第八部 289~305(夏:7月)
0290
近くのス―パーにやってきたところ、知り合いの若奥さんが赤ちゃん連れで来ていたのを発見する。
獅子吼さん「顔ちっさい! 手ぇちっさい! かわいい!」
友人B「あ、あ、指握った! 握ってくれましたよ!」
友人A「笑った! 天使! これが無垢な目! 死にたい!」
大興奮していた。
約一名、大ダメージを受けていたが、自業自得である。
0291
獅子吼さんが例の赤ちゃんにメロメロになっている。
獅子吼さん「可愛い……赤ちゃん可愛い……」
スマホの写真を見つめて、にへにへしているので「赤ちゃん欲しいですか?」と訊いたところ、「は、破廉恥だ!」と真っ赤な顔でたしたし叩かれてしまった。
……いや、別に他意はなかったのだが。
0292
専攻会室に入室したところ、床の上に友人Bが倒れていた。
力なく伸ばされた指の先には赤い液体で「449」と書き残されている。
獅子吼さん「ややっ! これはまさしくダイイングメッセージ!」
友人A「探偵さん、ではこの言葉が示す相手が真犯人というわけですな……!」
ソファの陰から飛び出てきたふたりがなにやらほざき出す。
獅子吼さん「これは犯人の誕生日……!」
友人A「探偵さん、4月は30日までですよ」
獅子吼さん「もちろん知っている。探偵だからな! おまえを試したのだ」
友人A「なるほど……では真実は?」
獅子吼さん「これは語呂合わせだ! この数字を読んでいくと……」
友人A「し・し・く……獅子吼!?」
449さん「そう、つまりこの事件の犯人は……」
友人A「ご、ごくり!」
獅子吼さん「我のおとーさんだったのだ!」
友人A「衝撃の結末! 果たして、獅子吼家に隠されし闇とは……!? 次回、狂言探偵第一話! 『全ては我の狂言である』乞うご期待!」
とりあえず動画に撮っておいた。
あとで専攻のLINEにまわしておこうと思う。
0293
友人B「もしも、この事件に真犯人がいるとしたら……それはきっと、この社会そのものなんですよ。歪んだ社会が、歪んだ人間を生み出し、これほどに悲しい事件を起こしてしまった」
わたし「つまり?」
友人B「私は悪くないもん!」
寝不足だったせいで宅飲み中に寝落ちしたら、酔って悪のりしたお子様ーズに変顔写真を撮られていた。
ふてくされる友人Bがちょっと可愛かったので許してあげた。わけがない。
もちろんお説教である。
獅子吼さん「わ、我はな? やめようって言ったんだけどな? こいつがな、無理矢理な」
友人B「あーあーあー! 裏切るつもりですか! 獅子吼さんもノリノリだったじゃないですか!」
獅子吼さん「ちがうもんね! 我そんな悪い子じゃないもんね!」
友人B「きぃーっ! この吐き気催す邪悪め!」
獅子吼さん「聞こえな―い! 聞こえませーん!」
友人B「ぐんぬぬぬぬ……!」
和んだ。
0294
獅子吼さん「今日のお昼ごはんはハンバーグのおいしいところに行くんだ!」
友人B「それはこの前行ったじゃないですか! 今日はスフレがおいしいカッフェに行くんです!」
ふたりがわたしの腕を両側から引っ張って、言い争いをしている。
友人A「なんかアレね、そうやってるとお母さんを取り合う姉妹みたいね」
じゃあお前はペットだなと言ってやったところ、バウバウとじゃれついてきたので、駄犬がと罵ってやった。
微妙にうれしそうだったのは気のせいだと思いたい。
0295
一緒に寝ていると、時々獅子吼さんが寝ぼけてベッドから落下することがある。
獅子吼さん「はわーっ!?」
(落下)
獅子吼さん「何事じゃ!?」
(棚の上の目覚ましが頭に落下)
獅子吼さん「襲撃かえ!?」
(バランスを崩してベッド縁にぶつかる)
獅子吼さん「これが運命というにょか!」
日によってキャラが異なるのは何故なのだろう。
0296
わたし「起きてください獅子吼さん! 敵の襲撃です!」
獅子吼さん「はわわっ!? 剣を、剣を持てぇい! 我自らたたっ斬ってくれるわ!」
(猫じゃらしをそっと差し出す)
獅子吼さん「がはは! 受けてみるがいい、今必殺のぉ――おはよう」
わたし「おはようございます」
獅子吼さん「朝ごはんはパンが食べたい」
わたし「かしこまりました」
0297
ドラマを見ていた獅子吼さん。
キラキラした眼で「どうやったら探偵なれるのか」と訊いてきた。
