魔王様、少年を拾う
露天風呂は庭の東屋横に設置されており、庭園を眺められるようになっていた。
私といえば、初露天風呂でテンション上がりまくりで、赤マントと王冠を籠へ放り込む。
くろすけが結界を張っているから安全だと思っていたのだ。
しかし、現実は甘くなかった。
「誰!?」
東屋の陰に、誰かが座り込んでいる。
もしかして蛇族側で用意した見張りなのかもしれないが、くろすけが結界を張っているから侵入出来ないはず。
そもそも蛇族の見張りや護衛なんていらないし。
というか、制服まで脱いでいなくて良かった!
「あ、あの……」
灰色の髪、汚れた服、うずくまっていたのは、おそらく所々にある茶色い染みから考えて怪我のためだ。
謁見時に会った蛇族は、魔法を纏っているせいかキラキラしていたのに、目の前の蛇族は薄汚れてボロボロだった。
もしかしなくても不法侵入者?
「どちらさん?ここは魔王専用の庭だってきいたんだけど」
だから露天風呂入りに来たんだけど。
土下座スタイルをしたくても出来ないくらい弱っている人、私がいじめている気分だ。
とりあえず【王様セット】を着用し、治癒と浄化魔法をチチンプイプイかけてみる。
万が一何かあっても、今の私はチートなんで無問題。
「どうよ。まだ痛い所ある?自分以外に使ったことないから、加減がわかんないんだよね」
ちなみに、私が毎日制服を着ても大丈夫なのは、浄化魔法のお陰なのだ。
この魔法が無ければ、洗濯するために替えも必要になってくるしで大変だった。
浄化魔法偉大過ぎるぜ!
「んで、大丈夫なの?」
自分が回復したことに茫然としている小奇麗な少年の手を掴んで立たせた。
地面に座り込んでも汚れるだけだし、東屋で休んだ方が楽だろう。
立たせてみると、私より少しだけ背が高い、おそらく同い年くらいに見える。
あのショッピングモールで遭遇したクラスメイトらしき男子とは違う雰囲気を持っているから、不思議と怖くない。
むしろおどおどした感じで、なんかこー突っつきたくなるというか、いたずらしたくなるというか。
「は、はい!ありがとうっす」
「うむうむ、くるしゅうないぞよ。ていうか、蛇族って回復とか浄化魔法使えないの?」
「いいえ、その、俺は出来損ないっす」
「魔法を使えないと出来損ないっていうと、私もそうなるな。私は人間だし、【王様セット】を着ていないと何も使えないからさー。でも、魔王出来るんだからすごくね?」
あはは、と笑って自虐ネタを出したら、少年は泣き出した。
何、私がいじめた?
「違うっす!陛下は、すげぇっす。あの、その、俺は魔力が出来ない不良品なんっすよ」
「魔力循環?何ソレ」
少年の話では、魔力循環とは得た魔力を体に巡らせ命を維持し、力へ転じる一連の事を指すらしいのだが、少年は循環が出来ずに体内でグルグル澱んでいるそうだ。
上手に排出出来ないから魔法を使えず、魔法を使えない魔族は爪弾きか狩られる対象になる弱肉強食。
魔族事情にそんなダークな部分があったなんて、魔王城にいた時は知らなかった。
「循環てさ、治らないの?」
「庭師のじいさんとは時々話してたんっすけど、蛇族では俺みたいな奴はすぐ殺されるらしいんで、わからないそうっす」
弱者は排除の対象。
人間も魔族も、変わらないんだなぁ。
魔法のコツがイメージなのであれば、循環も治せないもんだろうか。
どこかで澱んで詰まっているのなら、その詰まりやぬめりを取るイメージ、そう!パイプ掃除のような!
