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その都市、現実にして幻想  作者: SIS
16/16

外伝 地獄の始まり、あるいは

本編から応募規定文章量に収めるにあたって排除された、主人公の過去になります。

取りあえず、外伝や続きの構想はあるのですが、これで一端完結扱いとさせていただきます。


 一体、どれだけの時間がたったのだろう?

 真っ暗な車内で、同じように押し込められた人々と肩を擦れ合わせながら、向坂健二はふとそんな事を考えた。

 時計は車内に入る前に没収され、代わりに腕にはめ込まれたのは脱走防止の腕枷。窓には鉄板がはりつけられて日の光すら差し込まず、単調な車の振動は時間感覚を狂わせる。

 普通ならば、気が狂ってもおかしくない悪環境。だが、健二を初めとした押し込められた人々は、皆陰鬱に首をうなだれ、肩をすりあうままにされている。

 ふいに、ごとん、という音をたてて、車が止まった。ややあって、バタン、という運転席を開け閉めする音が、車内の人々にもはっきりと聞こえた。

 車が、目的地についたのだ。

 ああ、と誰かが溜息をついた。ついてしまった、と絶望に囁く。

 少なくともまだ、闇の中で揺られているうちは良かった。何故こうなってしまったのかと、後悔に浸る事ができた。

 ついてしまっては、それも適わない。

 一筋の光が、闇に差し込んだ。

 ぎぃ、と車の荷台の扉が左右に解放されていく。外は薄暗かったが、それでも長い間真っ暗な闇の中に閉じこめられていた人々が、まぶしさに目を細める。

「でろ」

 そんな人々に、品のない威圧的なダミ声が叩きつけられた。声からして男だろうが、人相はわからない。なぜならば、その人物は全身をすっぽりと覆う防護服を纏っていたからだ。真っ白な装束の中、目元のバイザーから微かに除く双眸は、とても好意的な物には見えず、人々は恐れにおののいた。

「聞こえなかったのか。とっとと降りるんだ」

 ダミ声にせかされて、よろよろと人々が車の荷台から降り始める。その流れに混じって、健二も長時間の車旅でふらつく足を土の上に降ろした。

 振り返れば、自分たちをここまで運んできた車……トラックの姿が見える。側面には何か運送会社のロゴが刻まれているが、すりきれていてよく読めない。

 トラックが駐車しているのは、どこかの寂れた町はずれだった。廃墟といってもいい。元々は住宅街だったのだろう、無数の民家が並んではいるが……そのすべてが、土壁は朽ち、瓦は欠落し、窓は割れ、散々な有様だった。玄関には、住所を示すプレートがちらりと見えたが……東、という文字しか読みとる事はできず、ここがどこなのかは正確にはわからない。

 いつまでも周囲をみている訳にはいかず、押し流されるように健二はほかの人々と同じように防護服の男の誘導で一カ所に集められた。トラックの運転席から同じような防護服の人物がさらに数名現れ、牧羊犬のように無気力な人々に激を飛ばし、まとめようとする。

「お前等、きびきび歩け!」

「逃げだそうとか思うなよ、ここにきた段階で感染してるんだからな。おら、さっさと歩け!」

 脅すような声に、しぶしぶといった感じで人々が動き出す。もとより、この場にきてしまった時点で彼らの命運は尽きていたといってもいい。

「しゃきしゃき歩けってんだよ。お前等にはこれから、命がけで働いてもらうんだからな、文字通り! 楽に死ねるとか考えるんじゃねえぞ」

 防護服の男がダミ声で叫ぶ。その人権を無視する事甚だしい暴論にも、反論する者はいない。

 ちっ、と防護服の男が口汚く舌打ちをすると、周囲の仲間に何か合図を送り……それまで袖に隠し持っていた物を、群衆に突きつけるように構えた。

 それを目の当たりにして、消沈していた人々が声を上げて、俄にざわめき出す。

 男が取り出したのは、黒光りする金属の筒……銃だった。人間の急所を破壊する事に特化した殺傷武器であり、人間社会においては広くしられるからこそ、威力以上に驚異を知られている対人武器だ。それを目の当たりにして、無気力に打ちひしがれていた人々は恐怖を思い出したように顔色を変え、互いにすがりあうようにして縮こまった。

