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第五部 178~207(春:3~4月あたり)

0178


友人A「一生のお願い!」

わたし「今年三度目」

友人A「今度こそ本当に!」

わたし「……で?」

友人A「部屋の片付け手伝って下さい。妹達が来るんです」

わたし「あの、ふわっふわきゃいきゃいした?」

友人A「はい。これでも実家で完璧お姉様として通っていたので、あの汚部屋のままだと……」


 というわけでいつものメンバーで一日がかりの大掃除をした。

 汚部屋というか、総じて言えば腐っている。

 そんな部屋だった。

 獅子吼さんと友人Bがちょっと興味深そうにチラチラしていたので、しっかり監視しておいた。


 まったく、教育に悪いったらありゃしない。




0179


姉妹「もしかしてこの方は、お姉様のご学友ですか?」

友人A「え、ええ、そうよ。数多い友人の中でも、とりわけ親しくして頂いているわ」

姉妹「まあ! とてもおきれいでいらっしゃるんですね。あら、この子は妹……弟さんかしら?」

獅子吼さん「え、いや」

友人A「ほらほら、それよりも予約したお店の時間に間に合わなくなってしまうわよ。お邪魔したわね。ごきげんよう」

姉妹「あ、それでは失礼いたします」 


獅子吼さん「あいつ、頭おかしくなったのか?」

わたし「そっとしておきましょう。誰にでも触れられたくないことはあります」

獅子吼さん「そっか……今度から、もう少しやさしくしてあげようかな」

わたし「あ、べつにその必要はありませんので」

獅子吼さん「お、おう」


 そういうことになった。




0180


友人A「……なんかさ、朝起きたらポストに赤と白と黄色の薔薇が刺さってたんだけど」

わたし「ロサ・キネンシス」

友人B「ロサ・ギガンティア」


 お腹を抱えて大笑いするわたし達を見て、友人Aは顔を真っ赤にしていた。


獅子吼さん「素敵だな! ごきげんよう!」


 それがトドメだった。




0181


友人Aは、普段の有様からだと想像できないが、超がつくお嬢様らしい。

過去の卒アルや写真を見たが、誰だコイツといったお嬢様ぶり。

ただ、どの写真もやたらと挑発的微笑を浮かべているのが気になった。

涙目になるまでいじめたくなる顔だ、と言ったところ周囲からの賛同はひとつも得られなかった。




0182


獅子吼さん「あっち! こんどあっちにダッシュ!」

獅子吼さん「おー! おまえはやいな!」

獅子吼さん「素晴らしいすぴーどだ!」


 男子学生どもの前で、獅子吼さんを肩車して見せつけてやった。

 悔しそうに地団駄を踏むやつらを鼻で笑ってやるのは、けっこういい気分だった。




0183


近くのスーパーで、セルフレジが導入されていた。

そこで、ふたりで買い物中の獅子吼さんと友人Bを見つける。


友人B「いいですか、これはこうやってですね、バーコードに光を当ててですね」

獅子吼さん「おー」

友人B「ふふん。さあ、やってみてください」

主婦「お嬢ちゃんたち、おかあさんのおつかい? えらいねぇ」


 飴玉をもらっていた。

 和んだ。




0184


友人A「『獅子吼さん』なんて人間は、ほんとうはいないのよ。あなたの頭の中にしか」 


 という言葉とともに目を覚ました。

 獅子吼さんの部屋に突入して気が済むまで構い倒したあと、友人Aの家に乗り込み、そのふざけた口を利けなくしてやると告げたあとに、正気に戻った。

 どうも寝ぼけていたらしい。

 帰宅するのも面倒くさかったので、そのままやつのベッドで二度寝した。


 頭を撫でようとする気配があったので、寸前で振り払っておいた。

 わたしの頭は安くないのだ。




0185


 三十分も並んで買ったチーズタルトが、冷蔵庫から消えていた。

 今日一日の楽しみだったというのに、なくなっていた。

 一体これはどういうことだろう。

 不思議だなあ。

 本当に不思議だなあ。

 知りませんか、獅子吼さん? 


