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月曜日・駒 1

 友梨は朝から何かが起こるのではないかとほんの少しばかり気を張り詰めていたが、それでも、お昼を過ぎショートホームルームが終わる頃にはすっかりと警戒が抜け落ちていた。

 彼女はいつものように鞄の中に教科書やノートを詰めていると、急に教室内の空気が変わった。


「………。」


 いつものざわつきがなくシンと静まり返る教室に友梨は気にする事なく帰り支度を進めたが、鞄を持つとようやく異変に彼女は気づく。


「えっ?」


 立ち止まっているクラスメートに友梨は目を見張った。

 そして、一斉に友梨の方を向き虚ろな目で彼女の姿を捕える。

 尋常じゃないその光景に友梨は恐怖を抱く。

 逃げないといけないと警鐘が鳴っているが、友梨の足は恐怖で動かない。

 そして、徐々に近づくクラスメートに友梨はただ固まっていたが、遠くでガラスの割れる音がして、友梨の足がようやく動く。

 友梨は一人のクラスメートの肩を押し、バランスを崩した隙に教室の扉から外へと飛び出した。

 足が縺れそうになるが、それでも自分を追いかけてくるクラスメートの足音に友梨は恐怖しながら走る事しか出来なかった。


「何なのよっ!」


 絶望しながら友梨は第二棟を通り過ぎようとした瞬間、何者かに腕を引かれた。


「きゃっ……ーーーーーーーーっ!」


 友梨は叫ぼうと口を開くが彼女を捕えた何者かにその口を塞がれてしまった。


(なっ!何なのよっ!)


