ロード・サリヴァンと男娼宿の少年 その二
ゴア描写有りって設定しちゃったけど、今のところは全くない気がします(体感)
どの程度までいくとタグ付け推奨になるのかまだよく分からないですね。
この辺りは評価の方を参考にしたいと思います。
チップとしてダイヤをプレゼントしてくれた彼は、屋敷からは馬車で送らせると提案してきたので、僕はその厚意にありがたく甘んじることにした。が、そこで問題が起きる。
「へぇ。主様の客人……」
屋敷のエントランスホールで馬車の手配をしてくれる家臣……というのはこのちょび髭のおじさんで間違いない筈だ。僕ははだけたドレスを直し、彼に言われた通り“客人”であるとだけ伝えた。この対応で合っている筈だ。
だが、この目の前のちょび髭、僕のつま先から頭の旋毛までを睨みつけた後は、眉をひそめているっきりだ。早くしろこの間抜けめ。僕は早く帰って即行でシャワーを浴びたいんだ。こんなところで油を売っている暇はない。
「はて……? ロード・サリヴァンが来訪するに当たっては、スコッチ家当主としての名に恥じないおもてなしをせよと言いつかってはいるが……?」
ああ、そういえば彼の姓はそんなだったか。とか考えている場合ではない。……どうやらロード・スコッチ閣下殿は部下への言伝も満足に出来ないらしい。
「貴様のような下賤の者が、如何ようにしてスコッチ家への来客がある旨を知り得たかは定かではない。が、あの建国の魔女への礼を欠く訳にもいくまい」
そう言って、ちょび髭が腰に下げたサーベルに手をかけた時点で、彼が軍服に身を包んだ……れっきとした軍人であることを思い出した。
「小むす……いや小僧! 貴様の知っての通り、この屋敷にはもう近き来客がある。とても大切な客人だ。我々はその方を迎える準備に大忙しだ」
ちょび髭軍人は、子どもにでも言い聞かせるようなくどい口調で僕に語りかける。……まあ、初めから嫌な予感はしていた。
「とどのつまり、貴様を送り届ける余裕も、人手も、馬車も無い。よって貴様は歩いて帰れ。門くらいならば開けてやるがな」
僕は静かにため息をつくと、お願いしますとだけ告げて、それ以上は食い下がらなかった。所詮、僕は娼婦であちらは貴族。口約束なんて有って無いようなものだ。僕達の世界では、ただただ手元に残る金銭だけが証明だ。
然程広くない屋敷だ。敷地外へと出るのに時間はかからなかった。
問題は帰り道、その道中。今いるロンディアムの中心地の治安はそう悪くない。だが、その郊外ともなると話は変わる。逢魔が時の郊外は追剥ぎに野伏せり、狼などの猛獣から森の魔物まで、危険害悪のバーゲンセール状態だ。最近ではバッキンガムの古城をマフィアが根城にしているとまで聞く。あまり時間はかけられない。
かと言って外泊は論外だ。無断外泊が男娼宿の主人にバレればペナルティが課せられる。最初の頃にやらされた皿洗い窓拭きにその他雑用……。男娼にも旬があるのだから、稼ぎ時をフイにするのなんてナンセンス。
幸いにも今回の戦利品は、掌に収まる程の大きさのダイヤだ。もし追剥ぎに遭ったとしても、殺されさえしなければいくらでも誤魔化しがきく。帰った後で客の馬車で質屋に向かえば良いのだし。……これが量の嵩張る金貨などであったなら、持ち運びに難儀していたところだ。
そういうことで、僕はこの暗い夜道に徒歩での帰宅を選んだ。
ロンディアムの夜道を照らす魔石の街灯は全て、強力な魔術師であるこの地の領主様が灯してくださっているらしい。然程気にしたことも無かったが、今回はその功績に純粋に感謝出来る。だが、ここより先――石で舗装された街道と土の小道の堺、僕の帰路の途中からは違う。足元を照らすのは月明かりのみ。漆黒の常緑樹が目前から覆い被さるような圧迫感は、遠い最果ての地で伝承されるシュヴァルツ・ヴァルトでも感じられるのだろうか。ロンディアムと男娼宿を行き来する僕には、縁遠い話ではある。が、いずれ足を運びたいとも考えている。男娼宿で稼いだ先の、一般の人の言う『人生の展望』というやつだ。
僕は止まっていた足を再び動かし始めた。足を止めていたのは、履いていたヒールが、起伏のやや激しい林道を歩くには適切でなかったからだ。
裸足で森を歩くのはあまり好きではないが、かといってそれほど苦に感じるものでもなかった。履く物が何も無かった頃、こうして同期と森を駆け回っていたからだ。
「ふふ。おかしいな」
