魔王様、海へ行く
「ひゃっほーい」
ギラギラきらめく太陽、輝く波、熱い砂浜が俺を呼んでいる!
やってきました夏休み!
セパレートの水着は職場支給、フリルが良い感じに誤魔化してくれるため、水着も怖くない。
本日はしろすけとくろすけをお供に、竜族が治める人間界との国境付近の海まで社員旅行だ。
豪華な別荘もメイドさんやシェフもお断りして、「ザ・キャンプ」を楽しんでいる。
バイト魔王を始めてから天使が突撃してくるわ、魔族へジョブチェンジさせられそうになるわ、神様が遊びに来るわ、とにかく大変な日々を過ごしたので、そのご褒美でもあるそうな。
「海はいい。釣りだ釣り!」
海はタダで食材が採れる。
ただし、日本の場合は漁業組合に申請が必要なものは採ってはならない。
これを無視するのは人間として終わっているので、そのボーダーラインを超えないよう気を付けるのがコツだ。
今回は異世界なので気にしなくていいと、事前に確認済みだ。
中学生の時、あまりに腹が空きすぎて、海まで歩いたことがある。
ちなみに、アパートから海まで片道2時間コース。
バスや自転車があればもっと早く着くだろうが、生憎余分な金は無い。
釣竿がなくても小さい貝や海草、ヤドカリにチビカニが採れるため、腹の足しになった。
そして腹を満たした後にお腹を壊した、懐かしい記憶だ。
何を食べていいのか知識もない人間のやることなんて、所詮この程度。
良い子は真似しちゃだめだぞ。
「本日の陛下は大変活き活きしていらっしゃいますねぇ。このような手間をわざわざ掛けるとは、物好きでいらっしゃいます」
テレビの見よう見真似で釣り針に餌を括りつけ、ボッチャンと海へ投げ入れていると、大きなパラソルと薄いヴェールを持ったしろすけと、テーブルと飲み物を持ったくろすけが傍にやってきた。
2人は相変わらず同じ格好で暑くないのか疑問だったが、魔法で常時快適に過ごしているらしい。
どうりで汗一つかいていないわけだ。
「いいんだよ、不便で!仕事じゃないのに【王様セット】を着用したくないし、自分でやるのが楽しいんだって」
本来魔力で満たされる魔族にとって、魚を釣る意味を理解出来ない。
娯楽として楽しめるのでは?と思うのだが、魔法でチョイチョイの方が楽らしく、わざわざ1匹ずつ釣る意味も無ければ、じっとしているのも好きじゃないそうだ。
「今日のごはんは焼き魚食べられそう。刺身はイケル?見た目、海綺麗だけどさ」
「はい。水質を日本の検査キットを使って比較した所、日本より汚染が少ないことが判明致しました。塩分濃度は魔界の方が濃いようですから、残念ながら海水浴には向きません」
魔王城から外に出たのは今回が初めてだ。
そもそも、学校から帰ってきてバイトして…という生活をしていると、外に出る暇が無かった。
神様にも言われたし、まぁ3年間は暮らす場所であるから、知っておくのも悪くないかな、と思って提案したのが今回の社員旅行だ。
最初は魔界にある貴族の屋敷に滞在して優雅なバケーションを提案されたが、貧乏女子高生にとって精神的にキツイものがある。
だから本当にコッソリと、キャンプがしたいと申し出た。
普通さ、魔界といえば薄暗くて、毒キノコとか生えていそうな根暗イメージだったけれど、実際はすっごく暮らしやすい環境みたいだ。
竜族のような大型種からワンコのような小型種まで、様々な種族が暮らしやすいように建物は造られているし、気候は地域によって多少異なるだけで、ほぼ日本と変わらない。
魔族らしく、娯楽施設がとにかく充実している。
歓楽街も当然ある一方で、昨今の日本ブームでショッピングモールのようなものまで造られていた時は、さすがに笑った。
もちろん、建築様式無視な自由奔放デザイン(魔法で何でもできちゃうからね)だが、色々な店が並んだり、フードコートがあったり、妙に近代的で驚きの連続だ。
