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その都市、現実にして幻想  作者: SIS
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第四章 黎明の少女



「ふーんふふー……」

 今は使われなくなった、山奥に通じる線路。その上を、上機嫌で鼻歌なんぞを歌いながら、健二は帰り道の途中だった。

 上機嫌なのは、あの赤い蟻の腹から出てきた鉱石が規格外で売れた……からではない。理由は、彼の背中に背負われている荷物にあった。

 銀色に輝く、金属製の長方形。盾である。

 それも、唯の盾ではない。遺跡産出のクォークス鉱石を鍛えて作り出した、メイドイン都市の、特別で強固な盾だ。その硬度はポリカーボネート製の盾と比較にならないほど高いが、重量においてはさほど変わらないどころか、やや軽い。その防御力は恐らく、あの赤蟻の突進を受けても変形せずに耐えきれるだろう程であり、とてもではないが健二のような初心者が手に出来るようなやすい代物ではない。

 それでも彼がその盾を手にしているというのは、つまり、そういう事である。

 赤蟻を倒して得た報酬。明らかに初心者の健二でもおかしいと思うその高額を、彼はすっぱりと盾にぶっこんだ。そこにためらいはない。なお、以前手にしており、彼の命を赤蟻から救った半透明の盾は、まだ無事だった部分をくり貫き、盾にもうけられたのぞき穴にはめ込まれている。

 盾がなければ死んでいた。次も、盾がなければ死ぬかもしれない。ならば、盾に全振りするのは、今の彼にとってごく自然なことだった。そもそも彼は、今回の報酬をあぶく銭と認識していた。そういった大金を後生大事に抱えるのは、彼の考えにあわない。

 そんなすぎた事を考えるよりも、今はこのあたらしい盾に夢中だったともいう。手には分けてもらった古い襤褸布とオイルを持ち、すこし歩いては休憩がてらに盾を磨き、少し歩いては休憩がてらに盾を磨き、少し歩いては盾を掲げてその装甲の輝きに見入る。おかげで帰り道は遅々として進まない。

「……しかし、なんだったんだろうなあ、あれ」

 だが新しい盾の事を考えれば考えるほど、あの赤い怪物の事に考えが及ぶ。死そのものといっていい、深紅の甲殻。いくら健二が遺跡に無知でも、あんなのが一階層をふつうにうろついているはずがないという事ぐらいわかる。

 実際、健二が命辛々脱出した遺跡の出入り口は、血塗れの大変な有様になっていた。恐らく自分と同じように蟻に襲われ、しかし撃退する事ができなかったのであろう冒険者達の末路を思わせる惨状に、健二は背筋を震わせて戦慄した。その事が一層、彼の盾への信頼を募らせ、新しい盾を有り金はたいて入手するという暴挙ともいえる行動に走らせたのは言うまでもない。

 そう、文字通り有り金全部である。故に、彼はこうして、ねぐらにしていた廃墟に戻るために、線路を逆走しているのだ。普通なら、冒険者には専用の格安アパートメントが提供されるのだが、今の彼にはそれすら利用できるだけの蓄えすらないのである。

「……トマト、あといくつ実ってたっけな」

 実をいうと健二はトマトがそんなに好きではないが、この場合は仕方ない。

 やがて遺跡探索でへとへとになった足を動かして、寝床に定めた廃墟に戻ってきた。日は、既に傾き始めている。疲労の事もあって、想像以上に帰宅に時間がかかってしまった。

「まあいいや、筋トレになるし」

 本心では全く思ってない事を呟いて、庭の畑を囲む煉瓦に腰を降ろして、トマトを一つ、もぎ取って口に運ぶ。

「……ん?」

 ふと、トマトの房に違和感を覚えて、健二は顔を近づけた。いつも、健二がねじ切って収穫するトマトの実。だが、そうやってねじ切られた枝の中に一つだけ、鋭利な刃物で切り落としたような後が残されていた。それこそ違和感を覚えるほどの鋭い切り口であり、ナイフなんかで切った跡では断じてない。

「……?」

 健二は首を傾げて周囲を見渡す。この近辺に誰かが住んでいないのは確認している。ただ、この近隣にあって、深紅に輝くトマトの実はよく目立つ。通りすがりの冒険者がもいでいっても不思議ではない。

