第三話:共犯者の裏切り
そこで話を打ち切ってしまっても良かったのだが、そうなるとまだ『本当の犯人』がわからないままで終わってしまう。
せっかく場が整っているんですもの、とクリスティアナは畳み掛けるようにジョージへと元通りの無表情を向けた。
彼もそこでようやく我に返ったのか、ムッとした表情のまま彼女を睨みつけてくる。
「……お聞きしたお話ですと、証拠というのはわたくしの髪だけ、ということのようですが」
「それだけじゃない。焼却炉の前に焼け焦げて捨てられていたカメオの周りに、踏み荒らしたような足跡があった。クリスティアナ・レクター、貴様の靴と同じサイズ、同じブランドのものであることは既に明白!潔く罪をみとめ」
「あらあら、わたくしと同じサイズで同じブランドの靴を履いている令嬢が、他に何人いるとお思い?語るに落ちましたわね。ろくに調査もせずに、証拠だと提出された抜け毛だけで犯罪者だと決めつけるなど、騎士団の名が泣きますわよ」
そもそも、とクリスティアナは呆れたように続ける。
「わたくしを疑う前に、どうしてもっと身近な存在に疑問を抱かないのか……不思議でなりませんわ。オートロックで鍵のかかった部屋に容易に侵入でき、わたくしの髪をこれみよがしに偽の証拠として主張し、そして何よりそのブローチがシンシア嬢のお母様の形見だと知り得た人物。ねぇ、シンシア嬢。貴方と同室だったトリス・メギナ男爵令嬢に、直接事情を聞いてみましょうか?」
「そんなっ!もしかしてトリスを無理やりここに呼び出したんですか!?酷い……彼女は今、病気のお母様の看病で大変なのに」
「まぁ、そうでしたの。そんなに大変だったとは思いませんでしたわ。お母様のお加減はいかがですの?」
クリスティアナが視線を向けた先、この卒業記念謝恩パーティに参加するには些か不似合いな普段着風のドレスを身に纏い、シンシアのかつての同室者……トリスがその場に姿を現した。
彼女はまず公爵とクリスティアナに向けて一礼し、そして未だ沈黙を保っている国王や王妃にも貴族の礼をとり、それからようやくシンシアに視線を向ける。
かつて同室者であった頃の親しみやすい裏表のない快活な笑顔はそこになく、あるのは憎しみや恨み、妬み、嫌悪、そういった類のものだ。
「母なら領地でたくましく農地改革にいそしんでおりますわ、クリスティアナ様。そもそもあれはスムーズに学園を辞めるための詭弁ですから、どうぞお気遣いなく」
「トリス……」
信じられない、と瞳を潤ませ声を詰まらせるかつての同室者に、トリスはにこりと笑顔を取り繕った。
「あら、シンシア。計画成功おめでとう、予定通り王太子殿下を略奪することができたのね」
「なっ、何言って……」
「王太子妃になったら贅沢し放題なんでしょう?そうなったらあの時の相談料、倍にして返してちょうだいね。なにせ、毎日毎日『殿下が振り向いてくださらない』『婚約者さえ居なければ』って鬱陶しく泣いて縋ってきた貴方の身の上相談に乗ってあげただけじゃなく、実際に手を貸してあげたんだから」
さらりととんでもないことを暴露したトリス、言葉を失い益々青ざめるシンシア。
それだけでも充分証拠足りえたが、テオドールが「どういうことだ?」とまだわかっていない顔をしたため、やむなくクリスティアナは誰にでもわかるように補足してやることにした。
始めたからには、完全に冤罪を晴らしてからでないと終わらせられない。
ただ、それだけの想いで。
「……一体どういうことかしら?わたくしが聞いていたのは、お茶会の日にわたくしのドレスについていた髪を取っておいた、ということだけなのだけど。略奪、とは穏やかではないわね?」
「そうなんですよ。シンシアってば王太子殿下に近づきたい一心で、毎日毎日私にどうしたらいいと思う?って聞いてくるんです。その時はもうそちらに居並ぶご子息様方を取り巻きにしていたにも関わらず、ですよ?あまりに鬱陶しかったから、仕方なく手伝ってあげたんです。この恩は、成功したら倍返しにしてねってちゃんと約束までして」
トリスは言った。
クリスティアナが作った風の魔石を盗んだのは、先ほど尤もらしくうんうんと頷いた中にいる魔術科教師の一人……少々変態的な趣味のある彼に侍女を差し出し、それと引き換えにわざと『盗まれたのだとわかる派手さ』でクリスティアナの魔石のみを持ち出してもらったのだと。
途中、蒼白になったその教師が慌てて逃げ出そうとしたが、扉を警護する騎士に取り押さえられてしまい、結局彼は床に押さえつけられたまま話を聞くはめになってしまった。
「その魔石をシンシアに渡して、わざと人目につかない場所で制服を切り裂きなさいって言っておいたんですけど……まさか前面だけボロボロにして、それを男子生徒に目撃させるなんて思っていませんでしたわ。婚約者でも恋人でもない相手に肌を晒すなんて、私だったら絶対に無理ですもの」
「わたっ、わたし、そんなつもりじゃ」
「はいはい、もうちょっとだから黙っててちょうだい。それから……髪についてはもうご存知のことでしょうし、カメオのことですわね」
カメオはシンシアの母の形見でもなんでもなく、ここへ来る前に父に買い与えられたものだという。
それを母の形見と偽って盗まれたことにする、そしてその現場にクリスティアナの黒髪を置いておくことで、彼女に疑いの目を向けさせよう、というのがトリスの話した計画だった。
