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雇われ魔王の奮闘記  作者: 茉莉花
10/22

魔王様、神さまと対峙する

 馬鹿親父がいない時、テレビが唯一の娯楽だった。

 歌番組に映っていたアイドルグループは学校でも人気があって、よく話しているのが聞こえていたっけ。

 貴美花はあまり興味無いらしく、「低俗よね」なんて見下していたのが懐かしい。

 でも、私にはキラキラして見えたのだ。

 実際キラキラしているし、笑顔で華やかに歌う姿は可愛くて、世界が違うなぁと思った。

 しかし今、それを超越した美少女が目の前にいる!

 崩壊しかけた部屋から新しい応接室へ移動し、オサレソファへちょこんと座る姿は、本当に可愛い。

 まばたき、指先一つの動き、どれをとっても可愛い。


 「息子ちゃんお久しぶり。元気そうで何よりだけど、魔王ちゃんを押し倒すのはベッドでね」


 「床なんて邪道だわ」とぷりぷり怒る姿まで可愛い。

 これが萌え、萌えなのか。


 「検討致します。それよりも何故突然お越しになられたのです。立派な不法侵入ですよ。排除されても文句は言えませんね」


 しろすけが神様に出したのは、いつも飲んでいる花茶とは似ても似つかぬヘドロ。

 いや、それを神様に差し出すのって、さすがに不味いんじゃね?


 「馬鹿息子ちゃん!アタシはちゃーんと、魔王ちゃんにお手紙出したわよぅ。本当にもー過激なんだから」


 うわ、矛先がこっちに来る。


 「陛下?いつ、どこで、そのような愚行を犯したのです」


 「ひぃぃぃ」


 しろすけは同席せず、あくまで私の臣下として背後に立っているのだが、暴風雪が見えるくらい寒い。

 絶対零度の声に、持っていたカップ(こちらは普通の花茶)を落としてしまった。

 ちなみにくろすけやメイドさん達はあの騒ぎで駆けつけてくれたものの、入室を神様に拒否されたために今は扉の向こう側だ。

 せめてくろすけにいて欲しかったが、神様との因縁を考えると無理は出来ない。


 「魔王ちゃんが怯えているでしょ、馬鹿息子ちゃん。確かに怯える顔はキュートだけどー、アタシは笑顔が一番好きなのよ。次は泣き顔ねー」


 ウフフと笑みが零れる神様はどこまでも可愛いが、発言内容はしろすけの親だけあるわー。

 しろすけが淹れたヘドロ花茶モドキのカップを手に取り唇を添えた瞬間、光と共にヘドロが浄化されていく。

 すげー、カッケー、さすが神様!


 「じゃ、本題。先日はうちのお馬鹿ちゃんがご迷惑かけちゃってゴメンネ。今日は正式にお詫びに来ちゃいました!」


 可愛らしくピースされた。

 何だろう、この残念感。

 神様ってもっとこう厳かで、高貴な雰囲気がちょっとでもあると思っていたのだ。

 見た目はめっちゃ可愛くて透明感溢れて、黙っていれば貴美花よりずっと非現実的美人さん。

 でもこの女子高生の軽いノリ的な感じでの謝罪、受け入れたくないのは何故?


 「世代交代する度に突撃するもんだから、アタシも困っちゃってるのよねー。そこの息子ちゃんがゴミに汚染されてから、ちょっと思考を調整したんだけど、お馬鹿具合に拍車が掛かっちゃって」


 ん?


 「魔王ちゃんはこの世界をどこまで知ってる?こんな廃棄物まみれの魔界、呼吸をするだけで穢れていくのよぅ。地上は見た?天界は?世界は美しいもので満たされているのに、見せて貰えないんでしょ」


 んん?