大型種が歩けるように、天井はすっごい高いし、空飛べる種族が天井近くをパヤパヤ飛んでるし、日本では絶対に見ない光景だけどね。
特にここは竜族の治める土地なだけあって、ギラギラに輝いているし、天井近くの店なんてどうやって見るの?ってくらい高くて遠い。
そもそも私、ショッピングモールなんてテレビで観ただけで行ったことない。チクショー。
胸にモヤモヤしながら水着やビーサンを買い、こうして海にいるわけだ。
しょっぱくても足浸かるくらいならなんとかなりそうだな。
「おい、熱中症になるぞ」
「このくらいでなんないよ。私は自由だ!」
神様が襲来した一件から、くろすけとも普通に話せるようになっていた。
色々質問したいことはあるけれど、まー深く考えるの苦手だし、1円の利益にもならないなら聞く必要はないかなと思って、スルーしている。
過保護度合いは若干増量気味で、今のようにちょっと遊んでいると、熱中症だ、日射病だ、日焼けするだ、うるさい。
しろすけもくろすけの、うっとうしいくらい小言が多い。
今も自由を満喫するために海岸で釣りを始めたら、すぐに日除けや水分を持ってくる。
他に誰もいないから良いものの、大勢いる場所でこんなことされたら、悪目立ちするだろう。
何のために別荘やメイドさんを断ったのかわからない。
自分達で何でもやるから楽しいのに、夕ご飯の分の魚はしろすけがさらっと魔法で採り、モンゴルのゲルのようなテントはくろすけが魔法で建ててしまった。
そして冒頭に戻る。
無理やりなくらいテンション上げないと、夏休みっぽくない。
唯一は足元のバケツに入った魚くらいか。
この世界の魚は「釣られる」という経験がないためか、素人の投げた餌に簡単に食いついてくれるのだ。
すでに食料を確保されているとはいえ、やっぱり自分で釣った魚を食べてみたい。
「夏だよ、海だよ、全員集合だよ。遊ばないと損じゃん。2人とも魔族でしょ。楽しいこと大好きな魔族なら、水着になって遊びたまえよ!魔王さまの命令だぞ!」
海水をぶっかけても、魔法で跳ね返ってくるだけなのでやらない。
砂に埋めて遊ぼうかと提案したら、私を埋めようとしてきたからやらない。
一度もこうやって遊びに来たことのない私からすれば、1人でも楽しいんだけどさ。
ちょっと自分が馬鹿みたいにも見えるんで、やっぱり2人も水着でテンション上げて欲しいもんだ。
中身はともかく見た目はイケメンなんだから、サービスサービス!
これでメタボってたら盛大に笑ってやる。
「陛下、下着で遊ぶだけでは飽き足らず、私達にも脱げとおっしゃるのですね」
「痴女陛下だな」
「いんや、水着だから。露出大好き変態じゃないから。海きて、そんな引きずりそーな服と、あつそーな服着ている方が、すっごいおかしいから」
貸切なのか、周囲には私達しかいない。
だから別にサービスしなくてもいいんだけど、何となく想像してみなよ。
たった独り、水着ではしゃぐ馬鹿と過保護な保護者の図を!
海水浴場に行けばいいのにさ、魔王がいると魔族が大騒ぎするらしいし、魔族の前に行くなら水着は禁止で【王様セット】着用だと言われたから、仕方なく、本当に仕方なく、孤立してんだ。
「泳がない海で脱ぐ意味がわからないな。無意味に脱ぐのは人間だからなのか」
「そうですねぇ。実に興味深いですが、今魔力を供給したら、さぞかし美味しいことでしょう。これほど高揚されている陛下は、滅多にお目に掛かれません。味見したいものです」
「ぶほっ」
貰ったトロピカルなジュースを噴出した。
魔王城から離れた今は、魔力供給をしていない。
そうか、いつも一緒にご飯を食べているから、すっかり忘れていたけれど魔力がごはんだもんな。
しろすけに口元を拭かれつつ添えられたパインぽいものを頬張ると、くろすけに笑われた。
食い意地張ってて悪いか!
