日曜日・始まり 2
ショートカットの少女はいつも通り図書館から何冊かの本を借りてきて家に帰ると、髪が肩までで眼鏡をかけた彼女の妹から何故か冷たい目で見られた。
「な、何?」
少女はたじろぐが、妹は冷めた目で姉を睨む。
「お姉ちゃん、また何か変なものを頼んだの?」
「へ?」
身に覚えがない言葉に少女ーー友梨は怪訝な顔をする。
「本当に受験生なのにこんなにのんびりしていて大丈夫なのかしら?」
「あ…の……。」
「何?お姉ちゃん。」
「智里、何の事?私には全く分からないんだけど…。」
「……。」
友梨の妹ーー智里は器用に片眉だけを吊り上げて姉を見る。
「本当なんだってばっ!」
友梨は自分を疑う智里に叫ぶが、彼女はその事を信じないのか胡乱な目つきで実の姉を見ていた。
「まあ、現物を見れば思い出すかもしれないわね。」
友梨は未だに自分を疑う妹に本気で怒りを覚えるが、それでもこれ以上何も言う事はなかった。
靴を脱ぎリビングに向かい、友梨が目にしたのはごくごく普通のダンボールで宛名に友梨の名前が書かれていた。
「何なのよ、これ?」
友梨は身に覚えのないそれを見てそう呟くと智里はほんの少しだが意外そうな顔をした。
「お姉ちゃん、とうとうボケが始まったの?」
「何でそうなるのよっ!」
自分の姉がぼけ始めたのを本気で心配し始めた智里に友梨は噛みつくが、暖簾に腕押し、智里には全く効果がなかった。
「お姉ちゃん、帰ってたんだ。」
呑気な声が聞こえ、友梨が振り返ると髪の毛の長い少女、友梨のもう一人の妹である美波がそこにいた。
「あっ、美波、ただいま。」
「お帰りなさい。」
「ボケがまた一人増えたわ。」
心底嫌そうな声に友梨はムッとなるが、それを何とか堪えようとするのだが、鋭い智里にはすぐにばれてしまう。
「何?何か文句でもある?」
「……何でもない。」
友梨は唇を尖らせながらも、これ以上智里を刺激したくなかったので引き下がった。
「みんな揃ったし、これが何なのか開けようか。」
「まだ、何を頼んだのか思い出せないの?」
「あのね、智里は実の姉を何と思っているのよ。」
「受験生の自覚のない、オタク。」
「……。」
サラリと酷い事を言われ友梨は絶句する。
「あら、違った?」
智里は固まる友梨を見てクスリと笑った。
「だってお姉ちゃん、この前なんてゲームを買ったり、そのシリーズのCDを買っていたりしていたじゃない。」
「あれは…。」
友梨は自分の趣味を指摘され、顔を引きつらせる。
「そんな無駄遣いをするなんて、本当にお姉ちゃんて馬鹿よね。」
「私のお小遣い何だから好きにつかってもいいでしょうがっ!」
「逆切れ?」
「違うわよ」
冷たい目で睨む智里に友梨は睨み返すが、すぐに友梨は視線を逸らした。
「お姉ちゃんって本当に弱いわね。」
「煩い…。」
しみじみと言われ友梨は唇を噛むが、これ以上やっても智里には勝てないと知っているので余計な事を言わない。
「お姉ちゃん。」
「何よ。」
「いい加減開けない?埒があかないわよ。」
「煩いわよっ!今開けるわよっ!」
友梨はぶつくさ言いながら箱を開けてみるとそこには小さな箱が三つ入っていた。
「マトリョーシカ?」
「馬鹿な事を言わないの、どこからどうみてもただの箱じゃない。」
「……。」
智里に馬鹿にされ、友梨はムッとなるが言い返せば間違いなく何倍もの言葉が返ってくるだろう。
「ねぇ、開けてもいい?」
警戒心というものがないのか、美波は目を輝かせてそんな事を言ったので、友梨も智里も呆れた。
「あんた、何考えているのよ。」
「本当にね、もし、それが爆弾か何かだったらどうするのよ。」
「えっ!そうなの?」
智里の言葉を美波は鵜呑みにしたのか、目を丸くさせて箱から離れようとする。
「何というか、我が妹ながら情けない…。」
「そうね、でも、お姉ちゃんだってそういうところがあるじゃない。」
「……。」