 訳が分からず友梨は暴れるが、相手が男なのか友梨を閉じ込める腕が強まる。

 友梨は自分の身に起きている事ばかり気を取られていて気づいていないが、彼女を追いかけていたクラスメートは彼女の姿を見失い、それぞれバラバラの方向に向かっていた。

 そして、それにホッとした何者かが僅かに手を緩めた瞬間、友梨は好機だと思い自分の口を塞ぐその手に噛みついた。


「ーーっ!」


 友梨の口を塞ぐ何者かが呻き声を上げるが、それでも友梨を放す事はなかった。

 友梨は再び暴れ始め、彼女を捕まえた何者かが友梨の耳に怒りと苛立ちの籠った声で話しかける。


「大人しくしろ、見つかりたいのか…。」


 友梨は訳が分からずいつの間にか浮かしていた足を思いっきり背後にいた人物の足を踏んづける。


「~~~~~~~~~~~~~っ!」


 後ろから悲鳴にならない悲鳴が聞こえ、友梨は自分が他人を傷つけた事に気づく。


「このじゃじゃ馬……。」


 痛みなのか苛立ちなのか後ろから低い声が聞こえ友梨は目を見開いた。


「……大人しくするか?」


 男が友梨の耳元で囁き、友梨は戸惑いつつも頷いた。


「約束だぞ。」


 男はゆっくりと友梨を離し、友梨は深呼吸をして振り返った。


「…………。」


 友梨を捕えていたのはやはり友梨の知らない男性だった。同じ学校の制服を着る彼に友梨は睨むように見た。


「誰?」

「普通は人の名前を聞く前に自分から名乗るんじゃないか?」

「………高田…高田友梨。」

「……たかだ…ゆうり?」


 友梨の名前を聞いた瞬間男は眉を寄せた。


「何?私の名前に何かある?」

「………まさか…いや…偶然にしては……。」

「だから、何なのよ。」


 訳の分からない事を呟く男に友梨は睨みを利かせる。


「………………お前最近携帯が送られなかったか?」

「えっ?」


 身に覚えにある事を言われ、友梨は目を見張る。


「その顔…やっぱりか。」

「何で貴方が。」

「俺の名前は日部昌獅。」

「にちべ…まさし……?」


 全く聞き覚えのない名前に友梨が眉間に皺を寄せていると、昌獅は手持ちの鞄から学生書を取り出した。

 そして、自分の名前を書かれているページを見せて、友梨はようやく気づく。


「貴方…。」

「どうやら厄介ごとに俺たちは巻き込まれたみたいだな。」

「……。」


 不満げな顔をしながら髪を掻き上げる昌獅に友梨は溜息を吐いた。


「あの…。」

「何だ。」

「日部くん、日部くんはこの状況はここだけだと思いますか?」

「……。」


 友梨の言いたい意味が分からないのか、昌獅は怪訝な顔をする。


「……私には二人妹がいるの、高校一年生と、中学二年生です。」

「それが……。」


 昌獅はすぐに友梨の言いたい意味が分からなかったが、少し黙り込むと何かを悟ったような顔をする。


「まさか…そいつらにも…。」

「ええ、私たち三姉妹に携帯が何者かから送られてきた。正気を保っているのは今の時点で携帯をもらったと思われる私たち二人だけ……。」

「………お前はどうしたいと思っている。」

「二人を助けたい…特に末の妹が気になるから。」

「お前家はどこだ?」


 友梨が自分の住んでいる地域の名前を言うと昌獅は目を見開いた。


「どうしたのよ?」

「…いや…これは偶然なのか…それとも仕組まれた事か?」

「………何なのよ。」

「……俺もお前と同じ市に住んでるんだ。」

「……確かに偶然にしてはできすぐているわね。」

「だろう。」


 昌獅の言葉に友梨は納得をする。


「高田。」

「何?」

「どうする、今だったら人が少ないから移動ができるが、それでもお前の妹を助けるためには移動手段がないぞ。」

「……。」


 友梨と昌獅はこの学校の範囲だけで起こっている現象なのか、それとももっと広範囲で起こっているのか分からなかった。

 だから、もし、広範囲ならば間違いなく電車やバスといった交通手段が奪われている可能性が高いのだ。


「…………こういう事なら…智里の言う通り携帯電話を持ち込んでいればよかった。」


 友梨は自分の机の上に置いてきたそれを思い浮かべ苦い表情を浮かべていたが、すぐにそれは驚きに代わる。

 突然友梨の鞄から聞きなれない音が鳴り始め友梨は思わずそれを落としてしまう。


「何やっているんだ。」


 溜息を吐きながら昌獅が友梨の鞄を拾い上げた。

 そして、音が鳴っている元凶を探し出すと、それを友梨に渡す。

 渡されたものを反射的に受け取った友梨はそれを見て目を見開く。


「何で……。」


 確かに昨夜自分の机に置いたそれが今友梨の掌の上にあった。


「知るか…、つーか出ないのか?」

「あっ!」


 友梨は画面に書かれている文字を見て顔を顰めた。

 彼女は悟った何でこのタイミングで携帯が鳴って、しかも、それが友梨の鞄の中に入っていたのか。

 それは全て電話をかけてきている二つ下の妹の仕業なのだ。


「もしもし…。」

『やっと出たわね。』


 不機嫌極まりない声音に友梨は不満の声を出したかったが、それでも今はそのような状態じゃないと考え直しぐっと我慢する。


「智里…、智里のところも何かあったのね?」

『「も」…って事はそっちも起こっているのね。』

「……。」

『不幸か幸いか分からないけど、わたしはバスが駅前についた瞬間からよ、ついでに言えば車とかは全部止まっているわよ。』

「……」

『わたしは取り敢えず美波のところに向かうわ。』

「ええ。」


 友梨は智里が美波のところに行ってくれると聞いて本気でホッとした。


『お姉ちゃんは大丈夫でしょ?』

「何でそう思うのよ。」

『お姉ちゃんって悪運だけは強いから。』

「あんたほどじゃないと思うけど…。」


 心からの呟きに電話口から冷たい笑いが聞こえた。


『褒め言葉として受け取っとくわ。』

「……。」


 別に褒めてはいないのだと友梨は思うがそんな突っ込みを入れれば最後、智里の猛攻撃に遭うので彼女は黙り込む。


『お姉ちゃん、くれぐれも無茶はしないようにね。』

「何よそれ…。」

『お姉ちゃんの事だから変に頑張りすぎて、大けがをするでしょうからね。』

「しないわよ。」

『どうかしらね?』


 冷めた智里の言葉に友梨は唇を尖らせる。


「智里。」

『何?』

「あんたこそ人を殺さないでよね。」


 冗談なのか本気なのか友梨の口から物騒な言葉が漏れる。


『あら、お姉ちゃんは何か勘違いをしているんじゃない?』


 馬鹿にしたように鼻で笑う智里に友梨は眉を寄せる。


『わたしは自分の手を汚すようなそんな愚かな事はしないわよ。』

「……。」

『まあ、わたしに指一本でも触れればその報いは受けるかもしれないけど、殺しはしないわよ。』

「……。」


 十分恐ろしい事を言う智里に友梨はこっそりと溜息を吐いた。


『お姉ちゃん、話しはここまでね。』

「うん、分かった。お願いだから警察沙汰にならないでよね。」

『さあね、こればっかりは相手の出方次第よ。』

「……。」


 誰だか分からない相手に頼むから智里を刺激するような事をしないでくれと祈るのであった。


『お姉ちゃん、失礼な事を考えているでしょ?』

「えっ……。」


 友梨は片頬を引きつらせて、思わず縋るように昌獅を見た。

 昌獅は急に友梨に視線を向けられ眉を寄せた。


「……………智里。」


 友梨が妹の名前を呼んだ瞬間、友梨たちのいるどこかでガラスが割れるような音がした。


「おい、高田。」

「…智里、ごめん、後で連絡するから。」


 友梨は携帯をスカートのポケットにしまい、昌獅を見る。


「行こう。」


 ここで立ち止まっていれば確実に誰かに見つかるだろう、だから、友梨も昌獅も移動をしなくてはならないと分かっていたのだ。


「こっちだ。」


 友梨は頷き昌獅の後を追って走り出した。

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