「まあ、どうせここに財産なんかおいてないし、気にすることもないか……」

 疑惑はあったが、それよりも眠気が勝る。早く床に横になりたい一心で、彼はトマト二つという夕食を終えて廃墟の扉を潜った。玄関に適当に荷物を放り投げ、盾だけを後生大事に抱えて寝床に向かう。

 廃墟と化した家の中、唯一窓ガラスが東側に残された部屋が彼の寝床だ。朝露を防げて、朝日が差し込むこれ以上ない条件の、偶然みつけた寝室後。既に西日が差しているため明かりのない廃墟内は暗いが、幸い物もないので健二も迷うことはない。ためらう事なく健二は、部屋の隅に積み重ねておいた毛布へと何も考えずに飛び込んだ。

「むぎゅっ!!??」

 変なうめき声が響く。

 彼の不幸は、なんだかんだで体力的には疲れ果てて帰宅が遅くなったことだろう。そのため廃墟内は暗く、さらにいえば注意力も低下していた為に、彼は毛布の膨らみに気がつかなかったのだ。

 その直後、毛布の下から跳ね上がってきた鉄棒のような何かに強かに打ち据えられて、健二は天井に文字通り張り付く羽目になった。



「本当にごめんなサイッ」

 頭を頭巾で覆った和装の少女。赤い頭巾からは目元からしか見えないが、それでも声の響きから彼女が年若い少女であるという事はすぐにわかる。そんな彼女は今、煤けた床板に額を押しつけ、ふかぶかと体を押し畳んでいた。

 土下座である。

 そんな彼女の対面で、健二はあごに水で濡らした手ぬぐいを押し当てながら、困惑したまま座り込んでいた。言うまでもなく、先ほどの殴打による負傷が原因である。

「ええっと……」

 ちらり、と土下座の体勢から動かない少女をちらちらと見やる。彼女の両脇には、無抵抗の証として得物である太刀が鞘にはいったまま転がされている。その鞘がさきほど健二を天井まで打ち上げた凶器な訳なのだが、人一人を力任せに殴打したにも関わらず、その鞘は歪まず曲がらず。また、鍔の造りや柄の細工など、非常に手の込んだ造りは尋常ではない業物である事を抜かずとも示していた。また、少女の服装も、奇矯な頭巾に目が行きがちだが、纏う赤色の着物は艶色合いともに尋常のものではなく、かなりの代物であると同時に、素人の健二でも感じ取れるほどの死臭を纏っていた。

 どう見ても、超一流の冒険者の装いである。

 それがなんでまた、こんな都市から離れた廃墟で毛布にくるまっていたのか。健二としては自分がふっとばされた事よりもそっちの方が疑問だった。

「いや、まあその。誠意はわかったよ。こっちもそもそも、勝手に廃墟に間借りしてただけだし、別に居住権とかある訳じゃないし……」

「申し訳ありませんでシタ!」

「いやいやだからさ、顔上げて、ね? もうおこっちゃいないし」

「申し訳ありませんでシター!」

「いや、だからね」

「申し訳ありませんでシター!!」

「黙って顔上げろ」

「イ、イエッサ!!」

 がばっ、とバネのように身を起こす少女。これで話ができる、と健二はため息をついた。本来なら警戒すべき状況なのだろうが、どうにもあの開幕土下座のインパクトが強すぎてどうにもそういう気分になれない。やや人間不信の気がある健二にとっては、どうにもやりにくいと同時に疑ってかかる必要性を感じない、話安さと話にくさが同居した奇妙な相手、それが少女だった。

「とりあえず、自己紹介からかな。俺は健二。君は?」

「え、えと……ワタシは、椿ツバキと申しマス!! 椿、デス!」

「なんで二回……いや、椿さんね。で、ズバリ直球で訪ねるけど……なんでこんな廃墟に? 庭のトマトを一個もいだのも、椿さんですよね?」

「ホワッツ!? 何故それヲ!?」

「いや、刃物で切り落としたような後があった。しかし何故英語?」

 話していると、どうにも奇妙なアクセントの目立つ椿の口調に健二は首を傾げる。とはいえ、アクセントが変なだけで発音そのものは流麗な日本語だ。ちょっとこう、キャラを作っているのだろうか、と彼は解釈して内心納得した。