彼女としては、オートロック機能を知った上でそれでもクリスティアナに疑惑の目を向けさせさえすれば、きっとその醜聞を嫌った王太子の心がシンシアに傾くだろう、とその程度に考えていたのだが。
「まさかこんな公の場で騎士団長様のご子息に断罪させちゃうなんてね。貴方、どこまでおバカなの?こっそり殿下に泣きつけば、それだけでコトは上手く運んだはずなのに」
「でっ、でも……あのお父様のカメオ、踏んで、ぐちゃぐちゃだった、って」
「甘えんぼちゃん、貴方の所為で計画は台無しよ。せっかくお膳立てしてあげたのに……やっぱりあのカメオ、殆ど価値がなかったとしても売っちゃうべきだったかしら?」
「トリス……まさか、まさか」
「そうよ。あれを捨てたのも、弾かれて飛び出てきたあれをめちゃくちゃに踏んだのも私」
トリスの実家はさほど裕福ではなかったため、彼女はその『お父様から貰ったカメオ』を売ってお金にできないかと、密かに城下の店に持ち込んでいたのだが……鑑定結果は散々たるもので、その店から学園に帰るまでの費用にもならないとわかると、彼女は学園の焼却炉にそれを放り込んだ挙句運よく弾かれて出てきたそれを、腹立ちまぎれに何度も踏み潰したのだそうだ。
ちなみに、トリスの靴がクリスティアナのものと同じだったのは、本当に偶然であったらしい。
「シンシアの目的を果たすためとはいえ、クリスティアナ様や公爵閣下には大変ご迷惑をおかけいたしました。また、学園の……一部の先生を除く恩師の皆さんにも、深くお詫び申し上げます。彼女のためであったとしても罪は罪、相応しい罰をお与えください」
最後は潔く、腰を落として深々と礼をとるトリス。
それを見たテオドールは彼女を拘束するようにと騎士に命じるが、彼らは困惑したように顔を見合わせるだけで動こうとはしない。
「お前達、何をしている!」
「……何をしている、は此方の台詞だテオドール。彼女は己が罪を認め、相応しい罰をと望んでいる。ならばわざわざ拘束する必要もあるまい。メギナ男爵令嬢よ直答を許す、そうであろう?」
「はい。わざわざこのような栄えある場において恥を晒しましたのも、この罪を公に知らしめて公正に裁いていただくためでございます故」
「うむ。では国王の名において、その犯した罪に相応しい罰を与えるよう進言しておこう。バラク、後は任せる」
「はっ」
それまで沈黙を守っていた賓客である国王は、ついに応じの暴挙に耐えかねて声を上げた。
このままテオドールの采配に任せたままトリスを連行させてしまえばきっと、今回のクリスティアナのようにやってもいない罪を被せて罪を大きくした挙句、非公式に処断されてしまいそうだと気づいたから。
そして、感情のままに『極刑』宣言したこの護衛騎士バラクの息子……ジョージやその他の取り巻き達ならやりかねない、とその危機感に思い至ったからだ。
それまで厳つい顔に無表情をどうにか湛えて国王の斜め後ろに控えていた騎士団長バラクは、歯噛みせんばかりの顔で睨みつけてくる息子を一瞥して眉根を寄せる。
だがそれも一瞬のこと、すぐに与えられた任務を思い出してトリスをそっと立たせると、行きましょうとエスコートでもするように肩をそっと叩き、静かにホールを後にした。
バタン、と重厚な扉が閉まる音が響くホールの一段高い貴賓席に座った王は、隣の今にも卒倒しそうな顔色の王妃と視線を見交わしてため息をつき、そうしてこのような騒ぎを起こした張本人である息子とその【婚約者】に指名されたシンシア、顔色をなくしている取り巻き四人を順番に眺めていく。
ややあって、再び大きなため息ひとつ。
「……さて、息子よ。そなたは先ほど、そこな娘を【聖女】だと宣言しておったが、どういうことだ?聖女が神託にて告げられたという報告も、神殿が承認したという報告も上がってはおらぬのだが。はて、私の記憶違いであろうか?どうだ、ヴァイオ」
「恐れながら陛下、我が愚息が勝手に『神託を受けた』と殿下に報告したようだと聞いておりますが、神殿側にもなんら承認を求めることなく申しておりますこと、親として申し訳なく思っております」
「ち、父上っ!!」
「黙れ、マイク。お前の発言は許されていない」
シンシアの取り巻き最後の一人である、神官長ヴァイオ・サーフェスの息子マイクは慌てたように声を上げたが、父の威厳あるひと睨みでぐっと黙り込んだ。
「そもそも神託を受けるには、正神官以上でなければ立ち入りできぬ祈りの間で、精進潔斎を終えた後に祈りを捧げなければならぬこと。それを、見習い神官である息子が成せるはずもございません」
「……おぬしの言葉を聴く限りでは、その【神託】は虚言であった……と取れるが」
「左様でございます。恐らくそこな娘の身分を確かなものとするための愚策でございましょう」
「黙れっ!!【聖女】を侮辱するか!」
「いくら父上とはいえ、それ以上は許されませんよ。聖女様、そしてひいては神をも愚弄なさるというのですか!」
「……と、終始この調子でございまして。どこでどう育ち方を間違ってしまったのか……」
「言うな。我が愚息も同類のようだ、全く頭が痛い」
そうだろう?と視線を向けられたのは、国王の護衛の一人である魔術師団長。
彼も得意満面に出張っては早々に言い負かされたふがいない息子を哀れむような眼差しで見やり、申し訳ございませんと深々と頭を下げた。
今はただ静かに黙って成り行きを見守っていた、レクター公爵兄妹に向けて。