俺様の教科書
思い付いたネタを書いてみました。息抜き程度に書いたので、お気軽に……。
「俺様は別に構わん。さっさと消えろ」
「……少しでも期待をした私が愚かでした。同時に私の決断は正しかったのだと改めて思います。さようなら、バリアス様」
言いたいことを言い終え、満足した様子で俺様の恋人だった女は去っていった。
別れを告げられるのも、段々と慣れてきたので思うことはない。
そもそも、俺様が何をしたというのか、今回もわからなかった。
こんな学園でも人気の少ない所に呼び出しておいて、泣き出したと思ったら、急に無表情になって……忙しいな、女というのは。
「もう、こんな場所に用はない。フラムのやつに愚痴るか」
信頼の置ける友人の下へと俺様は向かった。
「……というわけだ」
「また、駄目だったかー。結構、優良物件だったはずなんだけどね。今回こそって思って紹介したんだよ?」
あの女はフラムからの紹介で恋仲になった。
今まで何度もフラムに今度こそ、と言われ紹介されているのだが。
「ふん、どこか優良物件だ。いつもと変わらなかったぞ」
俺様は普通に接しているのに、気が付けば距離が遠くなっており、今回のように別れを告げられる。
「いやいや、そんなことはないはずなんだけどなー。何か変なことした?」
「いいや、覚えがない。一緒に出掛けたいと言うから、稽古場に連れていったり、プレゼントが欲しいというから、好きな物を買えと言って金を渡した。俺様なりに望みは叶えてやったが」
「ああ……そっかー」
何故、フラムは頭を抱えているんだ。
俺様の行動が何か不味かったというのか。
「えーっと……バリアスはもう少し女の子のことを勉強した方が良いかもしれないね。そうしないと、違う子を紹介しても意味がないかなーって」
「女について、勉強だと。俺様がか?」
わざわざ時間をかけてまで女について勉強をする意味などあるのか。
そんな時間があるのならば、剣の稽古をするなり、書物を読んでいた方が有意義だろう。
「うわ……なんでそんなことをやらなきゃならないんだって顔してるよ」
「当たり前だろう。俺様は三男とはいえ、ブロディンス家の者だ。父の跡を兄が継ぐといっても、俺様が怠けていてはブロディンス家の恥になる。この学園を卒業したら、騎士認定試験に合格し、実力を見せつけ、騎士団の中でも重要な役職につかねばならん」
「今の時点で大分、ブロディンス家の恥になってるからね。知ってると思うけど、学園の女の子たちには有名みたいだよ。自分中心的で女心を少しも理解してない、俺様騎士見習いだってさ」
「ふん、騎士見習いとは俺様も侮辱されたものだ」
「そこだけじゃなくてさ」
「俺様は絶対に騎士になる。見習い止まりで終わってたまるものか。稽古に行ってくる」
「いや、だから、そういうところがダメなんだって……あーあ、行っちゃったよ」
最後にフラムが何か言いかけていたが、俺様には聞こえなかったな。
追いかけて来ないのだから、さほど重要なことでもないのだろう。
フラムのことは気にしないことにして、俺様は稽古場へと向かった。
稽古場ではすでに何人かが鍛練に励んでいたが、俺様は気にせずに剣を振るい始める。
俺様を見てひそひそと話す輩がいても、全て無視した。
以前は注意したが、毎度毎度といちいち付き合っていられなくなったので放置。
内容などいつもと変わらず、俺様が女を泣かしたとか、そういった類いのことだ。
関わることをせず、気の済むまで剣を振い汗を流した、そんな日の帰り道、俺様は珍しい現象に遭遇する。
「……なんだ、あれは」
空間が歪んでいる……俺様の目がおかしくなったのか。
目を擦っても変わらない、黒い渦のようなものが見える。
一分程でその渦は消えたが、渦があった場所には数十冊の書物が置かれていた。
「これは、一体……」
絵が書いてあるのはわかるが、この文字はなんだ、読めんぞ。
どの書物も見たことがない文字だ。
人物が書かれているのは分かるが……。
「ケットセンに見せてみるか。もしかしたら、何かわかるかもしれん」
いざとなったら頼りになる、俺様を幼少の頃から支えてくれている、有能な執事だ。
若い頃は王宮で何かの研究グループの一人だったらしい、詳しい内容は俺様にも語らなかった。
まあ、俺様はそんな小さなことは気にしないから、どうでも良い。
ケットセンが有能な執事であることに変わりないのだからな。
