第八話:リッチなモンドの魔術講義
「人間が使う『魔法』というのは、それぞれの属性を持った精霊の力を借りて放つもの。そういえばかつて、人でありながら精霊に嫌悪されたばかりに属性魔法を使えず、己の魔力をそのまま力として放出するという特殊な使い手もおりましたが…………おほんっ、それはともかく。魔法を使う際には己の魔力を精霊に譲渡し、代わりにその力を貸してもらうというのが基本です。ここまではよろしいですかな?」
「はい、先生」
「よろしい。では次に、我々魔族についてお話しましょう。魔族は人族など比べ物にならぬほどの魔力を持っておりますが、精霊に力を乞うなどという非効率的な方法は取りませぬ。我々が何か術を使う際に用いるのは【陣】でございます」
「陣?それって魔法陣のようなものかしら?」
「左様。それもまた【陣】にございます。最も御しやすく展開しやすい、円形の陣に呪文を書き付けたものが有名ですが、それは人族が我ら魔族の使う【陣】を真似たもの。精霊の力のみでは叶わぬ大いなる術を使う際に、彼らが魔法陣と喚ぶその円形の陣を用いているようですな」
例えば、異世界よりの召喚ですとか。
そう意味ありげに言葉を結び、亡霊種の中でも長老的な位置づけにあるリッチは、手元の湯のみに入っている湯気のたった何かをずず、と啜った。
ここは魔王城の一角。
前世の記憶が戻ったことで魔族としての自覚や設定にある知識は得られたものの、もっと根本的な部分で勉強が必要だと判断したクリスティアナは、自ら兄に頼み込んだ。
そこでつけられた教師の一人がリッチの長老、モンドである。
本来は『モンディアナ・なんたらかんたら』と長い名前であったらしいのだが、誰一人としてそれを覚えられなかったことと、先代魔王に「舌を噛みそうになるから通称で通せ」と苦情を言われたことで、結局モンドとだけ名乗ることにしたらしい。
ちなみにその名乗りを最初に受けた当時既に前世の記憶が戻っていた魔王ヒルデベルトは、「リッチのモンドでリッチモン○……ってホテルか!」と爆笑しながらツッコミを入れ、当のモンドに「ホテルとはなんのことでございましょう?」と興味津々に尋ねられたのだという。
そのお陰かどうかは不明だが、現在この魔族領には人族の国で言う『宿屋』をバージョンアップした『ホテル』という宿泊施設があり、そこでは美男美女による懇切丁寧なサービスを受けられる、と旅人のみならず魔族の間でも大人気である。
閑話休題
そのモンドから今受けているのは、『魔法』と『魔術』の違いについての講義である。
モンド曰く『魔法』というのは主に人族が使う、精霊に力を借りて行使するもの。
『魔術』というのは【陣】を描いてそこに魔力を流し込み、ありとあらゆる多彩な術式を行使するもの。
魔族のみならず他種族もこの【陣】を使った魔術を行使することはできるが、魔族の場合それぞれオリジナリティ溢れた陣を使うためか、その全てを模倣することは到底できないのだそうだ。
故に、真似をするとしても精々が円形の陣に術式を直接書き込んだ【魔法陣】と呼ばれるものまでであり、それも万能ではないため行使する際には魔族以上に多くの魔力を必要とするのだとか。
「先ほど……何と言いましたかな?姫様に対し名誉毀損及び冤罪の疑いをかけたあの失礼な人族の国……あの国にて、召喚の魔法陣が展開されたと報告を受けましてございます。一時異界への門が開く気配も致しましたので、まぁまず異世界より某かを召喚したのでありましょうな」
「異世界召喚……まさか……」
クリスティアナの無表情が崩れ、その白磁の頬から血の気が引く。
(女主人公だけでも面倒なのに、まさかここへきて男主人公なんて来ない、わよね?)