 「先代の魔王ちゃんも、穢れで腐ったのー。もう手におえないくらい狂って、浄化するしかなかったのよぅ」


 マシュマロふわふわなバラ色の頬を膨らませ、困った顔をする神様はどこまでも可愛らしい。

 自前で用意したのか、ショートケーキをどこからともなく出現させると、美味しそうに淡いピンクの唇が真っ赤な苺を食む。

 砂糖菓子のような美少女は、どこまでも絵になった。


 「アタシもね、廃棄物を管理する者がいる事には賛成なの。だってー、そうしないと地上が穢れてしまうもの。アイツの加護もあるし、浄化まで時間掛かり過ぎるしねー。でも、それはそこの息子ちゃんでも十分。人間である必要はないの。だから、息子ちゃんが汚染されてもアタシは見逃してあげたのよ」


 手が痛い。

 一応相手はこの世界の神様で、偉い人で、我慢しなくちゃいけないのはわかっている。

 でも、何でここまで言われて黙っていないと駄目なのさ。


 「魔王ちゃん。アタシはね、魔王ちゃんには天界に来て欲しいの。器を持っている子は、天使になる資格がある。魔王ちゃんは異世界産だから、アタシの管理下には置けないケド、浄化の力はそこの息子ちゃんより上になるわ。スッゴーイ良い提案でしょ」


 差し出された手はしなやか、指先までピンクで。

 キュートな笑顔にはどこか慈愛すら感じさせ、青い瞳は穢れを知らず光に満ち溢れている。

 どこまでも女の子らしい、ふわふわな女の子。

 あぁ、自分とは違う生き物なんだと改めて感じた。


 「お断りします。光栄なお話だけど、私は生理的に受け付けないんで」


 神様は、どこまでもあっち側の人間だ。

 金が無いから風呂はまともに入れなかった。

 クリーニングにもなかなか出せず、洗濯すら毎日叶わず、ファブリックミストなんて高級品は当然なく、小汚い私はゴミクズのように見られていたものだ。

 特に子供の頃なんか、虐待で通報される事も日常の一つだったし、家の中は荒れ放題で、家賃を頻繁に滞納したのと相まって大家から延々文句を言われ続けた。

 生きていることが罪であるかのように、私は人間の世界で「人間」として扱われなかったのだ。

 でもさ、変人でも友達が出来たから、私はここまでそれなりに育ってきたんだよ。

 もっとずる賢く生きる方法も、絶望して命を捨てる方法も、選択肢はあったと思う。

 だけど、どんなに底辺で泥のような世界であっても、ほんの一握りの救いがあれば、何とかなるもんだ!

 それはお綺麗なだけの人にはきっと、理解出来ない。


 「しろすけが魔族になったのは、しろすけの意志です。そしてしろすけが魔王にならず、人間を魔王にすることを選んだのも、彼の意志です。だから、私はそれを受け入れるだけ。そもそもあなたは天界の神様であって、魔界を造った神様じゃないんだよね?だったら、他人の事情に口出ししないで下さい。迷惑かけているなら謝ります。でも、魔界のルールは魔界のものです」


 「シロスケって、息子ちゃんのこと?」


 「はい。いつも真っ白なんで。ちなみに、相方のくろすけは真っ黒なんでくろすけって呼んでます」


 「魔界の瘴気は、人間にとって毒でしかないのよ。いずれ汚染されて狂うかもしれないわよ」


 「そう言われても、息苦しくないし。10年くらいは問題なく魔王ができると聞いています。まだ学生の身分ですから、それ以降については検討中です」


 正確には3年だけどな!