「ふむふむ。どうやら、バリアス様は次元の裂け目に遭遇されたようですな」
屋敷に帰り、すぐにケットセンを部屋に呼んで先程、起きたことの説明をしたのだが、なんだそれは。
「次元の裂け目だと?」
「はい。次元の裂け目とは、この世界とは違う別の世界と繋がってしまう現象でございます。繋がる……と言っても人が来ることはありません。このような物しか通ることができないということが、研究により明らかになっております」
「違う世界……か。人は通れないのか」
「はい。生物は通ることができません。無理矢理通ると命の保証はできません。仮に出てこられても五体満足ではいられないと考えてよろしいかと」
さすが、ケットセン、俺様が知らなかったことを簡単に説明したか。
違う世界か、興味はあるがあのような現象、早々見ることができるものでもないだろう。
「俺様は運が良かったようだな」
「はい。次元の裂け目はいつ、どこで、何故起きるのかは解明されておりません。また、このように物が出てくる可能性も絶対ではないのです。……できれば、私も見たかったですな」
「それは残念だったな……で、この書物についてはどうなんだ」
「先程、目を通して見ましたが……これは物語のようですな。ただ、老いた私には少々、熟読するのが難しい内容となっております故、バリアス様が直々に読まれるのが良いかと」
「ケットセンが熟読できない程の書物か……」
悔しいがケットセンの知識量や想像力は俺様を遥かに凌ぐ。
俺様の師と言っても良い、ケットセンが苦戦するような書物を俺様が理解できるのだろうか。
「バリアス様、不安が表情に出ております。大丈夫、若いバリアス様だからこそ、この書物は合っているかと。……こちらのモノクルをお貸しします。これを着けて見れば、この言語も理解できるでしょうから」
ケットセンからモノクルを渡された俺様は不安な気持ちを隠せないまま、自室に戻った。
「ふむ、ケットセンはああ言っていたが……」
適当な一冊を手に取り、モノクルを着けて読む。
なるほど、文字が出来るな。
「ふん……なんだ、これは」
内容は男と女が引かれ合い、徐々に距離を詰めていくというもの。あからさまな好意に何故、この男は気づかない。
女も何故、そこで引く、もっとはっきりと言えば伝わるだろうに。
おい、このタイミングで母親が部屋に入ってくるとは、どういうことだ。
貴様のせいで、大事な娘は男への想いを伝えられなかったんだぞ、飲み物を置いて退散してるんじゃない。
男もそこで帰るって何でだ、引き止めない女の方はもっとわからんが。
「焦れったいにも程がある、くだらん」
俺様は書物を雑に投げ、ベッドに横になる。
あんな男のどこが女は良いんだか。
「……他の書物はどうなっているんだ」
気になり、別の一冊を手に取る。
「なんだこれは……」
イケメン勇者に幼馴染みの魔法使い、美人な僧侶、甘えん坊な女騎士?
こいつら、本当に魔王とやらを倒す気はあるのか。
世界の命運は僕らが握っているだと、貴様が握っているのは女の胸ではないのか?
女たちも何故こんな状況を受け入れることができ……おい、待て。
さらにパーティーメンバー追加、生き別れた義理の妹って……。
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
俺様は本を床に叩きつけた。
なんだこの男は、自分の使命よりも女を優先しているじゃないか。
……異世界ではこんな男がモテるのか、恐怖を覚えるぞ。
「まともな本はないのか」
他の一冊を手に取る。
今度はやたらと女視点が多い。
「ダメ、恥ずかしくて拓也くんのこと直視できない……だと?」
女は好きな相手の目をしっかり見ることができないのか。
今までのよりはまともで信用ができそうな情報だ。
「失礼致します。バリアス様。夕食の用意ができましたので、食堂へとお越しください」
入ってきたのは、妹付きの使用人である、
レミカ・フローゼ、だったか。
妹のついでに呼んでくるように指示を受けたのだろう。
そういえば、この使用人とは普段、視線が合わなかった気がする。
妹付きなので、会う機会は多いのだが、目を逸らされることが多かったな。
本来、使用人がそのようなことをするのは間違っているのだが、俺様は特に気にしていなかった……ふむ。
「おい」
「は、はい。バリアス様」
「お前、良く俺様から目を逸らすよな」
「い、いえ、決してそのようなことは……」
