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第十二話:成り立て主従のかけあい漫才

「……で、その子何が出来るの?」


 にっこりと微笑みながらの問いかけに、カイトのみならずクリスティアナでさえもきょとんと目を見張って首を傾げた。



 カイトを従者にしたことは、クリスティアナの口から簡単に説明してあったものの、一度正式に紹介しておくべきかと彼女は魔王である兄に時間を取って欲しいと頼み、そして改めて彼を連れて会談用の小部屋へと出向いた。

 謁見の間でも良かったのだが、そうなると彼の部下や護衛が必ず並ぶことになってしまうし、どうしても仰々しすぎて【魔王】の仮面を被ることになってしまう。

 執務室など言語道断、まだ正式に任命されたわけでもない【人族】の少年を魔王の執務室に入れるなど、他でもない魔王本人が許しても古参の部下が許すはずもない。


 それならばと会談用の小部屋を使い、ヒルデベルトは妹クリスティアナとその従者を出迎えたわけだが。

 従者の誓約をしたのですと紹介された魔王は、開口一番冒頭の台詞を言い放った。

 わけがわからないと言うようにきょとんとしてしまった主従を見て、彼は更に重ねて言う。


「ティア、あんたはこのアタシの妹なんだから魔族領の実質ナンバーツーよ。そんなあんたの従者ともなれば、周りの連中が騒ぎ出すに決まってるわ。それが人族の、しかもあの問題国に召喚された勇者のツレならなおのこと。別にあんたの身贔屓で通してもいいけど……実力が伴ってないんじゃ、アタシだって公に認めるわけにはいかないわね。……で、少年。何か特技とか超能力とか中二病的な必殺技とか持ってんの?」


 アイスブルーと紫紺、二対の瞳に見つめられたカイトはぐっと言葉につまり、居心地悪そうな表情でぽつりと言葉を発した。


「俺……その、あいつ……勇者(シーナ)のツレでもなんでもないので……」

「……あのね、今問題にしてるのはそこじゃないでしょ?全く、ティアといいあんたといい今時の子供ってみんなこうなのかしら……やりにくいったらないわよ」

「あらお兄様、わたくしは子供ではありませんわよ?」

「あっちで生きてた時の『知識』しかないんなら、ここで生きてる時間分しかカウントしなくていいでしょ。あんたもその子もこまっしゃくれたただのガキよ。って、だからそういうのはどうでもいいから質問に答えてくれる?アタシも暇じゃないのよ」




 重ねて問われたカイトは、今度はしれっと事も無げに「ないです」と答えた。


 彼個人としては従者になどなるつもりはなかったし、そもそもピアニストへの道が断たれた段階で生きる気力を失くしてしまったため、生き延びたければ特技を披露しろと言われても困ってしまう。

 むしろ実力がない従者は不要とばかりにその地位を妬んだ誰かに殺してもらえるなら、それはそれでいいかと思うほどだ。

 しかし、それはクリスティアナが許しはしないだろう。

 なにしろそういった彼の自殺行為をとめるために、彼女はわざわざ誓約の腕輪などというアイテムを持ち出してきて、彼女にとっても面倒な誓約を交わしたのだから。


 とはいっても、ないものは「ある」とは答えられない。

 元の世界ではそれなりに成績は良かったが、こちらの世界でそれが役立つとも思えないし、勇者シーナ……彼の幼馴染の椎名ほど社交的でもない。

 ピアノを続けるために最低限必要な体力づくりはしていたが、武術やスポーツをやっていたわけではないし、他に誇れる何かがあるわけでもない。


 だから彼は考えるでもなくあっさりとそう答えたのだが、ヒルデベルトは「諦め早すぎでしょ」とその人外な美貌を歪ませた。

 尤も、歪んでいても美貌は美貌のままであったが。


「ティア、あんたの見込みではどうなの?」

「お兄様もお気づきだと思いますが、魔力値()高いようですわね。ただ……如何せん、華奢すぎますわ」

「そうよねぇ、10歳の子供だってもうちょっと筋肉ついてるもの。これじゃ魔術は使えないわね」

「え、あの……魔術と筋力に何の関係が……」

「あるのよ。あっちの世界の物語しか知らないあんたにはわかんないでしょうけどね」


 杖振って呪文唱えりゃ魔法が使えるわけじゃないのよ、とヒルデベルトは肩を竦める。


「そうね、いい機会だからティア……あんたはしっかりモンドから魔術講義を受けたでしょ?なら、この子にその成果を披露してあげなさいな」





 クリスティアナは嫌だ、面倒だと散々ごねたものの、主の務めだと兄に言い切られてしまったため、渋々魔術講義を引き受けることにした。

 そこで「成果は夕食の時にでも報告を聞くわ」と執務に戻ってしまったヒルデベルトと別れ、二人は今度は魔術訓練用の結界を張った部屋へと移動する。

 そこはほぼクリスティアナ専用となっているため、講師のモンドもいない今はガランとしていて静まり返っている。


「さて、と。魔法と魔術の違いについては説明した通りなのだけど……精霊の力を借りないということがどういうことか、具体的に説明するわね」


 魔法を行使するには精霊の力を借りる。

 術者がするのは精霊との魔力の授受であり、これはつまり属性を持った精霊に『変換機』の役割をしてもらう、ということなのだ。

 己を魔力を精霊に変換してもらい、属性魔法として行使する……と表現すればわかりやすい。


「精霊の力を借りた術……一般的に魔法と呼ばれるそれを魔族は使えない、というわけではないの。ただ、精霊に好かれやすいかどうかは体質によるみたいでね、それによって術の大きさや使える属性なんかも左右されてしまうから、そういう非効率的な方法を取らないというだけなの。だから我々魔族は、己の力だけで術を使う。それを一般的には魔術と呼んで、魔法とは区別しているのだけど……人族の魔法使いは『魔術師』と呼ばれているから、結局のところ混同されてしまっているわね」


