魔王様、説教される
はてさて、くろすけのセクハラから一夜明けた本日。
絶賛しろすけの説教受けてます☆
「陛下、聞き流していませんか?いいですか、人間とは大変脆弱な生き物であり、魔界の海は陛下の御生まれになった異世界より綺麗とはいえ、塩分濃度は大変高いのです。何もせず眠ればこうなる事は知能の低い子供でも予測出来ます。私が少し離れていた間に何があったのか存じませんが、もう、少し、その小さな頭をお使いになって、ご自身を大切になさって下さい。陛下、聞いていますか?」
「へい、すいやせん。反省してます」
テントの中とはいえ、浜辺で正座。
足が痺れて感覚がなくなってきた。
今触る奴がいたら、魔法でぶっ飛ばすこと間違いない。
「本当に反省しているとは思えません。昨夜、陛下がお休みになられるまで、私はお傍に控えておりました。緊急連絡で致し方なく魔王城へ戻りましたが、この一帯の結界を発動させ、黒に護衛を任せて安全が確立できたと思いましたので、離れたのです。しかし!陛下の御身をお守りする労力を、陛下ご自身によって無駄になさったのです。どう思われますか」
「へい。大変申し訳ないことをしたと思ってます」
足痛い。お腹空いた。
早く説教終わらせて、朝ごはん食べたい。
今日は焼き魚を食べる予定だったわけで、説教を食べる気は一切ないぞ。
海水がかなり濃いから、化粧塩だけで十分そうだ。
昨日の刺身がかなり美味かったことを考えると、焼き魚も間違いなく美味しい。
あー足痛い。
「私は約束が守れないのなら、契約書をご用意すると以前も申しました。今回は約束しておりませんでしたので、大目にみるとしても。ご自身を大切に出来ない馬鹿な子には最終手段を取りますよ」
焼き魚には味噌汁と、あつあつふっくらごはんがいい。
梅干し、つくだ煮、海苔、卵、朝ごはんの欲望は尽きなく、しろすけの説教は左へ受け流す。
「常にご健在で在らせられるように、さっさと魔族にしてしまいましょうか」
「へ……って、おい。同意しそうになったじゃん」
「聞き流している陛下が悪いのです。私も本当は、これほど口を出したくないのですが、陛下は何かあるとご自身の安全など全く頭から抜け出るようですので、これが続くのであれば安全策を取るまでです。魔族となり魔王陛下として君臨なされば、多少のことでは命を落としませんからね」
すごく仕方ない、という顔をしているしろすけ。
いやあんた、知らない間に私を魔族にしようとしただろうよ。
話し合いでお互い納得した上で、魔族へのジョブチェンジは見送りになったはずなのに、ちゃっかりここで持ち出すなんて卑怯じゃないか。
そもそも、今回はくろすけに原因があるわけで、私は4割無実だ。
話を戻すと、昨夜の一件で水浸しになり、くろすけからセクハラを受けた私は、あまりにショックで浄化と回復をかけずに寝てしまったのだ。
そして朝、しろすけが朝食の材料片手に戻ってきた時、私は風邪引いているわ肌や顔が火傷みたいに爛れているわ、悲惨な状態だったらしい。
良い子は海水浴後、ちゃんと体を洗うんだぞ!
今回はすぐに魔法を掛けてくれたので、今はなんともない。
ちょっと慌てたしろすけが面白かったのは、ここだけの話。
でもそれが顔に出ていたらしく、笑ったことでしろすけの説教攻撃が始まった。
いや、笑ったからというより「マントで治す」と気軽に言ってしまったのが悪いようだ。
確かにさ、すぐ治せると思えば怪我や病気なんて深く考えなくなってしまうかもしれないから、そこだけは悪いと思う。
でもさ、今回はそもそもくろすけのセクハラが悪いのであって、私の落ち度は4割だ!
「旅行を切り上げて帰りますよ、陛下」
「えぇ!?だって、2泊3日だって……まだ1泊しか」
せっかくの海が、海が。
もう治ったのに、しろすけ酷過ぎる。
ちょっと浄化をし忘れただけで、人生初の旅行が終わるなんて泣く。
でも、連れてきて貰っている手前文句は不味いか。
「私としても残念ですが、昨夜から魔王城にお客様が滞在しております。昨夜は私がお相手致しましたが、お客様は陛下との会談を求めておりますので、致し方ありません。今は黒が間繋ぎを」
「お客さん!そっか、そっか。じゃあ仕方ないな、バイトに戻るよ」
立てない。
しろすけが手を差し伸べているのに、足が痺れて立てない。
脂汗が出てくるくらいビリビリ麻痺してしまった今、触ったら死ぬ自信がある。
「仕方ありませんね」
まさか、まさか。
そのすごーーーーーーーーーーーーーーく楽しそうな笑みは。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ」
抱き上げるだけならまだしも、痺れた足をわざわざ揉むしろすけ。
何かに掴まりたくても目の前にはしろすけの首しかなく、ぎゅうぎゅうにしがみついた。
マジで痛い、本当に痛い、死ぬ。
「いたっ痛い。痛いぃぃぃ!ひとでなし!死ぬ」
「おしおきです」
耳元で囁かれた恍惚とした声に、心の底から腹が立った。
さて、十分泣かされた私は、海からあっという間に魔王城へ帰ってきた。
行きこそ道中を楽しみたいからと抱えて飛んで貰ったけれど、帰りはお客様を待たせていることもあって、転移魔法で一瞬だ。
魔王さまとはいえ学生の身分だから制服に着替え、首と肩コリの原因になりそうな重たい王冠、赤マント、杖を装着する。
内政や外交はほとんどしろすけに丸投げしているから、こうして「魔王」の立場が必要なお客さんのイメージが全く出てこない。
そもそも、人間からも天族からも嫌われているのに、わざわざ来るって神様くらいしかいないんじゃないの?
