月曜日・駒 3
身を隠すように進む昌獅の後をついていきながら、友梨は彼に触れないように歩く。
「おい。」
しばらく歩いていると昌獅が止まる。
「何ですか?」
「もっと近くに来い。」
「……。」
友梨は僅かに嫌そうな顔をする。
「はぐれたらどうするつもりだ。」
「……。」
友梨はそう言われて溜息を吐いて一歩だけ近寄った。
「……おい。」
「……。」
苛立っている彼に友梨は顔を背ける。
友梨だって分かっているのだ、だけど、何となく怖いのだ。
「……逃げたもんね。」
自嘲を浮かべ、友梨は目を瞑り、息を吸って昌獅に近づく。
「ごめんなさい。」
「……変な奴。」
昌獅の言葉に友梨は苦笑いを浮かべる。
友梨は男性が苦手だった。
特に同年代の男性が。
中学時代に男子にいい思い出がないのだ。
地味な自分に突っかかる男子。
一度だけ、廊下を普通に歩いているのにフラッシュを感じた時もあった。
何で自分がこんな目に遭わないといけないのだと、友梨は思いながらも、その方向は決して外に向けられる事はなかった。
友梨は昔から感情を外に向けるのが苦手だった。
自分が悪い。
自分が悪い。
そう自分に言い聞かせて、自分の腕を噛んだりもした事があった。
だから、高校は学科だけだが女子高を選んだ。
なのに、何の因果か彼女は同年代の男子の傍に居ないといけなかった。
友梨は自分の運の悪さに溜息を零す事しか出来なかった。
「おい。」
「何ですか?」
「お前は死にたいのか。」
昌獅の言葉に友梨は眉を寄せた。
「死にたくないに決まっています。」
「なら、時間が決まっているんだ、もっと真剣になれ。」
昌獅の言葉に友梨は怒りで顔を真っ赤にした。
「何処が真剣じゃないって言うのよっ!」
「怒鳴るな馬鹿。」
「貴方が怒らせるからでしょうがっ!」
悔しくて涙が浮かぶ。
何で自分がこんな目に遭うのだと、そして、すぐに自分の日ごろの行いが悪かったのかと、暗い気持ちになる。
「その方がお前らしいな。」
昌獅の言葉に友梨は彼を睨む。
「何がですか?」
「じゃじゃ馬な方がお前らしい。」
「なっ!」
友梨は顔を引きつらせて、昌獅を睨む。
「じゃじゃ馬って何なのよっ!」
「そのまんまじゃないか。」
「酷いっ!」
「おい、高田。」
「何ですか!」
「……敬語は止めろ。」
「何でですか?」
「どうせ、年そんな変わんないだろう?」
「……。」
「つーか、たとえお前が年下としても、別にいいだろう?」
「……。」
「今度、敬語言ったら。」
「言ったら?」
「後で考えてやる。」
「はぁ?」
「今は時間が惜しいだろうが。」
「それはそう………だけど。」
「行くぞ、高田。」
「ま、待ってよ。」
置いていこうとする昌獅に友梨は必死になって足を動かした。
「高田は、どこにあると思う?」
「…日部くんこそ、どこにあると思ってるわけ?」
「さあ。」
「さあって、一体何処に行こうとした訳?」
「……。」
黙り込む昌獅に友梨は彼を睨みつける。
「答える気ない訳?」
友梨が昌獅をどこか信用ならない人と認識しかけていると、昌獅はぼそりと呟いた。
「……俺の一番憎い奴の所だよ。」
友梨は不思議そうな顔をしていたが、昌獅の表情を見て息を呑んだ。
昌獅は友梨が今まで見た事のないくらい暗い目をしていた、憎しみ、悲しみ、怒り、そんな複雑な感情を孕んだ目がどこか一点を睨んでいた。
踏み入れてはいけない領域というのは誰にでもあるのだが、彼ほど深い人間を友梨走らない。
そして、彼の不可侵の領域に踏み込む事になるとはこの時の友梨は思いもしなかった。