プロローグ
新作です。
よろしくお願いします。
お返事できませんが、ご感想・誤字脱字のご指摘、大歓迎です。
四話分を二話ずつ時間差投稿します。
「……俺も行く」
「どうしてあなたが付いてくるんですか!? 関係ないでしょう!」
向かい合った男の顔を睨み、私は思い切り叫んだ。
小刻みに震える指先はひどく冷たいのに、顔は茹だったように熱い。心なしか涙まで浮いてきて、視界がかすかに歪みはじめる。
きっと男の目には、血が上って真っ赤な顔をした涙目の私が映っているだろう。
でも、心臓がとんでもない激しさで鼓動を刻んでいることや、そのせいで呼吸すらあやしくなりつつある状況までは気づかれていないはず。
激情とは、感情と体がこんなふうに昂ぶるのか。初めての経験に、私は大混乱するばかりだ。
そんな私の心を映したかのように空は黒雲が覆い、生温い強風が縦横無尽に吹き荒んでいる。おまけに、今にも大粒の雨が降り出しそうだ。
私の心象風景が、そのまま現実の光景になってしまったよう。
なのに、目の前の男はとても真剣な表情で私を見つめている。強固な意志がこもった深緑の瞳が、絶対に引くものかと訴えてくる。
「無関係ないわけがあるか! お前がこんな状況に陥った原因の一端は、俺のせいでもあるんだ。恩を仇で返すなど、俺にはできん!」
「もう充分に恩は返してもらいました! 私がこうして生きて立っていられるのは、全部あなたのおかげです。だから……もう……」
私だって離れたくない。ずっと側にいて欲しい。
けれど、それは私だけの密かな願望だ。
恩や借りを返すためだけに側にいると言われると、そのたびに私は無性に泣きたくなる。このまま一緒にいたら、今まで感じていた幸福感はだんだんと萎れて枯れて苦痛に変わるだろう。
人の欲は際限を知らない。今は、彼が側にいてくれるだけで満足だけれど、いずれ私も俗人と同じくもっともっとと彼を求めるだろう。
好意ではなく、愛情を。微笑みだけではなく、心を。
そうなってしまっては、彼に多大な迷惑をかけてしまう。そんなことになったら、私は――。
目に溜まった涙が零れそう。泣き顔なんて見せたくないのに。
「お……お願いだから……もう、私を見捨てて!」
「断る! リンカ、よく聞け!」
強い声が近くなったと同時に、大きく硬い手のひらが私の両肩を掴んだ。痛みを感じるほどの強さで押さえつけられたが、その痛みすら心は歓喜する。
「一度しか言わん! 俺はお前が――」
逆巻く風が轟々と耳障りな音を立てて、鬱蒼とした木立の間を疾走してゆく。引き千切られた木の葉が風に煽られて、私たちに叩きつけられる。
一度だけの彼の言葉は、豪風と木の葉が攫っていった。
ばらばらと舞い落ちる木の葉の向こうに、表情を強張らせた彼が見える。肩を掴んでいた逞しい腕が、無理やり剥がされたように離れてゆく。
愛しい姿はだんだんと薄らいで、そして暗闇となった。
――リンカ、本当にそれでいいの?
初めて耳にした声なのに、とても懐かしく感じる女性の囁きが、ぽつんとひとつ残された。