当時の記憶がフラッシュバックする。辛い仕事を片付けた後で、今みたいにみんなで森の中を散策して、食べられる木の実やキノコを探してこっそり食べていたのだ。
今ではその同期は全員、流行り病や客の持ち込んだ性病で命を落としている。
別に悲しいことじゃない。この世界じゃ良くあること。寧ろ、僕達に比べてより惨めな、貧民街のストリート・チルドレンの方が、よほど辛い境遇に遭っていると聞く。
大分前、客に「こんな生活は辛くないのか」「他に仕事は無かったのか」と聞かれたことがあった。僕との一晩を買いに来る客が言うことではない。余計なお世話だ。僕は物心ついてからこの方、ずっとこの生き方をしてきたのだ。男はみんな、貴族や商人の慰みものになる。それが日々の糧。生きていく為にやってきたこと。他の生き方など知らない。
でも、それでも、僕は決して自身を惨めだとは思わない。自分が不幸の只中にいるとは思わない。今日、男の耳に偽りの睦言を囁いている時、眼中に無い男に裸体を晒す瞬間、ベッドで男に貫かれている最中ですら。僕は妖しい色気と犯しがたい美しさに身を包んでいることに悦びを覚えていた。時には泥水を啜るような目にも遭った。そんな僕が、目の前にいる雑多な男共の心を奪い、彼らの欲を支配する時、僕は今の生でも一番の輝きを発していることだろう。
貧しかろうと、常に上品であれ。それが、かつての僕が心に刻みつけた言葉。
「それが僕の……ただ一つの人生なのだから」
「本当にそう思うのかい?」
僕は背筋が震え上がり、心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に抑えた。
――なんだ!? 今の声は!?
勿論、周りには当然誰もいない。当たり前だ。こんな人気の無い道、人が通りかかれば嫌でも注視してしまう。暗がりとはいえ、月が頭上に顔を出している中、目の前に人がいることに気づけない訳がない。
「やれやれ。我が魔術の届かぬ森の中、よもや非力な人間が通るとは思わなんだ」
何者かが声を発すると同時、僕の周りの足元から赤黒い光の粒が噴き出してくる。考えるまでもない。明らかに魔石などと同じ、魔術の光だ。
「姿の見えない方! そんな非力な僕をどうか、一晩買って頂けませんか? お礼は帰り道のエスコートだけで結構です!」
商売っ気を出して声をかけてはみたが、声の主は相変わらず影も形もない。だが、代わりに姿を現したものがある。光のこびと達だ。
地面から浮かび上がった無数の光の粒のいくつかに、それを顔に見立てるかのように胴と手足が生えてきたのだ。
「「「「囲め……囲め……囲め……囲め……囲め……囲め…………」」」」
唄を口遊む光のこびと達は、子どものように無邪気な動作で辺りを飛び回ったかと思えば、僕の周りで円陣を組むように囲み始める。かごの中の鳥にでもなった気分だ。
「かごの鳥か。……いや違うね。かごなんてものは始めから無いのだし、君には自由に飛ぶ為の翼もある。ただ、外という概念を知らないだけだよ」
……!? 驚いた。どうやら僕の心の中まで読めるらしい。
「君の足元を照らしてあげたよ。ところで、君、何か興味深いことを口にしたね?」
なるほど。確かに悪目立ちはするが、夜道をより確実に照らす明かりが手に入った。疑いようも無く相手は魔術師であるのだろうが、この状況下で相手を刺激する訳にもいかない。僕はこの後の話の展開を予想しつつ相槌を打つ。
「えっと、何のことでしょう?」
僕が直接口にした言葉はあまり多くは無い。僕を買いたいということなのだろうか。
「実はこの先に、僕が住み込みで働く男娼宿がありまして、略式なものですがベッドルームもございますよ。勿論サービスも弾みます。貴方様にサービスを受けられる身体があれば、の話ではありますが……」
兎に角、相手の素性の分からぬ上では判断に困るというもの。どんな些細なことでも良いから、相手から何か情報を引き出さないと……。
「フッ。クックククククク…………」
しかし、声の主は姿を現さず、喉を鳴らして僕を嘲るのみ。……腹が立ってきた。
「いや、気分を害したようで申し訳ない。君も心を読まれるという現象に馴染みが無いようで、存外に微笑ましく。クク」
「……じゃあ包み隠さず言いますけど、いい加減に姿を現したらどうです? 見えない相手に話しかけるのも案外疲れるんですよ?」
「宜しい。ではまず……君の頭上真上を見上げてご覧よ」
