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第十三話:規格外な二人

ちょっと短いですがキリがいいので。


カイトは、ぼんやりと宙を仰いでいた。


といっても、仕事をサボっているわけではない。

従者として仕える対象である姫君、クリスティアナが今現在訓練中だからである。

彼女は幼い頃から兄であるヒルデベルトに鍛えられてきたこともあって、今更訓練せずとも魔族の中でもナンバーツーという実力を誇り、それは他の魔族も認めるところだ。

ただ、だからといってそれに甘えてただ安寧としているだけでは腕は鈍る一方だ、それに時々身体を動かさなければストレスも溜まる……という尤もらしい理由をつけて、彼女はこうして気まぐれに兄のストレス解消に付き合わされてしまったりする。


今も、カイトが見上げている空中では魔王兄妹が互いに遠慮ナシに術をぶつけあっている。

ヒルデベルトが銀色に輝く薔薇十字の陣から炎の龍を出せば、クリスティアナは金色に輝く魔法陣から氷の竜を出して真っ向からぶつける。

クリスティアナが竜巻を起こすと、ヒルデベルトは即座に土の壁を出して防ぐ。

それを宙に浮きながらいとも容易く行使しているのだから、慣れないカイトはただポカンと見上げるしかできずにいた。



「あー、今日もいい汗かいたわー。いい具合に身体もほぐれたし、午後からの執務もなんとかこなせそうね」

「それは何よりですわ。お兄様はどうやら一点集中型ではないようですし、集中してくださるためのストレス解消くらいならお付き合い致しますわよ?そうそう執務室を抜け出されて、部下の方々に泣きつかれるのは御免ですもの」

「…………あんたは相変わらず一言も二言も多いわね……」


嫌そうに顔をしかめたヒルデベルトは、次いで視線を未だポカンとしたままのカイトへと向ける。


「ってちょっと、そこのアホ面晒してる従者(ボク)。そもそもあんたのためにお手本見せてあげたっていうのに、なにぼーっとしてんのよ」

「そうですわ、カイト。少しは、自分の陣を出すコツがわかりまして?」

「え、えぇと……」


そう、この二人が今回魔術だけで手合わせをしていたのは、そもそもカイトが『陣をどうやってイメージしたらいいのかわからない』と言い出したからだ。

陣を出してそこに魔力を注いで術を発動する、それができるだけの体力がついたと認められたところで改めて、モンドによる魔術講義が行われたわけだが……魔力を巡らせて体外に出すまではできるカイトは、しかしどうやっても陣を作り出すことができなかった。


魔族が使う【陣】とは、術を行使するための媒介にすぎない。

だから形はなんでもいいわけで、ヒルデベルトのように趣味に走って好きな形を使い続ける者もいれば、毎回違う形を気まぐれに使い分ける者もいる。


クリスティアナは例外的な恐らく彼女だけの特殊なケースであり、魔法陣の中に使いたい術式をあらかじめ埋め込んだものを創っておき、それを呼び出すことで『魔力を注ぐ→属性変換』という手間を一気に省いてインターバルなしに発動する、という方法をとっている。

彼女があえて初心者向けの円陣を使っているのには、相手を油断させる意図とは別に術式を容易に書き込めるというメリットも考えてあるのだ。


対するヒルデベルトは、使う手間は他の魔族と変わらないのだが、属性変換にかかる所要時間を極限まで削ることができ、おかげで術の発動までのブランクがほぼクリスティアナと同じ、というこれまた化け物じみた彼しかできないような方法で術を行使している。


そんな二人の手合わせを見せられたからといって、初心者であるカイトがああそうかと陣について理解できるわけがない。


「……少年の味方をするわけではないのですが……あなた方お二人は、ご自分らが魔族から見ても規格外だということを自覚された方がよろしい。お二人の使われる陣は何度見ても眼福、見事の一言に尽きまするがな。見たからそれを使え、と言われても初心者の、しかも異世界の人族には無理でしょうて」


モンドのため息交じりな忠言に、規格外扱いされた二人は顔を見合わせてそれもそうかと頷いた。




「そういえば、最近またアレが増えてきたんじゃない?昨日イザークから送られてきた報告書が、やけに分厚かったんだけど」


やだやだ、もうそんな季節なのねー。とまるで虫を追い払うようにヒルデベルトが手を振ると

クリスティアナもそれに応えて、面倒ですわねと軽く頭を振る。


彼らが憂えているのは、このところ国境付近をうろうろとうろつきまわっている冒険者らしき者達のことだ。

これまでは人族ともそれなりに交流があったため、簡単な身分チェックだけで国境を通過させていたのだが、ヴィラージュ王国との一件以来互いに不干渉と言い置いてきたこともあり、他の国からの来訪者も容易に入れないようにと結界を張り、入国審査も厳しくして取り締まっている。