「まずは殺人事件に遭遇しないといけませんね……わかりました。わたしが何とかしましょう。きっと獅子吼さんを立派な探偵に仕立て上げてみせます」
友人Aに必死の形相で止められた。
もちろん冗句だが、我ながらあまりにサイコパスな発言だった。
0298
友人A「姐さん! しゃっす! あっ、鞄お持ちしましょうか!? へっへへ、あーしに任せてくださいよ!」
わたし「……」
獅子吼さん「すごい! 小物だ! マンガでもなかなかお目にかかれないぐらいの小物っぷり!」
友人B「で、なにやらかしたんです、この人?」
わたしのお腹の上で寝ゲロしたのは、絶対に許さない。
0299
「ちょ、ちょっと匿ってください!」
構内を歩いていたところ友人Bがやってきて、わたしの背中に隠れる。
遅れて、同学年の女子学生数人がやってきた。
学生「へへへ……隠れたって無駄だぜぇ……観念してカラオケいこうやぁ……あっしにもお嬢ちゃんの歌声を聞かせておくれよぅ、ひゅへへぇ」
反射的に腕を捻り上げてしまった。
女としてその顔と言葉はない。
詳しい話を聞くと、単にカラオケ女子会へのお誘いらしい。
行ってくればいいじゃん、と背中を押す。
友人B「で、でもこの人たち、私のことをやたらと構ってくるんです!」
わたし「でもうれしいんでしょ?」
友人B「うれしいですけど! ……あっ、しまった!」
友人Bは「ひゃあ、たまらねえ!」
と叫んだ学生に友人Bは連れられて去っていった。
うむ。
仲良きことはなんとかかんとか。
0300
獅子吼さん「もうな……なんていうかな、なにかもがどうでもよくなってしまったのだ」
わたし「し、獅子吼さん?」
獅子吼さん「あー、明日世界が滅亡しないかなあ」
わたし「あの」
獅子吼さん「こんな退屈でつまらない日常なんて、終わってしまえばいいのに」
わたし「……」
暴食の罰としてパイの実を三日間禁止しただけでこの有様。
獅子吼さんにとってパイの実ってなんなのだろう……。
0301
近所の原っぱで獅子吼さんとお遊びしてきた。
わたしがボールを投げて、シュタタっと駆けた獅子吼さんがノーバウンドでジャンプキャッチ。
戻ってきたら、ボールを受け取ってひとしきり頭をわしゃわしゃしてあげて、その後また投げる。
以下繰り返し。
実に良い(自主)休日だった。
0302
友人A「あのさ、これあの人の落とし物なんだけど、代わりに返してきてくれる?」
わたし「自分で行けば?」
友人A「バカ! 初対面の男の人に話しかけられるわけないでしょ!」
馬鹿はどっちだよと思ったが、いつものことなので仕方なく行ってくる。
後輩学生「あ、あざっす! い、いくら払えばいいっスか!?」
おい、やめろ。
またよからぬ噂が立つだろうが。
0303
「おまえはな、そうやってな、いつもな」
獅子吼さんが頬を膨らませていたので、人差し指で突いてみる。
ぷすーと音がしてしぼむ。
「あっ、また」
今度は脇腹を突いてみる。
「ひゅ、や、やめ」
足の裏をこしょこしょする。
「やめるのにゃ!」
きゃっきゃとふざけあった。
あまりにもちょろすぎて、自分でやっておきながら獅子吼さんの将来が心配になってしまう一幕だった。
0304
若い友人A『涙をお拭きなさい子猫ちゃん』
若い友人A『わたくしの妹になりなさいな』
友人A「……え? え、いや、え? な、何であんたがその動画持ってんの?」
妹ちゃんズにLINEで送って貰いました。
友人A「は? 何で連絡先知ってるわけ!?」
街まで出た時に偶然会って交換しました。
友人A「ちょ、消して! お願いだから消してください!」
それは君の態度次第だなぁ。
友人A「この鬼畜! なにが目的よ!」
わかってるでしょう?
友人「くっ、す、好きにすればいいでしょ!」
秘蔵している日本酒を、今度の飲み会に持ってこさせる約束を取り付けました。
いやっほう。
0305
友人B「人間って屑ばかりですよね」
わたし「やばい、突然後輩にディスられた」
友人B「えっ、あっ、その、あなたは例外っていうか、そもそも人間っぽくないっていうか」
わたし「やばい、後輩にディスられてる」
友人B「いい意味で! いい意味で人間離れしているっていうか!」
わたし「人間をやめたわたしは人間に襲いかかる。がおーっ」
友人B「きゃー!」
友人A「あんたらいっつも楽しそうよねえ」