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雇われ魔王の奮闘記  作者: 茉莉花
8/22

魔王様、詐欺師と対峙する

 思えば、波乱万丈な日々だった。

 母親に見捨てられ、馬鹿親父に売られそうになり、リアル女子高生という特典がありながらも夜バイトに採用されず、途方に暮れていた所を拾われた現在。

 自分が不幸で、周囲が憎らしくて、妬ましく思ったこともあった。

 でも、諦める方がずっと楽で、逃げ出した。


 「現実はしょっぱいな。チクショー」


 一人になりたいと思い、管理人室を出て真っ先に向かったのは、近くの公園だ。

 魔族進出した区画にある公園であり、平日も相まって誰もいない。

 運はどこまでも残酷で、急な雨にずぶ濡れになってしまった。

 時期的に凍えるまではいかなくとも、濡れると寒い。

 それでも、帰れなかった。


 「どこに……帰ればいいのさ」


 アパートに戻るつもりはなく、ちょっとした私物以外は捨ててきた。

 戻ったとしても、馬鹿親父に売られるだけだ。

 魔王城へ帰ったとしても、命の危険が待っている。

 魔族は欲望に忠実、「魔王ラブ」と言いながら、魔王を得るための手段を択ばない。


 「帰る、だってさ」


 いつの間にか、生まれてからずっと過ごしたアパートは帰る場所ではなく、魔王城がホームになっていた。

 バイト代に三食ついた生活はとにかく甘くて、今までにない贅沢に浸かり気持ちが緩んでいるようだ。

 毎日、ごはんが美味しかった。

 生活費もろくになかった頃に比べると、とにかく毎日が美味しくて、満たされて、楽しかったのだ。


 「馬鹿みたいじゃん」


 胸がぎゅっとする。

 誰かと一緒に食べる、馬鹿みたいな会話する、向けられた好意が嬉しくて、楽しかった。

 だから、急に態度が変わったしろすけに、寂しさを覚える。

 「魔王」だから優しくされているだけだ。

 「美味しい魔力」を提供するから喜ばれるだけだ。

 ビジネスの付き合いを、勘違いしていたのだ。


 「頭痛い」


 目の奥がズキズキと響き、体から力が抜けていく。

 今だけ、今だけだから。

 目が覚めたら、いつも通り食と金に食いつく馬鹿でいよう。


 ヨワイジブンハイラナイ







 「この、馬鹿女!」


 目が覚めると、いつも寝泊りしている魔王城の部屋だった。

 びしょ濡れだった制服は脱がされ、ふんわりモコモコのバスローブに身を包まれて寝ていたようだ。

 そして目の前にはニコニコ笑うしろすけと、開口一番「馬鹿女」と怒鳴ってきたくろすけ。


 「ちょっと眠かったから、ベンチで休憩しただけじゃん。バイトに影響してないんだから、カンケーないっつーの」


 「そういう問題じゃないだろ!少しは考えろ、馬鹿女」


 くろすけ、言いたい事を言って部屋を出ていくって、ずるくないか。

 反論の間くらい儲けろよ、おい。


 「陛下、ご無事で何よりでした」


 「しろすけ……」


 グシャグシャになった爆発髪の毛を丁寧に梳かれた。

 差し出されたのはホットミルクで、シナモンと蜂蜜の匂いがする。

 油断してはならない、こいつは策士だ。

 魔力を美味しくするためなら、優しさも手段の一つだろう。


 「管理人のジジイから聞いた。勝手に、魔王にされかけてるって。何でさ、最初から言わないわけ。馬鹿親父に捨てられるような馬鹿娘だから、死んでも何しても良いと思った?」


 「陛下」


 しろすけの白く細長い手が伸びてくる。

 この手は、美味しいごはんを作ってくれる、バイトを頑張ればご褒美をくれる、そんな手だ。

 それすらも今は煩わしい。


 「触らないで!」


 甘い匂いが広がる。

 思わず投げつけたカップはしろすけに届く前に地面へ、絨毯を白く染めていく。


 「こんなクズに高い時給を払って、宿まで提供してくれて、感謝してる。でも、これ以上好き勝手するな!私だって、私だって」


 「陛下」


 息が苦しい。

 オネエのような仕草と真っ白な衣装、くろすけと相対して線が細いと思っていたのに、馬鹿親父よりずっと大きくてしっかりしている。

 回された腕、押し付けられた胸板、抱き潰されそうなくらいの力強さに、息が出来ない。


 「陛下、申し訳ございませんでした。あの時、次代の王がみつからず、魔族は暴走寸前だったのです。急いていたために説明を省略してしまったこと、お詫び申し上げます」


 「うぅぅぅ」


 「ですが、陛下を得られたことは、我らにとって僥倖でございました。歴代の者より年若く、感情の移ろいう魔力は大変甘美で蕩けます。我らは満たされ、暴走することもなく平穏な日々を民は過ごしております。それは一重に陛下のお陰です」


