魔王様、変態と対峙する
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
綾小路貴美花は誰よりも美しく聡明、理事長が溺愛する直系唯一の孫だ。
彼女の周りには常に発情虫と権力虫という取り巻き達が囲んでおり、そんな状況を利用して高笑いしている素敵な性格をお持ちであらせられる。
普通に考えたら、貧乏女子高生と全く縁がなさそうだが、何故か小学校から一緒。
金持ち私立にも行かず、ずーっと公立でクラスまでずっと同じだから、ある意味太い縁かもしれない。
貧乏人が珍しいのか、マメに絡んでくるもんだから、さらに私は悪目立ちだった。
表だったイジメが無かったのは彼女のお陰だろうが、陰で色々言われて避けられていたのも事実だ。
でもまぁ、それは彼女が悪いわけではない……はず。うん、たぶん。おそらく。そう願う。
「花子ちゃん、3日ぶりね。お昼一緒しましょ」
語尾にハートマークでもついていそうなメロメロトロトロな声は、男なら間違いなく落ちてる!
でも、長年彼女を見ている私は、警戒心しか湧かなかった。
彼女のお気に入りランチスポットである校舎中庭の東屋に連行されると、待機していた給仕さんが彼女のために料理を次々並べていく。金持ちめ!
ここは理事長と孫しか立ち入り出来ない場所なので、密談するには最適だが、今の私には取調室でしかない。
死にかけたのが木曜日、金土日は労災でお休みも貰ったのだが、しろすけとくろすけが大事を取って学校休めと涙ながらに訴えるものだから、金曜日はバイトだけではなく学校まで休んだ。
貴美花に連絡入れるの忘れていたもんなぁ。
「パパさん、ついに売っちゃった?他所に売るくらいなら私に売ってとお願いしていたのに」
「怖いわ!めっちゃ怖いわ!」
「あらあら。私は本気でお話していたのよ。パパさんからも何度か打診されたし、花子ちゃんも知っていたのかと思ったわ」
「ひぃぃ」
クラスメイトを買い取るとか、奴隷でも欲しいんか!
しかも馬鹿親父は、クラスメイトにまで娘を売ろうとしていたなんて……本当に馬鹿だ。
「バイトを見つけたようではないし、母親との接触も無し。収入源がわからないのよ。もうずっと家に帰っていないでしょ」
ストーカー染みた発言にちょっぴりビビリました。
「それに、コレ。最近はお弁当もまともで、花子ちゃんのお肌ぷりぷりよ」
本日のお昼ごはんは、しろすけ作【絶品オムライス弁当】だが、確かにちょっと前まで菓子パン1個を2日に分けて食べていたことを考えると贅沢になっている。
卵は安くて栄養価が高いため、食材の中で一番大好きなのだ。
今日はふんわりとろとろオムライスと、荒微塵のトマトにバジルとチーズをきかせたソースが別のタッパーに添えられており、「食べる直前にかけて下さいね」という日本語のメモ付き。
日本文化で金儲けしている魔界だからこそ、日本人が好きな卵かけごはんやオムライス、カレー、パスタ、何でも作ってしまう。
材料は最初こそ日本から買い付けしていたそうだが、現在は三大貴族のそれぞれで材料の生産を、魔王直轄地にて製造を行っていると聞いた。
耕すのは肉体派が、管理と収穫は頭脳派が、直轄地までの配達は空を飛ぶか瞬間移動できる魔物が担当している。
日本だったら土地の準備や役所への手続き、機械の導入、人件費、苗の購入など、とにかく時間も金も掛かり過ぎるのに対し、魔界は人件費ゼロ円(魔王ラブ)で、国(正確にはしろすけ)が主導だから手続きも省略だ。
何より魔族を突き動かすのは魔王への愛で、「自分達が作ったものを魔王様が食べて下さる」という想いで全力を傾注するもんだから、手を抜く発想どころか、仕事の奪い合いで危うく死傷者が出る所だった。
それはそれで新手の新興宗教と教祖みたいで怖いようにも感じるが、よくよく考えると魔王は魔王城を通して魔族に魔力という名の食事を提供しているので、深く考えないことにしている。
「花子ちゃん、黙秘権はないの」
ニコニコ笑顔が怖い。
しろすけと同じ属性だな、ドSめ。
くろすけはドMじゃないのか、いや、S寄りか。
「家庭の事情だよ。家はあのとおり馬鹿親父いるからさ、住み込みのバイトしてるんだ。貴美花に話せるかどうかは、確認しないとわからん」
いや、マジで。
異世界魔界市魔王城で魔王様してます!なんて言えるわけがない。
言ったら、病院に連行される、もしくは魔王城へ連れていけと言いかねないため、どこまで説明して良いのか雇用主に確認が必要だろう。