ヴィラージュ王国と異世界召喚、この二つが揃った時はじき出される答えは【勇者召喚】となる。
勇者召喚は男主人公ルートの始まりであり、もしそれが行われたのなら行く先はハーレム経由俺TUEEEE路線の魔王討伐ルートが基本である。
勿論プレイヤーの意思次第では、ボッチプレイだとかあえて男パーティ縛りだとか諸国漫遊しつつイチャラブ三昧だとか、一向に魔王討伐にやってこないプレイスタイルもあるにはあるのだが。
ヒロインであるシンシアが逆ハー経由の魔王攻略ルートを目指してきたように、ヒーローもまたハーレム経由の魔王の妹攻略ルートを突っ走ってこない、とは言い切れない。
ここで問題。
男主人公の場合、攻略対象となる魔王の妹とは誰でしょうか?
答え。
クリスティアナ・レクター、つまり自分である。
この図式に行き当たった瞬間、クリスティアナは恥も外聞もモンドがそこに居ることも忘れて「いーやー!!」と叫びながらヘッドバンキング……を危うくやりかけて、慌てて理性を総動員して平静を取り戻した。
このゲーム、RPGルートでの評判は上々なのに対してストーリーモード、つまり乙女ゲー・ギャルゲールートの評判はそれほどよろしくはない。
それというのも、あれこれ客を呼び込むために設定を盛りすぎた所為で肝心の攻略にかける時間が減少し、出会ってすぐあっという間に恋に落ちるだの、運命を感じるだの、助けられて「素敵!抱いて!」とオちるだの、とにかくありきたりな上にあっけなさ過ぎるというのが大きな原因である。
その上、そうして築き上げた逆ハーもしくはハーレムの後で攻略できる魔王、及び魔王の妹があまりにチョロすぎる、とネット上でも嘲笑されたほどだ。
(落ち着いて……よく考えるのよ、クリスティアナ。もし男主人公ルートに入ったとして……最初のイベントは何だったかしら?)
背中合わせの異世界からこちらの世界に一方的に喚び出された高校生。
彼は元々ネット小説などでこういった異世界召喚ものを読み漁ったりしていたこともあり、さほどパニックになることもなく現状を受け入れてしまう。
設定上天涯孤独ということもあって元の世界に対する執着も少なく、彼はその持てる力を次々と開花させていき、それに伴って徐々にこの世界の人達にも認められていく。
そんな彼がこの世界に喚び出されたのだとして、しばらくは能力測定だとか城内の案内だとかのチュートリアルが続き、そこから最初の分岐にあたる武器選択と育成方針決定というイベントへと突入する。
ここで選んだ武器によって初期に仲間になるメンバーが変わってくる、そして育成方針で「魔法中心」か「剣術中心」かはたまた「知識優先」か、そのどれを選ぶかによっても出会えるキャラが変わってくるのだ。
結果的には全部の攻略対象と出会えはするのだが、魔王の妹ルートを目指すのであればこの最初の選択からして間違えることはできない。
逆に言えば、ここでどんな選択をしたかわかれば、彼が何を目指しているのか……更に言えば『記憶持ち』であるかどうかもわかるかもしれない、ということだ。
背筋を伸ばし、真っ直ぐに前を見据える。
そんなクリスティアナの変化に気づいたのだろう、モンドもまた居住まいを正して前を向く。
いつもなら空洞であるはずの眼に、相手を見極めようとする意思を宿して。
「モンド、お願いがあるのだけど」
「はて、姫様が某に願い事、と?命令ではなく『お願い』とは、またおかしなものでございますなぁ」
つまりは『魔族の姫君なんだから、命令すれば相手は動かざるを得ないだろうに』ということなのだが、クリスティアナは緩々と首を横に振って「強制ではないので、お願いなのですわ」と付け加えた。
「ヴィラージュ王国が一体『何』を召喚したのか、その召喚された『モノ』の動向を調査できないかしら?」
「できるか、と問われれば純粋に『是』と答えまするが」
乞うならば具体的に、と無言で示されて彼女はそれではと条件を伝える。
ヴィラージュ王国が召喚した『何か』が具体的に『何』であるのか、その正体を。
そしてその『モノ』が何を行い、誰と関わり、どこへ行こうとしているのか、その詳細を。