友梨は本気で嫌そうな顔をして智里を睨むが、智里は全くその視線を痛く感じていないのか、涼しい顔をしている。
「お姉ちゃんと美波はそっくりよ。」
友梨は美波ほど天然じゃないし、抜けていない、と言うように智里を睨んだ。
「何?何か不服でもある?」
「別に…。」
友梨は唇を尖らせながら、そっぽを向く。
「本当に手に取るように分かるわね。お姉ちゃんは。」
智里は心底呆れているような声をだし、肩を竦める。
「それじゃいつまでも放っておくわけにもいかないから開けてみましょうか。」
「あ、開けるの?」
怪しいものを開けるだなんて、正気沙汰ではないと友梨は思ったが、智里はそんな友梨を無視してさっさと一人箱を開けてしまう。
「……あら?」
「………爆発しない?」
「……あんたまだ智里のそんな嘘を信じていたの?」
友梨はどこまでもボケている美波に呆れを隠せないでいた。
「嘘なの?」
「嘘に決まっているでしょうが。」
友梨は肩を落とし、智里を見た。
「智里、どうしたの?固まって。」
固まっている智里に友梨は首を傾げた。
「……お姉ちゃん、本当にお姉ちゃんの仕業じゃないのね?」
「……何度も言わせないで、私は何かを頼んでいないし、もし、何か頼んだとしても、それはお父さんの名義で届くはずよ。」
「……それもそうね。」
納得する智里に友梨は怪訝な顔をして智里の見ているものを見た。
「それって、携帯?」
「そのようね。」
「誰が頼んだの?」
「わたしが知るわけがないでしょう。」
智里は不機嫌そうに顔を顰めながら友梨を睨むと、彼女は私も分かるはずがないわ、と肩を竦める。
「もし、本当に私が頼んだとしても、私の学校も智里の学校も携帯の持ち込みは禁止されているでしょ?」
「ええ、そうね。」
「そんな無駄な事をしないし、私だってこんな大事な時に校則を破るなんてそんな愚かな事をしないわよ。」
友梨は指定校推薦を狙っているので無遅刻、無欠席を目指していて、今のところ皆勤なのだ。
「それもそうね。」
「でしょ?」
「だけど、だったら誰が頼んだというの?」
「私が分かる訳ないじゃない。」
友梨は眉を寄せて智里を睨む。
「ねぇ、お姉ちゃんたち。」
遠慮がちに声をかけられ二人は振り返る。
「取り敢えず、全部箱から出してみない?」
美波にしてはかなりまともな言葉に二人は思わず、この子は変なものを食べたのじゃないのかと心配になる。
「どうしたのよ…美波。」
動揺を隠せないでいる友梨がそう言うと、美波はニッコリと微笑んだ。
「だって、どんな携帯か見てみたいもん。」
「………ああ。」
「…やっぱり、美波は美波だったわけね。」
二人はただの興味本位で中を見たいと言っている美波に呆れるのだった。
「まあ、美波の言う通り中身を見てみましょうか、何か手がかりがあるかもしれないし。」
「そうね。」
智里も頷き三人は携帯を箱から出す。
友梨が手に持っているのは真っ白なスマートフォンで、智里は友梨と同じ機種だがコバルトブルーのスマートフォン、美波はオレンジ色のものだった。
「何か凄く複雑。」
「お姉ちゃんの言いたいことも分かるけど、今はそんな事を言っている場合じゃないわよ。」
友梨は大学に入れば携帯を買ってもらえると家族から言われていたので、今手にしても心から喜べないでいた。
「はぇ?」
どこか間の抜けた声に友梨たちが振り返ると美波は早速携帯をいじっていた。
「どうしたの?」
友梨が声をかけると美波は画面を友梨に見せた。
彼女が見ていたのはどうやら電話帳のようで、友梨の名前、智里の名前の他に後三人男性の名前が入っていた。
「えっ…と、ひ?べ…しょう…し?」
友梨は「日部昌獅」と書かれている文字を読んだ。
「お姉ちゃん、流石に違うと思うわよ、こっちはみむら、ゆうま、って読むのかしら?」
「そうじゃない?」
友梨は智里が指差す文字「三村勇真」を見つめた。
「それじゃ、こっちは何て読むのかな?つき…ぜん?りょうた、かな?」
「ううん…、つきまえ、かもしれないわね。」
