魔王様、牛丼を愛している
家なき子、ネットカフェ難民、貧乏女子高生こと私、山田花子16歳。
中卒という学歴はさすがに就職に困ると思い、そこそこ名門高校の特待生として入学した矢先。
実の馬鹿親父に売られそうになった所をイケメン2人に助けられ、シンデレラストーリーまっしぐら!
ファンタジー小説に出てくる大きなお城で、お姫様として大切に扱われ、しかも素敵なメンズからプロポーズされて困っちゃう毎日。
消えた(逃げた)両親の分まで、花子、幸せになります!!
「なんてな!」
小説やアニメなんて、嘘の塊だ。
いや、異世界は正しい。
契約を結んでからすぐ、職場見学となったわけだが、夢も希望も全くない転移を体験した。
魅惑のオカズ達は逃したものの、約束通り杏仁豆腐を食べた私は余韻に浸る暇も無く、くろすけの小脇に抱えられて個室の外へ連行されたのだが。
「ドッキリか、これ」
扉の外は廊下ではなく、店の中でもなく、玉座の間だった。
真っ黒でご立派な玉座と赤いカーペット。
かなりの高さがあるようで、その先から下は下り階段がずっと続いている。
恐る恐る下を見ると、同じ服装をした人達がみっちりギュウギュウに平伏しており、何というか気持ち悪い熱気を醸し出していた。
そして間抜けにも荷物のように脇に抱えられてブラブラしている私。
「えーっと……夢?いや、杏仁豆腐美味しかったし。胡麻団子の恨み晴らせずだし。ていうか、降ろせ」
もしかして、くろすけかしろすけのどちらかが偉い人で、その助手でもするのか。
それとも、秋葉ちっくなメイドさんか。
「陛下。どうぞこちらを」
ポイ捨てされたままウンウン唸っていると、しろすけがニコニコと笑いながら赤マントとどでかい王冠を持って来て、テキパキと私を飾り付けた。
いや、ちょっと待て、これは悪い予感しかしない。
慌てて脱ごうとしたら、しろすけがさらに笑った。
目が笑っていないから怖いんだよ、その顔。
「陛下。【誰でも簡単☆王様セット】です。契約書どおり、これから魔王陛下として雇用させて頂きます。さぁ、陛下の下僕共にご挨拶を」
「へ?」
「ですから、魔王陛下として下僕に……」
悪魔が笑っていた。
美味しい話には裏があって、美味しい物には策があって。
釣られた私が悪いんだろうけどさ。何故、よりにもよって「魔王」なんだ。
まぁ、私が「勇者」でもキモイんだけどね。
「この王様セットは、誰でも簡単に魔王陛下の力をふるうことが出来るものです。人間界の征服、天界の破壊、全て叶います。陛下の下僕は命令を頂くことを最上の幸福としている者ばかり。さぁ、ご命令を」
「俺達は魔王陛下の補佐。全ては魔王陛下の御心のままに」
無表情くろすけに手を取られ、もう片方をしろすけが握りしめ。
自給2000円の玉座へ連行された。
「朝食はフレンチトースト食べたい。胡麻団子も」
くろすけが噴出した。
馬鹿にされた気がしないでもないが、まぁいいか。
「御意」
金がないと学校に通えないし、就職もできない。
現役でありながらJKバイトすら落ちた私が、まっとうなバイトを探せるかも謎だ。
それを考えたら、衣食住が保障されているこのバイト、やりくりさえ上手くやれば大学進学できるかも。
国家公務員になれたらサイコー!
そのためには金。金がいる。世の中金だ。
「やるよ、魔王様。契約書にサインしたし。ごはん貰ったし」
世界征服も戦争もしない、とりあえず平和な3年間を目指す。
何しろ魔王様、ゲームでは必ず討伐される側だからな!
波風立てず、平和を築けば勇者も来ないだろう。
「国民の皆さん、山田花子です。しがないバイトですが、3年間よろしくお願いします」
お辞儀をしたせいで、重量級の王冠は階下へコロコロ。
ここに今、威厳ゼロ・平和主義者の魔王様が誕生した。
そんなわけで、自己紹介のやりなおし。
家なき子、ネットカフェ難民、貧乏女子高生こと私、山田花子16歳。
中卒という学歴はさすがに就職に困ると思い、そこそこ名門高校の特待生として入学した矢先。
実の馬鹿親父に売られそうになった所を悪魔2人に助けられ、魔王様街道まっしぐら!
