第十八話:VS勇者~偵察編
予定に反して偵察止まり。
次回接近遭遇します。
10歳の子供くらいの身長に、ぎょろりと大きな目、尖った鼻、大きく裂けた口。
妙に猫背で手に手に棍棒や松明を持ち、ギャアギャアと鳴き声としか表現できない声を発しながら、大勢で次々と襲い掛かってくる、魔物……ゴブリン。
人族の間では、初級冒険者向きの弱い魔物として名を挙げられ、魔物討伐の経験を積むにはいい相手だとまで言われている。
ただしゴブリンは知能こそ低いものの徒党を組むため、囲まれてしまうと非常に厄介な相手でもある。
そんなゴブリンに囲まれるようにして襲い掛かられているのは誰あろう、ヴィラージュ王国を飛び出してあちこち寄り道をしながらもようやく魔族の国クロイツェルへと辿り着いた勇者様ご一行だ。
彼らは当初、最も近い国境の砦である南側を襲撃して通り抜ける予定だったのだが、そこを守るのが勇者が救い出した獣人奴隷ナナと同属であったため、ナナがかわいそうだという理由で東へと移動することになった。
どうして東側を選んだのかと言うと、西側に向かう森の中に大量の獣の気配がするからとナナがそう忠告してきたからだ。
獣型の魔物くらいなら森の中であっても瞬殺できるほどの実力はある、だが目的が魔族の国に入ることなので余計な戦闘は避けたい、と勇者であるシーナはそう判断した。
そんなわけで向かった東側。
最初は順調だったが砦まであとちょっとというところで、ゴブリンの群れと鉢合わせしてあっという間に囲まれてしまったことから、斬ってはかわし、かわしては斬り、という不毛なチャンバラ劇が続いているというわけだ。
ちなみに、魔法を使わないのは砦の警備兵に察知されないためである。
「はぁっ、はぁっ…………いい加減、に……くたばれってんだ!」
ぐぎゃあ、と断末魔の声を上げてリーダー格らしきゴブリンが倒れる。
ふぅっ、と大きく息をついてシーナが剣を一振りすると、錆びた赤色をした液体がピシャリと近くの木にかかった。
「お疲れ様でした、勇者様。お怪我はございませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとなイリス」
「いいんですよ。それより……すっかり暗くなってしまいましたね。砦に向かうのは明日にしますか?」
夜空にぽっかりと浮かぶ大きな三日月。
それを見上げながら不安そうに顔を曇らせるイリスに、シーナはいいやと頭を振る。
「砦の近くで休むのは危険が多い。ならもうひと頑張りして砦を落とし、その中で休息をとる方がいいに決まってる。だからみんな、頼む」
ハーレム勇者の頼みを、取り巻き達が断るわけがなかった。
(砦を守るのは鬼人……か?でっかいな……あんなのが力任せに殴ってきたら、俺らひとたまりもないだろうな)
東の砦の前に立っているのは、人型ではあるが頭には大きな一本の角、筋骨隆々としており身長も2mはゆうに超えていて、犬歯が上向きに生えて唇の端から突き出している……正に彼の生まれた世界で物語として語られた【鬼】そのものの姿の男達。
彼はその種族を知らなかったが、昔やりこんだRPG系のゲームに出てきたオーガという種族だな、と直感でそう判断した。
「まずいな……鬼人族か。彼らに物理攻撃は効きづらいと聞くが……どうしたものか」
「レイナ、やつらのこと知ってるのか?」
「魔族の中でも血の気が多く、好戦的な種族であることくらいしか覚えていないが。ああそれと、確か魔法は使えなかったはずだ」
「よし、それだ。なら魔法攻撃でどうにか凌いでやろうじゃないか」
そういえば、と彼はゲームなどでのオーガの設定について思い出していた。
物理攻撃力が極端に強い種族でありながら魔力は一切なく、故に魔法防御力は低いので魔法攻撃でHPを削って倒せた、そんな初期ボスくらいの能力だったかな、と。
あとは、ゲームでのオーガは夜目が利かず暗闇の中での戦闘は不得手だった、ということも。
ならば、と彼は松明に狙いを定めてナナに矢を射掛けさせた。
獣人であるナナは身体能力が高く精神集中も得意なため、矢を放つアーチャーとしても非常に優秀なのだ。
ナナの放った矢は的確に松明の支柱を貫き、ひとつ、またひとつと落ちて消えていく明かりを前に、ある者は身構え、ある者は「敵襲!」と叫びながら砦に駆け込み、ある者は松明の代わりを探しに違う方向へと駆けていく。
さすがにパニックにならなかったことは予想外だったが、それでも月明かりだけが唯一の明かりとなった今、彼らはきょろきょろと周囲を見回すだけで、森の中へ入ってこようとはしなかった。
予想通り、とシーナは小さくほくそ笑む。
「イリスは防御結界を展開。レイナと俺で最大出力の魔法を叩き込むぞ。やつらに気づかれる前に、一気に攻め落としてやる」
「わかりました」
「ああ。やろう」
イリスが胸の前で手を組み、呪文を詠唱している間にシーナとレイナは集中力を高めて己に出来る最大出力の魔法の詠唱に入る。
その間、周囲を警戒するのはナナの役目だ。
レイナとシーナの呪文詠唱が終わったのがほぼ同時、「行くぞ!」の掛け声と共に打ち出された炎と竜巻……その力が合わさり業火となって砦を、警備兵達を喰らい尽くそうと襲い掛かる。
一瞬遅れて発動した結界によって彼らはその業火の熱を感じることなく、砦が焼き尽くされる様をただ見ていればそれで良かった。
……はず、だった。だが。
「な、っ!?」
砦を焼き払い、鬼人達を焼き尽くすはずだった業火は、砦に辿り着く寸前で堰き止められた川のように動きを封じられ、ごうごうと唸りを立てて空中へと方向転換を強いられている。
そしてそれはついに勢いを殺しそこね、反転してシーナ達の方へと戻ってきてしまった。
「きゃあっ!!」
「く、っ!」
「そんなバカな!!」
イリスの結界があったからこそ直撃は免れたが、しかし間近で感じる業火の威力は凄まじい。
それもそのはず、チートな能力を授かった勇者とその剣の師が放った渾身の魔法なのだ、むしろイリスの結界が保っている方が奇跡と言ってもいい。
(威力が返ってきた、だと!?どういうことだ、オーガは魔法が使えないんじゃなかったのか!)