「魔力って、直接食べられんの?一応、荷物に【王様セット】は入っているよ。暑いからあんまり着たくないけど、腹が減ってるなら考える。」
「珍しく謙虚だな。地盤沈下が起きるぞ」
「地盤沈下は構いませんが、噴火されるとスイカの収穫に被害が出ますね」
酷い、酷過ぎる。
笑っているから冗談だとはわかるが、ガラスのハートにはグサリと突き刺さるんだぞ。
「陛下がもう少し大人になるまでお待ち致します。美味しく熟してから、ね」
「ひぃぃぃぃ」
暑いのに寒気がする。
血でも吸われるか頭からバリバリ食べられるのか、恐ろしくなってきた。
しろすけは味付けにこだわっていて、そのためなら手段を択ばないという前科持ち。
油断したら殺られる。
もしかして、美味しいごはんは肉をつけるための手段か。
「さて、遊びはこのくらいにして。陛下の御食事に致しましょう。ご希望は日本のカレーと、焼き魚、船盛りでしたね」
あ、そーっすか。
しろすけはどこからどこまでが冗談かわからん。
とりあえずスルーしておくことにして、釣った魚が入っているバケツを渡した。
「そう!そうそうそう!全部食べてみたかった。これも使って作って」
魚さえクリアすれば、焼き魚と船盛りは出来るはず。
カレーはレトルトでもいいから食べたいとお願いしておいたのだ。
「ほら、食え。肉つけろ」
「やったー!」
くろすけがテントから出してきたのは、大きな寸胴と大鍋。
寸胴には食欲をそそる香りのスパイシーカレーが並々と入っており、大鍋で炊いたサフランライスは太陽の光を浴びて輝いている。
福神漬けは日本から持ち込んだ真空パックだが、このチープさがたまらなく楽しい。
カレーをレトルトではなくスパイスから作ってくれるとか、男子飯侮れず。
「おいひい」
トロトロのカレーが舌を刺激し、香りが口いっぱいに広がる。
福神漬けのカリカリ感も程よくアクセントになり、ごはんが進むクンだ。
くろすけも気に入ったようで、一瞬目を離しただけなのに3回目のおかわりをしていた。
「さて、こちらが本日の魚です。陛下から頂いたお写真を参考に盛り付け致しましたが、如何でしょうか」
ズドーンとテーブルからはみ出る木製の船。
その上には美しく盛り付けられた瑞々しく新鮮な刺身達が、食べてと言わんばかりに輝いている。
醤油とわさびは日本産だけど、いずれ魔界産が出来ると報告書が上がっていた。
よく食べる魔王様なもんで、魔族は野菜や食品の製造に熱中気味だ。
知らない間にどんどん進化しているなぁ、と報告書を読むのだけど、よく考えたら労働法無視して好きなだけ動くもんだし、ほとんどの魔族は睡眠を必要としないらしいので、ほぼ24時間稼働しているといってもいい。
オマケに日本からの情報をどんどん入れちゃうし、魔法でチョチョイだし、そのうち「日本遅れてるーダセー」とか言う日が来るかもしれないな。
ちょっと、泣ける。
「生食可能な魚を厳選しております。もっとも、陛下の釣った魚はほぼ加熱用でしたので、本日は生簀で休ませ、明朝焼き魚に致します」
「へーへー楽しみでござんす。カレーとお刺身でお腹いっぱいになるだろうし」
いいよ、食べられるなら何でも。
嫌味ちっくなしろすけをカレーにスルーすると、刺身を頬張る。
適度にのった脂、甘み、とろりと溶けていくかと思えば、しっかり食感が残って味わい深い。
刺身を食べた記憶が無いから比較しようがないけれど、とにかくマイウーだ。
ここ最近はたべる量が増えてきたおかげで、色々な種類を楽しめるようになった。
それでも、2人が食べる量に比べたら赤ちゃんサイズらしいけれど、それでも、テレビで観ていた料理を食べられるのは純粋に嬉しい。
「お前さ、飯食ってる時が一番幸せそうだな」
「ゲフッ」
くろすけ、その笑顔は反則です。