天使は客扱いしないだろうしな。
「陛下、こちらへ」
謁見の間にある玉座は相変わらずおどろおどろしい。
階下には魔族さん達がいつもどおり臨戦態勢なもんで、若干熱気に溢れている。
そんな中、魔族に囲まれた人が傅いているのだけど、なんか、なんだ。
「子供?」
私の声に反応して、子供が顔を上げた。
ぱぁぁぁっと花と音声が付きそうな笑顔は人間そのもので、バラ色の頬と可愛らしい瞳が印象的な、子供よりは上、私よりは年下な少年だ。
神様はロリータ美少女(中身は男)だったけど、この子はほんわかする少年、という印象。
ぺこり、と頭を下げたら背負っている大荷物が前へずり落ちて、そのままズベっと転ぶ。
でもめげずに体制を立て直し、恥ずかしそうに頬を染める。カワエエ。
「はじめまして、魔王さま!僕はルーヴェリオ・ラ・フォンデマリ・アウストラウス・セヴァス・パターリヤです」
名前長すぎる。
絶対に覚えられない、そして何者?
控えているしろすけにコッソリ尋ねると、恐ろしい回答が来た。
「陛下。彼は人間界で行われた選定の儀で先日選ばれた、勇者です」
「ゆうしゃあ!?」
「はい!僕は勇者です」
思わず大声を上げてしまった瞬間、魔族達がざわめきだす。
勇者って、魔王を退治する奴だよね。
何でお客さんとしておもてなししてんの!しろすけ!
「あのぅ、昨日の夜は突然来てしまってごめんなさい。母さまから、先触れもなく夜遅く訪ねるのは悪いことだって言われていたのに」
ショボーンとうなだれる姿までカワエエ。
神様も可愛いと思ったけれどアレは計算されつくした可愛さで、こっちは天然にカワエエ。
母さま、だって!突然来てごめんなさい、だって!
「僕、ずっと魔王さまにお会いしたかったのです。肖像画を拝見した時、僕はとてもどきどきしていました」
鼻血出そうなくらい、可愛い!
もじもじしながらぎゅっと握りしめた拳、うるんだ瞳、こんな人間が魔王の天敵とは、運命は残酷だ。
そのドキドキってなんだ、魔王を倒したくて胸が高鳴るってか。
言っておくけどな、私は平和主義の魔王なんだぞ。
そりゃ完璧に迷惑かけていないとは言えないかもしれないが、今は比較的平和を保っている。
いくら可愛い少年の頼みでも、討伐されるなんて嫌だ。
「肖像画?何、それ」
「陛下が就任された時に、魔界内で出回ったものですね。外部に流出することはないと思ったのですが、現在調査中です」
「あの、その、えっと、魔王さま。もしよかったら、お傍に伺ってもいいですか」
子犬が待てをしているような顔をされて、私は陥落した。
「しろすけ、勇者くんを応接室に。ここだと、魔族の皆さんが怖い」
「畏まりました」
これで倒されたら自業自得だけど、この子に倒されるなら本望だと思うくらいに、あの顔は可愛かった。
とりあえず昨夜は問題無かったそうだし、本当に危険ならしろすけとくろすけが警戒して追い出すくらいはすると思うので、まぁ大丈夫だろう。
「お待たせしました、勇者くん」
「魔王さま!」
身長は私より少し低く、パタパタと走り寄ってくる様は子犬そのものだ。
しっぽがあればブンブン振り回していそう。
抱きつかれそうになったが、さすがに敵対している者同士だから不味い。
くろすけが寸での所で止めてくれた。
「どうぞ座って、勇者くん。しろすけが作るお菓子美味しいから、どんどん食べて」
向いのソファに促し、私もお茶を飲む。
お菓子はチョコレート、ナッツとドライフルーツが少し。
初めの頃は大きなテーブルに所せましと沢山のお茶請けを並べられたが、今はその時食べる分だけ添えるようにお願いしている。
ごはんが基本ブッフェスタイルだからお菓子も同じ考え方なんだろうけど、勿体ないからね。
いくら黒字右肩上がりだとしても、節約できる所は節約したい。
「あの、本来は正式な手続きを取ってからお会いしなければならないのに、急に来てしまってごめんなさい。僕どうしても、魔王さまに会いしたかったんです」
勇者はテテテと副音声が入りそうな小走りで、私の足元へ座り込んだ。
くろすけから刃を向けられても気にしない、しろすけが何だかピリピリしているけれど、それも気付かないで、ニコニコぷにぷにしている。
「うほっ」
お腹にタックルされた。
すり寄ってくる姿は猫みたいで、カワエエ。
「ふとももー」
勇者の中身はオッサンだった。




