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10話・中央の思惑 魔女の警戒 1

 シーベルの花茶はギルバートに絶妙な効果を与え、眠りの世界へと誘った。お酒に酔ったように前後不覚になった彼に麻痺薬を飲ませ、二階の部屋に誘導した。

 シーベル花茶、凄い。


 深い眠りと麻痺の反応を診察し、大丈夫だと判断したところで滅菌結界を張るといっきに再切開手術を行った。

 別に開腹手術まではいかないから困難ではないけれど、弾けるように溢れ出た膿の処理と魔性抜きの根気のいる作業が面倒だった。

 魔性抜きは、吸引性の高い薬草の煎じ薬を開けた傷口に満遍なく塗りたくり、このまま同じ工程を二日から三日繰り返す。すると膿は消えて、紫がかっていた傷口は健康的な色に変わり、ゆっくりと自然な治癒力で中から塞がっていく。

 ここが軍の治療院なら、もっと簡単なのに。魔性抜きは同じだけれど、それさえすめば回復魔法で治癒は早い。

 どうなってんの? 最近の治療士は。


 ギルバートが完治したのは、私の家に運びこまれてから六日を要した。

 今の彼はすでに病衣から解放されて、戦闘装備用の内着の上下姿で寛いでいる。

 拾った時は着用装備以外の手荷物は見当たらなかったのに、どこに衣類の替えなんて隠していたのかと思ったら、軍配給の空間アイテムを持っているんだそうだ。

 着替えるから装備を返してくれと言われて渡したが、てっきりそれを着るんだと思っていただけに、私が所持している鞄型とは違うペンダント型空間アイテムを初めて目にして感動した。

 私の亜空間収納は『月の魔女』特製の大容量で高性能だけど、お年寄りの思考は鞄という定番から外れることを嫌ったらしい。

 すっきりと身なりを整えたギルバートは、心身共に万全な状態に戻ったせいか、特殊部の隊長らしいオーラと貫禄を纏っている。再手術と薬によって生気の抜けたぼんやり隊長を長々と見ていたためか、本来の状態に戻った彼はまったく別人のようで、こうして向かいあうと据わりが悪い思いを抱いた。

 気迫に満ちた男を前にすると、心の隅で小さな私が怯える。

 これも、トラウマのせいなんだろうか。


 一度目の災いは、依頼人宅にうかがったところ、応対に出てきた家人に言葉による暴力を受け、初めてのことに驚いて泣きながら逃げ帰った。

 二度目はもっと酷くて、連絡の行き違いから依頼人本人に不審人物として通報されて、警ら隊に捕らえられて詰所にこう留された。その時に、詐称を認めないからと暴力を振るわれ入院騒ぎになった。

 だから、私は『翠の魔女』の名だけを頼って連絡してくる依頼は、どんなに懇願されてもすべてお断りして、顧客からの紹介だけに応えるような形をとったのだ。

 なのに、三度目が起こった。

 どんなに気を強く持っても、どんなに自衛策をとっても、瞬間的に振るわれる暴力には対処できない。

 だって、私は『翠の魔女』でしかない。人を攻撃したり防御するスキルは持ってない。植物を使って拘束したり結界を張ったりできるのは、この家の中だからできること。

 私は、人を含めた生物を救う術しかもたないのだから。


 居間の古ぼけたソファに腰を下ろしたギルバートにお茶を出し、私も向かいに腰かけた。


「改めて礼を言う。救ってくれて感謝する」

「礼には及びません。後程きっちり治療費を請求しますので」


 きりっとした顔つきで姿勢を正し、ギルバートは頭を下げる。

 私はさざ波のように背筋を走った怯えを隠し、顔にでないように注意しながら応えた。

 金色の前髪の間から私を見つめる薄緑色の瞳は、緑光(ジェダイト)湖の水面のように静かに凪いでいた。訓練で培った自衛なのだろう、今の彼からは感情がまったく読めなくなっている。