「我、知らないよ?」


 ほっぺたに食べかすがついてるんだよォォォ!

 必死に誤魔化そうとするのがかわいかったので許してあげた。


獅子吼さん「あれっ!? 我のパイの実、一箱減ってる!?」




0186


 夜中トイレに起きた獅子吼さんは、たまに素でまちがえてわたしのベッドにもぐりこんでくることがある。

 そういうときは大抵おなかのあたりで丸くなっていて、夏は暑苦しいのだが、冬は湯たんぽがわりになるので重宝している。

 重さ? 

 そんなものは気合でなんとかするに決まっている。




0187


 心理学の授業で「人が猫を見て可愛いと思うのは何故か」というレポート課題が出た。

 昨夜アルコールが入った状態で書き上げたのだが、朝改めて確認したところ途中から『猫』が『獅子吼さん』に置き換わっていた。

 普遍的。

 永遠。

 完全。

 そんな単語が頻発した後、結論で獅子吼さんが神になっていた。

 我ながら、これはないとおもいました。

 まる。




0188


 先日哲学系の授業で「正義とは何か?」というレポート課題を出された。

 「可愛いは正義」という出だしからはじまった内容は、最終的に獅子吼さんは神であるという結論に落ち着いた。

 いや落ち着いていない。

 やはりアルコールが入った状態で課題をやるべきではないと思い知った。




0189


 ご近所さんのところのゴールデンレトリバー。

 結構なお歳で、絶対に吠えたり唸ったりせず、いつもおっとりしているのんびり屋さんなのだが、本日、ちっちゃい子たち数人がむらがって、なでくりなでくりされているのを目撃する。


