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雇われ魔王の奮闘記  作者: 茉莉花
7/22

魔王様、食への探求心は異世界共通だと知る

 管理人室はどこか懐かしい。

 畳、古い家具、こたつ、まるであのアパートそのものだ。

 時期的に、こたつって置かないんじゃね?


 「こちらの世界は実に興味深いですのぉ。特にこたつ、これは実に素晴らしい」


 こたつの上にはみかん。

 どこまでも日本ぽいものに拘っているのかと思ったら、奥の一室はハイテク家電がずらりと並んでいた。

 高そうなパソコン、パッド、スマホ、某有名メーカーの掃除機他、エアコンも勿論あり、家電芸人並みの品揃えに若干引く。

 異世界のジジイなのに、パソコン使えるのか?


 「インターネットも優れておりますなぁ。大きな書庫の役割は重畳。遠方の者と連絡が取れる通話機は是非とも魔界に普及させるべき技術ですぞ。魔力の代わりに電力を生み出し、科学と化学による発展は独自の文化と言えましょうぞ」


 コトリ、と置かれた湯呑には、ほうじ茶が入っていた。

 出されたお茶請けは煎餅。

 いや、別に文句を言うわけじゃないけどさ、外国人の熱狂的な日本オタクみたいで少しキモイ。


 「さて、何から話しましょうかの。陛下は魔界の魔力供給と魔王城、魔王陛下の仕組みはご存じでいらっしゃるか」


 「知ってる。魔王や城内の魔族から魔力を吸い上げるのが魔王城、吸い上げた魔力は魔王城の維持管理と魔界全土への魔力供給、だっけ。でもって魔王陛下は必ず人間」


 異世界の人間は魔族が嫌いで、天族は人間に攻撃出来ない、両方を兼ね備えているのが異世界の人間を採用すると聞いた。


 「魔王城で働く者達は、高い魔力を誇る者達で占められております。それは、魔王城の維持は微々たるもの、本来は城外に住む弱い魔族が飢えないよう魔力を分配するためですな。このシステムで機能するのであれば、【陛下】というパーツは必要無いんじゃ」


 「確かにそうだよね。それに、分配目的であれば、特に魔力の高い魔族を王様にして供給量を増やした方が良いだろうし。変な話」


 「しかし魔族とて意思ある存在ですからの、特に限られた寿命が存在しない者達にとって、娯楽や嗜好は重要なんじゃよ。人間が食事の味付けに拘るように、魔族もまた、魔力の味に好き嫌いがある」


 長寿で何の楽しみも無いって最悪だ。

 寿命の短い私だって、ごはんは不味いより美味しいに限る。

 日本文化を積極的に取り入れるのも、「暇だから面白いことがしたい」なんだろうし(私が人間や天族への侵略をストップしているから)、異世界の食文化は特に興味深いだろう。


 「魔力の味付けは感情。つまり、【魔王陛下】とは調味料じゃな!」


 「軽く言うなよ、おい」


 「時に甘く、辛く、塩気や苦味が楽しみでの。しかし常に感情を揺らすことは、長命の天族や魔族には無理じゃ。特に魔族は純粋な鏡、喰ろうた魔力や魂、向けられる感情に左右されやすい。つまり、自ら感情を生み出すことは、とても困難といえよう」


 そりゃそうだな。

 自分が感情たっぷりなら、相手の感情を読み取って返す鏡にはならない。

 今だって「魔王様ラブ」感情に振り回されて、貢ぐわ、ボランティアばかりするわ、大変だ。


 「最初の頃は同じ世界の人間を即位させたが、魔族を憎むばかりで苦いだけじゃった。その憎しみと苦味は、与えた人間へ戻され、それを見かねた天族が刃を向けて来おってのー。あれはある意味魔族の暇つぶしにはなったであろうが、復興まで時間が掛かり過ぎたわい」


 何ソレ、こえーよ。


 「でもさ、向こうの世界の人間だって、天族まっしぐらじゃないっしょ?実際、管理人さんだって人間が嫌いで魔族にジョブチェンジしたんだしさ。そういう人を魔王にする選択肢だってあったんじゃないの?」


 「だから異界人を選ぶんじゃよ。特に日本人は適正が高い」


 良く出来ました、と言わんばかりに頭を撫でられる。

 昔、学校にいたなぁ、こういう爺さん先生。


 「ワシもまた、憎しみが根深いんじゃよ。それは上辺で誤魔化せん。もう千年近く渦巻いておる。命の奪い合いや飢えが常にある環境下で育った人間と、平和な国で育った人間では、根底から違うんじゃ」


 日本が平和であるのは、魔界に行った私なら理解できる。

 日常的に起きる事件事故、ご近所トラブル、そんなものが可愛らしく映るくらい、あの世界は極端だ。

 そもそも普通の思考をしている人が、簡単に「気分転換に滅ぼしましょうか」なんて思わん。

 それが少数派ならまだしも、魔界の住民の大多数が「奪っちゃえ」「滅ぼしちゃえ」と思って簡単に行動するもんだから危険だ。

 日本以外の外国でも、徴兵制度や軍事力を増強しているところでは、やはり思考が異なるんかな。

 あとは、子供と大人でも考え方が違うし、特に思春期はグチャグチャだって聞く。

 今の自分、グチャグチャか?


 「その中からさらに魔力適正の優れた者を候補者にするんじゃ。何しろ【誰でも簡単☆王様セット】の魔力を受け入れる器が無いと、魔法を行使出来ないどころか破裂して死んでしまうからな」


 「うげ。じゃあ、もしかしたら何の説明もないまま死んでいたかもしれないって事じゃん。サイテー」


 契約書は魔界文字だった。

 危険性だって隠されていた。

 何なんだ、アイツら!

