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雇われ魔王の奮闘記  作者: 茉莉花
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魔王様、空腹が原因で買収される

 世の中、金。


 3日前。

 ギャンブル、酒、女癖、全てを兼ね備えた馬鹿親父によって、ヤのつく人達に売られそうになった。

 馬鹿親父の隙をついて逃げたのは正解だとは思うものの、もしかして売られた方がとりあえずご飯にはありつけたんじゃないかと、ちょっと後悔している。

 母親はとうの昔に素敵な紳士と逃げていたし、頼れる親戚もいない。

 普通の女子高生とは程遠い人生で心は荒み、ボサボサのヨレヨレで、たった今、JKバイトにも断られた。

 冷静になって考えてみたら、おっさん達は可愛い女子高生とデートしたいわけで、やつれたオバハンみたいな女子高生に金出したくないわな。

 逃げる時にパクった金は底をつき、このままだとホームレス一直線だ。


 「ちくしょう。お腹空いたし、空いたし、空いたし!」


 必死こいて勉強して特待生をもぎ取れたお陰で学費と教材費は無料だが、日々の衣食住に困ることには変わりない。

 家に帰れば売られる。

 学校にバレたら退学になる。

 何故、こんなに自分ばかりが不幸なのかと嘆いたこともあったけれど、もう過去のことで懐かしい。

 泣くのも怒るのも、体力使うのだ。


 「おなか……すいたなぁ」


 ネオンの街中に座り込んでも、金の匂いが一切しないマイナスオーラの私に声を掛けてくるキャッチはいない。

 たぶん、ゴミだと思われてる。

 とりあえず「何か」はあるから、避けて歩くだけ。

 それが「何か」と追及することもなく、興味を抱くわけでもなく、通り過ぎていく。

 私もまた、自分をゴミだと思って丸くなる。

 だって、動くのも疲れるのだ。


 「おい」


 おなか、すいた。


 「女」


 腹減ったし、春なのになんか寒いし。


 「そこの女子高生」


 動きたくないし。


 「おいこら、なめてんのか。お前に声掛けてんだぞ」


 「あぁ?」


 何かうるさいと思ったら、仁王立ちした真っ黒くろすけに見降ろされてた。

 夜にサングラスがダサすぎて笑いそうになり、慌てて口を押える。

 オバハン女子高生に奇特にも声を掛けてきたのだから、ごはんくらいは恵んでくれるかもしれない。

 無論、対価無しでな!


 「黒、女性に対してそのような口調では、怯えさせますよ。もっと優しく、丁寧に」


 真っ黒くろすけの後ろから出てきたのは、対照的に真っ白しろすけだった。

 ていうか、くろすけの名前は「黒」か、ウケル。

 しろすけはオネエのようになよなよしており、つついたら「きゃっ」とか言いそうだ。


 「黒が大変失礼致しました。少しお話をしたいのですが、お付き合い下さいますよね。そのように弱っていらっしゃれば逃げてもすぐ捕まえられますから、無駄な抵抗はして頂きたくないのです。あぁでも、逃げる下等生物を追いかけるのもまた……いえ何でも」


 しろすけはドSだ。

 丁寧な口調でイケメンらしく微笑んだら何でも許されるとでも思っているのか、リア充め。

 くろすけもしろすけも全身に金かけているようで、キラキラしていた。

 どう考えても一般人とは思えず、もしかしてヤの付く人と関わりあるホスト説が濃厚だ。

 馬鹿親父が借金残して逃げて、学校を知られている私を探していたのだろうなぁ。


 「あぁ、そのように怯えて可愛らしい。心配はいりませんよ。私達は貴女に素敵な話をお持ちしただけです。空腹でいらっしゃるようですから、食事をしながら契約しましょうね」


 しろすけに差し出された手を、私は掴んでしまった。

 16歳の未成年が出来る逃走劇はここで終わり、これからは学校にも行かず体を売って暮らすんだろうと頭のどこかが警鐘を鳴らしていたけれど。

 お腹が空いていた。

 糖分をまともにとっていないせいで、春先の肌寒さで体は冷えていて。

 とりあえずご飯を食べられるなら、売られるのも悪くないと思ってしまった。

 鶏がらみたいな体なんで、魅力もクソもないけどな。

 内臓はたぶん売れる。

 昔、馬鹿親父が笑って腹の傷を見せてくれたから、多少減っても生きられる。


 「牛丼、食べたい」


 しろすけに抱きかかえられて、スプリングコートに包まれると、情けなくもホッとしてしまった。


 「白、こいつでいい。こいつに決めた」


 温かいのがいけない。

 ガシガシと武骨な手で撫でてくる、くろすけの手が、とてもあたたかくて。

 「決めた」ってなんだよ、という突っ込みは出来なかった。


 「少しお休みください。食事の準備が整いましたら、起こしますからね」


 しろすけの長い指が視界を遮ると、訪れた闇と共に意識が途絶えた。







 目が覚めると、そこは異世界でした。


 「なんじゃこりゃあぁぁぁぁ」


 目の前に並ぶ円卓、その上に所狭しと並べられた中華料理の数々。

 ただし、私の目の前にはお粥しかない。

 円卓を回して他を取ろうとしても、隣に座るしろすけがニコニコと円卓を戻す。

 高そうな個室に高そうな料理の数々、私とくろすけとしろすけの3人だけで食べきれる量ではない。

 それなのに、お粥だけを食えと?