今も視線が泳いでいて、焦った表情もしている。
「もしかして、俺様のことが好きなのか?」
「えっ!?」
ん、この反応は違ったか。
好意を持った男に迫られると、本に出ていた女は顔を赤くし、激しく動揺していた。
目の前にいるレミカ・フローゼも困った表情になり、顔を赤くはしているが……何か違う。
「えっと、あの、その……バ、バリアス様」
「なんだ」
「も、申し訳ございません。失礼致しますーっ!」
逃げるように部屋を出ていった。
うーむ、やはり違ったか。
「この本の情報はどれも信用してはならないかもしれないな」
本を投げ捨てて、俺様は食堂で夕食を取った。
父からはまたか……、兄たちからは知り合いに掛け合ってみる、母からは年齢を気にしなくて良いなら……と散々な言われよう。
妹のカルアはずっと俺様を睨み付けていた。
何かした覚えはないのだが、一体どうしたんだろうな。
食堂にいてもあまり居心地が良くなかったので、すぐに自室へと戻った。
「さてと、信用する云々はともかく、異世界の貴重な書物だ。他の本には何が……」
「バリアスお兄さま!」
「カルアか、ノックくらいしろ。ブロウディンス家の者として自宅でも気を抜かぬように心掛けを……」
「レミカを誘惑したというのは本当ですの?」
俺様の話も聞かずに迫ってくるとは、レミカ……さっきの使用人か。
書物に書いてあったことを参考にして聞いてみただけだったんだが、カルアは何故ここまで怒っている。
そうだ、確かこういう展開も載っていたな。
イケメン勇者が出てきた物語にこんなやり取りがあったぞ。
『止めろ、彼女に手を出すな』
幼馴染みが盗賊に掴まり、乱暴をされそうになった時。
『愛する彼女に手を出した貴様を僕は絶対に許さない』
僧侶が不意打ちされ傷つけられた時。
『待たせたね、もう大丈夫』
女騎士が絶対絶命の状況に陥り颯爽と現れた時、イケメン勇者がしていた表情に似ている……そうか!
「済まなかった、カルア」
「全く、とぼけた顔をしていたと思ったら、認めましたわね。私が信用している使用人の一人に唾をつけるようなことするなんて……」
「本当に済まない。まさか、そんな関係だったとは知らなかった」
「……はい?」
「思えばカルアから男の話は聞いたことがなかったからな。兄として気づいてやれずに申し訳ない」
「……どういう意味ですの?」
「……カルア付きの使用人たちは皆、カルアの恋人ということだろう」
この言葉に激怒したカルアにより、俺様は強烈な平手打ちをくらった。
どうしてそんな考えに至るのか、反省する気はあるのか、だから女性たちが去っていくだのと散々罵られ。
「しばらく口を聞きたくもありませんわ!」
そう言い残してカルアは部屋を出ていった。
「やはり、信用できないな」
平手打ちされた頬を押さえる。
おそらく、赤く腫れているだろう、明日フランに何を言われることやら。
「だが、他の内容も気になる。ふむ、一応見てみるか」
異世界の書物、あてになるかどうかはさておき、なんとか内容を理解しようと熟読する。
しかし、持ち前の集中力が仇になったか。
「不味いな……眠い……」
不覚にも気絶をするように寝入ってしまった。
「……さま」
声が聞こえる。
「……リアス様」
肩を揺さぶられている、誰かに起こされようとしているのか。
目は開かないものの、意識ははっきりとしてきた。
寝ぼけた頭を覚醒させていると、こんな状況を本で見たことがふと、脳裏をよぎる。
『拓也くん、朝だよ、起きて……?』
『うん……えっ、沙紀!?』
『えへへ……寝坊助な拓也くんを起こしにきちゃった』
お前拓也のこと直視できないとか言っていた癖にどういう進歩だと考えさせられたものだ。
起こしにきちゃったではない、勝手に部屋に入って、不法浸入ではないか。
……そうだ、不法浸入だ。
そうと分かれば話は早い、素早い動きで部屋に浸入してきた者の腕を掴み、ベッドに引きずり込む。
侵入者から戸惑いの声が聞こえたが、気にせずに体を起こした。
両腕をしっかりと拘束し、馬乗り状態だ、あとはどうとでも……。
「ん、どうしてお前がここにいる」
侵入者だと思って羽交い締めにしたら、昨日会った妹付のメイド、レミカ・フローゼだった。
「本日付でバリアス様の専属となりました。……あの、腕を離してもらえると助かるのですが」
いきなり拘束したからか、少し涙目である。
