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13話・彼方からの招請 1

二話分同時更新。

まずは一話目。

「『翠の魔女』殿は、私をご存知か?」


 『星の魔法士』ことシェルク・フォーン様の美声は、どこか老成した感があった。姿形はギルバートと同じ年代の青年に見えるけれど、人間離れした美しさと相まって、童話に出てくる神の遣いのような年齢不詳な風情が漂っている。

 その美声も、女性の胸の内を騒がすような艶めいた男声じゃなく、心を陶然とさせる夢幻(むげん)の声だ。

 私は、跪きたくなる衝動をなんとか抑え、地味な普段着ドレスの裾を摘まんで軽く淑女礼を取ると、強張る口角を引き上げて笑顔を作った。

 男前を間近で鑑賞するのは心弾むけれど、神々しいほどの美貌はただ恐ろしいだけ。

 それに、この御方は、ギルバートどころかロンド婆ちゃんと同世代だったはず。

 派手美人タイプのロンド婆ちゃんが、忌々しげに『若々しく麗しい』とぼやいていたけれど、不老長寿を指していたなんて思いもよらなかった。

 そもそも、現在おいくつなんだろう……。

 

「……失礼いたしました。私はリンカ・レンショウ。シェルク様のことは養い親の『月の魔女』ロンドから、いろいろな逸話と共にうかがっております」

「畏まることはない。私とロンドは対の異名持ち。兄妹同様の付き合いをしておったゆえ、なればリンカ殿も身内も同然。その妹の死に際に、愛し子を頼むと託されていたのだが……さまざまな辛苦を味わっただろう。すまなかった」


 抑揚の薄い口調だけど、シェルク様の言葉には十分な情と後悔が読みとれた。嬉しいような悲しいような、なんとも複雑な気持ちになる。

 

 ロンド婆ちゃんは生前、シェルク様を【先読みの君】と呼んで、童話を読み聞かせるように彼らの由縁を話してくれた。

 『月の魔女』と『星の魔法士』の二人の異名持ちは、グランディオス大陸の中ほどにある大国で初めての顔合わせをし、長く交友関係を続けてきた。二人が互いを認めあったきっかけは、共に異名持ちの登録をせず、保護条約から距離を置いていたことだ。

 『星の魔法士』は、すでに大国の王家を庇護者としており、『月の魔女』は、出会いの直後から霊峰アリスレードの懐に隠れ住んだ。保護条約など煩わしさしか招かないからと一蹴して、悠々自適に過ごしたようだった。

 私も、今となってはその意見に諸手を上げて賛成する。

 それにしても。


「いいえ。すでに独り立ちした身ですから、お気になさらず。それより、突然のご来訪ですが、私に何かご用でも……?」


 なぜ、今この時に現れたのか。

 『星の魔法士』の先見のスキルで、親友に事後を託された養い子の不幸な行く末でも視たの? 


「おお、そうであった。本日は『翠の魔女』殿を、私の庇護国であるカルミア王国へ招請(しょうせい)したく願いにまいった」

「はぁ!? 招請って……あの、お仕事のご依頼でしょうか?」

「然り。依頼者はカルミア国王リカルド陛下。礼儀など気にせず、軽い気持ちで訪れて欲しいとの仰せでな。快諾してほしいのだが……」


 もう驚き疲れた。でも、びっくりするのは止められない。

 絶句して言葉も出ない私に、手入れの行き届いた白い手が伸ばされる。

 その手のひらに、八つの尖りで描かれた星の刻印が浮かんでいた。

 異名持ちが異名持ちを招聘する時に、契約印の代わりに交わすのが魔力を内包した刻印だ。互いの手のひらを合わせ、刻印を交換する。

 その儀式を、彼は求めてきた。


「でも、今はいろいろと難しい問題を抱えておりまして、すぐにとは……」

「だが、束の間でも難しい事情から離れてみるのも、よいかもしれぬよ? 今は混乱をするばかりだろう」


 ああ、やっぱり視えたんだ。これじゃ、誤魔化すこともできやしない。

 招請の誘いは、今の私にはとても魅力的に聞こえる。最後の手段に取っておいた、この国から逃げ出すための理由としては、これ以上ないくらい都合がいい。

 ごくりと息を呑んで、緊張に震える手を結界の外に差し出した。

 どこもかしこも美しい人の前に、薬作りや家事で荒れた手を晒すのは、かなり恥ずかしい。

 仄かに光る互いの刻印が、お互いの手のひらで交わる。

 私の刻印である三股の葉と六角柱の鉱石が、鮮やかな翠色の印となって佳人の手に浮かんだ。

 そして、私の手にも銀の星が。

 と、その手が私の手をやんわりと握り、もう片方の手で包みこんできた。

 やはり男性の手だ。節の目立つ長い指が、私の小柄な手をあやすようにやんわり叩く。

 その手に全神経を注いでいた私は、いまだ騒がしい森林にシェルク様が顔を向けていることに気づかなかった。

 あからさまに低くめた声音が、囁くようにぼそりと告げる。

 

「それに、アレとは距離を取ったほうが身のためだ。ほんに難しい。リンカ殿の愛でる相手が闘犬ならば放っておけばよいが、アレは……」

「彼は単なる護衛です! 中央が私に送ってきた迎えの人でしかありません!」


 シェルク様にきっぱりと言い切り、『アレ』と比喩されているのがギルバートのことだと即座に気づいた自分に恥じ入った。

 失礼にも程があると自分と相手に憤りつつも、面と向かって訂正できない小心者な私に構わずシェルク様は話し続ける。


「護衛? アレは護る性質(たち)ではなく、獲物を追い立てる猟犬であろう。すこし歪な猟犬だから、狙いを定められぬ内に早々に逃げることだ。さもなくば――」


 唐突に美声が途切れ、私の手を握っていたはずのシェルク様の手と共に姿自体が幻のように消え去った。


「リンカ・レンショウ! あれはなんだ!?」


 土を踏む軍靴と鈍く光る剣先が視界に入り、続いた叫びに我に返った。

 たった今、二つの刻印を見下ろしていた。あたたかで大きな手に包まれ、今も温もりが残っている。


「ギルバートさん……」


 呆気に取られながら顔を上げると、目の前には盛大に殺気を放つ猟犬が立っていた。

 右手に剣を下げ、左手に私が渡したマスクを持って、鋭い視線を周囲に走らせている。

 夢から覚めたような心持ちで、慌ててギルバートの全身を見回した。


「大丈夫か!?」

「それは、私の台詞です!!」

 


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