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第十一話:トリッパーVS転生者

「へぇ。それじゃシンシアはその魔王の妹ってやつにいじめられてたわけか……っと、ごめん!王子の婚約者なんだから、シンシア()って呼ばなきゃいけないよな、じゃなくて、いけないですよね?」

「いいの。うち、貴族って言っても最下層だから平民みたいなものだったし。だからそんなにかしこまらないで?」

「あーうん、そう言ってもらえると助かる。俺の居た世界って上下関係とか身分差とかそれほど厳しくないとこでさ、つい王子とかにもタメ口きいて、護衛の騎士とかに怒られるんだよ。不敬だぞ!って」

「あはは、似てる似てる」



 曲がり角でぶつかった少年は、シーナ・リューヘイと名乗った。

 偽名だわ、とシンシアは直感でそう判断する。

 なぜなら、彼女の覚えている『あちらの世界』の記憶の中に、同姓同名の若手俳優がいたからだ。

 勿論、彼の居た世界と彼女のかつて生きた世界が同じとは限らない。

 よしんば同じだったとしても、たまたま彼も同じ名前だったというだけかもしれない。

 だが、なんとなく偽名であるような気がした。


(だって、聞いただけでもギルドとか武器を鍛えるとか言ってたみたいだし……少なくともゲーム好きで、今の状況を楽しんでるって気がするもの)


 こうして話しているだけでは、彼にこの世界の元になったゲームの知識があるのかどうかまではわからない。

 だが少なくとも、違う世界に召喚されたということへの不満や先行きへの不安、突然周囲から引き離されたという悲壮感など全く伝わってこない。

 それどころか、日々楽しそうに前向きに訓練に参加しているというのだから、これはもしかしてゲーム脳というやつかとシンシアはそう考えた。

 異世界に勇者として召喚される、という使い古されたテンプレを前に、まだ現実世界と妄想世界との区別がつけられずにいるのだろう、と。

 だから芸名気分で偽名を名乗り、国王の呪いやらなにやら鬱な話を聞かされても他人事、ギルドやら武器やらと本来の目的とは外れたことに興味を示すのだ、と。


 彼にもし【魔王城のアリア】の記憶があるのなら、魔王を倒してクリスティアナを助け出すというシナリオをどうにかして回避させなければならない。

 勝手に彼の周りに形成されるハーレムに関しては、彼女自身がそこに含まれなければどうでもいいし、ついでに彼女を目の敵にして嫌味を言ってきていた攻略対象者達の元婚約者らも、ハーレムメンバーとして堕ちてくれればいいのに、とすら思っている。


 とにかく第一は魔王討伐の阻止、そして叶うならばクリスティアナという最大の邪魔者の排除だ。

 彼が記憶持ちなら、まずはどのルートに進むつもりなのかこっそり探って、最悪の場合魔王の妹ルート回避のために、シンシア自ら彼を攻略して言いなりにしてしまうことも選択肢として考えておく必要がある。



「まぁあれだよな、身分の低いご令嬢が王子の婚約者にいじめられて、でも最後にはざまぁして国外追放とか酷い場合は処刑しちまうってのが、乙女ゲームのテンプレだし。って、もしかしてネット小説なんかでよくある『乙女ゲームにトリップ』とかじゃないよな?それだと俺が勇者に選ばれた意味とかなくなるじゃん。なんかモチベ下がるなー」

「そんな……よくわからないけど、ここは『オトメゲーム』とやらの世界じゃないわ。魔族が居て、人族が居て、そして貴方は選ばれし勇者なの。だからお願い、この国のために力を貸して」


 胸の前で手を組み、見上げるようにしてシンシアは彼に頼み込んだ。

 確かにあまりにやる気になられてさっさと魔王を倒されては困るのだが、かといってまだ修行中のこの時期に突然やる気を失ったと全て投げ出されても、それはそれで困る。

 更にその理由をシンシアの所為にでもされたら、こうして『偶然出会いました、他意はありません』という形を装っている彼女の努力が水の泡になり、せっかく頑張って好感度をMAXにまで上げた王子の信頼度を下げかねない。


 だから彼女は必死だった。

 冷静に彼の話を聞いていたなら、もしかすると違う反応ができたかもしれないのに。

 とにかくここでこうして話していることがバレたら大変だ、そして勇者がやる気をなくしてしまったら国全体が、ひいてはこの国の王子に囲われている自分が困ることになる、そんなのは嫌だ、困る、どうにかしなくては、とその一心だった。


 彼女はまだ気づかない。

 清純で可憐、王子がそんな風にうっとりと評してくれた必殺の上目遣いでのおねだりポーズ、それを見下ろす勇者の口元がにやりと意地悪くつり上がった、その理由に。


 そして、気づかされる……否、突きつけられる。

 彼女のとった行動がいかに愚かだったのか。

 いかに、浅はかであったのか。


「なんとなーく違和感はあったんだけどさ、今ので確信した。シンシア、あんた転生者だろ?でもってあんたは、ここが『乙女ゲーム』かそれに順ずるなんらかの世界だと思ってて、更に言うならそのヒロイン役ってとこだな。……俺のことを探るつもりだったんだろうけど、残念だったな。あんた、わかりやすすぎるんだよ。よくそんなので、あの王子やら騎士やらを誑かせたもんだ。いろんな意味で大丈夫か?この国」





