第十五話:ハーレム勇者は旅立つ
「ねぇおじさんっ、この商隊どこまで行くの?もし行く方向が一緒だったらちょっと乗っけて欲しいなぁ、なんて」
ピンクベージュの髪を肩先で切りそろえた見た目14,5歳ほどの可愛らしい少女が、くりくりと丸い赤褐色の瞳で商隊のボスへと問いかけた。
ボスと呼ばれる男も己の娘ほどの年齢だろう少女の一人旅に何か訳ありな匂いを感じたのだろう、荷造りをしている妻に目線で問いかけた後、頷き返されてよっしゃと応じる。
「おういいぜ、それで嬢ちゃんはどこまで行きたいんだ?」
「んっとねぇ、ヴィラージュ王国の王都!」
「…………」
「…………」
商隊内に、沈黙が落ちた。
それまでわいわいと何か言い合いながら荷造りをしていた女達も、馬の世話をしていた男達も、皆一様に黙り込んで少女の方を伺っている。
当の少女だけは、わけがわからないというように首を傾げていたが。
「あれ、どしたの?もしかして行く方向違った?」
「あー、いや……確かにヴィラージュ王国までは行くが、な。嬢ちゃん、悪いことは言わねぇから王都に行くのはやめときな。あそこは今、無法地帯って言ってもいいほど荒れてんだよ」
「え?だって王都は結界が張られてるんでしょ?それに王様だって王妃様だって、いい人だって噂聞いたもの」
「そりゃ先代の話だな。今はその後継だったテオドール王子が国王に就任なさって……まぁなんだ、つまりそういうわけだ」
「……どゆこと?」
わかんない、と首を捻る少女に今度はボスの妻が身を寄せてきて状況を小声で教えてくれる。
あまりおおっぴらに言うと、どこで誰が聞いているかわからないから、ということらしい。
(……ふぅん。先代が相次いで魔女の呪いとやらで倒れて、かわりに王子とその取り巻きが国を引っ掻き回してるってわけかぁ)
魔族は悪だ、と当代陛下のテオドールはそう宣言したそうだ。
魔族の姫であったクリスティアナが自分を騙して近づき、そして真実を見破って婚約破棄をした自分を恨んで先代国王ならびに王妃、そして国の重鎮達に死の呪いをかけていった。
先代も先々代も、魔族の国とは対等な付き合いをしてやっていたというのに、恩を仇で返すとはこのことだ。
今後は魔族を敵として認定し、継続的な討伐依頼をギルドに出しておく。
そしてもし魔王とそれに連なる者を倒したなら、望むだけの報酬を渡そう……と。
新国王のその宣言により、多くの冒険者や腕に自身のある騎士達が魔族の国クロイツェルへと旅立った。
そのため王都の守りが手薄になり、そこにつけこんだ盗賊や犯罪者が王都を闊歩しだとのことだ。
更に、新たな王妃となったシンシア元准男爵令嬢のこれまで以上の我侭贅沢三昧で膨大な金が飛んでいき、それに加えてやれ就任披露だ、やれお披露目パーティだ、やれお茶会だと金のかかることばかりやっていた所為で、早々に国庫は空になってしまったらしい。
徐々に王都から人が去っていき、これまで良心的な取引を続けていた魔族の国とのやり取りがなくなったことで店をたたむ店主も増え、また執務もろくにせずに王妃を取り囲んでご機嫌取りばかりしている者達に嫌気がさした王宮の働き手も、一人また一人と職を辞していった。
まだかろうじて、辺境の領地などでは自治が成り立っているらしいのだが……国庫が底をついたことから、新王の命令によって『持っているところから搾り取る』かのように金が徴収されていることから、そのうち領民達の反抗にあって領主が倒れるか……もしくは一丸となって王に反旗を翻すか、とそこまで追い詰められてきているらしい。
「酷い話だよ。レクター公爵閣下もその妹君も、悪い噂なんざひとつも聞かなかったっていうのに。おおかた魔女の呪いとやらも、でっちあげだろうってあたしら商隊の間じゃ専らの噂さ。それでも王都に行くってのかい?」
「……うぅっ、王都って怖いとこなんだね……でもそれならきっと、王都にいたお姉ちゃんもとっくに逃げ出してるはずだし。安全なところで下ろしてくれる?」
「ああ、そうしな。きっとあんたの姉さんもどっか辺境にいるだろうさ」
ありがとう!と飛びつかんばかりに喜んだ少女は、荷物とってくるね!と商隊から離れた隙に主へと連絡を入れた。
そして何食わぬ顔で戻ってくると、愛想よく挨拶して早速荷馬車へと乗り込む。
(ん、でもあれ?召喚されたっていう勇者はどうしたの?何の噂も聞かないなんておかしいよね?)
