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第十六話:その悲劇は、予測できた。

前半、残酷描写が入ります。


『パンがないならお菓子を食べればいいじゃない』


 召喚勇者の生まれ育った、そしてシンシアが前世で暮らした世界で、遠い昔そう言って結果的に断罪された王妃がいた。

 民たちが貧困に喘ぎ、作物も上手く育たず、その現状をなんとかして欲しいと嘆願されたその王妃は、しかし己の贅沢三昧のツケを民達が背負わされていることなど知らず、また『パン』と『お菓子』の原材料が同じであることも知らず、ただ無邪気にそう言い放ったのだと一説では愚かな女の代名詞として語り継がれている。

 そんなエピソードを知識として学んだはずのシンシアは、己やその取り巻き達の行いの所為でもう自由に使えるお金が底をついてしまったと聞くと、ドヤ顔でこう言った。


「お金がないなら、あるところからもらえばいいじゃない」


 シンシアは知っていた。

 国にお金がない、だから弱者に充分な保障ができないと嘆く傍ら、稼いだお金を溜め込んでいる者がいることを。

 そしてそういった者がお金を使えば使うほど経済は回っていき、景気は良くなり、働ける場所が増え、そして好景気時代へと進んでいくのだと。


 彼女が正式に王太子妃、そして王妃へと確定した後、何人かはその贅沢三昧な暮らしに苦言を呈してきた。

 王族だからと言って贅沢していいものではない、むしろ国民に示すために限られた予算のなかでやりくりしていただきたい、着飾って華やかな夜会に出るだけが仕事ではないのだから、と。


 だが彼女は、そうやってお金を使わないで溜め込むことがいけないことだと、テオドールに泣きついた。

 ドレスを仕立てればその仕立て屋が、そして生地を卸す店が、針子達が。

 宝飾品を買えばその商人が、そして商人が仕入れる相手が。

 夜会を開けば料理人が、食材を卸す店が、参加する貴族達のそれぞれお抱えの出入り業者が。

 皆お金が均等に回っていき、そして潤っていく。それはいいことなのだ、と。


 国庫のお金がなくなったということは、そうして回っているはずの経済を誰かが利益独占して溜め込んでいるということ。

 それなら、そのあるところから国庫にお金を納めさせればいいじゃないの、と。



 彼女は知らなかった。

 王族や高位の貴族が贔屓にする出入り業者はほんの一部であり、その一部が彼女の贅沢三昧の利益を全て独占していたということを。

 だからこそ、最も貧困に喘ぐ下級の者達にはさっぱりお金が回ってこず、それどころか『あるところからもらえばいい』とばかりにお金を納めさせられた領主によって、結局ギリギリまで搾り取られてしまい餓死する者、犯罪者へと身をやつす者、家族を売ってどうにか生計を立てる者など、益々酷い暮らしを強いられることになってしまった、という事実を。

 そして、そんな彼女を取り巻く男達が仕事を殆どしないことで周囲の者が徐々に離れていき、最低限安全を守ってくれる護衛や世話をしてくれる侍女などが、王宮から姿を消していっているという恐ろしい現実を。


「シンシア、具合はどうだい?」

「あ、テオ!ふふっ、今ねテオの顔を見たらちょっとだけ動いた気がするの。やっぱりお父様に会えると嬉しいのかな、この子」

「そうか、わたしも今から待ち遠しいよ」


 ふっくらと膨らんだその腹に手を置いて、シンシアは嬉しそうに微笑む。


(こうなったらもう魔王ルートは無理っぽいし……でも王妃になれたんだから、まぁいいわよね)


 勇者は、彼女が王妃になった時点で早々に旅立ってもらった。

 彼もシンシアの攻略をと考えるほどバカではなかったようだし、旅のメンバーは外でスカウトすると言っていたから、今頃は適当にハーレムを築いているはずだ。

 思っていたのとは違ったが、要は彼女自身が結果的に王妃となって贅沢して幸せになれればそれでいい。

 そう割り切ってしまったら前世ではできなかった子供も欲しくなり、テオドールに適当に励んでもらってようやく安定期に入った、というこの時。


 彼女は知らなかった。

 この王宮を守る者は、もうくたびれてやる気のない引退間近な老兵か、なにかの隙にお宝を盗み出そうと狙う窃盗犯が兵になりすました者しかいないのだと。

 虐げられ、奪いつくされた民が暴動を起こし、それを率いる辺境の領主を旗頭としてこの王宮に攻め入り、件の王妃のようにシンシアを悪女として糾弾するべくすぐそこまで迫っているということを。