 「おかしいでしょ。どう考えてもおかしい。牛丼食わせろ!」


 いや、円卓の上に牛丼はないんだけれど、とにかくタンパク質を取らせろ。

 自分では絶対に払えない逸品の数々を前に、お粥だけって酷過ぎる。


 「胃が弱っている時に、急にお腹へ油ものを入れたら大変ですよ。これから永い付き合いになるのですから、体を大切にして頂かなくては。ほら、美味しいですから、どうぞ」


 レンゲで掬った粥を少し冷まして差し出された。

 世の女子はイケメンの「あ~ん」に弱いらしいが、胡散臭さ満載な人間から食べるほど夢見ていない。

 そんなものよりも、くろすけが何の感情も出さず回鍋肉をモグモグしているのがムカツク。

 美味しいなら「美味しい」くらい、言うか顔に出せ。

 憎たらしくソレを見ながら、差し出されたレンゲに食いつき、奪い取った。


 「自分で食べる。でも金を払う気がない!というか払う金は無い!」


 しろすけはレンゲを奪われるとは思わなかったらしい。

 驚きつつも困ったように笑い、くろすけは噴出していた。ザマーミロ。


 「食前粥を済ませて問題無ければ、他の料理を召し上がって頂いて結構ですよ。その前にこちら、サインをして下さいね」


 しろすけが出してきたのは、長ったらしく何かが書かれた紙切れだった。

 幾何学模様のような羅列が延々と並んでおり、理解出来るのは最後の署名欄と印マークのある1行だけ。

 そこだけ何故か、漢字だった。

 どこからどう見ても詐欺だろ、これ。


 「何語?あんたら外人ぽいけどさ、意味も分からずサインするほど馬鹿じゃないし……って!私の胡麻団子!」


 お粥を食べ終わって紙に視線を向けている間に、綺麗サッパリ料理が消えていた。

 あの、山のようにあった数々が、ちょっと油断しただけでこのありさま。

 最後の胡麻団子が、くろすけの口に消えていく。

 甘党なのか、くろすけはとても満足そうな表情で咀嚼している。

 反対に、しろすけは食事を一切せず、胡散臭そうな笑顔でこちらを延々観察していたようで、視線が気持ち悪かった。


 「要約しますと、仕事の契約書です。難しいものではございませんよ。すでに働いている者達がおりますので、彼らに指示を出すだけの簡単な業務です。時給は2000円、食事つきです。ただし、住み込みです」


 ん?


 「昼間が学校もおありでしょう。帰宅後、それから土日を仕事に当てて下されば結構です。難しいものではございませんし、私と、そこの黒いのもサポート致します」


 あれ?


 「学生の間は学業に専念して頂き、卒業後は、雇用継続を合意した場合のみ。私共と致しましては長期雇用をお願いしたく思いますが、他の職種を希望される場合はバックアップ致しましょう。ただし、ある特定の職業への就職はお断りさせて頂きますが、こちらの世界でしたら問題ございません」


 美味しすぎる話に、頭がついていかない。

 温かい部屋でお腹も満たされ、あとは寝るだけ直前状態のためか、まともに思考が働かなかった。


 「さぁ、契約しましょうね。大丈夫です。私達がお仕え致しますから、何も不安に思うことはございません。不安に怯える顔も是非お見せ頂きたいものですが、今は我慢致しましょう」


 しろすけが、ペンを握らせてきた。

 そのまま書かせようと動かされるが、辛うじて残っている理性が食い止める。

 このまま書いたらヤバイ、でも眠い、胡麻団子食べたい。

 食べ物の恨みは怖いんだよ、コンチクショー。


 「女、さっさと書け。そうしたら杏仁豆腐を食わせてやろう」


 堕ちた。

 凶悪な笑みを湛えたくろすけの一言に、意味不明な契約書へスラスラとサインしてしまった。


 「これからよろしくお願い致します、魔王陛下」


 美味しく杏仁豆腐を食べていた私は、しろすけの言葉をまともに聞いていなかったのだ。

 世にも恐ろしい契約をしてしまったことを、この時の私は全く気付いていない。

 タダより高いものはないと改めて学習させられた瞬間だった。




 

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