暗黒と満月と血みどろの魔王城で、魔王陛下としてハンコ押しに追われ、しかも見た目だけ素敵で中身ドSな宰相しろすけと将軍くろすけに苛め抜かれて困っちゃう毎日。
消えた(逃げた)両親の分まで、花子、働きます!!
「お昼はぎゅ~丼!牛丼!」
戴冠式の翌日、日曜日。
張り紙だらけのアパートへ戻ると、借金取りも馬鹿親父もいなかった。
馬鹿親父はともかく、借金取りが私に及ばないよう、しろすけが何やら魔法でチチンプイプイしたらしい。
お陰で学校へ平和に通えるだろうし、久しぶりのご馳走……生まれて初めてフレンチトーストを食べてモチベーション上がりまくりの私は、鼻歌だって絶好調だ。
教科書類や下着など、最低限のものを学生鞄にまとめる。
なけなしの金目の物は母親がさっさと持って行ってしまったし、唯一の財産であるテレビが異世界で使えるはずもない。
お金もない、電話もない。大家には悪いが、あとは逃げた馬鹿親父に責任を取ってもらおう。
学校の制服だけは、入学祝に母親から送られてきたものだ。
依頼主はデタラメだったけれど、他に私の事情を知っている人はいないから、たぶん母親。
子供を売るような親父だったから、母親が逃げるのも、今は何となくわかる。
「おい、他に持っていくものは無いのか?」
「ないよ。なんにも無い。それより、お昼は牛丼連れて行ってくれるんだよね。メチャ楽しみ」
付き添いのくろすけに鞄を投げる。
軽い荷物に驚いたようだけれど、貧乏人ならこれが普通。
「お前は食事のことしか頭にないのか」
「うんにゃ、金も!金が欲しい!」
「ぶっ」
くろすけ、また噴出した。
しろすけみたいに常時笑顔を装備している人も怖いが、無表情も怖いのだ。
「お前、本当に欲望に忠実だな。本当は魔族じゃないか」
「まおーへいか!だからね」
バイト先の住所は異世界魔界市魔王城。
あっちの世界にも人間界はあって、その地下世界を支配しているのが魔族。
天上界を支配しているのが潔癖症天族。
だから欲望に忠実な魔族は、天族が嫌いで、隙あらば攻め滅ぼしちまおうぜ!と虎視眈眈中らしい。
しかも天族のマイルールで「かよわき人間に害を与えちゃだめよ。保護してあげないとね!」となっているために、人間に危害を加えることはタブー。
つまり、人間が魔王様をやっていると、天族は手が出せないそうな!ズッコイ!
でも、あっちの世界の人間は天族LOVEだから魔王はやらない。
白羽の矢は見事異世界の人間へ当たったのでした。チャンチャン。
「お前を選んで正解だったな。強欲魔王陛下」
お綺麗事を並べる人間よりも、欲望に忠実な人間が魔族には好ましい。
金の亡者と食欲魔人の私は適材だったわけだ。
でもね、金の亡者だって体と心を売るのは最終手段と思っているわけだよ、キミ。
昨夜の寝室への不法侵入した者ども、「誰でも簡単☆王様セット」で八つ裂きにしてやろうか。
「金は欲しいが体は売らん。穴が欲しければ森へ行けばいいのだよ。お陰で寝不足。牛丼は大盛りにして貰うから」
そう。
欲望に忠実な魔族、女なら何でもいいのか。
それとも魔王だからご寵愛を~なんて思っているのか、追い出しても追い出してもゴキブリのように湧いてくる色欲魔人達。
くろすけもしろすけも止めないから、初日から王様セットのお世話になったのだ。
あの姿で一晩てさ、何の羞恥プレイだよ。
「鶏がら抱いてもつまらないでしょ。豊満なお姉さま方がいるんだから、そっちへ行けばいいのに。ていうか、あんた達が止めろよ。それも仕事じゃないの?」
「魔族は欲望と魂に忠実だからな。止めても無駄だ」
「意味わからん」
本当に意味わからん。
結局は仕事じゃないから自分で何とかしろよ~ってことか。
……そのための王様セットか!
「ほら、牛丼屋行くんだろう。置いていくぞ」
「あ、待って!私のごはん!」
くろすけの、余裕のドヤ顔がムカついたから、背中に頭突きした。
無駄にコイツの背が高いから、背中の真ん中しか頭突けなくて、またムカついた。
「魔王様を敬え!コンチクショー!」
くろすけが、また笑った。
笑えるなら笑っておけ、無駄イケメンよ。
「いつか、本当に敬えるようになったら……名前をやるよ。バイト陛下」