 何せ、格好が格好であるし。

「装備を見たところ、そこそこ稼いでる冒険者みたいだけど、それだったらこんな廃墟に寝泊まりなんかせずに、普通に宿を借りればいいんじゃ」

「いや、その、あの。それには深刻な理由ガ……」

 少女はぼそぼそとつぶやきながら、ちらちらと視線をさまよわせた。その視線は、しきりに両脇の二つの太刀をいったりきたりしている。ぴこんと健二の脳裏で電球が光った。

「もしかして……君も、全額武器に使い果たした?」

 ゴトン、とフローリングに重い音を響かせて立てかけられるのは、健二の新品の盾。都市産の超合金でできた盾は、蝋燭の明かりを受けて鈍色の輝きを照り返した。

「実は俺、この盾に稼ぎほとんどぶちこんじゃってさ。宿にも止まれなくて……あんたのその太刀、相当に業物だし、それでお金使いきったとか?」

「え……そ、ソウ! そうなんデス! 手持ちじゃ足りなくてローンもくんでも、まだぜんぜん足りなくテ!」

「ローン? その日暮らしの冒険者に? あんのそんなの?」

「ええ、ありますヨ。ある程度の実績を残した冒険者限定の話ですケド。許可を取るには最低でも10階層を越えないといけないですシ……」

「え、あんた、十階層クラスの冒険者なのか?」

「アっ」

 余計な事まで口をした、といわんばかりに、少女は頭巾の上から口を押さえた。年相応というにはこう、アホっぽいその仕草に、健二はなんとはなしに罪悪感を感じて口を紡いだ。

 口が軽そうだなあと思って、逃げ道を用意してやる代わりにあれこれ情報を聞き出して糧にしてやろうと考えたのだが、さすがにここまでぽろぽろとこぼれだしてくるのは予想外である。純粋な人間を騙してるような気分だ。

「あー……まあ、そのなんだ。結局ここにはどっちも所有権なんてない訳だし、さっきの事を水に流して考えた上で、先着優先という事で」

「え、ソノ?」

「俺はどこか近くの適当なところで朝露を凌ぐよ。それじゃあ」

「エ?」

 健二はそそくさと毛布をはじめとする廃墟に置いておいた物資を手に取ると、そそくさとその場を後にする。

 残された少女はというと、片手を追いすがるように差し出した姿勢のまま、数秒固まった後、そのままべしゃりと床に崩れ落ちた。

「……毛布、貸してほしかったのデス」


 翌日。家の原型もとどめていない、文字通りの廃墟で目をさました健二は、毛布を抱えて這いだすように朝日の下にまろびでた。就寝中、扉がわりにつかっていた盾を石垣にたてかけて、うーんと背伸びをする。寝なれない環境だったが、思いの外熟睡はできた。

 朝の冷たい空気に触れて、眠気がたちまち冷めていく。あとは町にいくついでに川で顔をすすげば、完全に目が冷めるだろう。盾の表面をきゅっきゅと磨いて、鏡代わりに前髪を整える。今日もよい輝きである。

 よっこいせ、と盾を持ったまま立ち上がるが、重みにバランスを崩す。流石に、昨日の今日で使いこなす、という訳にはいかないようだ。

 苦笑しつつ、外に出ると太陽がさんさんと照り付けている。朝の冷たさが、芯から取り払われるようだった。

「ああ……よい朝だ」

「そうですネ」

「?!」

 唐突に横から聞こえてきた声に、反射的に盾を手に健二が振り返る。果たしてそこには、昨晩の赤頭巾少女の姿があった。

「どうも、おはようございマス」

「おはよう、ございます」

 顔を隠したまま、しかしほがらかに挨拶してくる少女に、健二は多少むすっとした挨拶を返す。

「……なんでいる?」

「イエ。ご迷惑をおかけしましたし、そのお返しをしたいなと思いまシテ」

「別に。迷惑とは」

「まあまあマア。そちらとしてはともかく、こちらとしては貸し借りを無しにしておきたいのですヨ。ネ?」

「……ついてきたければ勝手にすればいいだろ」

 多分、この手の輩は何をいっても強引についてくるだろうと判断して、しかたなしに健二は首を振った。それも心底めんどくさそうに。ここまで感情を正直に表現されれば普通は遠慮か気分を害するものだろうが、少女は頭巾の上からでもわかるほどにこにこした様子で健二の後をちょこちょこと追い回した。気にしてないのか、それとも気がついていないのか。どうにも読めない。

