第一部 1~50(秋)
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0001
「なあ、もし困っている知り合いがいたら助けになってやるべきかな?」
学食で一緒にお昼ごはんを食べていると、唐突に獅子吼さんがそんなことを言い出した。
わたしが事情を問うと、なんでも聞いたこともないよくわからない病気に罹り助けを求めているらしい。
その知人からのメールを実際に見せてもらった。
スパムメールだった。
この人なら治ったってこの前言ってたましたよと伝えると、獅子吼さんは「よかった!」と嬉しそうに笑っていた。
0002
獅子吼さん「もしもこの世界が我の見ている夢だったらどうしよう……」
今日は唐突にそんなことを獅子吼さんが言い出した。
お昼と夕ご飯の材料を近くのスーパーに買いに行った帰りのことだった。
この世界はわたしが見ている夢だから、獅子吼さんが心配する必要はないんですよと教えてあげると、
「そうか! だったら安心だな! おまえはお寝坊さんだからすぐには起きないもんな!」
と喜んでいたので、「よかったね」と頭を撫でておいた。
0003
ソファで寝そべって『うちゅうのしくみ』という幼児向けの本を読んでいた獅子吼さんが、「宇宙ってどのぐらい大きいんだろう……」と呟いていたので、獅子吼さんが大好きなお猫様を想う気持ちぐらいかなと言うと「無限大だな!」とほっぺを赤くして興奮していた。
0004
獅子吼さん「もしも我の前世が猫だったとしたら、おまえの前世はなんだったとおもう?」
と獅子吼さんが聞いてきたので、玉ねぎかなと言うと口をきいてくれなくなった。
0005
獅子吼さん「もしも我の前世が猫だったとしたら、おまえの前世はなんだったとおもう?」
と今日も獅子吼さんが聞いてきたので、飼い主かなと言うといつもより多めに甘えてきた。
0006
ところで獅子吼さんの『獅子吼』は『ししく』と読むのだが、『ししこう』と読めることもあってか獅子吼さんのことを『シシ子』と呼ぶ者もいる。
というよりそっちのほうが多い。
今日も今日とて「シシ子これあげる」「シシ子これ食べる?」「シシ子ほら、これが欲しいんだろ」「シシ子ふぉーゆー」などと四方八方で餌付けされていた。
0007
獅子吼さん「もしかして我はたらしっていうやつなのかも……。我って罪作りな人間?」
腕の中いっぱいに甘味を抱えた獅子吼さんがシリアス顔でそんなこと言うので、ならわたしが罰を与えなくちゃねとくすぐってやると、きゃっきゃと喜んでいた。
0008
獅子吼さん「今日はいちども転ばなかったんだ!」
おゆうはんのときに獅子吼さんがうれしそうにしていたので、よかったですねと頭を撫でておいた。
0009
獅子吼さん「このにんじんを食べたら、なにかいいことある?」
おゆうはんのとき、カレーに入っていたニンジンをスプーンでつつきながら獅子吼さんが言うので、わたしが作ったカレーを獅子吼さんがおいしくいただいてくれたらわたしが喜ぶと伝えたら、涙目になりながらも完食していた。
0010
獅子吼さん「誕生日おめでとう!」
と獅子吼さんが手作りのクッキーをくれた。
かすりもしていなかったのだけれど、にこにこする獅子吼さんには何も言えなかった。
今年二度目である。
0011
獅子吼さんが涙目になりながら歯磨きをしていた件。
獅子吼さん用のが切れていたらしい。
「これあまくないやつだ!」とぷんぷんしていた。
わたしのを勝手に使っておきながらこの言い草。
よしよしと頭を撫でて慰めてあげた。
0012
深夜、のどが渇いたのでキッチンに向かうと、リビングに人の気配。
こっそりのぞいてみると、真っ暗な部屋のなか、獅子吼さんがイヤホンをつけてプリキュアを観ていた。
あんまりにもキラキラした目をしていたので、声をかけずにそっとしておくことにした。
0013
学部の高齢な教授に大人気の獅子吼さん。噂では自分のところのゼミに入れようと教授間で日夜牽制し合っているらしい。
0014
プリンにプリン専用醤油を垂らして「うに! これうにだな!」とはしゃぎながら食べている獅子吼さんを目の前にして、デパ地下で買ってきた高級生うにを頬張る幸せ。
0015
今夜の宅飲みの結果。
わたし+友人AB→ビールとカクテル合わせて計14本。
獅子吼さん→ウィスキー700ml×1、日本酒720ml×1。
ロシアの血ってこわい。
0016
