魔王様、ブチ切れる
【誰でも簡単☆王様セット】は、人間を魔界で最も強い魔王様へ変身させてくれるセットだ。
人間である私は魔力を持たない。
だから、魔王城への魔力供給も、魔法の行使も、このセットを着用することで可能になる。
無尽蔵に魔力を生み出す王冠と、その強力な魔法から身を守るための赤マントが、今の私には最大の武器だ。
これがある限り世界最強だ、とくろすけとしろすけは熱弁していたっけ。
「今、なんて言った?オッサン」
天族は、白一色で統一した輝くローブと、長い白髪、何よりも白目の無い眼球が特徴だという。
天族の生まれは天界にある世界樹の卵。
そこから成人のまま生まれ、老いることなく神に仕え、人間を守護する。
数が増えすぎないのは、滅多に生まれないことと、堕天によって一定数を保っているらしい。
書類にペッタンペッタンしながら、しろすけが雑談混じりで教えてくれた。
神が唯一であり、仕える天族が種族の中では一番尊く、次に地上に生きる人間や動物、地下である魔界に住む魔族はそれ以下だと信じ込んでいるそうだ。
「先代にも申し上げた事。か弱き人間は、我ら天族の庇護なくば生きられぬ脆弱な生命。魔王にご即位なされたとしても、我らの庇護は変わらぬ。下等で下賤な者達の管理は大変であろうから、我らがいつでも手を貸す、と天使長からの有難きお言葉を御身に刻むが良い」
感情を読み取れない顔に、純白の大きな翼。
謁見の間は玉座のずっと階下に謁見者が立つ仕組みになっているのに、天使は玉座よりほんのわずか下の位置まで飛んできた。
竜族を筆頭に飛べる奴らはいつでも襲い掛かることが出来るように準備運動をし始め、くろすけとしろすけは私を庇うように前へ進み出る。
「魔族は人間を狩る危険な存在。異界の者とはいえ、陛下も人間でいらっしゃる。御身に害が及ぶ前に、神へ帰依なされよ。神が全てを浄化し再生することで、全ての生命が救われるのだ。魔王陛下として帰依なされよ」
それでも、天使の語りは止まらない。
たった独りで乗り込んで、自分が正しいと、自分だけの正義論を熱弁し続ける。
一見礼儀を払っているような見せ掛け、棘が痛すぎて丸わかりなんだよ。
「小難しい言葉は役所だけで十分だっつーの!ようは、魔族は危険だから、魔王として天族に降伏しろってことでしょーが!」
頭に血が上る。
馬鹿親父に売られそうになった時、やけくそになった。
でも、どこか諦めていた部分もあって、こんな、全身が焼けるような痛みを感じたことはない。
しろすけは、魔族は鏡だと言った。
そりゃ、好戦的だし魔王のためなら何でもしちゃう、ちょっとおバカな子達だけど。
あんた達が悪意を持ってくるから、魔族が悪意に囚われて暴走するんじゃないのか。
私は、誰とも争いたくないと思っていた。
争うって疲れるし、無駄だと思っていたから。
でも、でも、でも。
今は、この瞬間は、違う。
違うんだ。
「あんたらの神様なんて知ったこっちゃない!」
火傷しそうなくらいの熱が右手に溜まっていく。
頭痛と吐き気が容赦なく襲ってくるし、謁見の間は熱風で大混乱。
正直なんでこんなことになっているのかわからないけれど、メチャムカツク!すっごい腹立つ!
「陛下!お止め下さい。時期尚早です」
しろすけの声が遠い。
まるで一枚壁が出来たような、耳がキーンとなった時のように、声が遠くで反響して聴こえる。
そういえば、しろすけも最初に人のこと「下等生物」なんて言ったけど、しろすけは種族だからではなく同族にもサド発言を平気でする奴だった、と後から発覚したっけ。
そうそう、今でも仕事でミスするとネチネチ言うんだわ。
「白!人間が操れる量を超えてる。マズイぞ」
「わかっています、黒。ですが近寄れなくては」
くろすけも、「おいこらなめてんのか」なんて口悪かったなー。
その後は結構無口で、言葉使いも少し改善されたけど、もしかして白に言われたことを根に持ってる?
確かにあれじゃあ、女子に持てないからね!
