魔王様、鈍感だけど悩んでみる
「陛下、ご機嫌如何ですか」
「陛下、きちんとご飯、食べてますか」
「陛下、お菓子作りましょうか」
「陛下、フルーツを持って参りましょうか」
「陛下、何か困っていることはありませんか」
「陛下、具合悪くないですか」
「陛下、気分転換に天界滅ぼしましょうか」
最近、色々な魔族から声を掛けられるようになった。
勿論最後の提案は無しだとしても、何やら自分がおかしく見えるようだ。
「陛下、本日の業務はこれで終了です。では失礼致します」
おかしくなったのは私よりしろすけだと思う。
この間の天使発言から、溝が出来てしまった気がするのは、きっと気のせいじゃない。
やっぱり魔族に「天使みたい」は悪かったか。
いつもなら仕事が終わっても「勉強です」と称して、魔界のこととか、異世界のこととか、質問タイム含めた雑談で滞在するのに、ここ数日はそれがない。
「……不味い」
仕事の後に淹れてくれるしろすけのお茶とお菓子が私の楽しみだった。
でも今は、味も香りしなければ、ほろほろ崩れる焼き菓子は砂みたいだ。
嫌がらせかと思ったが、くろすけはいつも通りの味だと言って摘まんでいた。
弁当も何だか美味しくなくて、腹が膨れたら何でもいいやーという気分にもなれず、貴美花に食べて貰った。
彼女はあれだけ美人でスタイル抜群なのに、大食いだから助かる。
何があったのか、はまだ質問されていない。
「今は執行猶予中。後からキッチリスッキリまるっと全部聞かせて貰うわよ」と、怖い発言は貰ったが。
安いコインシャワーとタライ風呂どころか、毎日贅沢なお風呂を貰っているのに、体はずっと冷えたまま。
風邪引いたわけでもないこの違和感が、ずっと渦巻いている。
「寒いなぁ」
寒い。
絨毯の上に転がり、【誰でも簡単☆王様セット】の赤マントを引き寄せミノムシになった。
【王様セット】は回復魔法を発動できる便利な道具だ。
これでまた、明日も元気に働ける。
ダカラヌルマユハキライ
気付いたら、ベッドの中にいた。
ベッドサイドに置かれたランプは魔石で加工されたもの、日本と同様明るさを調整できる優れものだ。
今はほんのり枕元を照らすだけ、弱く、弱々しい輝き。
そんな中、人の気配がする。
また色欲魔人達が侵入したのか、と赤マントを手繰り寄せようと思ったのに、感触が無い。
杖を、出さないと。
内側に入ってくる奴は、ぜんぶ全部排除しないと。
「陛下、私です」
ひんやりとした手が髪を梳き、頬を撫でる。
魔族は冷たいものだと、勝手に思い込んでいた。
人間ではない異世界の存在、人間を捕食する存在、神に弓引く存在、だから冷たいのだと。
でも、普通だった。
人間同様、時にあたたかく、時にあたたかい。
魔力でどうにでもなるらしいが、魔王として雇った人間が過ごしやすいよう、違和感がないよう、少しでも長く在位できるよう、人間のように装ってくれているのだ。
私はそれに胡坐をかいて振り払っている。
一度受け入れたら負ける、自分の弱さを露呈させてしまう。
弱くなるなら、いらない。
中途半端なものなんて、不確かなものなんて、手に入れても消えてしまうのだ。
だから、最初からいらない。
「こちらを」
口元に運ばれた小さな塊を疑いも無く飲み込んでしまったのは、夢のせいだ。
白くて丸い、とろりとした練乳のような甘さが口の中に広がり、久しぶりの味覚に頬が緩む。
「美味しいですか、陛下」
「おいしぃ……」
笑われた。
ムカツクから、離れない指先を噛んでやった。
しろすけは噛まれても痛くないらしく、逆に押し込まれ口腔内をくすぐる。
上顎、痒いから。すげー痒いから!