当然、魔物を倒して経験値を積もうとか魔族に挑戦しようとか、そういった冒険者の類は一切入国させないようにと通達しているため、彼らは国境付近をうろつくしかできないというわけなのだが。


問題は、どうしてそこまでしてこの国に拘るのか、ということだ。

魔物を倒したいだけならば、何もわざわざこの国に来なくても世界中のあちこちに出現ポイントがあることは知られているし、魔族に挑戦したければ数は少ないが他国に定住している魔族もいるにはいるので、そちらをあたればいい。

魔王を倒したいという無謀を通り越して死亡フラグビンビンな望みを抱いているのなら、それはさすがに諦めてもらうしかないが。


「時期的なものならまだよろしいのですけれど……この急な増え方といい、結界周辺を徘徊する謎の行動といい、どうにも解せませんわ。大方、あのどうしようもない色ボケ王子がギルドあたりに依頼を出したのかもしれませんわね。ギルドに所属する冒険者であれば、国に縛られているわけではありませんもの」

「あぁ、それアリだわ。いくら失礼なことやらかしても、責任は国にはないと言い切られればそれまでだものね。アタシ達はただ平穏に暮らしたいだけだって言うのに。とはいえ…………どうする?ギルドが邪魔をしてくるようなら、潰すことも考えなきゃだけど」


これを聞いて、カイトはぞくりと背筋に冷たいものがはしるのを感じた。


ヒルデベルトはただ平穏に暮らしたいだけだとそう語った。

それは恐らく本音だろう、魔族という名はついていても彼らは人族と同じように畑を耕したり家畜を飼ったり、研究に励んだり何かを教えたり教わったり、恋をして結婚して子供を育てて……一部の種族は該当しないものの、殆どがそうして他種族と変わらぬ営みの中で生きている。

散歩と称して外に連れ出された時、カイト自身もその一端を目にして驚いた。


だがしかし、その一方でやはりヒルデベルトは【魔族の王】なのだ。

国を守るために、この平穏を乱されないために、彼はいとも容易くひとつの組織を潰そうかと口にする。

そしてそれは冗談などではなく、もしここで誰も反対しなければ明日にでも【ギルド】という組織が壊滅している可能性は否定できない。


言い方は軽いし、そもそも魔王なのにカマ口調なのはどうなんだとつっこみどころは多いのだが、それでも彼は紛れもなく一国の王なのだ。

カイトは改めてそのことを思い知り、物理的にか社会的にかとにかく危機に晒されているらしいギルドについて、少々同情の念を抱いてしまった。



が、彼の心配は杞憂であったとわかるのがその少し後。


「国としては不干渉、と約定を交わしたのですから、お兄様が手出しされてはあちらの思うつぼでしてよ?それに何より、ギルドが関わっているという証拠がまだありませんわ。まずはその証拠集めが先ではありませんこと?」


クリスティアナがそうフォローしたことで、カイトは内心ホッと安堵する。

彼は争いごとが嫌いだ、争わなくて済むなら大抵のことは容認できるし、少し我慢して済む程度のことならまぁ我慢してもいいかとも思っている。

だが全ての住人にそれを強いるつもりもないし、異世界で培った幼稚な正義感を振りかざすつもりもない。

そのギルドとやらが【黒】であるなら、潰されるのもやむなし……それだけのことをやらかしたのなら仕方がない、という思いも持っている。

だからこそ白なのか黒なのか調べてからにして欲しい、とただそれだけなのだ。


ヒルデベルトも妹の発言を聞き入れて素直に頷き、他国に出向いても違和感を持たれない外見である淫魔族の者に調査を命じるよう、部下にそう伝えると


「なら現状、徘徊してる困ったちゃん達の対処も任せようかしら。アタシはこれからイザークと国境警備について話し合わなきゃならないから」


と宣言して、さっさと建物内に入っていってしまった。

ちなみに、イザークというのは人族の国との国境警備を担当している鬼人族の長の名である。


残されたクリスティアナは、すっかり冷め切ってしまった紅茶を優雅に一口啜り、カチャリとカップをソーサーに戻すと「さて」とカイトに視線を向けた。


「面倒だけれど、任された以上はお仕事をこなさなくてはね。国境に行くわ、ついておいでなさい」





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