「嫌なら無理強いはしませんヨ。ただワタシも冒険者、都市にいかないといけない訳デスシ。どうせなら道中、私が冒険で得た教訓、伝授しまショウカ?」

「む」

 思わぬ申し出に、拒絶一辺倒だった健二の意志が揺らぐ。

 見たところ、相手はそれなりの手練れ。得物も良いし、身動きも素人目でもしゃきしゃきとしている。昨晩も感じたが、恐らく相手は自分よりも遙かに格上の冒険者だ。だが同時に、聞こえてくる声の響きや、服の上から感じる体の華奢さを見る限り、健二と同程度の年若い少女でもある。いったいどうすれば、その年齢でそれだけの積み重ねを成したのか。健二にとっても大いに興味のある話である。

「……わかった。たまには旅の道連れもいいだろう。だが都市まででいいよな。俺は新人で、あんたはベテランだ」

「はーイ。それでよろしくお願いシマス」


 そうして、奇妙な先輩との都市までの同道が決まった。だが、その時間は間違いなく、健二にとって貴重な物であった。

 なぜなら少女は健二の見込み通り、いやそれ以上の熟練者であり、その知識は彼の想像以上のものだったのだ。

「つまり、化け物同士の生態系ってのは、同時にレアメタルの拡散経路って事なのか?」

「イエス! その通りデス。はっきりと分かってはいませんが、遺跡の地下深くにレアメタルの鉱脈があると考えられてイマス。それを、化け物がカジッテ取り込んで、その死体を別のが食べて、という流れで、ああいうインゴットじみた形状に精錬されるのだソウデス」

 楽しそうに語る椿。なんだか生き生きとしているなあ、と健二が彼女の高論っぷりを拝見していると、ぶろろろ、と一台のトラックが通り過ぎていった。遺跡から採掘された物質を外界へ運ぶ無人トラックだ。聞いた話では、あのトラックに今しがた椿が口にしたばかりのインゴットが大量に詰め込まれており、一度外界との境界線で三日以上待機してから外に出ていくのだという。なんでも、三日たてば死病のウィルスは死滅するとかで、物資そのものの運搬は難しくはないらしい。無論、感染した状態で外に出ようものならウィルスが死滅しようがお陀仏確定なのだが。

 トラックが過ぎ去っていく。それを見送って、健二はふと湧いて出た疑問を椿にぶつけた。

「それだと、一階層みたいな上層から大きいのがでてくるのはおかしくないか? 一番弱いんだろ、あの銀色の」

「それについても矛盾はアリマセン。化け物は強ければ強いほど、下層でしか生きていけないのデス。何かの間違いで上にあがってしまった化け物が死んで、その死体を弱い怪物が食べているのデス。あの銀蟻も、下に五階ぐらいまでは移動するので、そこでレアメタルを摂取していると考えられてイマス。まあ、強いのが上にこれないのは、遺跡内の生態系を守るための自己防衛だと考えられていますネ」

「ふーん……ん?」

 成る程成る程、考えられているもんだなあ、と納得していた健二は、しかし不意に違和感を覚えて首を傾げた。

 頭巾少女の話はわかりやすく、遺跡についての理解は深まった。だが、あの赤蟻はどうなのだろう。思えば、あれは恐らく、”上”に来た事で大幅に衰弱していたのだろう。だが、それを置いておいてもあの戦闘力は異常ではなかっただろうか。それとも、階層を一階移動する度に、化け物達はあんな急激な戦闘力の上昇の仕方をするのだろうか。

「なあ、ちょっといいか。実は一階層で妙なことがあったんだが……」

「質問デスカ? 勉強熱心なニュービーは良いニュービーデス。でも残念、時間切れデス!」

「時間切れ……あ」

「そう、もう町についちゃいまシタ!」

 言われて顔をあげれば、目の前には町の検問が。片道でも、決して短くない廃墟から都市までの距離だったが、どうやら話し込んでいるうちに渡りきってしまったらしい。楽しい時間ほど瞬く間に過ぎるとはこの事だ。