「召喚を行った、この時期が気になるの。どうしてわたくしを断罪しようとして失敗した、その醜聞冷めやらぬ時期なのか……もしかすると、召喚された『モノ』は我々に対する対抗手段として喚ばれたものかもしれない、そう考えると嫌な予感がして」
「なるほどなるほど、確かに一理ありますな」
それならば姫君、と彼は跪いて恭しげに頭を垂れた。
公の場やお忍びで国外に出る時に纏う、普段の髑髏の上の皮と適度な筋肉や内臓……つまり、きちんと『人型』に認識できる、見た目80代ほどの非常に造作の整った老人の姿で。
「そのような大事ならばなおのこと、この翁にお命じなされませ。姫の命とあらば、わが配下の者達もさぞや張り切って『いらぬことまで』調べつくしてくることでしょうて」
『お願い』では強制力が働かないため忠誠心のみが鍵となるが、『命令』となればそれに上乗せして強制力が働く。
そうなれば、ただでさえようやく魔族領に戻ってきた麗しの姫君に憧れる者が多い中、指名された者達はその姫君に命じられたのだと意気揚々と調査に向かってくれるだろうし、徹底的に調査しつくしておまけの情報まで持ち帰ってくれるかもしれない。
乱用はいただけないが、使える時にこそその強制力を使いなさいと、モンドはそう教えているのだ。
それを正しく理解したクリスティアナは、ピンと背筋を伸ばしたまま「わかりました」と頷く。
「ではモンドに命じます。ヴィラージュ王国が召喚した『何か』について継続的に調査し、報告なさい」
「かしこまりました、我が君」
彼女は念のためにと魔王である兄にもその調査について報告したのだが、彼も召喚の報告を聞いて彼女と同じ仮定に辿り着いたらしく、ため息交じりに「任せるわ」と彼女にそれを一任してきた。
そしてその2日後
早速第一回目の調査結果を持ってきたモンドの報告を聞いて、クリスティアナは今度こそ頭を抱えて「あーもー!!」と叫びだしたくなった。
勿論、実際は眼を見開いて驚くだけに留めたが。
召喚を計画したのはやはりテオドール王子であり、実行したのは魔術師団長の息子であるデルフィード。
彼は魔力をそこそこ持った孤児達を言葉巧みに買収し、儀式に参加させて魔力を搾り取った。
そして得られた魔力と己の力を合わせて、他国で以前行われたというこことは違う世界から【勇者】を喚ぶという儀式を行い、これを成功させる。
喚ばれたのは『コウコウセイ』だと名乗る少年……そして公にはされていないが、もう一人。
(もう一人?……女子生徒も一緒だったなんて、どういうことかしら?)
巻き込まれたか、それとも関係者か。
少なくともシナリオにはそんな女子生徒の存在などなかったはずだ。
が、驚いたのはその後だ。
その少年はデルフィードが一緒に来た少女を調査しようと近づくのを止め、これはここにくる前まで戦っていた【魔女】なのだ、もしここで殺してしまったら呪いが降りかかるから近づくなと忠告したらしい。
ここで考えられる選択肢は4つ。
この少年が単なる妄想乙な虚言癖を持っているだけか、召喚されたこと自体を何かのイベントだと勘違いして悪乗りしているか、それとも少年の世界はクリスティアナの前世の世界とはまた違った『ヒーローモノ』の世界であるのか。
それとも、彼もまたここがゲームの世界だと知った上で、何らかの因縁を持つだろう少女を排除しようとしたか。
願わくば4番目でなければ面倒がなくていいのだが。
彼女がそんなことを考えていると、モンドは「そうそう」と報告書の最後に書かれてあった追記を指でなぞりながら「忘れておりました」と報告を続けた。
「その少女ですが、件の魔術師が転移させたそうです。なんでも、死すれば呪いが降りかかるとかであるため、魔族の国に送ってやろう……と」
「そうですか、それではその少女は今頃この国に…………って、そういうことは早く言いなさい!すぐに捜索隊を出して、見つけたら丁重にこの城まで運ぶのです!いいですね!?」
さすがにキャパシティを超えてしまったことで我を忘れて怒鳴りつけたクリスティアナ。
だが老人姿のモンドは常と変わらぬ穏やかな顔のまま、「御心のままに、姫君」とそれに応じた。