幼児A「わんわん」

幼児B「わふー」

幼児C「わおーん」

獅子吼さん「わんわんおー」


 仕方ないな、こいつら……という顔で「わふぅ」と息を吐いていた。



0190


 今日もお犬は大人気だった。

 よく晴れて、いつもよりあたたかい陽気だったせいか、数人の遊び疲れた子供たちがその大きな身体に抱きついてすやすやオネムしていた。

 伏せたお犬は時折しっぽをぱったんぱったんするだけで、あとは伏せたままじっとしており、なんと出来たお犬様だろうと改めて感心する。

 とりあえず幼児の中に混ざっていた獅子吼さんだけはわたしが回収しておいた。




0191


「獅子吼さんって猫派なんですか? 犬派なんですか?」 


 何気なく訊ねてみたところ、一時間ぐらい悩んだ挙句に、「にゃんッ! にゃんにゃんッ! にゃおーんッ!」と両方混ざったような鳴き声をあげはじめた。

 獅子吼さんは こんらん している。


 しばらくして正気に戻ったあと、「生き物には上も下もないんだぞ!」と叱られてしまった。


 しゅん。




0192


獅子吼さん「しゅん」

友人B「?」

獅子吼さん「しゅん」

友人A「さっきから俯いて変な鳴き声あげてるんだけど、どうしたのアレ?」

わたし「えっと」

獅子吼さん「最近お酒飲み過ぎだと怒られたから、しゅんとしてる」

獅子吼さん「酒量制限の為に休肝日を作られてしまったのだ。しゅん」


 正直おもしろかわいかったので、しばらく放置してみんなで「しゅんしゅん」鳴き声をあげる獅子吼さんを観察していた。

 あと、それはそれとして実際お酒の量が多すぎなので、休肝日制度は続行です。




0193


「にゅん? にゅんにゅん? にゅにゅにゅん。にゅにゅにゅ……ふふっ」


 学食のテラス席でお昼ごはんを食べていたところ、聞こえてきた変な声。

 物陰をのぞくと、野良猫に餌付けしながら妙な鳴き声で意思疎通を図ろうとする友人Bを見つけた。

 思わず素で「え、なにそれ?」と言ってしまった。

 ハッと振り向いた友人Bは、わたしに気づくと顔を真っ赤にして走り去って行った。

 その後数日間、顔を目にするたび「にゅにゅにゅん!」と挨拶をしていたら、一週間ぐらい口を利いてくれなくなった。


 解せぬ。




0194


わたし「にゅんにゅん」

友人A「にゅん」

獅子吼さん「にゃーんにゃーん!」

友人B「あの」

わたし「にゅん?」

友人A「にゅっにゅ」

獅子吼さん「にゃう」

友人B「すみません、あの、ほんと」

わたし「にゅうにゅう」

友人A「にゅにゅにゅwww」

獅子吼さん「にゃおーん!」

友人B「死ね! ばーかばーか!」



 

0195


友人A「もうだめぽ……消えてなくなりたい」

わたし「社会的に? 物理的に?」

友人A「……それを訊いてどうするわけ?」

わたし「もちろん大切なお友達なんだから何かお手伝いができないかなって」

友人A「サイコパスぅ! あと真顔やめて! こわい、こわいから!」


 ちなみに落ち込んでいた理由は、授業中にお腹の鳴る音を隣に座っていた男子に聞かれたからとのこと。

 乙女か。




0196


 獅子吼さんが時期外れのため安売りしていた保温保冷マグカップを買ってきた。


獅子吼さん「これでずっとあったかいの飲めるぞ!」

一時間後「あつっ、あつ、あっつい! いつまでたっても冷めない! どうなってるんだ!」 


 猫舌気味の獅子吼さんは、ひとりでぷんぷん怒っていた。




0197


 うちのバスタブは割と大きめなので、獅子吼さん1人だと手足を伸ばして、ぷかぷか浮かぶことができる。

 一緒にお風呂に入ったとき先に湯船に入らせると、よくほけーっとした顔でたゆたっている。


「さざなみの音……原初の海……生命の母胎……ああ、それはまるで――つべたい! 水滴落ちてきた!」


 偶にどこかにトリップしていることもある。




0198


 うちは溜まり場になることが多いので、結構共用の物が置かれていたりする。

 その内の一つが『キャンディボックス』である。

 不透明の小箱に各々が持ち寄った飴をしこまた投入したものだ。

 取り出した飴はかならず自分で舐めなければならないルール。

 大体みんなまず家に来たらこれをペロペロする。


 サルミアッキを入れたやつのことは、絶対に許さない。

 死ぬまでに必ず犯人を暴いてみせる……!