「そっか、町についちまったならしょうがない」

「そうそう、ですのでここは予定を変更シテ……」

「それじゃあな、また会った時に続きは頼むぜ、変な語尾の侍さん」

「エ」

 何事かいいかけていた少女に、しかし健二は気づかずさっさと話を切り上げて検問を潜った。約束は約束なのだからと、多少失礼であるも割り切った清々しいとすらいえる対応ともいえる。だが、まだまだ話すつもりだった頭巾少女からすれば、あまりにも急な話だった。

 頭巾少女からすれば健二との会話は思ったよりも楽しく、また健二も興味津々だったので「これはいける!」とか考えていただけに彼の対応は冷や水をぶっかけられたようなものだった。哀れ、あわわと泡を食っている間に健二はするすると門の向こうへと抜けてしまう。

 マッテー、と彼女は大慌てで自分も門を潜ろうとして、ひっかかった両の太刀の鞘が綺麗にクロスしつつその鳩尾に強烈なボディーブローを見舞った。

「ごふっ」

「……あの。お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


 背後で置いてきた頭巾少女が地面につっぷしているともしらず、健二はまっすぐに遺跡を目指す。無論、遺跡に潜る上で下準備を怠るつもりはなく、単に順番を確保するためだ。先日と同じように遺跡の出入り管理門へとやってきた健二だったが、しかしそこで起きていた喧噪に眉を潜める事になった。

 なにやら遺跡の前に人だかりができており、喧噪の種類もどこか刺々しい。何かしらのトラブルが起きている様子である。

 健二は周囲をしばし見渡すと、喧噪から引き返してきた草臥れた風の男に声をかけた。

「そこの人。そう、貴方です。灰色のコートの人。……遺跡で、何があったんですか」

「ああ。……君は冒険者かい?」

 呼び止められた男は、一瞬健二と目を会わせた後、彼の身形を足下から頭まで無遠慮に見定めた。明らかに礼を逸した対応だったが、健二とてその気持ちがわからないでもない。身分証明代わりに背中に背負った盾を揺らしてみせると、男は困惑しつつも納得したのか、健二に向き直って口を開いた。

「なんだか遺跡内部で異常がおきたらしくてね。入場に制限がかかってるんだ」

「制限?」

「ああ。遺跡の探索時間がトータル1000時間を越えたメンバーがグループにいないと入れないらしい。先日のイレギュラー事態を想定しての事だそうだ。早い話が、今遺跡は危険だから腕に覚えのある人を雇え、って事になるな」

「え。蓄えがない場合は?」

「さあね。事態が落ち着くまで宿で寝てるしかないんじゃないか? かくいう僕もそうするつもりでね。悪いが失礼するよ」

 草臥れたコートの男はそう告げて話を切り上げると、足早にその場をさった。恐らく、宿泊街に向かったのだろう。

 だが、健二は残念ながらそうする事も出来ない。彼には宿屋に部屋を借りる最低限の蓄えすらないのだから。念のために健二も人混みに紛れて確認してみるが、遺跡の入り口に張られた張り紙、お呼びに見張りの人員から聞けた情報も全く同じ物だった。

「……早まったかな」

 この事態に、さすがに後悔が頭をよぎる。とはいえ、払う物を払ってしまった後である。健二は踵を返し、背後に広がる街に今日をしのぐ糧を求める事にした。

 その眼前に、ひょっこりと赤い頭巾が顔を出す。

「お困りのようデスネ!」

「……アンタか」

「うふふふ。デース!」

 なにやら上機嫌で、胸をはる赤頭巾。その胸は平坦だった。

「話は聞きました! この私にドーンとまかせるデス!」

「ああいや、俺今から街に稼ぎにいくから……。さすがに同じ金欠仲間にたかるほど落ちぶれてない」

「ドーン!?」

 全く相手にせず、少女をあしらう健二。その脇をがっしりと掴む細い指。しぶしぶ健二が振り返ると、爛々と不満に輝く瞳と頭巾越しに目があった。

「健二さんは私に何か言う事があるはずデス」

「いや、まあ……なぁ……」

「こうして知り合ったのも何かのエン! 言っておきますが、私とて誰にでもこんな軽い真似をしている訳ではありませんカラ! 知り合ったニュービーにを助けて、自分が今まで助けられてきた事への精算を行おうという訳デス! Do you understand?」