どうやら、勘違いをしたらしい、俺もまだまだ修行が足りないようだ。
しかし、そうなるとケットセンはどうしたのか。
「ケットセンはどうした。あいつなら、扉をノックして起こすぞ。それで起きなかったから、放置される」
俺様が何故起こさなかったと怒鳴ったら、お声は掛けましたよとしれっと言ってくる。
俺様でもケットセンには口で勝てん。
「ケットセンさんはカルア様付きとなりました。今後は私がケットセンさんがしていた仕事を引き継ぐ形となります」
「俺様に相談もなしで変わるとは……」
カルアのやつ勝手なことを。
そもそもレミカ・フローゼを大切にしていたのではないのか。
何故、ケットセンと交代するなど。
「はっ!」
これはカルアなりの仕返しなのだろうか。
俺様が信用しているケットセンを引き離して困らせるために。
「あ、あの、バリアス様。朝食の準備ができておりまして、このままでは料理が冷めてしまいます。学園に向かう時間も……あと、そろそろ解放してもらえないでしょうか」
両手を拘束して馬乗りになったままだった
「へー、それで遅刻ギリギリになったんだ。珍しいなーと思ったんだよねぇ。バリアスが来てない、あれ? って」
「全く、俺様としたことが……鍛練が足りんな」
「いやいや、鍛練とかじゃなくてさ。それより、使用人がケットセンさんから女の子に変わったってチャンスじゃないの」
「何がチャンスだ! ……まだ、俺様の一日のスケジュールを完璧に把握できていないらしい。ケットセンなら俺様の行動を先読みして準備できるというのに……」
レミカ・フローゼの動きがトロくさく見えて朝からイライラしてしまった。
最初は多目に見ろというが、使用人ならばもっと臨機応変に対応できねばならんだろう。
「はいはーい、そこまでー。それ以上言うとせっかく頑張ろうとしてる使用人ちゃんが可哀想だから、止めー」
「事実を言って何が悪い」
「うわうわ……本当さ、もうちょっと考えなって。言っても無駄なのかなー」
気を遣えとか言われても俺様には俺様の考えがある。
言いたいこと言うのが俺様だ。
レミカ・フローゼが根をあげたなら、それはそれで構わん。
俺様から父にカルア付きに戻れるよう話す。
俺様は別にレミカ・フローゼを屋敷から追い出すとか考えてないのだから。
「おい、部屋の掃除をするのは良いが、勝手に物の配置をいじるな」
「も、申し訳ございません!」
「全く!」
俺様の不機嫌は直らない。
どうしてもケットセンならば、と思ってしまう。
「ふん、もういい。俺様は書物を読むことにする。静かに読みたいから、一人にさせろ」
理由をつけてレミカ・フローゼを部屋から追い出した。
モノクルを装着して、今日も適当に一冊を選ぶ。
前回、読んでいた続きを読みたいが、わざわざ探すと散らかってしまう。
せっかく整理されたのなら、綺麗にしておくべきだ。
「どれどれ……」
おお、この書物には俺様に似た男が出ているではないか。
女に振り回されることなく、自分を貫いている。
「ふん、やはり異世界にもわかるやつがいる……ん?」
気になった箇所、女が涙ながらに走り去ろうとしていたところを男が追うところ。
「何故、追う必要がある。この女は自分にとって都合の良い男が欲しかっただけだろう。勝手に幻滅しておいて、張り手までしたのだ。そんな女をどうして……」
俺様にはわからなかった、何故追いかけた、どうして掴んだ手を離さない、なんで愛を囁き、唇を重ねている。
わからん、この男がわからん、俺様に似ていない、こいつは……。
「違う、俺様はこうでは……」
俺様は別の書物を漁った。
今度見つけて人物は適役の立ち位置らしく、婚約者に酷い振る舞いをする貴族。
暴力的で自分勝手、自分の行動により、陰で婚約者が泣いていることにも気づかず。
難癖つけて主人公のイケメン騎士に決闘を挑み敗北、婚約者はイケメン騎士に惚れると。
「結局、先日読んだ書物と展開が同じではないか!」
どうせ、この後、イケメンの周りにどんどん女が集まるのだろう。
で、噛ませ犬なこいつは段々失脚していくようだ。
「ふん、俺様ならもっと上手くやるが……」
俺様と接してきた女たちの中にも、涙を流した者はいたのだろうか。
いや、皆せいせいしたという顔をしていたから、大丈夫。
レミカ・フローゼは……。
「うーむ」
やり過ぎ……ているのかもしれん、ちょっと、ほんの少しだけだが、反省しよう。
そもそも、俺様専属になってから、態度が変わったような。