 「魔王ちゃんて、とことんお馬鹿ちゃんなのね」


 「ぎゃっ」


 神様とはテーブルを挟んで座っていたのだが、飛び越えてきてタックルされた。

 いくら線の細い子だって、見た目柔らかそうだからって、痛いもんは痛い。


 「痛い、痛い!」


 しかも顔を擦り付けられ、顔をムニムニされ、頭をガシガシされるという新手の嫌がらせを受ける。


 「魔王ちゃんかわゆすぎ!やだもーぷるぷる震えながら抵抗する所とか、萌えちゃう」


 ソファへ押し倒されると、むちゅーっと桜色の唇が頬にぶつかった。

 これはキスじゃない、挨拶でもない、衝突という表現がふさわしい。


 「魔王ちゃん、アタシのモノになっちゃいなさい。天族にならなくても、そのか細い命が尽きるその時まで愛でてあげる」


 いや、あんたは絶対「愛でる」じゃなくて「いじめる」だろ。

 抵抗したいのに、思ったより力が強くて身動き出来ない。

 見た目は華奢だが、中身はマッチョか!と突っ込みたくなるくらい、強くて固い。

 でも、触れている部分は温かくて柔らかく、そのぬくもりが体に染みていく。

 よくわからないものに浸食される感覚が異常に気持ちいいもんだから、抵抗する気力が削がれてしまった。


 「魔族になりたくないんデショ?でも、このまま魔王でいたら、息子ちゃんもゴミ達も、器を壊そうとするわ。アタシは人間のままでいさせてあげる。怖いことも、辛い事ことも、悲しいことも、全部ぜーんぶ守ってあげる」


 甘くあたたかい言葉が溶けて、満たされていく。

 これが神様なのか。

 慈愛にあふれ、全ての命を受け入れ包み込む大きな存在。


 「さぁ、誓いの口づけを……」


 桜色の唇が重なろうと近づいてくる。

 世界が白く輝き、金髪の森と青い海に取り込まれそうだ。

 頭に靄がかかったように思考は働かず、体は神様の重さも押さえつけている手も受け入れてしまった。


 「うぎゅ」


 「へ?」


 もう駄目かと思った瞬間、神様は異常な声を出して持ち上がった。

 正確には、誰かに首根っこ掴まれて吊るされているのだ。


 「いいかげんにしろ、オッサン!」


 しろすけに手を貸して貰って起き上がると、くろすけが神様を摘まんでいた。

 それはもう、汚い雑巾をつまむがごとく!


 「いい年して女装とか気持ち悪いんだよ。クソジジイ」


 くろすけ、言い過ぎ……ん?


 「くろすけ、女装ってどういうこと?神様、女の子だよね」


 ふわふわキラキラ絶世の美少女にしか見えないのに、女装とかオッサンとかクソジジイとか、意味がわからん。


 「お放し!ゴミ風情がアタシに触るんじゃないわよ」


 神様はくろすけの手を振り払うように体を回転させると、そのまま窓際まで飛んで行った。


 「馬鹿陛下、こいつは男神だ。女装して喜んでいる変態だ」


 「アタシは綺麗で可愛いものが好きなだけよぅ。この方が似合うしー、魔王ちゃんも警戒しなかったデショ」


 ウィンク飛ばされても、今は冷静にポイ捨てできた。

 さっきは何か変な魔法でも掛けられていたのかもしれない、何せ神様というチートだから。


 「そもそもな、こいつは2柱の女神達を二股にかけて、結局は捨てられたんだ。大地を生んだ女神は浮気癖に愛想を尽かして、魔界の女神は無理やり連れてこられた強引さに辟易して、な。未練がましく居残らず、さっさと違う世界へ行けばいいだろう。散々愚痴られるこっちの身にもなってみろ」


 あぁ、くろすけが饒舌です。

 しろすけとくろすけに庇われつつ、すでに観戦者として話を聞いているだけなんだけどさ。

 最初に教えて貰った世界の成り立ちは荘厳で、自己犠牲の上に~とか優しい~とか感動していたのに、何だその俗物的な理由。

 つまり、大地を生んだ女神も、魔界を生んだ女神も、この二股男神から逃げるために、血肉を差し出したってことか。


 「ねぇねぇしろすけ。神様って大地と魔界を生んだら、その後どうなるの?魂ってあるの?」


 「ございますよ。魂むき出しでは傷つきやすいですし、洋服のように血肉をまといますね。次の着用までは永い時間を要しますが、その間は誰にも干渉されないよう徹底して魂を隠します」


 「さよか」


 洋服ですかーそうですかー。

 神様にとって大地を造ることも、命を生み出すことも、洋服を着替える事と変わりないのか。

 つまり、二股ストーカーから身を隠すにも丁度良かった、と。


 「アタシは愛と正義のロリータ美少女神さまよぅ。全ての美しいモノはアタシのモノ!手に入るまで諦めないのは愛!愛は正義よ!」


 しろすけのストーカーっぷりは、まんま神様から受け継いでいるのだな。

 こえーよ、ストーカーこわー。

 しかも絶大な力を持つ神様(しかも女装趣味)、止められる人はいるのか。

 対等に戦えそうな人達はすでに肉体を捨ててますから、残念!


