11話・中央の思惑 魔女の警戒 2
私の返答を聞いて、ギルバートは無言で瞠目した。この一言は、それくらい彼を驚かせたようだ。
今、彼の脳は物凄い勢いで働いてるだろう。私の一言に含まれたさまざまな意味を拾い出し、本音を探し出すために。
訊き返されても、私が素直に答えるわけはないと理解してるだろうし。
「じゃ……、今日の日付が変わるまでに、私が納得できる理由を出してくださいね」
眉間に皺を寄せて黙考に沈むギルバートの前に新しく淹れなおしたお茶を置くと、私は残していた家事の作業に戻った。
晴天が続いて洗濯物がよく乾く。
足がはみ出るベッドを文句ひとつ言わず使う彼に、シーツや毛布くらいは清潔でさっぱりした物を使ってもらいたかった。滅多にない来客だけに、食事の材料も細々としたアメニティも足りないが、できるだけのおもてなしはしたい。
望まないお客とはいえ自ら招いてしまったのだから、無碍にするのは家主のプライドが許さないしね。
霊峰アリスレードの麓の高台にあるこの家の庭からは、緑濃い森林の間から緑光湖がちらりと見える。
虫よけ効果のある薄青に染めたシーツを干して、降ろしかけた視線の先に水面を煌かせる湖が映った。
「あの色は……ギルバートさんの瞳と同じ色ね」
「ニャウ」
ぽつりと零した独り言に、小さな応えが返ってきた。
足元に目をやると、いつの間にかショーティーがちょこんと座り、窮屈な姿勢で背中やお腹の辺りを舐めて毛づくろいしている。
普段は黒猫に見えるが、こうして陽射しに照らされた毛並みを改めて観察すると、黒毛を地色にして薄茶や焦げ茶、黒に濃い灰色と、いろんな色が混じって黒っぽくみえているのがわかる。でも、鼻もヒゲも真っ黒だから、私は黒猫扱いしてる。
「あ、ショーティーお帰り。巡回はもう終わり?」
自ら率先して拾うように導いたくせに、ギルバートを家に入れた途端にしばらく寄り付かなかった。
私が独り立ちする以前から滅多に家に戻らない猫だったから、いつも通りに餌と飲み水だけは欠かさないようにして放っておいた。森林地帯を駆けずり回って巡回し、疲れたらこの防御結界の中の敷地に戻って一休みしている。
見下ろす私に構わず、ショーティーは毛づくろいを終えて小さな身体をぐーっと伸ばし、ころりと横たわった。
その横にしゃがみ込み、キレイに整えられたピカピカ輝く脇腹の毛先に指先を滑らせた。
「何か収穫はあった?……あれ? ここ、どう――」
ショーティーの温かなお腹を撫でると妙な引っかかりを感じ、そこの被毛を丹念に掻き分けてみた。
スパッと切れた血の滲む傷。それも、獣や魔獣の爪痕じゃなく、どうみても刃物傷だ。
ふいにギルバートの胸の傷が、脳裏に蘇った。その瞬間、さっと首筋が総毛立って冷汗が浮かんだ。
「なんで気づかなかったんだろう……」
アレを、私は呪いを付与された魔獣の爪傷だと思い込んでいた。
傷口の形や長さなど、それなりの大きさの魔獣が人を襲った時につけるソレと同様だったから。
しかし、冷静な頭でよく考えてみればすぐに不自然だとわかる問題を、端くれとはいえ治療師でもある私は見逃してしまった。
なんて馬鹿なんだ!
何度も自分を罵倒し、すぐにショーティーを抱き上げて家に駆け込んだ。
いまだソファに座り込んだまま、考えに没頭しているギルバートを呼ぶ。
「ギルバートさん! あなたに呪魔創傷を負わせた相手って何者ですか!?」
私のかけた声が酷く切羽詰まって聞こえたらしく、眉間を寄せた強面を私に向けた。
「何者もなにも、相手は巨大な魔獣だったが?」
「本当に? どんなタイプの? 四つ足肉食系? 二足歩行雑食系?」
「いや……身の丈は俺と同等かわずかに大きく、幅は俺の二倍はあった。ただ、全身が黒い霧のような靄に覆われていて、本体をはっきり見ることは叶わなかったが、動きは魔獣の俊敏さで――いったい、どうしたんだ?」
呪魔であったことに驚いて、思い込みで判断してしまった。あの場にいた部下に、きちんと問診していれば……。
ごくりと唾を飲み込み、ギルバートを見据えた。
「その傷、それ一本だけですよね? おかしいと思いませんか? 魔獣が爪を立てて襲ったなら、最低でも二本か三本の爪傷が残るはず。傷をつけた爪だけが異様に長かったと仮定しても、他の爪痕くらいは装備や肌にどうしたって残りますよ!」
私の呈した疑問に、彼は即喰いついた。
水色の瞳が険しくなり、忙しく揺れだした。
「……現場で使った装備には、揃った爪痕はなかった。戦闘不能にされた傷はあの一本で、他にかすってついた痕もすべて……。ということは、あれは……」
「魔獣の爪傷じゃない。アレは爪傷を装った刃物傷です。凶器自体がそんなタイプなのか、魔法で魔獣の爪傷に変化するようにできるのか、わかりませんが……」
「つまり、だ。あの時の相手は魔獣ではなく、武器を手にした人だと?」
「断言はできませんが、傷と残された痕跡から可能性は高いかと」
おかしなことになった。
ギルバートが呪いを受けたと公になった時点で、すでに彼及び部隊を狙う存在がいると発覚している。でも、それは姿を見せない犯人でしかなかった。
しかし、私が気づいた今この瞬間から、魔獣ではなく意志を持ってギルバートたちの命を狙った実行犯が、実は主犯だって可能性も出てきた。黒い靄を纏って姿を隠し、武器もろとも魔獣を偽装していたとしても。
私はショーティーをソファに隅に寝かせ、どこに移動するにもけっして自分の側から離さない鞄から傷薬を取り出し、刺激しなように注意しながら傷に塗り込んだ。
滲みたのか、ショーティーが頭を起こして低く唸った。
その間も、背筋がゾクゾクして収まらない。悪寒に似た嫌な胸騒ぎが消えない。
なんだろう。何かがおかしい。
ギルバートの呪いが付与された傷。
ショーティーにつけられた傷。