「それは必ず支払う。そのために――いや、まずは軍の治療院で起こったことを話してくれ」


 本来なら顧客の情報は秘匿事項にあたるけれど、当事者の一端を担うギルバートが知らないではすまされない。

 真摯な態度の彼をこの場でだけは信じて、私は顧客のレイゲンス夫人に請われた辺りから、順を追って話しはじめた。

 ロベルトとの最悪な印象の出会い。彼の叔母にあたるレイゲンス夫人の頼みを不承不承受け入れ、治療院へギルバートを診察に向かったこと。『呪魔創傷』と判断して、緊急に担当医を呼んでくれと指示したこと。

 そして、呪いがかかっていると告げたことで、激昂したロベルトに暴力を振るわれ意識を失ったこと。


「それで……治療院から逃走したのは?」


 話が進むにつれて、ギルバートから只ならない波動が湧きだしてきた。さっきまで感じなかった冷たい怒りの気配に、落ち着いていた私の中の怯えがまたぶり返す。


「腹立たしさと、その後に押しかけてくる連中と顔を合わせたくないからです。ことに、政府の役人と保護局の連中には!」


 二度目の時を思い出して悔しさに奥歯を噛みしめながら、呻くように低い声で経験を語った。


「これまでに私は二度の侮辱を受けました。一度目は言葉で。二度目は今回同様に暴力で。こちらが登録カードを示しているのに頭から疑ってかかって、しまいには入院沙汰の暴力ですよ? その後、誤解が解けても、当事者の誰一人として私に謝罪に現れた人はいません。代わりに来たのは、政府の役人と保護局の局員だけ。お詫びに来たと口にしながら、結局言いたいことは『ご内密に』ですよ……。政府側はわかります。相手は中央議員だし、政敵にでも知れたら事でしょうし。でも、保護局は? 連中は異名持ちを保護するのが仕事でしょ?」


 雫がぽとりと、膝に置いていた手の甲に落ちた。

 あれ? と首を傾げながら頬に手をやると、次々と涙が溢れだした。止めようと慌てて手の甲で拭っても、意に反して流れ落ちてくる。


「お、おい、 大丈夫か? 辛いなら……話さなくていいんだぞ?」

「イヤです! もう溜めに溜まった鬱屈を全部吐き出しますよ! それを聞いても私を連れて行くっていうなら、納得できる理由を出してください!」


 そこからは、堰を切ったように彼に向って吐き出しまくった。

 男らしい眉尻を下げて困惑しながらも、彼は黙って最後まで聞いてくれた。

 理不尽という言葉をずっと胸に抱え、助けを乞う人たちだけに目を向けてきたけれど、そろそろそれも終わりにしよう。


「――私の何がいけないんでしょう。初めは異名持ちとしての矜持を、確かにもっていたんです。なのに、保護局は希少だ大事だと言葉を尽くしてくれたけど、全然行動が伴ってなくて……。訴え出たくても、訴えを持ち込む先が保護局って、笑うしかないじゃないですか……?」

「リンカ……」

「それでも、私を連中の前に連れて行きたいですか? ご自分の部下が私に暴力を振るったことすら報告を受けていない隊長さんを、私が手放しで信用するとでも?」


 私の問いかけに、ギルバートはぐっと詰まった。

 彼の心情などかまわず、さらに追い打ちをかける。


「会って話し合うなんて言っても、中身は二回目と同じでしょう? また口止めされて慰謝料だなんだって名目の大金を寄こされて終わり」

「しかし……ずっとここに、閉じこもり続けるわけにはいかないだろう?」


 無骨な気遣いと同情が、優しく甘い声になって囁きかけてきた。

 ええ、私を攻めるならその点しかないでしょうね。

 ロンド婆ちゃんのように世捨て人になって、ここから出なきゃ誰にも傷つけらずにすむかもしれないけれど、若い私には目標がある。

 個人薬局を開店して、のんびり生活をしたいんだ。

 だから、胸の内に秘めていた計画をすこしだけ告げた。


「閉じこもり続けるつもりなんて、ありませんよ? 私は私の行きたい所へ、好きな時に行きますから……」


 ギルバートの双眸をじっと見返し、にこっと笑いかけながら同じような声音で囁いた。

 泣いたばかりの赤ら顔じゃ、まったく様にならなかったけどね。

 

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