魔王様、異世界のはじまりを知る
異世界の始まりは、ドロドロの泥から始まった。
3人の神様が世界へ降り立ち、1人の神様が自分の体で大地を生みだした。
もう1人の神様は天族を生みだし、大地から生まれた命(人間)を庇護するよう役割を与えた。
最後の1人は、行き場の無いドロドロの泥から生まれた命(後の魔族)を連れて地底へ落ちた。
神秘的に描かれている絵本だが、内容はグロい。
先住民らしき命があったのに、外界から神様がやってきたせいで新しい命に侵略され、行き場を失ってしまった。
最後の神様が何とか居場所を作ってあげたから良かったが、見捨てられていたら魔族は国を成すことなく滅んでいたそうな。
最後の神様って、偉いねぇ。
いや、そもそも侵略するなよって話か。
「その神様が、くろすけなの?」
「いいえ。黒は真祖ですね。泥から生まれた最初の命であり、最後の神から自我を授けられた唯一です」
だから黒いのか、そうなのか。
泥から生まれた真っ黒くろすけ、思ったより偉い人だったんだな。
「私は天の神から最初に生まれた存在ですから、ほぼ同期ですね」
「あっそ」
日常が戻ってきた。
学校から帰って、事務仕事を終えると、お茶とお菓子を食べながら、しろすけと勉強をする。
くろすけは、いつもどおり食事の席は同じにするが、終わるとふらりと姿を消してしまう。
どうやらアイツ、私が倒れた時に怒鳴ったことを後悔しているが、どう接すればいいのかわからないらしい。
しろすけは放置プレイで良いと笑っているから、そのうち気が向いたら声を掛けてみよう。
「黒は最初に自我を持ったために、永い間孤独でした。故にとてもさびしがり屋なのですよ。天族は醜い泥が嫌いですし、人間にも恐れられていましたからね。寂しいから造ってしまえ、と同族をどんどん生み出した結果が今です」
「うわー。家族計画も何もあったもんじゃないな。自我と知恵は別物だし、仕方ないといえばそれまでだけどさ。でも、最後の神様がいたのなら、ぼっちじゃないよね」
「最後の神は泥から生まれた命の居場所を作るため、神の力を全て使い魔界を創造しました。そして、泥の中でも生きられるよう力を供給する仕組みとして、己の肉体を使いました。それが魔王城ですね。結果として、最後の神は神の全てで魔界と魔族の居場所を造り、消えたのです」
しろすけの話を聞いて、ぼっちの黒を想像してしまった。
この無駄に広くてデカイ魔王城に、たった独り。
仲間を増やしてからはともかく、それまでは誰もいない、しょっぱい話だ。
「じゃあさ、しろすけは何で堕天したの?聞いても大丈夫な話?そもそも泥から生まれたのが魔族なら、神様製の天使がどうやって魔族になるのさ」
「人間が魔族になる場合と少し異なりまして、天族の器を捨て、魂を泥へ堕とします。何しろさびしがり屋の王がおりますから、来る者拒まずなのですよ。あぁ陛下、こちらをどうぞ」
出された花茶はお気に入りのフレーバーで、これにたっぷりのミルクを注ぐのがお気に入りだ。
しろすけのきめ細やかなサービスは健在、添えられたクッキーと花茶の相性は抜群すぎる。
同じものをしろすけも食べているのだが、高級品に見えるのは何故だろう。
優雅な仕草が板についた人と、お粗末にマナーも知らない人間の差か。
「天の神は脆弱で美しい人間を最も愛しておられますよ。故に、醜い泥の塊は嫌悪の対象です。天族は、人間の庇護と共に魔族の殲滅を命じられています。今は魔族の方が優勢ですし、魔王が人間ということもあって昔ほど大群は送り込んできませんが、油断なさらない方が宜しいでしょうね」
「魔族滅ぼせとか、天使でいるのが嫌になったの?」
「いいえ、全く」
あ、こいつドSだったな。
「面白みの無い美しいだけの人間を庇護するのは暇の極みでした。対して魔族は欲望に忠実で、大変興味深い対象です。特に黒は真祖というだけあり、誰よりも穢れ、もがき苦しみ、求め奪う姿が素晴らしかった。だから堕天を選んだのです」
くろすけのストーカーだ。
まさかのぼーいずらーぶ的な展開。
現実にあると気持ち悪さ全開の執着心に、鳥肌が立った。
ヤンデレは物語だから美しいのであって、現実では悪質なストーカーだから、犯罪者だから!