「ご主人様、見て!鬼人族じゃない【人】がいるよ!」
ナナが指差したのは、砦のまん前。
ちょうど炎の威力が堰き止められた辺りに、華奢な一人の少年が立っていた。
【彼】の視線は、真っ直ぐ森の中に潜むシーナを射抜いている。
「……………うそ、だろ……」
なんでお前がここにいるんだ、カイト。
呆然としたシーナの呟きに、それが聞こえたはずもない少年はにやりと口の端を上げた。
「そう。やはり、そうでしたのね」
カイト、と呟かれた声を仕掛けられた魔道具から拾い上げたクリスティアナは、残念ねと首を傾げて己の従者を見やった。
勇者が来るからついてくるかと問われたカイトは、お供しますと即座に言い切った。
そこに過去へのこだわりは見られなかったし、もし勇者自身がトラウマの元凶だったとしたらそれもいい経験になるだろうと判断した彼女は、ならいらっしゃいと彼を連れて東の砦へと転移した。
そこで歓待されながら勇者の到着を待っていたのだが、中々現れる気配がない。
どういうことかとイザークに問うと、この付近をうろうろしていたゴブリンを上手く誘導して足止めに使っているのですと答えられ、ならば決戦は夜かしらとあたりをつけて一休みした結果が今である。
今勇者は、淫魔の長であるギルバート特製の幻惑の薬によって、己の最も厭う者の姿を突きつけられている。
それに対して彼は「カイト」と呼びかけた、ということはつまりそういうことなのだ。
カイトはただ静かに、厳重な結界を張った砦の中から勇者とイザークのやり取りを見つめている。
「どういうことだよ、カイト。お前、なんでこんなとこに……もしかしてあれか?魔族に捕まって奴隷にされてるとかか?」
「奴隷?なんのことだ」
「とぼけんなよ。それ以外で弱っちいお前が生き残れるはずないだろ?たかだか階段四段落ちたくらいで指傷めて使い物にならなくしたくらいだもんな?」
「……っ!」
ぎゅ、っとカイトは拳を握る。
やはりそうだったのだ、そうではないかと疑念を抱きながらも確証が持てずにいたが。
彼が落ちた階段が四段だったことは、落ちた彼と調査した教師しか知らない……あと知っているのは犯人くらいだ。
ならば消去法で彼が犯人、ということになる。
これまでのらりくらりと隠し通してきたはずのシーナはしかし、勇者であるという絶対的な自負があるのか薄ら笑いすら浮かべ、「魔族の奴隷だなんて、お前もう最底辺だな」とまで暴言を吐く。
が、カイト(の幻影を纏ったイザーク)も負けてはいない。
「……お前もわかっているのか?先ほどの魔法を止めたのが俺だということを」
「あっ、あんなの何かズルしたに決まってるだろ!俺とレイナの渾身の魔法を、お前如きが止められるはずない!」
「そうだ、ではもう一度っ!!」
シーナが話している間に呪文を唱え終わっていたらしいレイナが、またもごうごうと吹き上げる炎を放つ。
その炎が【カイト】に届く直前
「防御。── 反転」
以前より格段に早く、滑らかに鍵盤の上を滑っていく指が音なき音楽を紡ぎ出し、イザークの周囲を包み込んだ。
そしてその力は彼を守ると同時に反転の作用を炎にもたらし、先ほどと同じように術者に向けてその威力そのままで返す。
どうにか結界で防ぎながらも茫然自失といった様子の勇者ご一行を見下ろして、カイトはついに決意を固めたかのように立ち上がった。
「姫様、どうかほんの少しお傍を離れる許可を」
「…………そうね。気持ちはわかるけど、一人はダメ」
「何故っ!?」
「わたくしも行くからよ。だって彼はわたくしの従者を殺そうとしているんだもの」
なら、主として挨拶に出向かなくてはね。
立ち上がり、身を翻した主に従者は遅れず付き従った。