「んとさ、結構楽しくやってる……かな」
この間ちょっと死にかけたけど。
それでも、馬鹿親父と2人暮らしだった時に比べると、毎日がすごく充実していて楽しい。
しろすけはちょっとオネエ疑惑あるけれど、家事も政治もこなすスーパーマン。
くろすけは魔王直属の軍をまとめる将軍でありながら、給仕までこなすマメな甘党。
2人とも「魔王」に甘くて。その役職に就いている私にも甘いの、知ってる。
普段は執務室と隣接している寝室、それから転送装置がある謁見の間しか行かないけれど、お世話になってるメイドさんや執事さん、城内をウロウロしている魔物さんに出会うと、こっちが照れるくらい嬉しそうに挨拶してくれるしさ。
何より、ごはんがマイウー。
「そんな顔されたら、問い詰める気力を削がれちゃう」
残念そうに笑う貴美花を見て、私はこの場を乗り切った!と確信した。
一安心した所で残ったとろんとろんオムライスをかき込んだ。
幸いにも、時計は13時間近。昼休み終了である。
「そうそう、午後一番の数学は小テストですって」
「なんてこった!」
午後の小テストを何とか乗り切ると、あっという間に放課後になった。
異世界とこっちの世界を繋いでいるのは学校から少し離れたマンションの一室で、そこには転移装置を管理する魔族が常駐している。
好奇心旺盛な魔族の人気職業ランキング第1位は魔王付きメイド・執事、第2位は転移装置管理人らしく、人気職は死傷者が出るくらい(何せ魔族は力で奪い取るのが基本)で、在職中は同族から命が狙われるオプションがついているそうな。こえーよ、魔族。
そんな人気職を勝ち取った管理人さんは、マンション管理人として働いており、時折廊下の掃除や電球交換に駆り出されているらしい。
しろすけからの情報では、この都市計画区域のマンション全棟を全て買い取っているだけではなく、住人も全て魔族なのだとか。
幸いにも研究肌の草食系だけで、情報収集や外貨獲得以外の目的で異界の人間に手を出すこと、マンションへの人間連れ込みを禁止しているそうなので、そこだけは良かったとするべき?
日本の文化や技術を異界で売りさばき、チート魔族で外貨を稼ぐとは……日本が乗っ取られる日も近いな。
将来は安定した公務員を希望する私にとって危機的な話ではあるが、外貨を稼いで貰わないとバイト代が出ないわけで、そうなると大学への進学も難しくなる。
何ともジコチューな理由で、黙認することにした。
そんな魔族事情満載なマンションへと向かうため、いつも通り目立たないよう裏門から出たわけだけど。
「うげ」
黒塗り。
ピカピカツヤツヤ、ミニチュアダックスのような胴長ボディの車の目の前で、しろすけは優雅に微笑んでいた。
「お帰りなさいませ、陛下」
迎えに来ると思わなかった。
ダークグレーのスーツを着こなし、長い髪を1つで束ねた姿は89マークの人かと思うくらい怖い。
そこそこ金持ちがいる学校だから高級車くらいは何ともないが、私がそれに乗るシチュエーションは違和感だらけだろう。
通学路や校舎から離れている裏門は主に用務員さんが利用する程度だから、教師や生徒に発見されることはないとしても、あれだけ送迎は嫌だと言ったのに、何で来るんだ。
「目立つじゃん。来なくていいのに」
貧乏人が89マークぽい人と一緒にいたら「借金の形に…」と誰でも想像する。
貴美花の耳に入るだけでなく、奨学金に影響が出るかもしれない。
何より、貧乏魂が高級車を拒絶している!
「完全に復調されるまではお許し下さい、陛下。体調管理も宰相の役目です」
「それ、何かおかしくね?」
自分の体調管理を他人に任せるってありえん。
「人間は脆く、か弱い生き物ですからね。永い在位を望む我らとしては、体調を万全にして頂かなくてはなりません。バイト候補をみつけるのは、陛下が思っているよりずっと面倒なのです」
「打算か!」
腰に回った手を抓ってみたが、びくともしない。
か弱い人間の力なんて魔界にいる虫に噛まれるより微々たるものなんだろう。
涼しい顔したしろすけにムカツク。
「何かさ、しろすけって天使みたいな発言だよね。か弱い人間守りますー的な」
あの慇懃無礼な天使を思い出して、冗談交じりで言ってみた。
そう、冗談のつもりだった。
「参りますよ、陛下」
強引に車へ押し込められ、話は中断してしまった。
いや、中断されたのだ。
「指先が冷えておりますね。どうぞ花茶を」
差し出された花茶はあたたかいのに、寒かった。