「うぅぅぅぅぅ」
走馬灯を見ながら唸ることしか出来ないなんて、なんじゃこりゃ。
熱くて、痛くて、オエーっとしそうで、右手に何か詰まっていて出せないもどかしさ。
「痛いよ、馬鹿!痛いぃぃぃぃぃぃぃ!」
大声で叫んだ瞬間、スポーン!と軽快な音がした。
痛みで涙が出ている視界にぼんやりと、何やらご立派な杖が自分の右手に握られている。
黒を基調として金細工が施された、いかにもラスボスな魔王様の杖だ。
ただし、血まみれ。
「私は魔王だ。プロじゃないけどバイトの魔王だ!私がいる間は、あんたらの正義なんてクソ喰らえ!」
浮遊魔法があるかわからないまま、私は天使に向かって飛び降りた。
頭か体どこでもいいから当たるよう祈りつつ、杖を大きくふりかぶり……。
「出直してこーい!」
見事天使の腹にクリーンヒット。
満塁ホームランのごとく、天井を突き破って空の彼方に飛んで行った。
「陛下!」
そんな美しき光景を見届けると体中の力が抜けてしまったけれど、地面とキスしかける手間でしろすけに助けられた。
なけなしの鼻が潰れなくて良かったよ、ホント。
ぼやけた視界に映るしろすけはどこまでも真っ白で、この世界の天使より天使らしかった。
「しろすけ、ごめん」
あぁ、冷静になってみると、天井の穴、すっごい気になる。
魔力で修復されるのかな。
あまり城の魔力を使ってしまったら、国民がお腹空かせるよね。
人間や天使を襲いに行ったらヤバイぞ。
その前に私が力いっぱい殴ったけどね!使者なのに。腐っても使者なのに。
外交も担当しているであろうしろすけ、色々スマン。
バイトなのにやりすぎた、という後悔ばかりが沸いてくる。
自分の沸点がこんなに低いなんて、思ってもみなかった。
これじゃあ、人の事なんにも言えない。
「陛下、すぐに治療の手配を致しますので、今しばらくご辛抱を。黒、陛下を頼みます」
「任せろ」
右手がズキズキ痛み、体が冷えていく。
くろすけの真っ黒マントで包まれても、体の震えが止まらない。
「くろすけ、寒い。温泉連れてけ」
今なら源泉でも熱湯風呂でも大歓迎だぞ。
温泉は昔ながらの、ひなびた古い旅館がいい。
ここは異世界で、洋風で、豪華絢爛過ぎるから、日本人の癒しを!
ところで、労災は適用されるのか?コレ。
「死ぬなよ、バカ女」
「死なねーよ」
美味しいごはんを食べるまではな!
とんだシリアス事件の翌日、謎の箱が天界から届いた。
私はその日の内に、しろすけの魔法でチョチョイと治され(やっぱり出血していた)、ゴージャスな風呂に連行され、メイドさんに丸洗いされてスッキリ。
突然現れた杖のこととか、あの時、私が暴走していたこととか、色々質問したかったのに、しろすけから「とりあえず夜遅いので休みましょうね。休まないなら強制的に魔力注入しますよ。ウフフ」と、何やら身の危険を感じる発言をされたから、早々に休んだ。
翌日は、具合の悪さって何だっけ?くらいに元気を取り戻し、朝食をいつもの倍くらい食べて満足していた。
食後のお茶マイウーと言いながらクッキーを貪っていた所に、謎の箱登場。
当然、しろすけもくろすけも「箱を返品するついでに天界滅ぼそうゼ☆」な勢いだったから、傍らにある例の魔王杖で殴っておいた。
そう、突然出てきたこの杖は、私が生み出したものらしい。
本来は五年くらいかけて【誰でも簡単☆王様セット】の魔力に慣れた頃、訓練して出現させるはずが、ブチ切れたせいでショートカットしたというわけ。
その代償として魔力は暴走するわ、体が耐え切れなくて血が噴き出るわ、スプラッタ地獄だったらしい。
しかも魔王が死にかけるから、魔族達が怒り狂って暴れまくり、城は全壊しかけたそうな。
城の防衛機能が城内の魔族から魔力を強制的に奪ったことで、何とか半壊で留まり、暴れた魔族も眠りについた。
私がいる部屋は魔王城でも最奥で、さらにくろすけとしろすけが結界を張ってくれたから、そんな騒動全く知らず。
今も2人は騒動の対応で城内やら城外やら飛び回っており、くれぐれも、1人で箱を開けないように、と念を押してきた。
「んーナンダロネー宣戦布告だったらドーシヨーネー」
右手にお茶、左手にクッキー。うん、箱は開けられません。
真っ白な箱に金縁、仰々しいくらいキラキラしたものは、竜族が好みそう。
いっそ中身を空けずに下賜するかね、と思ったが、使者を殴って彼方まで飛ばした後ろめたさが邪魔をする。
「とりあえず開けちゃうか。このまま放置もめんどくさっ」
絶品チョコクッキーを口に押し込み、【王様セット】を着用した。
「何が出るかな、何が出るかな、チャララーン」
カチっと軽快な音がして、簡単に開いてしまった箱。
途端に鳴るオルゴールは戦意喪失を招き、白い玉があふれ出てきたことに驚く。
大小様々な大きさで、いずれも乳白色の独特な光沢。
これ、もしかして天界で採掘される鉱石なんでは?
「あ、手紙発見」
魔王セットを着用していると、日本語に見えるから便利だ。
でも、今回は何だか読めない方が良かったかもしれない。
『魔王ちゃんへ
うちのおバカちゃんがゴメンネ。
すごくウザかったでしょー?
アタシも、いつもそう思ってるんだけど、おバカちゃんだから仕方ないのー。
お尻ぺんぺんしたんだよ?
でもー、喜ぶだけで意味ないみたい。
これはほんのお詫びだから、遠慮なーく受け取ってね。
魔王ちゃん可愛いから、これで着飾ってお写真送って欲しいな。
じゃ、またね!
☆追伸☆
今度はアタシが遊びに行くからヨロシクね。
神さまより』
神様が、何だか身近な変態に感じました。