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第十九話:VS勇者~挑発編

「あらまぁ、一体何の騒ぎ?」


 華奢な少年カイト(本当はイザーク)と、そこそこ鍛えられた体を魔法防御力の高い素材の服で包んだ勇者シーナが睨みあうその場に、高く澄んだ声が割り込んだ。

 金色の巻き毛に紫紺の双眸、精巧な人形であってもこれだけの美貌は成しえないと思えるほど整った顔立ち。

 闇色のドレスを身に纏ったその姿が一歩一歩ゆっくりと歩いてくるその傍ら、先ほどまで殺気立って勇者一行の動向を警戒していた兵達は、恭しげに跪いて頭を垂れる。


「これは姫様」

「一体どういうことかしら?彼らは?」

「この砦を問答無用で襲おうとしてきた、礼儀知らずの人族でございます」

「そう、わかったわ。少し下がっていて」


 畏まりました、とイザークはそっと後退して他の警備兵に紛れて砦の中へと戻っていく。

 幻惑の薬の効果が切れるのはもうすぐ、ならば一度去ったように見せかけて代わりにカイト本人が出て行けば、先ほどの幻覚を姿も声もカイト本人だと認識していたシーナは、また彼が戻ってきたのだと思うだろう。

 例え服装が違っていたとしても、それならそれとしていくらでも誤魔化しようはある。




「…………」


 てっきりカイトに執着しているのかと思いきや、シーナの視線はクリスティアナに釘付けだ。

 ぼんやりと、魅入られたかのような眼差しを向けている勇者に、周囲の女達は気が気ではない様子で彼を正気づかせようと声をかけたり、クリスティアナを睨みつけたりしてくる。

 命知らずね、と彼女は嘲笑いたくなるのを堪えてわざと無邪気に、何もわかっていない顔で微笑む。


「君は……」


 ぽつり、とシーナが呟く。

 視線は彼女に囚われたまま。


「…………君は、もしかして……魔王の妹、なのか?」


 その言葉に、ざわりと鬼人族の警備兵達が殺気立つ。

 彼らの主は長であるイザーク、だがそのイザークが【姫】と仰ぐ絶対的な存在に、人族の少年は対等に話しかけてきたのだ。

 クロイツェルに住まう者と言っても、一貫した法律があるわけではないが……しかし己よりも上位だと認めた者に対しての不敬は許さない、という想いはどの種族も同じであるようだ。

 警戒しつつも臨戦態勢をとる彼らを、クリスティアナは軽く手を掲げたことで制した。

 手出しをしてはダメ、という意味だと理解した彼らは、武器を構えたまま渋々動きを止める。


「そんなに簡単にそいつらを止められるってことは、やっぱり君は魔王の……」

「お黙りなさい」

「っ!?」

「わたくしがいつ、貴方に発言を許可したというの?わたくしを魔王()()の妹だと知っているのならなおのこと……控えなさい、人族の不心得者達よ」


 冷ややかに彼らを見据えるクリスティアナは、まるで公式の場の魔王その人であるかのように威圧感を醸し出し、わざと上から目線で高飛車にそう言い放つ。


 その言葉に、城勤めをしていたレイナは青ざめた。

 勇者シーナが今対等に話しかけたのはそこらの村娘でもなければ、貴族のご令嬢でもない。

 種族は違うが一国の王の妹、という出自のしっかりした王族である。

 今は亡きヴィラージュ王国においても王族は絶対的存在であり、上の者が発言を許可しない限り下の者は挨拶すらできないという、不文律があった。


 しかも悪いことに、シーナは許可なく発言したばかりか不敬とも言える気安い口調で話しかけ、更に……これは4人全員の罪になるだろうが、交渉することなく強引に砦を突破しようと問答無用に夜襲を仕掛けた。

 これでは確かに『不心得者』と詰られても仕方がないことだ。


 唖然としたままのシーナに、一言「謝れ」と忠告してやろうとレイナが口を開きかけたその時


「……随分偉そうなんですね。魔族の癖に」


 それまで黙っていたイリスが、もう黙っていられないとばかりに毒を吐いた。



「やめろイリス!他国とはいえ相手は王族だぞ!」

「でも相手は魔族ですよ、レイナさん。わたし達人間の国の王族なら敬いもしますけど、魔物の親玉なんて悪の根源じゃないですか。礼儀正しくするだけ無駄ですよ、話なんて通じるはずありませんしね」

「それは違う。魔族と我々は単に種族が違うというだけだ。魔物の親玉だとか、何を意味のわからないことを……」

「あら?でも勇者様は最初にこう仰いましたよ。『この世界に魔物を溢れさせているのは魔王がいるからだ。魔王を倒せば世界が平和になるんだ』って」

「…………シーナ……お前は」


 そこでようやく、レイナは己が忠誠を誓ってもいいと思っていた相手……それ以上の気持ちで想い慕っていた勇者が、最初から破綻した理論を振りかざしていたことに気づいた。

 彼女を誘った時もそうだった。

 彼は魔王を倒すのだと言いながら、だがそれは救われないヴィラージュ王国(このくに)の民のためなんだと言っていた。

 聡明なる国王夫妻、ならびにその側近達に死の呪いをかけた者を倒すことで、民を救いたいのだと。


 だがそれがそもそもおかしいのだ、レイナも知識としてしか知らないが死の呪いはかけた術者が解呪しなければ逃れることはできず、その術者が死んでしまったらもう誰も解呪できなくなってしまう……つまりシーナのやろうとしていることは、民を救うどころか追い詰める行為に等しい。