「私もわからないけど、試してもいい?」
「はい?」
少年の両手を取って、目を閉じる。
長年肉体労働でもしていたようにも思われる武骨な手は、生きているとは思えないくらい冷たい。
体内循環がどうなっているのかわからないので、まずはそれを調べてみると、熱い水のような流れが血管のように体中に張り巡らされているのがわかった。
ただ、胸のあたりでウゴウゴ溜まっているのに、その部分以外は酷く薄くて冷たい。
どこかで目詰まりしているのなら、それを除去すればパイプスッキリするんじゃないかな。
「んーんーんー。どこなんだろうねぇ、目詰まり」
医者じゃないし、魔族でもないから、難しいことはわからない。
むしろ無知なままで無謀な事をしているんだろうという自覚すらある。
それなのに何とかしたいと思ったのは、きっと私と同じ立場だからだ。
私には辛うじて救いの手があったけれど、この少年にはまだ無くて。
同情だろうと何だろうと、とりあえず目の前に出てきたんだから何とかしてみたいじゃんか。
魔王城へ帰ったら、同じように循環不良で殺される魔族を保護できる法案とか、施設とか、病院みたいなものが出来ないか提案してみようかなぁ。
私は貧乏でも、魔王様は金持ちだ。
「へ……いか…………」
項垂れている少年に頭突きをする。
項垂れていなかったら届かなかったから、ある意味ラッキー。
何事かと驚いている顔が面白くて笑ってしまったのは許せ。
「私も難しい魔法は出来ないけどさ、とりあえずやってみるんだから協力してよ。どの辺がウジウジすんの?なんかこー詰まってる的な」
「えっと、右の胸、あたりっす」
少年の言った場所をじーっと見てみると、確かに何か栓のようなものがある、気がする。
一気に開通したら、きっとせき止められていた魔力が激流になって危険だよね。
ダムだって決壊すると危険だから、放水してるっていうし!たぶん!
どうやって治そうか考えても思い浮かばず、とりあえず栓に小さな穴をあけるイメージをしてみた。
すると、魔力の循環量が増えていくのを感じられた。
「おっしゃー成功じゃん!私スゲー」
少年は急に魔力を感じたのか、頬を紅潮させて体の熱を噛み締めている。
やっぱり一気に栓を取らなくて良かった。
「ありがとうっす!ありがとうっす!」
同い年くらいなのにぽろぽろ流す涙が可愛くて、思わず手を伸ばして頭を撫でてしまった。
「陛下ぁ!」
抱きつかれても、まだ力が完全ではないからそれほど強くないようだ。
くろすけに抱き着かれた時は窒息して意識が無くなったからな。
「お、俺、嬉しいっす」
「うむうむ、良かった良かった!」
何だか、ただ魔力に味付けしている時より、よほど「仕事した!」という達成感があって嬉しい。
やっぱり予算組んで貰おうかなぁ。
夏休みは視察で大変だけど、平日に戻れば1日1人くらい何とか出来るかもしれない。
そろそろ露天風呂に入りたいから解放して貰おうと言いかけた瞬間、バリっと音がしそうな勢いで体が背後へ引かれた。
「お前、何者だ」
地味に背中が痛かったので振り向けば、臨戦態勢のくろすけに抱き締められており、さっきまで抱き着いていた少年には大きな真っ黒い恐ろしい形をした剣が刺さっていた。
貫かれた足からは血がドクドクと流れ出て、せっかくの治療が無駄になりかけている。
普通はまず声掛けてから、んで抵抗されたら攻撃じゃないの?
何で警告も何も無しに攻撃してんじゃ!
「くろすけのお馬鹿!何してんのさ。せっかく治りかけてるのに、馬鹿野郎!」
くろすけは私の言葉を聞いていないのか、さらに黒い剣を空中に作りだし、少年へ向けている。
「魔王陛下専用の庭園へ不浄な身で踏み入れるだけでなく、穢れた手で陛下に触れるとは万死に値しますよ」
空から、白い翼を持ったしろすけが舞い降りる。
しろすけは光の刃を持っており、倒れ込んだ少年の首に突き付けていた。
2人とも怖すぎるんですけど!