くろすけ、何故気付かずに一緒にいるのだ。
貞操の危機かもしれんぞ。
「ん?」
しろすけに、右手を取られる。
突然のことでリアクションを取れずにいると、手の甲に口づけるしろすけのつむじが見えた。
「結論から申しますと、堕天は正解でした。こうして貴女と出会い、陛下を頂くことが出来ましたからね」
こえー。
メチャクチャこわー。
貴美花のように美しく毒々しい華の笑みを経験済みの私でなければ、おそらくこの詐欺師の笑顔に騙されていた所だ。
こいつは、美味しい魔力のために私を問答無用で魔王を本職にしようとしている曲者。
元天使でも今は魔族、魔族は甘言で堕落に導くことだってあるだろう。
やっと未来が見えてきて、将来設計まで出来そうなのに、無断で勝手に決められてたまるか!
「私はさ、雇って貰った以上、頑張るつもりだし。美味しいバイトを辞めるつもりも今のところない。だけど、やっぱり魔族になりたくない。安定した公務員になって、平和に生きたい。今までが波乱万丈だったから、普通の生活をしたいんだ」
手が離れない。
ガッチリ掴まれているから引っ張っても抜けない。
普通に考えたらコレ、セクハラですから!
ムカツクから強く握り返したのに、全く痛みを感じていないようだ。
むしろ楽しそうに笑う顔がさらに感情を逆なでしてくる。
「これだけは約束して欲しい。3年、私は魔王として頑張る。美味しい魔力が提供できるように、出来るだけのことはする。でも、私の気持ちを無視しないで。私は人間で子供だから、永遠に生きるとか想像できないし、もし無視された形で魔族にされたら、きっと憎む。だから、無視しないで」
冷静に言った私を誰か褒めてくれ!
手の甲から指先へ侵略されつつあるセクハラに耐えて言い切ったのだ。
「承知致しました、私の陛下」
「いや、アンタのじゃないし……っておい、何だこれ」
人差し指にはめられた、シンプルな飾り気も何も無い指輪。
乳白色でツルンとしており、少しひんやりしている。
無断で指輪をはめるとか結婚詐欺師だぞ、しろすけ。
「お守りです。過剰な魔力が器に注がれた場合、一度だけ破損を防ぎます」
こちらのことはお見通しみたいでムカツクが、ちょっと嬉しい。
「あんがと」
「喜んで頂けて何よりです。まだ猶予はございますから、その間に如何に魔族と魔王になることが素晴らしいのか、懇切丁寧に説得させて頂きますね」
前言撤回だ。
感謝の言葉なんて言うもんじゃなかった!
「陛下はすでに私の魔力を受け入れて下さいましたし、説得は大変容易いかと認識しております」
「は!?」
「先ほども申し上げましたが、私の魔力はすでに御身の中に。あの夜、大変美味しく召し上がって下さいましたよ、陛下」
管理人のジジイは言った。
「さらに魔力を取り込んで割れる寸前だ」と。
白くて甘い、練乳のような……まさか、まさか!
