鳥島酉烏 その1
授業中にやることなんて、大してない。
僕は別に、どこかいい大学に進学しようとなんて思っていないのだから、そこまで真面目に授業に臨もうという気持ちは米粒ほどもない。
特にさっきの時間においての授業態度では、真面目にやろうだなんて気持ちは、一切ないといえる。聞こえてくるというよりは頭のなかを通り抜けていく先生の声をただぼーっと聞き流しながら、ノートの端に落書きするくらいには真面目にはなれないのだった。
しかし、この落書き、我ながらうまく描けた気がする。
絵心があるわけじゃないけれど、50分間ずっと落書きしていたのだ、うまく描けてないとどこか残念な気持ちになる。
いや、こうして改めて完成したものを見てみると、意外と僕って絵心あるんじゃないかと思えてきた。
次の時間も落書きして過ごそうとさえ、思わせるほどに。
今度はノートの端ではなく、ページいっぱいに描いてやろうか……。
いつか誰かにノートを貸して欲しいと言われた時、恥ずかしがって貸せない未来しか見えないけれど、しかし、なんとなく自信が湧いてきた。字が汚くて読めないだろうからとかそんな感じの理由でいいだろう。実際僕の字は非常に汚い。
まあ、ノートの端に落書きしてる時点で貸せるようなノートではなくなっている。
誰に見せるのでもないノートに何を描こうが僕の自由である。
そう思うと、謎の創作意欲が湧いてきた。
何を、どんな構図で描こうか。
なんでもいい。芸術作品を描こうとするわけではないのだから。僕のつたない技術で、どこまで表現できるかだけを、考えればいい。
ふと、とある女子が目に入った。
特に美人というわけでもなく、ブスというわけでもない彼女は、窓際の席に座っている。
その人が、なぜだか少し、気になったのである。
本を読んでいた。
文庫本だろうか、自前のブックカバーに包まれたそれを真剣に読んでいる。
僕はその光景に目を奪われた。教室という場所を考慮してか、彼女はその表情に大きな変化は起こさない。しかし、時々ちょっと微笑むその姿は、窓際という位置も合わさってとても綺麗な光景に思えた。普段から何でも読んでいるのだろうか、姿勢もなんとなく「熟練の読み手」感が漂っていた。
僕は、これだ、と思った。
あの光景を、チャイムが鳴り響くその時まで、この心に焼き付けよう。
チャイムが鳴った。
そこで思った。
僕は何を考えているのか、と。
僕は我に返ったのだった。