「しろすけもストップ!話を聞くくらいの余裕見せたれよ。攻撃中止!戦争反対!」
びくともしないくろすけの腕を何度も叩き、やっと解放されると、しろすけの刃を弾き飛ばす。
これは打算なんだけど、しろすけは魔王様が傷つくことを極端に嫌っているので、怪我をしないだろうとは思った。
2人から少年を庇うように座り込み、急いで回復魔法と防御魔法を掛ける。
自分以外の人に魔法を使うなんてまずないから、触れながらじゃないと回復魔法が使えない。
今後同じようなことが起きた時のために、遠距離から回復魔法を掛けられるよう練習しておかなくては。
「少年、ごめん。大丈夫?2人には後でおしおきするから」
そうじゃなくてもボロ着なのに、さらに切り裂かれて痛々しい。
肉体は治せても、洋服までは直せないから、魔法も万能ではないと実感した。
「大丈夫っす。俺が悪いっす」
日本人の最終兵器である【ザ☆土下座】をする姿が痛々しくて、2人に腹が立った。
格差社会は避けられないとしても、何も悪くない少年を傷つける理由にはならない。
これが、魔族の感覚なのか。
あまりにも平和な光景しか見ていなかったから、気付かなかった。
「少年は悪くない。私が勝手に魔力の循環を治してただけじゃん。何で、怪我させられて怒らないのさ」
弱者は強者に楯突くことが許されない、それは人間特融の歪みなのかと思っていた。
排除されても、何をされても、異物は取り除かれるものなのだと。
魔界に来て、魔王城で魔王としてバイトして、みんなが優しかったから、天族や人間という敵対している種族には厳しいとしても、同族なら結束しているものだと、勝手に思っていたのだ。
ここでも、弱者は淘汰される。
それが自然の摂理だとしても、私は自分と同じ立場を助けたい。
違う。誰かを助けることで自分を救いたい、そんな綺麗事だ。
「魔力循環を治した、のですか?」
「どうりで。結界が魔族を急に感知したのかわかった。不具は魔力を感じ取れないから厄介だ」
「来るな!馬鹿!」
防御壁のお陰で2人は近づけないけれど、壊すタイミングを虎視眈眈と狙っているのがわかる。
肌がピリピリするのは、彼らの魔力の奔流が強く伝わってくるからで、ここで私がウッカリ気を許して防御魔法を解けば、少年は殺されるかもしれない。
「陛下、私達は御身の安全を最優先致します。侵入者を許すわけにはいかないのです。どうか子供のような我儘をおっしゃらず、出てきて下さいませんか」
「断固拒否する!出ていったら少年はどうなるのさ。安全を保障するなら検討するけど、そうじゃないなら籠城してやる!あんたら忘れているかもしれないけれど、そもそも私まだ子供だし!」
もっと固い防御壁を!とイメージして、今ある壁のさらに上へ重ねて作る。
魔王様、側近2名と戦うの図だ。
勝てる気しねー!
「そいつは蛇族の不具だ。本来は還す存在を匿っていただけでも、一族の責任とされる問題だ。馬鹿陛下が関わってどうする」
くろすけが壁を壊し始める。
作っても作っても、やっぱり最初の魔族であるくろすけには敵わないのか。
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだ!還すって何さ!泥へ戻せってか?それって生まれたのに弱いから死ねということ?大馬鹿野郎はどっちだよ」
「陛下、もういいっす。放して下さいっす」
腕の中で震える少年が悲しい。
諦めて受け入れようとする姿が、すごい腹立つ。
「2人は知ってるよね、私の境遇。私だって弱い。貧乏で、馬鹿な親しかいない子供だよ。私にも死ねっていうのかよ。器を持っている人間は他にもいる。代わりはいくらでもいるだろうから、物分りの悪い私を殺して、次を選べばいい!」
最後の壁が壊れ、くろすけの手が伸びてくる。
そのおっそろしい刃を、私にも向ければいいのに。
「馬鹿女」
魔王様に対しては、どこまでも優しい腕だった。
庭園での騒ぎは、くろすけが結界を張っていたお陰で外部には洩れなかった。
蛇族の少年は生まれてすぐ捨てられ、普段は誰もいない庭で、時々やってくる庭師のおじいさんの世話になりながら、何とか細々生きていたそうだ。
本来なら、循環が出来ない魔族は内に澱む魔力によって長く生きられないそうだが、少年の場合は髪の毛ほどの循環はあったそうなので、これまで生きられたらしい。
ただ、私が何もしなかったら数年持たなかったそうだ。
取り敢えず少年はまともな教育を受けられなかった事、そして循環が出来るようになった事で、処分は保留中なわけだけど、2人は少年の存在を一切無視して私のご機嫌取りをしている。
山積みのお菓子に美味しいお茶、自分達がいかに心配したのかを懇々と語っているのだが、長ったらしくて聞き飽きた。
食べ物にグラリとして、自給を上げるに堕ちそうになったが、何とか保った私は偉い!