 精霊の力を借りた術の行使は精霊に嫌われてさえいなければ誰でもできるが、精霊の力……つまりは『変換機』を使わず己の力だけで術を行使する魔術の場合は、そう簡単にはいかない。

 己の魔力を放出することは一緒だが、それを【陣】によって自分自身で変換して様々な術を行使することになるため、当然術者の負担も大きくなるのだ。


「【陣】というのは、例えばこういうものね」


 言うとクリスティアナは、パチンと空中で指を弾いてヒルデベルト曰くの『初心者向け』である魔法陣を出現させた。

 ゲーマーではないものの、何かで見たことがあったのかカイトの表情もあぁ、これかという顔になる。


「わたくしはあえてこれを使っているけれど、お兄様なんかはカッコつけて薔薇十字(ローゼンクロイツ)だったりするわ。とにかく、そういったオリジナリティ溢れる陣を創るところから、そこに魔力を注いで術を練り上げるまでが我々の使う魔術というわけ」


 魔力はエネルギーだ、属性変換をしない魔力はあちらの世界で言うところの電力と同じ、様々な魔道具を動かすための動力源として活用されている。

 そのエネルギーを練り上げ、己の力の結晶である【陣】を介して術に変換する……そのため身体が小さく骨格も未熟な子供が術を使うと、酷い場合体内から破裂……という惨事を引き起こしかねない。


 という話のくだりでは、カイトの顔色は青を通り越して白くなってしまった。

 やはり魔法や魔術と聞くと、あちらの世界のファンタジー映画などでありがちな『杖を振って呪文を唱える』というものを想像してしまっていたのだろう。


「そういうわけでね、カイト。貴方のその体格じゃ充分な魔術は使えないわ。幸いそこそこ身体は引き締まっているようだから……体力づくりと筋力トレーニングかしら。明日からわたくしと一緒に、訓練に参加なさい。心配しなくても、ムキムキのマッチョになるまで鍛えろとは言わないから」

「…………面倒くさい」

「まあ、何か言ったかしら?わたくしのために従者を務め上げる誓約だったわよね?」


 自分だって面倒くさがったくせに。

 そう内心だけでつっこんでおいて、カイトは表面上は諦めたように「わかりました」とだけ答えた。




 そんなわけで翌日

 動きやすい服装……と言ってもジャージのようなものはないため、カイトはクリスティアナに用意してもらった簡素なシャツとズボンを身に纏って、指定された訓練場へと足を運んだ。

 先に行ってるわよ、と従者を置き去りにした薄情な主は、さすがにドレスというわけにもいかないからか騎士服のようなものを身に纏い、軽くストレッチをしながら彼を待っていた。

 そして、その少し離れた場所で腕を組んでいるのは…………大きな鎧。

 勿論ただの鎧ではない。

 首から上がない、しかし意思を持って動いているリビングメイル……亡霊族のデュラハンだ。


「おお、貴様が姫様の従者か。確かに姫様が憂うだけあって、そよ風が吹いたら吹っ飛びそうなひ弱さだな。ワシは亡霊族、デュラハンのゼアルと申す。姫様がどうしてもと言われるから特別に貴様の訓練もつけてやるが……さて、こんななまっちょろい身体でどこまでついてこられるやら。楽しみだな、小僧」


 ウワハハハハ、という豪快な笑い声に呼応して鎧の胸元も反り返るようにして動く。

 亡霊なのだから人の常識は当てはまらない、だが口もないのにどうして喋れるんだとか、呼吸をしているように動く鎧の中身は空っぽのはずなのにとか、そういう考えても仕方のないことばかりがぐるぐるとカイトの頭を巡る。

 そういった余計なことばかり考えているからズレた答え方をしてしまうんだという自覚はあるが、それについては主であるクリスティアナも似たようなものであるため、直そうとは思っていない。


 この時も、彼はついつい言わなくてもいいことまで口にしてしまった。


「人族のカイトです。……まぁ確かに俺はひ弱ですけど……ゼアルさんにはそもそも身体、ないですよね?」


 彼に悪気は全くなかったし、嫌味のつもりもなかった。

 だが言われたゼアルはハッとしたように笑いを止め、ありもしない首から上を手で探ってから愕然としたように固まった。

 もし彼に顔がついていたなら、あまりのショックで表情が引きつっていたことだろう。


「……カイト、さすがに言いすぎよ」

「はぁ……すみません」

「でもまぁ、モンドも亡霊族だけどこの城に来る時はちゃんと【人】に見えるように術をかけてくるものね。ゼアルもそうしたらいいのに、と思わないでもないわ」

「!!」


 言葉もなく、ゼアルの身体……首から下の鎧部分が痙攣するようにびくりと跳ねる。

 クリスティアナにまで言われるとは思っていなかったのだろう、彼は二人に背を向けるようにしてしょんぼりと座り込んでしまった。


「姫様、それ止め刺してます」

「あら」



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