 何故か最後の英語だけ異様に流暢に喋ってから、はっと口を押さえる頭巾少女。なんだか明らかに怪しげな反応だったが、しかし当の健二はそこをつっこむ事もせず、彼女の言い放った言葉を受けて考え込んでいた。

「精算……か」

「はわわ、私ったら話スギ……? どうかしましたか、健二サン」

「いや、なんでもないよ、椿さん。……そうだな。せっかくの申し出だ。快く受け取るべきなんだろう。いや、そうじゃないな」

 こほん、と咳をついて健二は椿に向き直った。背筋を正して、頭を下げる。

「頼む、俺と組んでくれ」

「……ハイ! 謹んでお受けしマス!」

 互いに手を差しだし握りあう。

 三日前にも、健二はこうして冒険者と手を握りあった。今度の相手は女の子で、柔らかくて暖かかったが、堅い豆の感触がごりごりと健二の手のひらを削った。



 互いに組んで遺跡に潜るにあたって、まず椿と健二はお互いの情報交換を行う事にした。互いの強み、弱みが分かっていなくてはパーティープレイなどできない。以前、虎心王に引き連れられて遺跡に潜ったときとは事情が違うのだ。あの時、健二はただのお荷物だった。

 街角のカフェに席を取り、一つ一つ確認するように問答を重ねる。通り過ぎる市民が、武装し時代が入り交じったような衣装の彼らを見ても、足一つとめないのはそれがこの街ではありふれた光景だからだろう。

「つまり、椿さんは純前衛型で、アタック極振りと」

「珍しい例えですが、概ねあってますネ」

 RPGのゲームに例えた健二の解釈に、椿は大体あってると太鼓判を打ち、がちゃりと腰に差した大太刀の鍔を鳴らした。

「私の最大効率が発揮できるのは、化け物と一対一の状況デス。左の太刀で致命傷を与え、右の太刀で命を奪ウ。二撃必殺が我がブシドー」

「……二撃目でしとめられなかったら?」

「逃げマス」

「オーライ。分かった、そういう事ね」

 納得をもって、健二は頷いた。椿の答えは、パーティーでの役割分担を確定すると同時に、彼の抱いていた疑問を解消するに十分なものだった。

 つまり、何故このクラスの使い手がいくら業物を購入したからと野宿に近い真似をしなければならないほど困窮しているのかという事だ。

 恐らく、椿の実力は相当に高い。あの、みただけで超重いと看破できる太刀を、説明の間も片手でそれこそ爪楊枝のように振り回してみせるところからもそれは間違いない。だが、その戦闘スタイルが極端な為に、格下相手でなければ戦闘が安定しないのだろう。故に、自然と探索も慎重になり、実力に反して遺跡の探索もそう早くはないといったところか。その状況を打開するためには武器を強化するのが一番だが、収入に反して出費がそれだと大きすぎる。そんなところだろう。

 まあ問題は、それにも関わらずソロを貫いている理由だが……まあ、短い間でもなんとなく椿の人となりを知るには十分であり、健二もなんとなく理由を察しないでもない。

「……口にしない優しさってのもあるしな」

「?」

「いや、なんでもない。独り言だ」

 小首を傾げる椿。その仕草は年相応の少女らしいが、なにせ被っているのがすっぽりと頭を覆い隠す赤い頭巾である。そのくせ、身に纏うのは可憐な着物で、ミスマッチというか正直に言えば変人の格好である。それぞれ単体で成立しているのならそうおかしな格好でもないのだろうが、組み合わせの妙という奴だろうか。

 あげく、その格好で大立ち回りをするのだろうから目撃した人はどん引きだろう。

「でもそうなると、俺の役割は簡単だな。とにかく、君の攻撃後のフォローをすればいい。コイツでな」

 コンコン、と背に背負った盾を叩くと、思ったよりも良い音がした。

「こっちは武器が拳銃しかないから、牽制が精一杯だろうな。敵をひきつけて椿が一対一の状況を作り出して、君の攻撃後割ってはいって壁になる。それが一番だろ」

「それがいいと思いマス」

「じゃあ、役割分担が決定したところで、探索の成功を祈って……乾杯!」

「乾杯!」

 カチン、とグラスが打ち合わされる。満たされていたジンジャーエールとオレンジジュースを、二人は揃って一気のみして、ぷはぁ、と息を吐いた。


お疲れさまでした。次の投稿は二月十一日です。

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