保護した蛇族の少年は「同席は恐れ多い」と言って床に座っているし、何とも居心地が悪い。
そうじゃなくても、この魔王の部屋は趣味が悪いくらい派手で煌びやかなのにね。ゲロゲロ。
「陛下、本当にそこな者を城へ連れ帰られるのですか」
「決めたんだ。まだ治している最中だし、最終的に栓を綺麗に取っ払えたら、スッキリして元気になるんじゃね?一度手を出したんだから、最後までやってみるよ」
不安そうな顔で見上げていた少年は私の言葉に安心したのか、花が咲いたように笑った。
なんか、わんこ飼ってるみたいでカワエエ。
思わず撫でようとしたら、防御壁に阻まれた。
おそらく黒っぽい色がついているからくろすけの仕業だ。
魔法には、使用者の色がほんの少し反映されるらしいが、普通の魔族では視認できない。
しろすけとくろすけのように最上位魔族、三大貴族の長、そして【王様セット】を着用した魔王は見極められる。
ちなみにくろすけは黒っぽく、しろすけは白っぽく、私はシャボン玉みたいに光の加減で変わってしまうから固定していない。
「まだ警戒を解いたわけではない。これが蛇族の罠だとしたら、そいつは連れて行くべきではないからな。そもそも不具は還す事で新し肉体を得て改善される傾向があるのだから、わざわざ馬鹿陛下が手を掛ける必要は無いだろ」
「その話嫌いだし。仮に還したら、少年は少年のままなの?別人になる事って無いの?」
「記憶は核に刻まれますが、完全に同じ肉体へ戻る可能性は低いでしょう。不具の原因は、核と肉体の相性との説が高いですから、あるべき姿を取り戻すことで改善されるはずです。核は唯一無二と考えれば、同一人物と呼べなくもありません。私と致しましても、陛下には不浄に関わらず平常業務を遂行して頂きたいと切に願っております」
結局、今の人生を捨てなければならないってことだよね。
そりゃさ、少年の人生だから、少年に選択させることが正しいし、彼が健康な体に生まれ変わりたいというのなら止められない。
魔族も弱者には優しくないし、強くなって生まれ変われるなら、それはそれでいいのかもしれないけど。
私は選べない、だからせめて選択肢がある人は悩んで選んで欲しい。
「少年はどうしたい?少年の生き方だから、好きな方を選んでいいよ」
「お、俺、このままがいいっす。捨てられたっすけど、庭師のじいさんや陛下が助けてくれたっす。だから、その、俺は」
少年は、自分の生まれた環境を受け入れる、強い奴だ。
魔力の循環不良はともかく、心はすっごく強い。
「いいよ。じゃあ頑張って治そうぜ。これが解決できたらさ、魔界における循環不良の解決になるかもしれないじゃん」
私は今、何も出来ない子供じゃない。
確かにアルバイトの身分だし、借り物の【誰でも簡単☆王様セット】にお世話になりっぱなしだけど、何か1つでも、残していきたいと思った。
生きていれば良い事だってあるんだという、軌跡を。
「これからよろしく、少年」