0199


「んー! んんー!」

「んー……んぅ! ん!」

「んがーーー!」


 獅子吼さんが自分の背中に手を伸ばしながら唸っている。

 背中の痒いところに手が届かないらしい。

 しばらくジタバタごろごろしていたが、やがて諦めたのかわたしの前へやってきた。

 背中をめくって「ん!」と突き出してくるので脇腹をこしょこしょしてやった。


 怒られた。




0200


友人B「知っていますか? かの――

わたし「知らない」

友人B「……では

わたし「でもわたしは知らないことを知っている」

友人B「アリストテレスですね」

わたし「ソクラテスだよ」

友人B「……(紅潮)」

わたし「( ^ω^)」

友人B「ッッッ(紅潮)」

わたし「きみは色々なことを知っているようだけど、無知を知ってはいなかったようだね」

友人B「ばーかばーか!」


 やはりしばらく口を利いてくれなくなった。

 解せぬ。



0201


「手が! 手が! 手がぁ!」 


 帰宅するなり、獅子吼さんが半泣きで駆け寄ってきた。

 右手を差し出してくるので、まさか怪我をしたのかと慌てたところで、


「この手が勝手に、おまえのポテチを我の口に運んできて……!」

「我の本意じゃなかったんだぞ!」

「めっ! この手、めっ!」


 と茶番を演じはじめたので、


「じゃあ、そんな悪い手はとっちゃいましょうか」


 と包丁を取りにいったら、泣いて謝られた。

 泣いている姿もかわいいなと思いました。

 まる。




0202


友人A「ねえ、髪、短くしすぎたと思わない?」

わたし「おかしくないよ」

友人A「ほんと?」

わたし「うんうん」

友人A「えー? 本当におかしくない? ねえ、ねえってば」

わたし「……」


 いい加減、鬱陶しくなって物理的に黙らせたくなっていたので、「そうしているとまるでエル・ファニングだね」とスマホいじりしながら適当に答えたことがあるのだが、それ以来、友人Aは誰かに有名人の誰に似てるって言われる?と訊かれると「エル・ファニング」と臆面もなく口にするようになった。

 そういうところ、本当に尊敬する。



0203


 獅子吼さんとお菓子を食べていると、


「あーん」

(ヒョイ)

(パクッ)

「ああっ」


 という定番のやつをやるときがある。

 大体、二三回で満足してちゃんと食べさせてあげるのだが、興が乗ると五回ぐらい連続してやることもある。

 というか、さっきやった。

 拗ねてコタツに潜ってしまった。


 足先でお腹のあたりを擽ってやると、しばらくジタバタしたあと顔を真っ赤にして飛び出してきた。

が、何か言おうとしたその口にチョコを放り込んであげると静かになった。

 どすん、と足の上にお尻をのっけてきたので、髪の毛をわしゃわしゃしてやるときゃらきゃらと笑いだした。

 そんな一日だった。




0204


 帰宅すると、獅子吼さんがリビングの床の上で瞑想していた。


わたし「なにしているんです?」

獅子吼さん「チャクラをまわしてる」 


 見れば、そばにNARUTOと氣の入門書みたいなのが転がっている。

 獅子吼さんはわりと外からの影響を受けやすいのだ。

 ふと思いついて、スマホで恋ダンスの音楽を流してみた。

 イントロでぴくりと反応したあとはじっと堪えていたようだったが、やがて我慢出来なくなったのか、飛び上がってノリノリで踊りだした。


獅子吼さん「せっかくもう少しで氣をつかめそうだったのに!」


 終わったあとで怒られてしまった。

 たぶんそれは錯覚です。




0205


獅子吼さん「(指鉄砲)バーン!」

わたし「……」

獅子吼さん「(指鉄砲)バーン!!」

わたし「……?」

獅子吼さん「(指鉄砲)ば、バーン!!」

わたし「???」

獅子吼さん「ば、ば、もういいよバーカバーカ!」


 いきなり指を突きつけて大きな声をしてきたので、その指先に額をくっつけてハテナ顔でグリグリしてみたところ、獅子吼さんは涙目で走り去ってしまった。

 解せない。


友人A「ほんとあんたってさぁ――あ、いや、なんでもない、です」


 解せないなあ、ほんとうにね。




0206


 獅子吼さんがお腹が痛いとウンウン唸っているので、何か変なものを食べなかったか訊ねたが、特に食べていないという。


獅子吼さん「お菓子を食べただけなのに……うう」

わたし「ちなみに、何を?」

獅子吼さん「ポテチのコンソメとのりしおとうすしお……あとコアラのマーチとパイの実とトッポと……」


 台所に行って戸棚を開けると備蓄していたお菓子がすべてなくなっていた。

 単なる食べ過ぎの胃もたれである。

 胃薬をのませたあと、枕元でこんこんとお説教しておいた。




0207


「ごめん……もう、おまえには二度会えないとおもう」


 そう告げて部屋から出て行った獅子吼さん。

 二時間ぐらい経って帰ってきた獅子吼さんの目は、赤く腫れていた。


 そういえば今年の健康診断は採血もあったのだった。


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