わかってやっているのか、このドSが。
「脆弱で愚か、しかし愛すべき純粋。もう間もなくです。黒も受け入れ、永劫の陛下であらんことを」
意識が遠のく。
甘く痺れるような感覚に取り込まれる感覚は、何やらポタージュスープに沈んでいくクルトンのようだ。
ゆっくり、とろとろに。
そういえばクルトンって、水分を含むとカチカチサクサクがブヨブヨになるんだっけな。
私的には、クルトンってカリサクがベストだと思うわけよ。
「おやすみなさいませ、陛下」
明日はコーンポタージュ飲みたい。
目が覚めると、いつも通りの朝だった。
しろすけとくろすけ、3人で朝食を取る。
何も変わらない朝だ。
今日の朝ごはんはライ麦パンを使ったサンドウィッチ、フルーツとマメのサラダ、コーンポタージュ。
ライ麦パンは表面を少し焼いており、香ばしい香りが食欲をそそる。
魔界産フルーツは色味こそ毒々しいが味はスッキリした甘さで、ヒヨコマメとの相性が良い。
以前出された時に気に入った事を伝えたら、結構な頻度で出されるようになったっけ。
コーンポタージュはシンプルにパセリとクルトンだけで、丁寧に裏ごしされた逸品。
クルトンはまだカリサク状態で美味しい、はずだ。
とりあえず口に入れてみるものの、変わらず味がわからなかった。
こんな贅沢な食事が味覚障害で味わえないって、地獄だな。
昨日の夜食べた飴は甘くて美味しかったのに。
結局、赤マントのお世話になって食べるのをやめた。
「そういえばさ。しろすけ、昨夜って部屋に来た?」
「陛下の寝室には結果が張られておりますよ」
「だよね」
朝起きたら、いつもどおり【誰でも簡単☆王様セット】を身に着け、部屋には魔族侵入防止の結界が張られていた。
昨日は仕事が終わった後、【王様セット】を身に着けたまま眠ってしまったはず。
無意識にベッドまで辿り着いた自分を褒めてやりたい。
どこにも何も異変はないが、寝ぼけた意識の中で、しろすけが不法侵入してきたことを認識している。
でも部屋に魔族は入れないはずだし、夢だったのか?
甘いものを食べたいという願望が生み出した、ご都合主義の夢か?
「おい」
「どしたの?くろすけ」
食後のケーキ(生クリームこってりで見ているだけで気持ち悪い)を食べていたくろすけが、何か言いたそうにこちらを見ていた。
食欲旺盛なくろすけは、城からの魔力では足りないようで、とにかく食べる。
そういえば、最近特に甘いものを食べているんじゃないか。
「あれ?」
気付かなかった。
くろすけだけではない、お茶には必ず甘い菓子が付いてくる。
少し気にして周囲を観察すれば、お菓子やケーキ、日本の和菓子まで室内に常備され、夜のブッフェにまで甘いものが浸食していたような。
焼き菓子特融の甘い匂いが城に立ち込め、すれ違う魔族からも甘いものを勧められていた。
「気付かないのか、陛下」
「何がだよ、くろすけ」
まだ子供なんだから、気付けないことだって山のようにあるわ!
確信を言え、確信を。
お菓子週間とでも言いたいのか。
「だから……」
「黒。まだ時期ではありませんよ」
しろすけの微笑みブリザードがくろすけを襲った。
だが、くろすけも長年相方をしているだけあるのか、ダメージを受けていない。
「白は、いつもやり過ぎだ。コイツにも選ぶ権利はあるだろう」
コイツって誰ですか!私ですか!
確かにバイトの魔王さまだけどさ、コイツって何さ!コイツって!
「そうでしょうか。次は見つからないかもしれませんよ。そうなる前に対策を取るのは当たり前です」
「だがそれは、歪むだけだ」
くろすけのアッパーが決まったのか、しろすけは沈黙する。
何やらよくわからず、部外者の立ち位置で眺めていたが、めんどくさくなってきた。
くろすけが言う「コイツ」が私のことで、2人が私について何かを話しているとしても、放置プレイされているのだからどうしようもない。
「あのさ、お取込み中悪いんだけど。私、学校行ってくる」
睨み合っているしろすけとくろすけを横目に赤マントで体力を回復させると、私は謁見の間へ向かった。
後ろではまだ何か言い合っていたけれど、必要なことであれば、夜にでも何かしら言ってくるだろう。
異世界には異世界の、魔界には魔界の事情があるのと同じように私もまた、学校へ通う義務があるのだ。
転移を終えてマンションの一室を出ると、管理人の魔族に出迎えられた。
初老の紳士で落ち着いた雰囲気の管理人さんは、元人間。
高過ぎる魔力で魔道を極めたが、その強すぎる魔力は寿命すら変えてしまい、人間社会から排斥される理由として十分だったそうだ。
そんな人間に嫌気がさして魔界へ引っ越すだけでなく、管理人という立場をしっかり獲得して今に至る。
異物は排斥される、だから異物であってはならないのだ。
「管理人さんおはよー」
「おはようございます、陛下。……おや、本日も何やら芳しくないですなぁ」
「そう?赤マントで回復魔法掛けてるんだけど」
味覚はおかしいけれど、体力は問題なく、バイトも普通にやっている。
違和感はどこにもないはずが、周りには「普通」と映らないらしい。
「これだから魔族はタチが悪い。欲望に負けるのもまた、堕天故致し方ないと申せばそれまでですがの。隠居のジジイの戯言に耳を貸す余裕はおありかな?若く幼い魔法陛下」
これから学校だ。
踏み込まなければ、いつも通りの日常が待っている。
バイトで金を稼いで、学校通って、いずれ大学へ進学して、そして社会へ。
魔界とは、あの世界とは、3年の付き合い、ただの雇用関係でいればいい。
「どうなさいますかな、陛下」
選ぶのは、私だ。