「あら、意外と考えてましたのね、彼。考えなしに召喚されたことを楽しんでいると見せかけて、彼女の矛盾点をついてくるなんて」

「…………いや、考えなしに楽しんでるのは事実でしょうね。あいつはゲーム脳な上に、そのテのラノベとかネット小説とかも読み漁ってますから。だからこそ『転生者だろ?』なんてドヤ顔の切り返しができたんですよ」


 継続的に勇者の動向を探るのとは別に、【聖女(偽)】であるシンシアにも監視をつけていた。

 その監視から「面白い映像が撮れた」と送られてきたのが、この聖女と勇者の密会シーンだ。

 クリスティアナは従者になりたてのカイトを連れて、兄ヒルデベルトが趣味で作った完全防音、外からの覗きや透視魔術も全て弾くオーディオルームに移動し、そこでその映像を再生した。


 ここへ来る前に、主の不利益にならないことはしないという契約の従者であるカイトには、クリスティアナとヒルデベルトが転生者であることは既に話してある。

 ここが、クリスティアナの前世で創ったゲームに酷似した世界である、ということも。

 その時点でさすがに彼は呆れて「んなラノベみたいなこと……」ととすぐには信じられないようだったが、シンシアや勇者召喚のくだりをその時の映像を交えて話すと、実際に自分も召喚に巻き込まれているのだからと、不承不承信じてくれた。


「でも確かに……色々大丈夫か、とは思いますけどね」

「そうね。シンシアも転生者ならもっと上手く立ち回ればいいものを」

「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて…………まぁ、それもありますけど」


 勇者がわかりやすく口にしていた『タメ口』『ざまぁ』『テンプレ』『トリップ』などの言葉を完全スルーし、なのに『乙女ゲーム』という単語にだけは食いついた。

 更に彼は『乙女ゲームにトリップ』としか言わなかったのに、彼女は当然のようにこの世界のことだと口にしてしまっている。

 もっと言えば、『モチベが下がる』という言葉で勇者のやる気が下がっていると判断し、どうかお願いだからと縋っていることが決定打だったのだろう。

 あとは彼のネット小説での知識などと照らし合わせると、シンシアが転生者であること、ヒロインポジションであることなどが弾き出されてきた、というわけだ。



「でもそうよね、言われてみれば当然だわ。……わたくし達が転生したということは、あちらでもそれなりの年数が経っているということですもの。あの頃流行ったスマホアプリなんて、衰退してしまっているわよね」


 そう、カイトに疑問視されるまで気づかなかったのだが、あちらとこちらが同じ時間軸の上にあるというなら当然の話だ。

 ゲームソフトであってもある一定の年数が過ぎれば見向きもされなくなってしまうものが殆どであるのに、それがスマホアプリであればなおのこと。

 いくら過去に流行ったといっても、次々と新しい作品が上がってくるその業界において、いつまでも人気を維持していられるはずもなく、また人気がなくなってしまえば撤退もやむなしとなってしまうのもむしろ当然なのだ。

 ヒルデベルトがゲームのことを知っていた、ということは少なくとも彼がこちらで生きた分の年数は経っているわけで。

 ならば、衰退したゲームの記憶を持った現役高校生が居るのではと危ぶむこと自体、杞憂だったと言えるだろう。


 つまり、恐らく同様の心配をしているだろうシンシアの独り相撲だった……そして先走った挙句厄介な相手に手の内を晒してしまった、ということなのだ。


「彼女としては魔王を倒して欲しくない、だけど手の内を晒してしまった以上戦法を変える必要があるわね。さて、どうする気かしら?」


 送られてきた映像は、勇者がドヤ顔で彼女に『転生者だろう』と言い放って、何事かを彼女の耳元で囁いてからその場を去るところまでで終わっている。

 見たところファーストコンタクトは勇者の圧勝、シンシアが今後挽回するためには少なくとももう一度彼に接触する必要があるということになるのだが。


「一体彼、最後に何を言ったのかしら……」

「さあ?でもろくでもないことでしょうね。彼女がああも荒れてるわけですから」

「そうね……古い言い方だと、地雷を踏んだってところかしらね」


 勇者がその場を立ち去って映像が終わるまでの間、シンシアは悔しそうに床を拳で叩きつけて「なによ!なによなによなによ!」とわめいていた。


『古臭いとかどういうことよ!王子もみんなも、アレでオちたんだから!ぶりっこポーズはいつの時代にもウケがいいんだからねっ!なによ、チョー可愛いわたしの魅力に気づかないなんてMK5ってカンジ!』


「…………あの、姫様。『エムケーファイブ』ってどういう意味ですか?」

「さあ……わたくしも聞いた記憶がないわね。ただわかるのは、彼女……前世はかなり年上だったってことくらいかしら」

「……ですよね」


『MK5』はわからずとも、『ぶりっこ』や『チョー』『ってカンジ』という言葉づかいからして、時代を感じる。

 成立したばかりの主従二人は顔を見合わせてため息をつき、とりあえず戻りましょうかと止まったままの映像を消して、オーディオルームを後にした。



MK5=マジでキレる5秒前

大体20年くらい前の流行語、らしい。


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