魔王様、オッサンと対峙する
魔王城の南に位置する領地は、人間界との国境(界境というべき?)に近いこともあって、一番好戦的で、一番攻撃力の高い竜族が治めている。
時々人間が思い出したように「魔王倒すぜ」的に攻撃してくることがあるそうだけど、ここ最近は安穏としたもので、せいぜい天族が遠巻きに負け惜しみでキャンキャン吠えるくらいらしい。
だって、竜族は天族が身に着けているものやら武器やら、キラキラ大好きだからな!
近づけば身ぐるみはがされるまで追いかけっこが続くのだから、天族も警戒するだろ。
領地は南なだけあって気候が暖かく、特に今は日本同様サマーシーズンで暑い。
そういえば、人間界に【盛り過ぎ魔王肖像画】が流出したのも、この竜族の土地だったなぁ。
「陛下、間もなく到着致します。竜族は低能で短絡的な種族ではありますが、蛇族よりマシです。気を楽に参りましょう」
しろすけに声を掛けられ、外を見た。
今回も移動は転移魔法ではなく、乗り物を活用したのだけど、スゲエ。
竜族に用意された空飛ぶ馬車ならぬ竜車!
中は柔らかいクッションを敷き詰めた天蓋付きの広い空間になっており、座席は無い。
その大きな籠を、竜族2人が吊るして飛んでいるんだけど、揺れる揺れる。
むしろ、わざと揺らして楽しんでね?なんて思うくらい揺れるから気持ち悪くなった。
現在はくろすけに魔法で籠を安定させて貰っているので快適だ。
「暑い。暑すぎる!」
蛇族は蒸し暑さ、竜族はジリジリとした熱さ、どちらも夏らしいといえばそれまでだけどさ。
魔王城に戻って魔力供給(正確には味付け)を終えてすぐ出立したせいか、体がまだ暑さになれていない。
籠の中はエアコンでもついているのか快適だったけれど、窓を開けるとジリジリとした日差しが肌に刺さる。
よく考えると、空を飛んでいるのだから余計に日差し強いじゃんね。
そんな気候を想定して、蛇族のグレー君は魔王城でお留守番。
魔王城で働く以上、それなりのルールってもんがあるだろうし、魔力循環不良から回復したレアケースとして、回復系の魔法が使える魔族が研究……参考にしたいと大騒ぎして連行していった。
あの研究熱心さがあれば、きっと私の計画は進むはず!
……断じて、グレー君を好奇心の塊達に人身御供として差し出したわけでは、無い。うん。
「海だー!」
キラキラ輝く海は透明度が高く、海外旅行の番組で取り上げられるような美しさだ。
ただし、塩辛度が高すぎるので泳げないし、洗い流さないと体がヒリヒリ焼けてしまう。
最終的にしろすけの説教が待っているコースなので、今は大人しくするに限る。
でも、楽しかった思い出がどんどん溢れてテンション上がりまくり。
ゆっくりと籠が降ろされ、さぁ出ましょうと扉へ突撃しようとしたら、しろすけに首根っこを掴まれた。
「お待ち下さい、陛下」
「あぁん?もう着いたじゃん、危険が無いなら出てもいいっしょ」
「黒が掃除して参りますから、今しばらくお待ち下さい」
しろすけの言葉に竜族の領地内で行った所を思い出してみるが、どこも綺麗で、わざわざ掃除するような汚い所は無かった。
むしろ、多少汚れている方が落ち着くってもんだ。
「私は気にしない!それより出よう!出たい!」
しろすけの手を振り払って、私は籠の外へ飛び出た、その瞬間。
「うひゃあっ」
銃撃戦でもしているのか、パンパンという音と眩しい光の明滅。
体には何かが降り注ぎ絡め取られ、身動きできなくなっていく。
まさかの襲撃に、私は魔法を使うのも忘れてもがいていた。
「なんなんだ、な……ん?」
山のように降り注ぐ「何か」は、よく見ると紙吹雪。
キラキラギラギラ金と銀で出来た紙吹雪、紙と表現するには重くて固い。
体の動きを遮るのはクルクルテープで、これは紙じゃなくて天族が着ている衣装の色に似ている。
時折、小粒の宝石が混じって体に当たるもんだから、地味に痛かった。
「なんじゃこりゃー!」
ようやく紙吹雪が落ち着いたと思ったら、赤絨毯と竜族の花道。
何よりも異様だったのは、竜族のみなさんが巨体に小さなカメラらしきものを持って、連写していることだ。
カメコが大量にいる!地面に寝転んで変なアングルとか、めちゃコワ!
これ、不敬罪とか無いのか。
しろすけに救出されて立ち上がると、心なしか花道が狭まって、どんどん近づいてきた。
それをくろすけがポイポイ投げて道を開け、やっと前進だ。
掃除って、もしかしなくてもこれのことだったのか。
一方、竜族カメコ達は挫けるという言葉を知らないと言わんばかりに、投げられても投げれても戻ってくる、その姿はゾンビとも言える。
「偉大なる魔王陛下!身が名は竜王ソルティード。我ら一族、心より歓迎する」
花道の最後にいたのは、真っ赤な大きな花束を抱えた、巨人だった。
見上げるほどにデカく、黄金色の豊かな髪の毛がウネウネと広がっており、顔は好戦的な竜族らしいのか精悍さが際立つ。
何より覇気を感じて気圧されてしまうのは、魔王としてダメダメじゃね?