その頃、その噂にならない召喚勇者はというと。
「なぁシーナ、そろそろ次の町に着く。今日はそこに宿を取らないか?そろそろイリスの体力も限界に近いだろうし」
「な、っ……わたしはまだ大丈夫です。レイナさんこそ、戦闘続きでそろそろ汗を流したいなんて思ってらっしゃるのでは?」
「私はそこまで潔癖ではない。戦ごとになれば数日風呂に入れないこともざらだからな。身体を清潔に保つ魔法くらいは使えるから心配無用だ」
「えぇー?でもレイナさん、言われて見れば汗臭いかもぉ。イリスさんだって、顔色悪いしぃ。ねぇねぇご主人様、やっぱり次の町で休もうよ」
「そうだな……本当ならもうちょっと進んでおきたかったけど。まぁいいか」
斜め前方に、先導するようにキリリとした金髪の女騎士、右隣に柔らかな物腰の茶髪の魔術師、左隣に犬耳尻尾つき奴隷身分であることを示す首輪をつけた獣人の少女を侍らせて、勇者シーナは魔族の国クロイツェルを目指していた。
あの国、ヴィラージュ王国の先代国王夫妻や重鎮達が揃って命を落とした段階で、あれもしかしたらまずいかも、と直感でヤバいと気づいた彼は早々に王宮から出立していたのだ。
というのも、王子とその取り巻きに溺愛されているシンシアがこの世界を乙女ゲームか何かだと勘違いしているとわかった時点で、こいつらの代になったらこの国やべぇなと考えていたところだったからだ。
彼は乙女ゲームというものは好まないが、それでも数あるネット小説などで乙女ゲーム世界に転生したという題材が持て囃されていたこともあり、そういった世界に転生したテンプレヒロインやテンプレ悪役令嬢がどんな行動を取るのか、ヒロインの取り巻き達は悪役令嬢の断罪後どうなるのか、などといったテンプレな行動については把握していた。
だからこそ、この国やばいと考えてさっさととんずらする方向で行動を起こしたのだ。
とはいえ、ただでは彼も動かない。
彼に剣を教えてくれた師匠でもある女性唯一の魔法騎士に目をつけ、この国はもうダメだ、俺は魔王を倒しに行くが魔族全てを敵に回したいわけじゃない、ただこの国の救われない国民達のためにやるんだと、そう説き伏せて味方につけた。
冷静に聞けば、彼の主張は支離滅裂で筋が通っていないのだが……新しい国王とその王妃のやることなすことに頭を痛めていたそのレイナという女騎士は、尤もらしいことを言う勇者シーナにすっかり心酔してしまい、主張の曖昧さを指摘するどころか全肯定してしまった。
更に彼は、国を出るにあたって回復役も必要だからと神殿を訪ね、シンシアという【(偽)聖女】によって不要の者と扱われていた治癒魔法の使い手であるイリスを、またも怪しげな支離滅裂な理論で説得し、ここから救い出してあげると甘い言葉を吐いて虜にしてしまう。
その二人で満足していればまだいいものを、彼は今度は奴隷市場に立ち寄って首輪をつけられていた獣人族の少女を言い値で買い、クロイツェルまでの案内役を頼んだ。
獣人族は魔族の国に住む、だが魔族とは一線を引いて獣人だけの領地で暮らしているのだと、最初に教わっていたからだ。
(犬、サル、キジ、で俺はさしずめ桃太郎か。……それとも白髭のご隠居か?)
尤もらしい言葉を重ねてはいるが、当人は至って暢気だった。
召喚勇者なら当然チートな能力があるに違いない、そしてチートが目覚めたならその後は当然ハーレムでしょ、と。
望み通り彼の初期ステータスはかなりのもので、剣も使えれば魔法も使えるという万能タイプだった。
だがそれでは器用貧乏になってしまうとのことだったので、彼は剣を中心に覚えながらも魔法を補助的に使えるようにと、レイナにやり方を教わっていた。
そして城内の誰もが彼に敵わなくなったとわかると、今度は城下に下りて魔物退治などしながら経験を積み、同時に金も稼いでこっそりとそれを隠し持つようになっていく。
世界地図を見せてもらって慣れない地理を学んだり、獣人族や魔族のことを聞いたりしたのも、全ては国を出てウハウハハーレム生活をするための下準備に過ぎない。
と、それだけならば何も魔王を倒す必要などはない。
この国はもう終わりだ、ならば外に出て冒険しながら暮らしていこうなどと言っておけば誰も怪しまないだろうし、いまや彼にメロメロ(死語)となったハーレム要員達は喜んでついてきてくれるはずだ。
だが、彼には魔族に恨まれてでも果たしたいことがあった。
それは実に彼らしい、いっそ潔いまでのストレートな望み。
(テオドールを返り討ちにしたっていう魔族の姫、めっちゃ美人だって噂だし。そういう姫様枠はまだ埋まってないしな。よっし、チートでもって屈服させてやる!)
「……どうしたのご主人様?なんか息荒いよ?」
「なっ、なんでもないんだナナ!そういえば俺もちょっと戦闘続きで疲れたかな、と思ってな」
「そうなのぉ?それじゃナナ、宿についたらご主人様の背中流してあげるねぇ」
にぱ、と無邪気に笑った犬獣人のナナの頭を誤魔化すように撫でながら、シーナは高まる期待を隠し切れずに表情を緩めた。