「あんまし動かないんなら、一匹二匹間引いてもいいんだぜ? あぁ?」

 それを見て、さも気分良さげに声を上げる男。だが、その仲間らしき防護服が、そんな男の腕を掴んで制止に入る。

「おい、よせ。本当に間引いて見ろ、ブチ切れちまうぞ若頭」

「はっ、実際にはやらねえよ。銃ってのは本当にあてないから意味があるんだよ、っと!!」

 不意に、男が銃の引き金を引き絞った。

 爆音が轟き、群衆が悲鳴を上げて地面に伏せた。だが、誰も銃弾を受けた様子はない。

 男はゲラゲラと品のない笑いを上げながら、空に向けていた銃をバトンのようにもてあそびながら、怯える人々を見て悦に浸った。そんな男の様子に、いらいらしたように隣の防護服が土を蹴る。

「遊ぶのもほどほどにしておけよ」

「へいへい」

 そんな防護服のやりとりを、健二は人の垣根からじっと見ていた。

 あの男は、遊んでいるのだ。圧倒的弱者を相手に、過剰な武器を振りかざして、その差額の分だけ自分が上だという幻想に浸るために、無抵抗の人々を精神的に痛めつけたのだ。

 それを、彼は邪悪と学んできた。誰に教わるでもなく、日々の生活と人の営みの中で学んできた。

 だがそれにあらがう事は、今の健二にはできない。

 違う、と彼は頭を振った。

 あらがえないのでは、ない。あらがおうとしていないのだ。

 人間の尊厳を叫ぶこと、己の矜持を守る為に立ち上がる事は、今だってできる。その代償として命を失おうとも、この先待ちかまえているであろう緩慢な絶望の果てに待つものもまた、死。

 ならば同じ事のはずだ。いや、後悔し、絶望にのたうちながらの死よりも、今ここで心のままに、誇りの為に死ぬのでは違うはずだ。

 自分を家畜でないと思うのなら。誇りの為に死ねる人と思うのなら、今ここで立てるはずだ。

 なのに、健二は地面に膝をついたまま、立ち上がる事が出来ない。

「うぅ……」

 命が惜しい。死にたくない。今生きているならば、例え土に汚れ、恥辱にまみれる事になったとしても、生きていたい。死ぬまでは、生きていたいのだ。

 その生き汚い己の本音に、悔しさと口惜しさで、健二はうっすらと涙を浮かべた。

 それでも、彼は、今、死にたくはなかった。

「よぉし。お前等、おとなしく整列しろ。いいな?」

 人々の恐れを味わって満足したのだろう。銃をもった男が比較的落ち着いた口調で命令をする。それに健二は歯がゆく思いながらも、土で汚れたズボンの裾を払って、立ち上がろうとした。

 その時だった。

 突然として、空が真っ白に染まった。何かが激しく焦げるような音が同時に辺り一面に轟き、民衆だけでなく、防護服の男たちまでもが総立ちになって空を見上げた。

 空を白く染めているのは、いくつかの光の玉だった。それがゆっくりと、まるで見えない落下傘につり下げられているかのように落ちてきながら、周辺を昼間以上に明るく照らし出している。

「照明弾だ! 逃げ……」

 叫んだ防護服の男が、前触れもなく、比喩でもなんてもなく”吹き飛んだ”。まっすぐ地面と平行に、くの字に体を折り曲げて、地に足をつける事無く横っ飛びに打ち出された男は、廃墟の壁に叩きつけられるとその崩壊の下敷きにされ、見えなくなった。

