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雇われ魔王の奮闘記  作者: 茉莉花
14/22

魔王様、情報もれる

 人間の世界には、天の神から授けられた一振りの剣があるという。

 神殿にある祭壇の固い床へ突き刺さる剣は、選ばれた者にしか抜けない。

 魔王の就任と共に選定の儀が執り行われ、ありとあらゆる人間がその剣を抜かんと集まるお祭りだそうだ。

 その祭壇には「憎き魔王を倒したいかー!?」というキャッチコピーをくっつけた私の肖像画が置かれていたそうな。

 ただ、ほとんどの人は魔王退治なんて本気で考えておらず、義務と名誉とお金とお祭りを楽しむためだけらしいので、特に脅威は感じられなかった。


 「僕は公爵家の中でも末っ子なので、兄さま達にくっついて遊びに行っただけなんです。でも、これを見て、魔王さまにお会いしたくなって」


 少年勇者に見せられたのは、丁寧に包まれた小さなフレームの絵姿。

 よく見ると、これ、私じゃないか?

 学校の制服に王冠と赤マントを着用して、玉座を横に座り足元に傅く、しろすけっぽい人に足を差し出し、玉座の後ろに立つくろすけっぽい人からワインを受け取ってふんぞり返っている姿。

 スカート丈、若干いつもより短いのに足を組ませているのは、作家の好みか。

 ちなみに肖像画は黒ニーソだが、私は学校支給品(奨学生は無料)の黒ハイソしか履かん。

 未成年だからお酒飲まないし、ここまで色気もないし、色々脚色されているけれど、魔族の王様っぽく何だか悪そうだ。

 そもそも私は肖像画を描いた記憶がないわけで、でも実物に似せて描くなんて、魔族の誰かってこと?


 「これは神殿にある肖像画を小さく描いていただいたのですが、原画はもっと素敵です。僕、これを見た時からずっとドキドキしていて、とにかくお会いしたくて、すぐに国を出ました」


 親、まだ小さいのに1人旅とかさせるなよ。

 きっと小学生くらいだと思う、この大きさとか、無邪気さとか。

 好意的なのは嬉しいけどさ、「太もも」発言が記憶に焼き付いて純粋に喜べない。


 「陛下、今すぐ殺しましょう。勇者は敵です。神殿ごと消去致しませんと」


 「その意見には強く同意する。今すぐ肖像画を燃やしに、神殿へ奇襲をかけるべきだ」


 背後で殺気立つ2人に絵姿を見せるんじゃなかった。

 先ほどまでは「ま~無害そうだからいっか」という空気だったのに、応接室へ来てからとにかく機嫌が悪い。

 圧力というかピリピリ肌を刺激する何かが噴き出す、そんな感じで恐ろしい。

 魔族に肖像画を流出させた犯人がいるなんて不名誉なことだから、消したいのはわかるけどさ。

 どうせ脚色するなら、胸も2割増ししてくれたら良かったのに、そこだけ何故リアルなままなのだ。


 「2人とも子供相手に怖い事言うなよ。私は肖像画なんて気にしていないし、お祭り騒ぎ程度であれば問題ないってしろすけ言ってたじゃん。何より少年(名前覚えられない)が敵意無いんだから、こっちから喧嘩吹っかけるな」


 未だに自席に戻らず、私の足元で座り込んでいる少年勇者。

 唯一の武器である聖剣は向かいのソファに放置されたまま、警戒心が無いのか、人間の敵である魔族が作ったお菓子やお茶も平気で口にする。

 流出させた魔族は後で探すとして、このリスとかハムスターを思わせる食べ方でナッツを堪能している勇者の扱いをどうするか、が今の問題になりそうだ。

 2人に任せたら、気付かないうちに消されているかも!


 「魔王さま、僕のことはルウと呼んで下さい。父さまが、好きな人に呼ばせる名前だよって教えてくれたんです。僕、魔王さまに呼んで欲しいです」


 ぷにぷにほっぺにチョコレートをくっつけた少年から、愛の告白を受けました。

 小さい子と関わる機会って無かったけど、年下ってかわいい。

 なんかこう純粋で、「好き」の意味もまだわからないんだろうなぁ。

 持っていたハンカチでチョコレートを拭ってあげたら、耳まで真っ赤になって目が泳ぐ。

 少年よ、永遠に純粋でいてくれ。


 「じゃあルウって呼ぶね(名前長すぎて覚えられないから)。遠くから来てくれてありがとう。でも、親が心配すると思うから、そろそろ帰ろうか(ここにいると2人に消されそうだから)」