 「今日はこの辺にしておいてあげるわ。また来るからね!絶対だからね!バイバイ魔王ちゃん」


 くろすけに攻撃されてピョンピョン逃げる神様。

 そのまま窓から外へ飛び立っていった。

 あぁ、この部屋もボロボロだ。


 「終わったね」


 夜の風が室内へ吹き込む。

 肌寒くてしろすけのローブにしがみ付くと、内側に入れてくれた。

 ローブの下も真っ白で、洗濯が大変そうだ。


 「陛下、先程は傍観しか出来ず申し訳ございませんでした」


 この口ぶりだったら助けるつもりだったんだろうけど、しろすけは珍しく始終無言だったなぁ。


 「この身はすでに魔族ですが、根源たる魂はかの方から生み出されたもの。反旗を翻ることは叶わないのです。陛下には大変申し訳ない事を致しました」


 「痛い、痛いから!」


 しおらしく言いながら、頬をガシガシゴシゴシ力強く擦るのやめろ。

 本当に反省していないだろ、マジで。

 ていうか、何か怒っていないか?


 「無断で箱を開けるだけでは飽き足らず、封書までおひとりで開封されるとは。日本人は警戒心を持たないとよく管理人が申しておりましたが、私の陛下もご同類であったとは。嘆かわしいことです。あれだけ口を酸っぱくして、開けないよう申し上げましたよね。簡単なお約束も守れないのですか」


 「ひゃい」


 両頬を引っ張られて、地味に痛い。

 これでは、明日のごはんは野菜だらけにされてしまう。

 牛丼と温タマ計画が終わってしまう!


 「今度何かお約束する時は、誓約書を交わしましょうか」


 それ、悪魔的な何かデスカ。

 魂取られるから!いや、私の場合は魔族にされるのか?


 「それが嫌でしたら、次からは勝手な行動はなさいませんよう」


 「肝に銘じまっす!」


 「宜しい。では、私は後始末を致しますので、黒と共に移動なさって下さい」


 どちらが魔王かわからないまま、しろすけをお見送りした。

 お前が間違いなくボスだ、間違いない。


 「馬鹿陛下」


 「馬鹿じゃねーし。いや、ちょっと馬鹿でした。ごめんなさい、くろすけ」


 ペコリと頭を下げたら、くろすけのみぞおちに頭突きしていた。

 そんなに接近している方が悪い。


 「心配、した。神がこんなにすぐ来るとは思っていなかった。悪い」


 「まーね、イレギュラーはどこにでもあるから。いいよ。気にしなーい!」


 珍しくくろすけまで謙虚に頭を下げるもんだから、何だか色々聞きたいこととか、文句言いたいこととか、スコーンと抜けてしまった。

 手を伸ばしても届かない頭が、今日はちょっと背伸びしただけで届く。

 ショボーンとした犬みたいに可愛く感じてしまい、思わず撫でてしまう。


 「助けに来てくれたじゃん。あのオカマ神様から守ってくれた!ありがと……グェ」


 お礼を言い切るまえに、拘束された。

 力加減を知らないくろすけは、ミシミシと締め付けてくる。

 世の女性はイケメンに抱き締められてキャー!とか黄色い声で喜ぶのかもしれんが、これは絞殺される部類の強さだから。


 「どこにも行くな」


 さびしんぼうめ!

 囁かれた声に胸がもにゃーっとなり、抵抗をやめた。

 その後、窒息して意識不明に陥ったことは、言うまでもない。







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