もしかしたら、夜な夜な枕を濡らしているかもしれん。
それは嫌だな。
「ならば、取るべき行動は一つか」
朝、扉のノック音と共にバリアス様、朝ですという声が聞こえる。
ようやく来たか、待ちわびたぞ。
「入れ」
「失礼致します。既に起床されていたようですね」
「ああ、お前が来るのを一時間前から待っていた」
「えっ!?」
そうだ、この反応。
これがレミカ・フローゼの素なのだろう。
使用人の立場というものがあるのは理解できるが、固くなりすぎだ。
……そうさせているのは、俺様だったな。
「どういう理由があってかは、まだ聞いていないが、お前は俺様付きの使用人になった」
「は、はい」
「正直な話をすると、仕事ぶりを見ていて俺様はどうしてもケットセンと比べてしまう」
「申し訳……ありません」
「まあ、あれだ。ぽっと出の見習い騎士だろうが熟練された技を持つ騎士だろうがな、平等に死は訪れる。死なないためにはやはり、鍛練の積み重ねと必ず成し遂げるという強い精神が……ん、違う、この話は関係ない」
俺様は何を焦っているのか。
レミカ・フローゼもびくびくしていたのに、きょとんとしてしまっている。
いや、怯えていないのなら、いいか。
「つまりだな……俺様も少し言い過ぎたと思ったのだ。俺様も最初に剣を振るった時は未熟だった。今も完成されたとは程遠い。使用人もそうだろう。お前は使用人としての鍛練をさぼっているようには見えん。カルアもお前を気にかけていたしな」
そう、カルアから俺様専属に変わったというのは、得物が変わったようなものと考えて良いだろう。
俺様もいきなり槍を持っていつもの動きをしろと言われても難しい。
時間が必要ということだな。
「多少のことは目を瞑る。あと、わからないことがあれば、聞け。ケットセンから聞くのも良いだろうが……俺様が直接教えた方が早いからな、遠慮するなよ」
さっきからずっと黙ったままなんだが、ちゃんと話を聞いているのだろうか。
泣いてるわけではないようので、安心……はっ!
「動くなよ、じっとしていろ」
レミカ・フローゼは俺様の言葉にびくっと身体を震わせる。
別にとって食おうというわけではない。
身長が合わないので少し屈んでレミカ・フローゼの顔を見る。
涙の跡はないな……よし。
夜な夜な枕を濡らしていた、なんてことはなかったようだ。
「あ、あの、バリアス様。い、いつまで、その……」
「ん、ああ、すまん」
俺様はレミカ・フローゼから離れた。
いつまでも近距離で顔を見ているのはおかしいな。
書物では唇を合わせていた、俺様はそんなことはしない。
「あの、バリアス様の寛大なお気遣いに感謝致します。今後、バリアス様の期待に添えるよう、努力していきますので」
「ああ、頼むぞ」
「はい。それで先程の行動は一体……」
顔を近づけたことか、涙の跡がないか確認したかったと素直に言って良いものか。
まさか、唇を合わせようとしていたと、俺様が無理に迫ろうとしたと思っているわけではないだろうな。
「近くで顔を見たかった、それだけだ」
素晴らしい回答ではないだろうか。
これ以上、追求するなと意味を込めて、背中を向ける。
完璧だ、伝えたいことは伝えた、レミカ・フローゼも疲れただろう。
「話は以上だ。仕事に戻れ」
「はい、失礼致します。あの、優しい言葉をかけていただいて嬉しかったです、バリアス様。私、少しでも早く、バリアス様が満足できる仕事ができるよう、頑張りますから!」
そのまま、勢い良く退室していった。
うーむ、今のは素を出してしまったようだな。
本来なら叱るべきなんだが……。
「俺様は心が広いからな、今日は許す」
自分の中のわだかまりが取れた感じがする。
異世界からの書物か……存外、馬鹿にできんぞ。
もしや、これらは異世界の指南書として使われていたりするのかもな。
「お兄様、またレミカに何かしましたわね。先日、お兄様の部屋からすごい勢いでレミカが出ていったと聞きましたわ。何をしたんですの?」
「ただ話したいことを話しただけだ」
「嘘!」
「俺様は今後、レミカ・フローゼが働きやすくなるように、自分の考えを話したまでだ。本人に確認したのか? していないのならば、レミカ・フローゼと話してこい。俺様は剣の鍛練に行く」
カルアも昔は可愛かったのだが、難しい年頃になったものだ。
……妹との楽な接し方が書いていないだろうか、今日の鍛練が終わったら探してみよう。