 「僕がいるの、嫌ですか?」


 うるんだ瞳に見上げられ、鼻血が出そうだ。

 理性がどこかに吹っ飛びそうなのに冷静でいられるのは、きっと背後に立つ凶悪な魔族2名がより怒気を発しているからに他ならない。


 「でもさ、ルウはまだちっさいし。うちはこれでも魔族だから人間には危険だよ。ルウが大きくなったら、いつでも遊びにくればいいって!」


 負けるな自分。

 敵意の無い勇者は勿論助かるけど、滞在が伸びれば2名の矛先がこっちにきそうだから。

 我が身かわいさに追い返すのは正直すっごく泣きたくなるくらいしんどいんだけど、私の平穏のために帰ってくれ。

 それに、素敵な両親であれば一緒にいた方が良いに決まってる。


 「大きく……はい、わかりました。僕、魔王さまより大きくなって、魔王さまを守れるくらい強くなります!」


 勇者よ、魔王を守る宣言は不味いんでないかい。

 神様や天使から、また何か言われそうだ。

 これをきっかけに全面戦争とかご免だからね。

 私は平和とお金とご飯を愛する魔王さまであって、不毛なことはしたくない。


 「そうしたら、僕のお嫁さんになって下さい。約束です」


 ちゅっと可愛らしく重なった唇。

 ファーストキスが、まさか少年勇者とは誰が予測出来ただろう。

 背後の怒りはピークに達したらしく、くろすけが勇者を摘まみあげて窓の外へ飛び立った。

 ソファに放置されている剣は主を見失わないよう追尾機能がついているのか、自動で浮き上がり、くろすけ達の後を追って飛んでいく。

 くろすけ、お願いだから無事に届けておくれ。


 「陛下」


 「へいっ」


 ドスの効いたしろすけの声に、思わず変な返事をしたのは笑って許して欲しい。

 ギギギと音をさせて振り向くと、嫌味なほどニコヤカに笑うしろすけが、勇者のチョコを拭ったハンカチを燃やしていた。

 怖い、怖すぎる。


 「夏休みは無いと思って下さいね」


 「お、鬼!」


 「とんでもない。陛下はお金を稼げますし、私共は滞った政務を進められ、お互いに良い事です。各領地の視察も組み込みますので、夏休みが終わるまで日本には戻れないかと思いますが、ご了承下さい」


 ブラックバイトか!

 お金稼げるのは嬉しいが、せめて週1は休みをくれ。

 夏休み中に貴美花と日本の海に行く予定をしていたのに、それが無くなると休み明けが恐ろしい。

 何か、何か怒りの矛先を変えるものはないか。

 そもそも何故そこまで怒るのかが、謎だ。

 ちょっと小さい子にちゅーされたくらい、あの時のくろすけに比べたら……あ。

 私は、生贄を差し出した。







 さて、あの肖像画流出事件についてはすぐ解決した。

 肖像画の作成については、即位の時に三大貴族のみへ渡したらしい(いつの間に描いた!肖像権は!)。

 一応、外部への流出はしないよう言い渡していたらしいけれど。

 人間界との境にある竜族が治める領地、私達も観光がてら覗いたショッピングモール。

 そのイベント会場なる広場で行われた「ドウジンシソクバイカイ」というもの。

 どうやら日本で得た情報をもとに、大勢の画家達がこぞって自分達の作品を書籍や雑貨にして売りさばくイベントをしたらしい。

 中でも魔族が敬愛する魔王様関連商品は凄まじい量になり、それを買い取った魔族の商人が人間界へ行商に行った際、他の物にウッカリ混ざって秘蔵コレクションを売ってしまったそうだ。

 人間に化けて商いをしてる以上あまり大騒ぎすることも出来ず、そして何より魔王様非公認の商品でもあるため、報告せず地道に探していたそうだが、結果的に一番敵対している神殿へ流れてしまった。

 くろすけに連行された魔族はすっかり怯えきって泣き出すもんだから、強く責められずに終わってしまったのだが、いつもならネチネチ追求して「処分します」なんて言いそうな2人が大人しいから不思議だ。

 商品は全てしろすけとくろすけが回収したらしいが、私はまだ見ていない。

 そしてもう1件。

 しろすけの怒りを治めるために、私はくろすけを差し出した。

 あの海での一件、私は涙ながらにくろすけにされた事を訴えたのだ。


 「俺はただ、美味そうだったから少し涙を味見しただけだ!おい、何とか言え」


 勇者を無事送り届けたくろすけは訴えも空しく、しろすけからの攻撃を一晩受け続けるだろう。

 私はそれを見守りつつ、いつものベッドへごろり。


 「なんか大変だったけど、まぁ面白かった。勇者可愛かったし」


 メイドさん達が毎日欠かさず掃除や洗濯をしてくれるお陰でふかふかなベッド。

 いつの間にか当たり前になっていたこのぬくもりに、私は安心して身を預けるのだった。






 

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