ご近所の老夫婦のところで飼い犬のゴールデンレトリバーともののけ姫ごっこをしていた獅子吼さん。
おみやげに大量の菓子類を抱えて帰ってきた。
0017
晴れ晴れとした陽気だった今日の午後、構内の芝生の上で、両手両足を抱えて亀のように蹲っている獅子吼さんを発見した。
すわ体調でも崩したのかと駆け寄ると、すぴすぴと気持ちよさ気な寝息が聞こえてきた。
家へとお持ち帰りした。
0018
本日、獅子吼さんと観た映画は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『雲のむこう、約束の場所』『サムウェア』。
途中で眠ってしまった獅子吼さんをクッション代わりにぎゅっとして見る映画は、なかなかに乙なものである。
0019
講義を受けに大講義室に向かったところ、前の授業の学生がまだ残って集まっていた。
中心には、友人Aに膝枕されて寝息を立てている獅子吼さんが。
友人A「ちょ、あんた何て目で私のこと見るのよ」
苦笑していた友人Aがわたしを見るなりぎょっとしていた。
一体なんの話だかさっぱり分からなかった。
0020
獅子吼さん「もし我に翼があったら、どこまでも高く飛んでゆけるのに」
獅子吼さんがそんなこと言うので、たかいたかいをしてやった。
きゃっきゃとはしゃいでいた。
0021
獅子吼さん「後悔だけは、したくないんだ」
そう言った獅子吼さんは――2つ目のハーゲンダッツに手をのばした。
翌日お腹を壊して泣いていた。
0022
獅子吼さん「もう二度と――後悔はしない」
そう言った獅子吼さんは――4つ目のスイカに手をのばした。
翌日お腹を壊して泣いていた。
0023
お酒を買いに家を出た獅子吼さん。
補導されていた。
今年三度目である。
いい加減、獅子吼さんが成年であることをこのあたりのお巡りさんは覚えて欲しい。
0024
映画を観ている途中で寝落ちしていたが、猫の鳴き声が聞こえて、ふと目を覚ました。
ソファの上で丸まっていた獅子吼さんの寝言だった。
「にゃーん」というより「にゅーん」という感じであった。
0025
プリキュア好きの獅子吼さんに、これも最高に面白いですよとまどかマギカを三話まで見せたところ、口を利いてくれなくなった。
いやいやこれから盛り上がっていくんですよと、六話まで見せたら、クッションを投げつけられた。
でもまあ、ほら、ね、奇跡も魔法もあって、愛と勇気は最後に勝つものですからと九話まで見せたら、「むぁー!!!」とお腹に頭突きされた。
ここまで来たら最後まで観ましょうよと最終話を見終えたところ、「これはイイものだ」と納得してもらって、仲直りした。
0026
学食で日替わりランチを注文すると高確率で旗が刺さって出てくる獅子吼さん。
今日で収集数50本オーバー。
0027
友人B「お風呂で身体を洗う時、まずどこから手をつけます?」
友人Bがそんなことを問うてきたので、獅子吼さんの背中からかなと答えておいた。
友人B「……えっ?」
0028
近くの公園で子供達がボール遊びをしていた。
よくよく見たら獅子吼さんも混ざっていた。
元気で良いことである。
0029
獅子吼さんが近所の小学生に告白されていた。
獅子吼さん「いや、うん、年上に憧れる気持ちが分かるけど、我とおまえが付き合ったら犯罪になっちゃうから、その、な?」
相手の子供はとても不思議そうに首をかしげていた。
0030
少女マンガらしき本を読んでいた獅子吼さんが突然奇声をあげたのでびっくりする。
顔を真っ赤にした獅子吼さんは「は、はれんちだ! あれ、はれんちだ!」とわたしの後ろに隠れて離れたところにある本を指さす。
はて、うちに獅子吼さんの教育に悪そうなものは置いてなかったと思うのだがと本を確認すると見覚えのないものだった。
友人Aに貸されたらしい。
獅子吼さん「お、おお、おとこ同士であんなこと、へんたいにちがいない!」
………………。
0031
獅子吼さん「ただいま!」
元気よく帰ってきた獅子吼さんが、リビングに入ってきて目を丸くする。
獅子吼さん「なー、そいつなんで土下座してるの?」
世の中には不思議なことがたくさんあるんですよ、と友人Aを見下ろしながら教えてあげた。
0032
実家の事情で一時帰省中。
一人だとさみしいので今日は友人Aのところに泊まると獅子吼さんは言っていたのだが、その友人Aからメールが届く。
満面の笑みでダブルピースする獅子吼さんの写真が添付されていた。