 一斉に、その場の皆が男が吹き飛ばされたのとは逆の方向に視線を向ける。そちらからは、複数の前時代的な印象を受ける防護を纏った男女が、瓦礫の影から次々と姿を表していた。

 前時代的、とはいったが、同時にその服装は現代において幻想的ですらあった。直接肌に纏う衣服こそ現代風で、中には軍用のものと思われる機能的な服装もあったが、その上から彼らはまるで、ファンタジー映画の中のような鎧や武器を身につけていた。金属の鈍い光を放つ盾や鎧に、剣呑な七色の輝きを持つ刃紋を煌めかせる刃。それらは、健二を初めほぼ群衆にとっては知識の中だけでしか存在しないものだった。

 その中の一人、巨大なスリングショットを構えた少女が、バンドを引っ張りながら声をあげた。

「こちらは自警団です! 一般人の皆さんは地に伏せてください!!」

 言うが早いか、スリングショットから手のひらほどの鉄塊を投擲する。それは防護服の別の男の肩に直撃し、男は斜めに錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。さらに複数の自警団のメンバーが剣を片手に雄叫びをあげるにあたって、防護服の集団もようやく事態を把握するに至った。

「取り押さえだ、逃げるぞ!」

「馬鹿、逃げられるか! 相手は人の形したばけもんだぞ!?」

「撃ち殺せ!」

 パンパン、と拳銃の発砲音が立て続けに鳴り響く。防護服側の反撃を、しかし自警団のメンバーは全くひるまずに、その手にした金属製の武具をかざして防ぎながら躍り掛かる。

 たちまち、場は乱戦の体を示し始める。それに巻き込まれる形になった民衆は、なにもできずにはいつくばって、嵐がすぎるのをひたすら耐えるしかなかった。

 その中にあって。健二は一人、身を起こそうとしていた。周囲を伺うように、半身をゆっくりと起こす。その瞬間、流れ弾が彼をかすめて地面に穴をうがち、反射的に再び身を伏せる。

 それでも、しばらくたってから健二は、涙目であっても再び身を起こした。彼の頭にあったのは、たった一つ。

 逃げるなら、今しかない。

 だっ、と駆け出す。ここから脱出してどうするかとか、どっちに逃げればいいとかは考えていない。とにかくこの場を逃げ出す、それがすべてだった。怒声や金属音、銃声に身を怯ませながらも、ふせって動かない人間をけ飛ばさないように早足で駆け抜ける。

 見ていない、誰も自分を見ていない。そう呪文のように心の中でつぶやきつつ、やはりどうしても乱戦が気になり、彼はちらり、と激突する防護服と剣士集団に目を向けた。それがいけなかった。

 防護服の男と目があう。

「げ」

「てめっ……!」

 男が、健二に向けて発砲した。咄嗟に、健二は枷で拘束されている両腕を前に尽きだした。ほとんど反射的な行動だった。

 ガァン、と耳をつんざく音がして、両腕が肘をうったように痺れた。衝撃に健二は呻いて足を踏み外し、転がりそうになって地面に片手を突いた。

「……あれ」

 違和感、いや、正しくは違和感が消えた違和感に驚けば、両腕を拘束していた板状の鉄枷はその錠前を砕かれ、健二の両腕を解放していた。

 ねらったわけではない。だが、銃弾を受け止めた鉄枷は破損し、使い物にならなくなっていた。

 天命。

 健二はすぐさま立ち上がる。そんな彼に防護服の男が追撃を行おうとしたが、今度は飛んできた鉄塊に彼が打ちのめされて地面に転がる。それを成した剣士集団の少女が、投擲した得物を拾い上げながら健二に向かって叫ぶ。

「君、待って! 私たちは君を脅かさない!!」

 だが、その声は届く事なく。健二の背中は、朝焼けの霧の中に消えていった。

 そして少女もまた、つかみかかってきた敵相手に健二の事をいったん忘れ、武器の柄を握り直すのだった。


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