 しかも、これは結果論になってしまうが既に呪いをかけられた者達はこの世にはなく、更に後継者たちの悪政に耐えかねた民達は自ら立ち上がり、ヴィラージュ王国自体が無くなってしまっている。

 そんな状態で果たして魔王を倒す必要があるのかどうか、といったところだ。


 しかもイリスに言っていたということも、レイナの持つ知識とは反している。

 レイナは平民上がりの娘だ、知らなくても当然かもしれないが……魔物というのは自然発生するもので、魔族が生み出しているわけでも操っているわけでもない。

 故に、もし魔王を倒せたところでだから魔物がいなくなるんだという理論はやはりおかしい、ということになる。



 クリスティアナは呆れたようにイリスを見つめ、ふぅっとわざとらしくため息をついた。


「お黙りなさいと言ったのが理解できなかったようね?そのよくさえずるクチバシ、縫い付けてしまおうかしら?」


 ふふっ、と愉しそうに笑うクリスティアナから彼女の本気を悟ったレイナは、慌ててイリスの頭を押さえつけ「謝れ!今すぐに謝罪しろ!」と声を荒げる、が。

 イリスは「なにするんですか!」と逆に怒り出し、「そんなことできるわけありませんよ、どうせ言ってるだけです」と自信満々にそう言い切った。


「だってレイナさん、教えてくれたじゃないですか。魔族は魔法が使えないんだって。だったらだいじょう、ん……?……!?……!!?」


 大丈夫ですよ、とイリスがそう言い終わる前にクリスティアナはパチンと指を鳴らす。

 一瞬だけ宙に浮かんで消えた魔法陣、その後イリスは口を開きたくても開けなくなってしまった。

 彼女の顔から、()()()()()()()()()()()のだ。


「な、んてこと……」

「黙りなさいと言ったのにピーピーと喧しい鳥を黙らせただけよ。魔族は魔法を使えないのではなく、使わないの。それに、精霊に力を借りるという非効率的な魔法よりも、魔術の方が余程効率的ですもの。少し思い知ればいいんだわ」

「ひどい……彼女は俺の大事な旅の仲間なのに。どうしてこんな酷いことができるんだ」

「シーナ!いい加減に」


 黙れ、と割って入ろうとしたレイナに向かって、クリスティアナは待ってと手を掲げる。

 魔力も何もこめていないただのジェスチャーだが、先ほどのイリスを見ているからかレイナは面白いくらいに真っ青になり、慌てて口をつぐんだ。


「いいわ。とことん話が通じないようだから、特別に発言を許してあげる。それで?どうしてわたくしが貴方の旅の仲間を罰してはいけないの?先に不敬を働いたのは彼女の方よ」

「俺は異世界から召喚された勇者だ。勇者は、魔王を倒さなきゃいけない」

「……それで?」

「そのために集めた旅の仲間なんだ、だから一人でも欠けたら困る。勇者と旅の仲間は、全員無事に生きて帰らなきゃいけないんだから。誰かが犠牲になるなんて、そんなのおかしい。それに」

「…………それに?」

「君の力も必要だ。君は魔王に騙されてる。あの国にいた時、城の使用人達から話を聞いた。君は本当はとても優しくて思いやりのある人なんだろう?だけど今は、魔王の力で魔族だと思い込まされているだけなんだ。だから、一緒に魔王を倒そう。本当の君を取り戻そう。俺も手伝うから」




 顔色をなくすレイナ、憤怒で真っ赤になるイリス、決まった!とドヤ顔になるシーナ、きょとんとした顔のナナ。

 そんな中、クリスティアナだけが無表情のまま。


「…………わたくし、頭がおかしくなったのかしら。彼が何を言っているのか理解できないのだけど……貴方にはわかる?ねぇ、()()()

「っ!?」

「さあ、俺にもさっぱり……ただ恐らく、勇者は魔王を倒してめでたしめでたし、という筋書きのゲーム……物語の読みすぎではないかと」

「カイト……また、お前なのか……」


 カイト、という因縁の名前とその姿に再び陰鬱な表情になるシーナ。

 その前にゆっくりと姿を現した今度こそ本物のカイトは、主の問いに答えてからようやく視線を幼馴染に向けた。

 その眼差しには、可哀想な子を見るような憐憫がこめられている。


「シーナ、幼馴染として最後の忠告だ。魔王討伐は諦めてさっさと他国へ行ってしまえ。今ならまだ、()()()()()()で許してもらえる。そっちの悲惨なことになった人も、治してもらえるように頼んでみるから。だから、引いてくれ」



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