 帰ったら文句言って、味覚障害治ったら高級中華か懐石を奢ってもらうぞ。


 「ま、死んだら次の候補者を選べば良いし。白と黒は選定を間違えた事がほとんど無いからの、安心せい」


 管理人さん改めジジイ、あんたもやっぱり魔族だよ。チクショー。

 次選ぶとか、ほとんど間違えないとか、軽すぎだ。

 でも、軽んじるのは魔族自身にも言えることで、簡単に感情に振り回されたり、天族に喧嘩売ったりするのもまた、命を危険を考えていないからかもしれない。


 「陛下の供給魔力は実に美味ですぞ。日本でいう所の米もしくはパンですかな。時々、ふりかけや梅干し、つくだ煮、味を付けて食べたくなるのは致し方ないことかもしれん。長生きしているとな、優しい味だけでは物足りんこともある。大目に見てやりなされ、ワシも楽しみじゃ」


 「意味わかんない」


 つまり誰かが味付けのために、何かをしているってこと。

 そうされているとも思えず、この味覚障害が何かもわからない。

 しろすけが、何となく怒っているように見えるのも、味付けの一貫ということか?


 「陛下は感情を味わっても意味をきちんと理解されておらんのじゃよ。しかし、理解することが正しいとも限らん」


 「じゃあ、どうすればいいのさ。今だってごはんが美味しくない。美味しいごはんの方がいいっているのはわかったけど、私だって美味しいごはん食べたい。なのに……」


 いつだって、ごはんは「お腹を満たすもの」だった。

 それがバイトを始めて「楽しいもの」へ変わった。

 知らなければ良かった、1人ごはんで終わっておけば、きっと今とは違っていた。

 この内側にぐるぐると澱む何かの正体を私は知りたいけれど、知りたくない。


 「陛下はまだ子供じゃ。時間が解決してくれることもあろうて」


 年寄は謎かけばかりで、答えはくれない。

 自分で考えろということなんだろうが、そもそも教えてくれるから学校サボる選択肢を出したんじゃないのか?

 ま、いいけどさ。もとから育ててくれる親らしい親も、助けてくれる人も、何かを与えてくれる人も、誰もいなかったから、今更期待しないけどな!


 「さて、本題じゃ」


 「へ?」


 まだあるのか。

 ジジイは次のお茶請けを出してきた。

 煎餅からモナカへランクアップ、オマケにお茶は煎茶に変わっている。

 問題は、私が相変わらずの味覚障害で、嗅覚と食感でしか楽しめないことだ。

 それとは別に置かれたのは、空っぽのガラスボール。食べられるのか?


 「陛下はのー今ちょいと危険な状態じゃよー」


 すっごくラフな言い方が怖すぎる。

 危険なら危険で、もう少しデリケートに話すとかさ、色々あるんじゃね?


 「このガラス玉は、陛下の即位前と考えなされ。空っぽじゃ。本来は【王様セット】を使うことで、少しずつ魔力が流れ込み溜まっていく。これが正常な流れじゃの。歴代の魔王は約10年ほどで満杯じゃった。しかし陛下の場合は一気に流れ込んでガラスにヒビが入りおった。本来は時間と共に修復されるが、これ幸いと壊そうとしている者がおるから危険なんじゃよ」


 「壊れるとどうなるの?」


 「魔族になるのー」


 サラッと言われた爆弾発言に、モナカを落とした。

 滅多にない高級品のお菓子だというのに、もったいない。


 「魔力を受け入れることが出来る人間は、この器を持っていての。大きければ魔力を多く取りこむことが出来るため、ワシのように偉大な魔法使いになれるんじゃ。陛下はワシより小さいが、そこそこ大きい。何も問題が無ければ10年は問題無かった。しかしの、さらに魔力を取り込んでおって、割れる寸前じゃ」


 「ヤバイじゃん、それ。私、魔族になる予定なんてないし。高校卒業して大学進学決まったら、バイト辞めるつもりだったんだよ。それが何で」


 「陛下に美味しいままでいて欲しいという、愛かのー」


 いや、のほほんと語らんでくれ。


 「歴代の魔王も嫌がっておったが、ワシに言わせると人間から魔族への転職も悪くないぞい。純粋な魔族と違って、供給魔力に左右されることもないしの。寿命が見えんくなるのはちと残念じゃが、長命故に出来ることもある。陛下のような幼子が即位するのはレア。さぞ良い魔力が永劫供給されるじゃろうに」


 ジジイの言葉に寒気がした。

 ふりかけ扱いは大目に見るとしても、自分の知らない、意志の無い所で、バイトを辞めないよう画策されているのかと思うと、怖い。

 美味しい話には裏がある、ブラックバイト決定だ。

 拾ったモナカを噛み締めながら俯いていると、ジジイが再び頭を撫でてきた。

 撫でたら何でも許されると思うなよ、でもやめるのもナシだからな。


 「ワシらにとっては僥倖じゃが、幼子に選ばせんのもフェアーではなかろう。じゃから声を掛けたのじゃ。まだ間に合う。【王様セット】を使う分にも問題はない。しかし、それ以外から魔力を得てはならんよ。次に高い魔力を取りこんだら、完全に割れてしまうでのー」


 いつ、取り込んだ?

 あれだけ万能な【王様セット】を使っても問題ない、それ以上の魔力は記憶が無い。

 転移装置は転移装置を管理する人の魔力を使っているから、それも除外。

 だったらどこで?

 切羽詰っていたとはいえ、安易に決めた結果が、今じわじわと蝕んできていた。







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