むしろ、このオッサ……いやお兄さんの方が魔王っぽい。
花束を持つ手が武骨で、そして差し出す仕草もワイルドで、何だか「親父!」と叫びたくなる雰囲気だ。
「こんなちっこい嬢ちゃんが魔王になるのは反対だったが、今は納得している。俺達竜族は御身のために全霊を捧げよう」
「はい?」
魔王になるの反対されていたのか!初耳なんすけど!
しろすけを睨みつけたら、全く表情が読めないまま、ただ微笑んでいた。
いや、私の経験状、しろすけは「あー暑苦しーウゼー早く館まで案内しろよなー」くらいに思っているに違いない。
くろすけはカメコ達の掃除に忙しいし、どうすればいいんだよ。
「歓待の宴を催したいが、まずは脆弱なる人間の御身を休めるのが先だろう。魔王陛下専用の宮を用意させてあるゆえ、夜まで休まれよ」
腰をがっつり掴まれ、グイグイと連行される。
オッサン竜王が持っていた時は多少大きいと思っていた花束、私にはかなり大きく重たい。
よってそれを抱えるので精一杯な私はオッサン竜王のなすがまま、前につんのめりそうになりながら歩く羽目になった。
というか、この問答無用加減は、もしかしなくてもまだ魔王やっているの反対してんじゃね?
しろすけもくろすけも、こういう時は助けてくれない。グレるぞ。
「陛下はどこもかしこも小さいな。しかもたった16年しか生きておらず魔王が務まるとは、人間とは本当に不思議な生き物だ。まだ大人が守るべき幼子でありながら、重きものを背負うのは大変だろう」
重い、重いもの。
私の心の持ちよう一つで、バイトの身でありながら言葉一つで、魔族はどのようにでも変わる。
それはとても重く、でも私に価値を与えてくれるものだ。
こんなちっぽけな存在が必要とされる、大きな役目。
「私は。ここに来て、魔王になって、すごく恵まれた。だから私も何かを返したい。私の代わりは沢山いるから、きっといつかこのバイトが出来なくなる日が来るとしても、それまでに出来ることをしたい。だから、重くてもいい。まだ受け止められないし、そのせいですっごいネガティブになることもあるけど、今、魔王であることを誇れるようになりたい。大変でも、逃げないって決めたんだ」
「さすが魔王陛下に選ばれるだけの人間ではあるな。ニホンジンは純朴で平和を愛する反面、脆く壊れやすいと思っていたが、嬢ちゃんは違うようだ」
懐かしそうに微笑むオッサン竜王。
そういえば、私は前任の魔王を知らないし、しろすけ達にも聞かなかった。
歴代の魔王には問題を起こした人もいて、だから異世界の日本人から選ぶようになったことは聞いた。
前任者からしばらく時間が空いて、魔族が暴走しかけたことも聞いた。
どういう人だったんだろう、すごく、魔王らしくて優秀な大人だったんだろうか。
世間知らず、社会知らずの子供の私には出来ない、スゲー事をしていたんだろうか。
もんもんと考えていたら、いつの間にか魔王専用の宮らしき場所へ到着した。
でかい竜の姿をした門番が重たい扉を開けると、キラキラギラギラした衣装をまとった女性達に出迎えられ、促されるように中へ進む。
「魔王陛下。知りたいのなら教えてやろう。ただし、怖いお目付け役のいない所でな!」
オッサン竜王はそう叫ぶと、そのまま飛び去った。
言い逃げかよ!
「陛下、先代を含め魔王陛下について知りたいというのなら私がご説明致します。あのようなケダモノの戯言に付き合う必要はございませんよ」
「うん……」
なま返事が不満だったのか、しろすけは竜族の変態っぷりをクドクド語り始めたので、私は【必殺☆聞いているふりして聞き流す】スキルを発動させた。
しろすけさんよ、そんなに竜族を関わらせたくないのなら、もっと早くに助けろよな。
オッサン竜族もしこり残して行きやがって!
「おい、行くぞ。人間はすぐ倒れるからな」
くろすけが日除け用のストールを掛けてくれた。
それを見たしろすけも演説をやめてくれたので良かった。
そうそう、このまま炎天下で延々話をされたら人間はぶっ倒れるからな!労われよ!
「休もー休もー」
宮の中へ駆け込みながら、ふと空を見上げると、金色の竜が雄々しく飛んでいた。
ずっと遠い場所なのに視線が合ったと思ったのは、気のせいじゃない。
話す必要がある、そういうことなのだろう。
誰だよ、気楽に視察出来るって言ったのは。チクショー!