………………。
0033
獅子吼さん「なー、あいつの面白い写真見せてくれるって言ってたけど、どんなの?」
友人A「どうか! どうかそれだけはご勘弁を! おねがいっ、あやまるからっ! あ、ああ――っ!?」
二日ぐらい、友人Aは獅子吼さんから距離を置かれることになった。
0034
友人B「結局、人間の本質というのは愚かなものなんですよ。これまで人間が歩んできた歴史こそが、それを証明しています。過ちから何も学ばず、再び同じことを繰り返す――なんて、愚劣」
とのたまいながら友人Bが本日四つ目のケーキに手を伸ばしていた。
バイキングに来ると、毎回同じことを口にしている。
0035
今朝起きたら獅子吼さんがわたしのベッドに潜り込んでいた。
昨日ホラー映画を見たせいだと思われる。
今日も借りてこよう。
0036
『にゃーん、にゃん、にゃんにゃん、にゃーん? にゃん! にゃんにゃにゃぁーん、にゃんにゃ、にゅーん』
頑張ってお猫様と会話しようとする獅子吼さんの動画、2分30秒。
大体みんな持ってる。
0037
友人B「つまり世界は滅亡するってことなんですよ!」
獅子吼さん「またふとったのか、おまえ?」
友人B「滅べ!」
半ば溜まり場になっている専攻会室のドアを開けるなりそんなことを叫んだ友人Bへ、獅子吼さんが間髪入れず言葉を返すと、当該人物はふてくされたような顔をしてまたどこかへ去っていった。
0038
獅子吼さん「もしも明日世界が滅亡するとしたら、なにする?」
わたし「世界を救いにいくかな」
獅子吼さんからの問いに調子にのって格好いいことを言ってみたら、ものすごい尊敬の眼差しが返ってきた。
胸が痛い。
0039
今朝は起きたら獅子吼さんのベッドに潜り込んでいた。
昨夜、宅飲みしたあとの記憶がない。
わたしのベッドで寝ていたらしい友人Aに問うてみると、
動画『やぁだぁー! 獅子吼さんといっしょにねるのー! いっしょにねる――――』
そのスマホを破壊することが、きっとわたしの生まれた意味。
0040
ハンバーグにしました。
0041
獅子吼さんの昔のアルバムをみせてもらっていたところ、卒業式の日のものらしき写真を見つける。
大勢の友人に抱っこされている獅子吼さんを指差し、高校でも人気者だったんですねと言うと、
「……それ、中学のときのなんだけど」
と返ってきた。
必死に謝った。
0042
酔っぱらった勢いでポッキーゲーム開催せらる。
一度も獅子吼さんとあたらなかった。
こんな世界は間違っている。
0043
獅子吼さんが彼氏を連れてきたのを見て、あ、これは夢だなと朝目覚めた。
いくらなんでも現実味がなさすぎるというものだ。
0044
獅子吼さんが彼女を連れてきたのを見て、あ、これは夢だなと仮眠から目覚めた。
いくらなんでも現実味がなさすぎるというものだ。
友人A「あんたの現実どうなってるのよ。あの子、単性生殖するわけじゃないのよ」
おかしなことをいう駄肉である。あんなクソみたいな現実あるわけない。
0045
友人A「AUOのこと『おぅお』って読んでた」
友人B「booleanのこと『ブーレン』と読んでました」
わたし「Guns N' Rosesを『ガンズ・エヌ・ローゼス』って言ってた時期ある」
獅子吼さん「えっと、えっと……先生をおかーさんって呼んだことある!」
ちょっと、それはちがうかな。
0046
夜中にこんなクソLINEを送ってこられたわたしは、おこになっても良いと思う。
0047
今日は雨だったので、だらだら読書する流れになった。
わたしは久しぶりに『ALONE TOGETHER』を読み返し、友人Aは『光の帝国』を、友人Bは『時砂の王』を読んでいた。
獅子吼さんは『にんげんだもの』を元気よく朗読していた。
何か感じ入るものがあったらしく、しきりに頷いていた。
0048
夕方、新しいイヤホンを買うために電気屋さんに行った。
展示ピアノで、ラフマニノフのピアノ協奏曲を完璧に演奏する獅子吼さんを発見する。
終了後、愕然とする周囲にかまわず、獅子吼さんは素晴らしいほどのドヤ顔で去って行った。
0049
獅子吼さんの愛読書の一つは「月刊ムー」である。
0050
コタツを出したところ、獅子吼さんがこたつむりになってしまった。
コタツから頭だけを出して、「我、もう今日は授業に行かない」と言うので、仕方なく一緒にぬくぬくした。
喉をやられた……。