「犯人はお前か!」
ビシッと指を指して怒鳴ったら(良い子は真似しちゃいけません)、しろすけは満面の笑みで頷いた。
「コロス!」
絵本を読むために身に着けていた【誰でも簡単☆王様セット】のお陰で、杖をすぐに具現できた。
王冠は魔力の供給、赤マントは防御や回復、そして杖は攻撃魔法を容易く操れるという。
燃え尽きてしまえとばかりに念じると、杖の周囲で炎が渦巻く。
熱くないのは赤マント装着のお陰だろうが、周辺への影響は普通にあるわけで、室内は蒸し風呂、天井が焦げそうだ。
炎を鞭のようにイメージし、しろすけ目標に振り下ろすが当たらない。
手の表面をコーティングしているのか、しろすけの手が触れた側から炎が打ち消されていく。
「可愛らしいですね、陛下。もう少し火力を上げましょうか。器を酷使されるのは、私として大変嬉しく思います」
「卑怯者!」
今度は棍棒をイメージして氷をまとわせるが、重くて持てない。
筋肉強化の方法なんて知らないから仕方ないとはいえ、物語のように上手くいかないようだ。
何よりこちらは器が壊れるハンデキャップがある。
あまり強い魔力を使わずに、しろすけをギャフンと言わせる方法はないのか。
「これならどうよ」
空中にトゲトゲの粒々~と唸ってみれば、金平糖のような粒が体の周囲をぐるぐる回り出した。
「持てぬなら、飛ばして見せようホトトギス!」
しろすけに当たれと念じて杖を振りかざすと、その方向に金平糖が急加速する。
しかしこれもしろすけはニコニコ笑いながら受け流し、被害は室内に留まった。
受け流し方がどこかオネエっぽい事には突っ込むまい。
「陛下、これでは天族が攻めてきた時に太刀打ちできませんよ。政務の間に、訓練もしましょうか」
「うっさい!だったら最終手段を取らせて貰う」
再び金平糖を造りだし、少し離れた場所に浮かせる。
そして叫んだ。
「こっちこーい!」
同時に赤マントを脱ぎ捨てる。
最終手段とは、自爆だ。
私の認識が正しければこれは成功するはずだし、失敗したら痛いだけだが、すぐに赤マントで回復すれば問題無いだろう。
「陛下!」
金平糖が届く前に、白い影に覆われた。
飛び込んで来られたものだから背中から床に落ちたが、背に回された手で痛くない。
次の瞬間、金平糖が降り注ぐ。
「どこまでも愚かですよ、陛下。このような手段を取られるとは……完敗です」
どうやら、金平糖弾は全て防がれたようだ。
パラパラ落ちてきて、床一面に広がっていく。
その時、ポツリと頬に落ちてきた雫。
「御身を大事になさらない悪い子には、お仕置きしましょうか」
しろすけの真っ白な頬に引かれた一筋の赤い線が、とても美しかった。
変態ストーカーに一矢報いたぞ!
「戦略だ。私の勝利だから、明日は牛丼に温たまを所望する」
部屋は崩壊、粉塵まみれで悲惨な状況だ。
本来なら修繕費が恐ろしいことになりそうだが、魔王城は魔力で修繕出来るから無問題。
でも、貧乏人の性が金勘定を止めない。
いくらちょっとプチっと切れたからってさ、城の外でやるべきだったよね、これ。
絶対メイドさん達が心配するし、また税金で色々買いそうじゃん。
もしくはこれ幸いと貢物が増える。こわー。
「あら、お邪魔だったかしら」
「へ?」
床に寝転がったまま(正確にはしろすけに捕獲された状態)声のする方に頭を向けると、絶世の美少女がいた。
金髪キラキラ、お人形さんのように白い肌と青い瞳、白いフリフリなドレスに身を包んだ美少女が、壊れた窓際に腰かけている。
「初めまして、魔王ちゃん。神さまデッス☆」
美少女のウィンクは、破壊力絶大だった。
不定期更新にも関わらず、閲覧、ブックマークありがとうございます。
口の悪い主人公ですが、これからもよろしくお願い致します。