 優しい言葉なんていらない。

 喜んでいいのかもわからない。

 私じゃなくても、思春期の人間なら誰でもいいじゃん。


 「あ……」


 スコン、と何かが落ちてきた。

 いや、物が落ちてきたというわけではなく、モヤモヤの正解を発見したというか。

 そうだ。私は自分の価値が欲しかったんだ。

 「魔王」じゃなくても、「誰でもいい」でもなく、「私」を見て欲しくて、「私」に優しくしてと手を伸ばしかけていた。

 だから、「魔王」と「魔力」にしか見られない、そのために利用されていることが悲しかったのだ。


 「陛下に真実を知らせぬまま器を壊そうとした事は謝ります。さぞご不安だったでしょう。ですが、我ら魔族は永遠とも呼べる時間の中で、魔王陛下を頂きたいのです」


 こいつ、自分の顔の良さを存分に生かそうとしているな。

 詐欺師のような美しい笑み、指先にそっと唇を寄せ懇願する姿は、神々しくもどこか母性本能をくすぐるが、私は騙されない。


 「陛下、すでに私の魔力は御身の中に。魔界一高い魔力を持つ黒からも受け取ることで、矮小な人間の殻を脱ぎ捨て、尊き魔王へと生まれ変われましょう。陛下の、永遠の下僕である名誉をお与え下さい」


 惑わされるな、詐欺師は騙すために何でもするのだ。


 「正式に即位なされば、もう金銭に困ることもございません。ご存じのとおり我が国の財政は右肩上がり、潤沢な国庫から進学費用をご用意致します。世界を視察するのも見聞が広がり良いものですよ。温泉施設など、日本は素晴らしい保養地が多くございます。他に学びたいことがございましたら、日本以外の国へ赴くのも宜しいと思います」


 大学行ける、のか。

 旅行とか、貧乏女子高生とは無縁だった。

 お金に困ることもなく、温泉とか、温泉とか、温泉とか!


 「私の料理、お好きでしょう」


 耳元で「三食ご堪能いただけますよ」と囁かれ、私は落ちた。

 これでは、魔族の魔力好きを責められない。

 胃袋を掴まれると、人間逆らえないものなのだ。

 勝手に魔王にされそうになっていることにムカついていたはずが、頭を占めるのはごはんの湯気と匂い。

 天使みたいな笑顔にラクガキでもして憂さ晴らしするかと思ったのに、腹の音でやる気が削げた。

 ここ数日の食欲減退が嘘みたいに、お腹が空いている。


 「あ、あのさ。天使って言ってごめん。魔族なのに天族扱いされたら、ムカツクよね」


 そういえば、軽く言ってしまったが、相手にとっては嫌な場合が十分ある。

 すっかり謝るのを忘れ……先延ばしにしてしまったけれど、今言えた。


 「構いませんよ。元天族ですからね」


 「はぁ!?」


 「私は堕天後、人間にならず魔族になりました。とは申しましても、初代魔王である黒と同期ですので、魔族歴の方が長いでしょうね」


 大変楽しそうに笑うしろすけの両頬を抓った。

 天使じゃん、お前、あの潔癖症天使と同類じゃん。


 「じゃあ、なんであんな……あんな急に態度変えるような真似したのさ!めちゃ傷ついたよ、後悔先に立たずだよ、おい」


 「えぇ、存じておりますよ。まるで捨てられた子犬のように愛らしく、その小さく可愛らしい胸を痛めておいででしたね。その時の魔力と言ったら、もうたまらなく芳醇で。大変美味でございました」


 思い出しているのか、恍惚とした笑みで気持ち悪い。

 こいつ、変人だ。救いようのない変態だ。


 「そうじゃなくても脆弱な陛下の食が細くなってしまわれた事につきましては、黒に叱りを受けました。しかし、体が弱れば魔力を貪欲に取り込み、器が壊れやすくなりますから、私としてはこのまま陛下を魔族にしてしまおうかと。器同様、人間は若ければ若いほど、その御心はうつろいやすく、私共の舌を様々な味で楽しませて下さいます」


 魔族はどこまでも魔族。

 そして、天使から魔族にジョブチェンジしたしろすけは、どこまでも自分勝手で残酷だった。







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