『そんな、嘘よ……せっかく幸せになれると思ったのに。なんで、なんで、どこから間違ったの!?神様お願い、リセットさせて!』



 それが、彼女の最期の言葉となった。

 振り下ろされる鋼の刃がギラリと光り、カイトは思わずその光景から目をそらしてしまう。


「……以上、哀れな【自称聖女】ちゃんの末路……ってとこね。自業自得とは言え、さすがに悲惨すぎて『ざまぁ』なんて言ってやれないわ」


 消すわよ、と手を一振りしてその映像を消したヒルデベルトは、ついてらっしゃいと声をかけてオーディオルームを出て歩き出す。

 慌てて後をついていくカイトが引き離されないだけの速さでずんずんと先を歩く彼は、中庭が見えてくるとそのまま庭へと踏み込んで、東屋がある場所でようやく足を止めた。

 そしてまず自分用の椅子に腰掛けると、立ったまま控えているカイトに「座んなさい」と指示してから、周囲に防音の結界を張る。


「今回の場合、あの偽聖女に中途半端に前世の記憶があったのが凶と出たわね。あの子は最期までこの世界をゲームの世界だと信じてた。そしてきっと、自分はヒロインなんだから幸せになれるはず、皆が自分を愛してくれるはずと愚かにも信じきってた。お金が回らない?あるところからもらえ?経済の中心にいるわけでもない、仕事もせずに遊び呆けてる王妃様が何言っても無駄でしょ。あの子結局、全然わかってなかったのよねぇ。うちの可愛いティアを散々傷つけたことも、ルームメイトを犯罪者にしてまであのアホ王子を手に入れたことも、高位貴族のお偉いさん達がいじめて来るんだと訴えて、あの救いようのないボケ魔術師に呪いをかけさせたり。それもこれも全部、この世界がゲームの舞台で、自分はヒロインで、自分以外は全部キャラクターだって信じてたから、なのよね」


 望み通り【魔王ルート】には入れなかったけれど、それでも邪魔者は全て排除して最終的には王妃に収まった。

 そして、子供もできてこれから幸せを実感していこうと思っていた矢先。

 大きな腹を抱えたまま、彼女は断頭台へと上らされた。

 あの国が今後別の王を頂くのか、それとも民主政治へと切り替わっていくのか、それはわからない。

 だが魔法大国として名を知らしめたひとつの国が、あの瞬間確かに終わりを告げたのだ。

 シンシアという、一人の転生者の身勝手な所業によって。


「ま、その分うちは絶対王政でもなければ世襲制でもないわけだし?マシっちゃマシかもね」

「え?だって、魔王って魔族の王様なんでしょう?」

「そうよ。でも魔族って実力主義だから、王様が言うことでも納得できなきゃ従わないわ。それに、もしアホなことしたら速攻で取って代わられるでしょうね。先代も別にうちの父ってわけじゃなかったし、たまたまアタシの実力が認められて次期魔王として育てられてた、ってだけだしね」

「それじゃ何で魔王なんて役職があるんですか?」

「そうねぇ……まぁ様式美みたいなもんかしら。トップって何かとやること多いのよ、外交とか法律の改正とか環境整備とか人事とかその他諸々。そういった采配をする係りも必要ってこと。アタシの場合、ティアがいてくれるからまだ楽な方だと思うわよ?」

「……はぁ」



 カイトの主であるクリスティアナが何故ここにいないのか。

 それが彼女が、魔王の仕事の半分を担当していることに起因する。

 彼女の担当は主に内勤……人事の采配をしたり医療センターの運営に助言したり、そういった細々とした仕事を任されている、のだが。

 今回だけはどうしてもクリスティアナをと逆指名された外交の仕事が入り、その相手が極端な人族嫌いであったためカイトはお留守番、と言いつけられてしまった、というわけだ。


「今ティアがわざわざ出向いてる相手は、淫魔族を仕切ってる男性でね。まぁ端的に言うと、あんたの同郷の召喚勇者(ハーレムやろう)を探りに出してる淫魔からの報告をあげてくれる手筈になってるの。だから下手して機嫌損ねちゃうわけにはいかないのよね。あいつ、ティアのこと気に入ってるから」

「……淫魔、ですか」

「なぁに、気になる?」

「いえ、あの」

「そりゃ気になるわよねぇ。ようやく恋心を自覚した相手が、よりにもよって淫魔のトップと面会してるんですもの。しかも二人っきりでなんて、何があるかわからないものねぇ」


 ヒュッ、と喉が引き攣れるような音とともに息を吸い込んだまま、カイトは固まった。

 どうして、なんで、まさか、そんな言葉にならない思考がぐるぐると脳内を埋め尽くす。


「あら、知られてないとでも思った?……あんだけ死にたがってたあんたが、ある日を境にそのくっらい顔を和らげるようになった。それもティアの前だけ。でもって、トドメはあの子を守るために陣を発動させたってこと。死にたいとまで思いつめてたトラウマよりも、あの子の方が大事だって気づいたってことでしょ?」


 わかりやすいわよね、と魔王はにやりと嗤った。



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