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歪な罅 1

ナンバリング無しは、別視点になります。


ギルバートSIDEです。

◇◆◇ 


 特務部・特殊第四部隊長ギルバート・カークベル少尉は、リンカ・レンショウを中央政府庁舎前まで届けると、何事もなく中央指令本部基地に帰還した。

 正体不明な敵の襲撃を警戒しつつの行程だったが、見慣れた光景と土埃の舞い立つ匂いに張りつめていた緊張を解いた。

 しかし、ほっとしたのも束の間、彼を待っていたのは部下の死という腹の底が冷える報告だった。

 いや、この場合は報告ではない。軍用マギ・カーを整備課に返却した際に、懇意にしている整備士から耳打ちされた情報の一つだ。

 死んだ部下の名は、ロベルト・アーベルング。営倉独房内での不審死という話だ。

 瞬時に脳裏を、あの得体の知れない連中の記憶が巡った。奴らなら……と思うと、不審死も納得できる不気味さだった。

 懲罰の理由は、リンカが関係した傷害事件だろうと予想はつくが、当事者のロベルトが死んだ今でさえ、ギルバートはリンカから聞き出した概要しか知らないのだ。病み上がりだったとはいえ、己のあまりの迂闊さに吐き気がした。

 仲間は不可抗力だと慰めてくれるだろう。しかし、部隊長という責務につく者として、ギルバートは己を簡単に許すことはできなかった。


 直属の上官である司令長官アルフォンソ・ドーバンの許に急ぎ任務遂行の報告をしたギルバートは、休めの姿勢で長官と向かいあった。

 醜悪なほどにでっぷりと肥えた上官からわずかに視線をずらし、すでに情報を得ている二つの案件について説明を待つ。

 しかし、一言も触れられることなく退室を命じられ、ギルバートは奥歯を噛みしめながらも表情を隠して、最敬礼すると執務室を後にした。

 今回の傷害事件に関して軍の立場から見た場合、些末な問題でしかない。いくら被害者が異名持ちであっても、軍組織自体が関わって起こした事件ではなく、ロベルト・アーベルング個人が引き起こした不祥事でしかないからだ。

 しかし、ギルバートにとっては彼の部下が起こした問題だ。今後の任務に関わるとなれば、上官だからといって勝手に報告不要と結論付けられたのは業腹だ。それに加え、その部下が営倉内で不審死を遂げたことすら伝えられないとなると、それはもみ消し工作としか言いようがない。

 誰が、なんのために?

 何かがおかしい。

 胸の内に不審と疑惑だけが着々と積み重なってゆくが、ギルバートはそれを軽々しく口にはしはしなかった。

 表立って告げないということは、そこに意味(うら)が隠されている。

 ならば、せいぜい阿呆の振りを続けて油断を誘うだけだ。今はまだ、()()も繋がりは見えないが。

 ギルバートは、胸中で燃え盛る怒りの炎を敵に感ずかれないようにと、いつもの自分を装った。



「ゼフ、いるか?」


 昼過ぎの官舎は人気がなく、ギルバートは自室に向かわずにひとりの部下の部屋を訪れた。

 相手が自室待機の予定なのは、立場上知らされている。

 ギルバートが退院する直前に、リンカ捜索のために任務を与えられた部隊員の一人であり、そして、傷害事件の場にも立ち合っていた一人だ。

 まだ他に同様の部隊員はいるが、今のギルバートが手放しで信頼できる相手は、彼しか思いつかなかった。

 

「ゼファード・ローデン! 入るぞ!」


 一度目に返答がなかったことで、二度目の声かけと同時にギルバートはドアを押し開いた。

 就寝以外の在室中は、軍法で施錠が禁止されている。理由は多々あるが、いちばん現実的なのは『悪さをさせないため』だ。

 勢いよくドアを開け放つと、ギルバートは遠慮なしに室内に踏み込んだ。

 居眠りでもしているのかと思えば、特殊第四部隊副長はベッドに横たわったまま、にやりと人の悪い笑みを浮かべてギルバートを迎えた。


「いるなら応答くらいしろ」

「……入院前のあんたは、おかしかったからな。ちゃんと脳みそが洗濯されてるかどうか、それを確かめなけりゃ応える気にならん」


 嫌味を多分に含んだ物言いは、ゼフことゼファード・ローデン特有の個性だ。

 赤銅色の癖毛を掻き上げ、横たわっていた狭いベッドから起き上がると、今度は部屋の隅に置かれた寝椅子(カウチ)に寝転がった。

 ギルバートは呆れ混じりに溜息を漏らし、向かいに置かれた木製の丸椅子に腰かける。

 いつものことだと諦め、いつものように小ぶりなティーテーブルに置かれた置時計を軽く叩いた。

 ふっと肌を撫でるような違和感が通りすぎ、防諜結界が張られたことを確かめて口を開いた。


「俺が寝こけていた間に起ったことを、教えてくれ」

「あんたの胸の傷の放置は、実は仕組まれてのこと……とかか?」


 常に薄笑いの仮面をつけて嫌味を吐き散らす相棒は、真剣な話になると目だけは笑わない。ゼフを知らない者は、貼り付いた笑みと悪口に惑わされて終わる。


「それが真実なら、ロベルトが『翠の魔女』を頼った理由がわからん。ヤツは俺を毛嫌いしていたからな……」

「だが、即座に呪魔創傷を突き止めた『翠の魔女』様を、まるで口封じするみてぇにいきなり殴りつけたぜ? それも……クッ」


 ゼフは、自分が言いかけた言葉に中てられでもしたかのように、腹を押さえて大笑いを始めた。

 その呑気さに、長い付き合いで慣れているはずのギルバートは苛立ちを見せ、それがまたゼフの笑いを誘った。


「いったい、なんなんだ!」

「はぁーっ、笑える。ヤツはな、あの異名持ちの娘を殴る直前に、隊長様を崇高な戦士みてぇに言いやがったんだよ。『隊長が呪われるはずない。偽の魔女め!』ってな。()()()が多方面から恨まれているってのは、区外のガキですら知ってるってのに、な?」


 ゼフの話を聞いて、ギルバートの腹の中のどろりとした黒い何かが蠢いた。

 ロベルトが第四に異動してきたのは、一昨年の終り頃だった。

 同時に、殉職した隊長の代わりに副長だったギルバートが隊長に就任し、新たな第四として始動した。

 しかし、ロベルトは何が気に喰わないのか誰彼なく反発を示し、事にギルバートに対してはあからさまに敵意をむき出しにしていたほどだ。

 そんなロベルトが、加害者になることも厭わずギルバートを称えるような――否、とギルバートは頭を振った。


「きっと異名持ちの彼女は、俺たちのことを隊長を崇めるヘンタイ揃いの部隊だと誤解してるぜ? グハッ」


 ギルバートは、身悶えしながら笑い狂う相棒を冷めた眼差しでひと睨みし、勝手に保管庫から秘蔵の酒瓶を掴み出すと、グラスを使わずに直に呷った。

 

「おい! それ!」


 久しぶりに見た薄笑いの仮面の下の素顔に、今度はギルバートが笑う番だった。


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