友梨は首を傾げながら最後の「月前涼太」を見た。
「何なんだろう…。」
「わたしが分かるはずがないでしょう。」
思わず智里を見ながらそういう友梨に彼女は睨んだ。
「うっ、睨まなくてもいいじゃない。」
「お姉ちゃんは何でもかんでも人に、特にわたしに頼りきりなのよ。」
「そんな事は……。」
「あるわよ。」
睨む智里に友梨は不満げに唇を尖らせた。
「そんな不細工な顔してて戻らなくてもいいの?」
「うっさいわねっ!」
「はいはい。」
智里は鬱陶しそうに手を振りスマートフォンをおもむろに見つめる。
「お姉ちゃん。」
「何よ。」
「明日はそれを持って行った方がいいかもしれないわね。」
「はぁ?」
友梨は眉を寄せ怪訝な顔をして智里を見る。
「あんた何言っているのよ。」
「あら、お姉ちゃんはとうとう耳まで可笑しくなった?」
「耳までって何よっ!私はどこも悪くなってないわよっ!」
「どうでしょうね。」
智里は涼しい顔をして友梨を見つめる。
「あんたね……。」
友梨は怒りたいのを我慢しているのか、その右手が震えている。
「私の学校は携帯電話とかは校則違反なのよっ!」
「知っているわよ。」
サラリという智里に友梨の中で何かがブチ切れた。
「あんたね、私に受験失敗しろって言いたいわけっ!」
「あら、そんな事は言ってないじゃない。」
「言っているのも同然よっ!」
「本当にお姉ちゃんは融通が利かないわね。今どきの高校生で律儀にルールを守っているのは少数だと思うけど?」
「そんな訳ないでしょうがっ!」
智里はあからさまに馬鹿にしたように溜息を吐いた。
「お姉ちゃんのクラスで携帯電話を持ち込んでいる人いるでしょ?」
「……。」
「まあ、わたしも律儀にルールを守るけど、それは面倒な事を避けるためだし。」
「面倒って何よ。」
「それは決まっているでしょ、下手に教師にばれて違反物を没収されたり、説教を受けたりするなんてそんな馬鹿らしい事はごめんって事よ。」
「……。」
「ばれない自信がある人はいいけど、わたしはそんなリスクを負いたくないから持ち込んでいないの、でも、必要があれば持ち込むわよ。」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべる智里に友梨は顔を引きつらせる。
「それじゃ、智里お姉ちゃんは持ち込む必要があると思っているの?」
友梨の中ですっかり存在を忘れていた美波が言葉を発し、小首を傾げた。
「み、美波…居たの?」
「むー、ずーと居てたよ。」
「……。」
「お姉ちゃんは本当に抜けているわね。」
二人分の冷たい視線が友梨を射抜くが、彼女は何とか自分を奮い立出せる。
「それは置いといて、智里あんた明日本当に持っていく気なの?」
「ええ、取り越し苦労ならばいいんでしょうけど。」
まるで先を知っているような智里の物言いに友梨は顔を顰める。
「あんた何を知っているのよ。」
「何にも、ただ、偶然にしてはできすぎているような気がしただけ。」
「偶然?」
「ええ、だって誰も頼んだ覚えのないものが届いて、しかも、それには見知らぬ人の番号まで乗っているなんて、そんなの仕組まれた事に決まっているじゃない。」
「……。」
確かに不自然すぎるがそれでも、友梨は智里の言葉を信じたくなかった。
「間違いで届いたかもしれないじゃない。」
「あら、お姉ちゃんの名前で届いて、しかも、こんな怪しさ満点のアイテム、お姉ちゃんは間違いで届いたと言い張るの?」
「ぐっ……。」
友梨は反論の言葉を思いつく事が出来ず押し黙る。
「まっ、明日じゃなくても近々何か起こるかもしれないけど……、念には念を入れといた方がいとも思うけど?」
「私は絶対に学校に持っていかないんだからねっ!」
「はいはい。」
頷く智里に友梨は安心したような表情を浮かべるが、友梨は見逃していた。
智里の目が怪しく光っている事に彼女は気づく事が出来なかったのだ。