相手は心を読む魔術師。逆らっても無駄だと悟り、僕は恐る恐る上を見上げた。
大きい。十メートル程の大きさの樹木の、一際太い枝の上。ざわめく大きな影は真っ赤な目で僕を見下ろしていた。
足元を強く照らす光のこびとの反射光で、その影の輪郭は朧げにではあるが掴めてくる。わさわさと蠢くそれはどうもローブかマントであるらしい。それで全身を包みこみ、前傾姿勢で僕を見下ろす形となっている。
キシシシシ、と空気が漏れるような音が聞こえてくる。よりも、僕は足が竦んで動けないことに内心狼狽していた。今の自分はさながら、「蛇に睨まれた蛙」だ。
……怖い。
「……そうか。今の私は、人間の目にはそんな風に映っているのか」
声の主は終始穏やかな口調で話している。それでも、何故だろう。その声の主が今目前にいる怪物だと言われても、どこかすんなり納得してしまっている自分がいた。
「ちょっと待ってて……よっ!」
その怪物の影は突如翼のようなものを広げると、目にもとまらぬ速さで地上に飛び降りてきた。僕は腰を抜かして思わず尻もちをついてしまう。
だが、次の瞬間。僕は目の前の存在の姿に目を疑った。
全身を覆い隠すローブに身を包んでいることには変わりないが、そこには今まででも見たことの無いような、線の細い、黒い長髪の青年がいた。
目の覚めるような美貌だ。まつ毛が長く、細められた目元と赤い虹彩とが白い肌に映えて、ミステリアスな空気を醸し出している。
目と目の合った彼の喉元が、コクンと唾を呑みこんだ。その首元にはたくさんの骨を吊るした首飾り。骨には漆のようなものが塗られ、黒光りしている。それより下は、ローブによって窺い知れない。せめて紋章だとかが見られれば良いのだけれど。
「僕の素性が気になるのかい? 僕が君に近寄った理由よりも?」
より柔和さを増した口調で話す彼の唇は、思った以上に艶めかしい。微笑む彼の裏を探る内に好奇心が湧いてくるのが分かる。
「フフッ。なるほど。君は私の目的をそう推測する訳か」
男は吹き出しそうになるのを手の甲を鼻の頭に当てるような仕草で抑えた後、薄らとした笑みを再び張り付けて僕に目を向ける。
「先に自己紹介をしようか。私はバジル・サリヴァンという。この名に覚えがあるだろう?」
そう聞かれて、僕は先程の屋敷での会話の中に、彼と同じ姓の名があがっていたのを思い出す。その時は確か「ロード・サリヴァン」と呼ばれていた気がする。
「私には他にもいくつか通り名があってね。『不老不死の領主様』だとか『死の商人』だとか『偉大なる魔術師』だとか『建国の魔女』だとか……」
「……え、ちょっと待って?」
サリヴァンはご丁寧にも「魔女」の箇所だけ強く強調したので、その説明の違和感にはすぐに気がついた。これは確実に言えることだが、目の前にいる彼は紛うことなく男だ。
彼はイタズラっぽい笑みを浮かべるが、その仕草が小慣れている。
「ところでね、この首飾り――」
彼は首に下げた骨の首飾りを僕に見せる。
「――これらの骨は、過去に私が使っていた男達の亡骸なんだ」
漆塗りの骨を見つめた時、その表面に、誰とも知れない青年の顔が過った。
僕はその現象に背筋を凍らせる。……この男は何と言ったのだ?
「亡骸だよ。これらは過去に私の身体だったもの。魔術を極めるのに、老いていく肉体は目の上のたんこぶなのさ。だから、常に新しい部品を見繕って、その都度交換してきた」
ローブの裾から、サリヴァンの真っ白な腕が伸びる。それが僕の頬をそっと撫でた。
その手は、とても冷たかった…………。
「フフ。昔語りをしてしまうのは、老人の悪い癖だね。一先ずその、男娼宿とやらに向かおうか。何せ君という存在を買うのだ。君の主人ともしっかり話しておきたいからね」
もう会話の内容が耳に入って来なかった。自身のキャパシティを遥かに超えた事象。彼が僕の腕を引くのに任せて、目の前の悪魔と共に帰路を急ぐ。
そういえば、子どもの頃にこんな言い伝えがあったことを思い出した。
――森を一人で歩いてはいけないよ。
――逢魔が時を超えて出歩いてもいけない。
――もし、それを破ったなら……
――森の魔女に全てを奪われてしまうよ…………。
そういえば、ここの設定を弄ればルビ振りなんかも出来るらしいですね。
今のところはわぁどふぁいるから該当箇所をこぴぺしているだけなんで、今後はその辺読みやすい感じに仕上げていきたいなあ、と。
編集してる間に紅茶が冷めた……もぅまぢむり。。。