依頼に?」
もういい。私の祖がなんであったのか、十分わかった。
もうなくなった国のことだ。たとえ私に皇族の血が流れていたとしても、それがなんだというの。
後は、予定通りに国王の依頼を果たすだけ。
「あの小箱を……トゥーリオの地に返して来て欲しい」
反射的に伏せていた顔を上げ、あまりな依頼内容に、私はリカルド様の顔を睨んだ。
物を運ぶ、だけ?
異名も治療薬師も関係なく、ただトゥーリオの血を引いている女だから?
私の眼に映った浅黒い強面には、憂いの気配が浮かんでいた。あれほど強く明るく輝いていた双眼は伏せられ、年相応に皺が刻まれた目元に濃い影が落ちている。
「そなたが言う禁忌の小箱を持ち帰った息子が、毎夜悪夢にうなされ続けておる。あの小箱を返せと、何者かが血反吐を吐きながら訴えてくるという。もう……一月近い」
「呪い……なのでは?」
「我が国におる『光の魔法士』に視てもらったが、なんの呪いもかかっておらんそうだ。どうにか精神安定の術で眠らせておるが、やはり夢からは逃げられんらしい」
「でも、箱を届けるだけなら、私でなくても――」
怖くて仕方ない。
なぜ怖いのかもわからないのに、私の防衛本能が逃げろと囁く。
「無理なのだ。どんな術式が働いているのか調べようもないのだがな、旧トゥーリオの地に足を踏み入れようとすると、誰もみな弾かれるのだよ」
私の逃げ道に、今まで黙していたシェルク様が口を開いた。
リカルド様同様に力なく、憂思に満ちていた。
「なればトゥーリオの民にと頼んでみたが、それも無駄であった」
そして、最後の拠り所は、私だけになったってことか。
私は詰めていた息を、威勢よく吐き出した。
国王の御前だ『星の魔法士』の前だなんて頭から追い出し、目を閉じて大きく息を吐いた。
それでも、怖い。昨日も働いてくれた回避スキルがまた働いている。
けどね、人の命がかかっているんだ。
私しかいないってことは、私が逃げたら王子様はずっと苦しむことになる。もしかしたら、衰弱死だってありうる。
それに、禁忌の小箱は――。
束の間、私たちは沈黙の中にいた。
と、いきなり扉が乱暴にノックされた。
「陛下! お約束のお時間が過ぎたと、アーデルベルトの『光の魔女』が!」
何度も扉を叩きながら、侍従が悲鳴に近い声を上げた。
沈みに沈んでいた部屋の中の空気は、その声に吹き飛ばされてしまったのだった。
あの糞女ぁ!!




