ロード・サリヴァンと男娼宿の少年 その一
序章のはじまり。軟らかめですが苦手な方は注意です。
物心がついた時には、僕――アル・グレイは男娼宿で働いていた。
イグナント王国首都・ロンディアム郊外にある名も知らぬ町。華やかな大都市のそばにあるとはいえ、領主様の意向で手付かずのまま残された漆黒の森林地帯の一角にその町はある。辺鄙と呼ぶにも何も無さ過ぎるななしの町にわざわざ足を運ぶ者はそう多くはないだろう。だからこそ、ロンディアムに居を構える貴族や大商人の面々は、ご禁制の男娼を買いに来るのだ。人目を気にすることなく、性的嗜好を満たす為だけの相手を物色する為に。
薄暗がりが照らすベージュ色尽くしの寝室で僕を抱く中年男性も、ロンディアム王に仕えるべき忠臣の貴族だ。肥え太った男が欲動に身を任せる度に、僕が身を委ねるベッドのスプリングがギシギシと軋みを上げる。カーテンを閉め切った室内を照らすのは、ほんのりとした明かりを灯した魔石燭台だ。彼は魔術師ではないが、同じく禁制品である阿片を密売した稼ぎで専属の魔術師を飼っている。本当に儲かっているのだろう。この小太りの口髭野郎は、男娼宿から馬車で連れ出した際の道すがら「私は多くの民に嫌われる貴族だが、それはこの私が、誰よりも金を儲けている貴族だからだ」などと豪語していた。
僕は自身の商売柄、真っ当な貴族様とお会いしたことは一度も無い。真っ当な貴族様なら、気難しい王様と地方の領主様との仲を取り持ちつつ、良き治政とやらに励んで国から給金を貰っている筈だからだ。無能な貴族様は国から職を頂けないのだから、悪事にも手を染めるし、暇を持て余して僕みたいなのを買うのだろう。
全てが終わった後で、僕はここへ来る前に来ていた濃紺色のシースカクテルドレスを床から拾い上げた。僕が男娼宿にいた当初からある唯一の所持品で、当時の僕にはサイズが大き過ぎたが、今では綺麗に着こなすことが出来る。レースやリボンのアクセントが下品にならないように配置され、僕の身体のラインを美しく演出してくれる。流石に所々擦り切れて古びてはいるが、どの道、僕の給金では新しいドレスは買えない。そうでなくとも、食費と化粧品などの購入で僕の懐は常に寂しい。男娼宿での身内はみんな商売敵だ。弱肉強食の世界を生き抜く為には、身嗜みにも出来る限り気遣わなくてはならない。
「アル、来なさい」
男が指示をしてきたので、僕はドレスの着付けを一時中断して彼の横たわるベッドに歩み寄る。安物の葉巻で見栄を張る薄汚い肉団子の体液が、今、僕の脹脛を伝っているのだと実感すると、失くしていた筈の嫌悪感に苛まれるのが分かる。
「私の管理する泥棒市でな、面白い物が出回っていたので、取り寄せたんだ」
彼はベッドに隣接する簡素な机の引き出しから、こぶし大程の小箱を取り出した。蛇皮の悪趣味な物だが、貧相な彼の所持品から考えるとかなり値の張るものなのだろう。
「これを君にあげよう」
男が蛇皮の小箱を開けると、そこには見たことも無い宝石が収まっていた。どうやらその箱はジュエリーケースだったようだ。
「……綺麗」
僕は思わず感嘆の声を上げていた。今までにも小粒のサファイアや琥珀の指輪といったものをチップとして貰ってきたが、このように透明でかつ煌びやかな輝きを放つ宝石を、僕は見たことがなかった。
「シェール・ダイヤ……と呼ばれるらしい。北海に浮かぶハイパーリグ・アイランド遺跡の地下で採れたものと聞いている」
「シェール……ダイヤ……」
僕は男に許可を得てから、その宝石を手に取って魔石燭台の明かりに照らしてみる。多角形に削り取られたその表面で、魔石の光が乱反射する。思わず目を瞑ってしまう程の輝きだ。この男の趣味にしては良いものだ。
「ありがとうございます」
僕はごく自然な動作で彼の懐に飛び込む。彼もそれが当然とでも言うようにそれを抱き留め、僕達はどちらともなくキスをした。僕のブロンドの髪を彼が優しく撫でる。彼の舌が僕の唇を優しく割って入る。それらのことに、今はそれ程不快には感じなかった。僕の臀部を妖しく撫でる彼の腕に手を重ねながら、僕はこの宝石の値段が一体いくらになるのかを想像して身を震わせた。
この日の仕事が、男娼としての最後の仕事になるとも知らず…………。
紅茶がマイブーム。寒い日は蜂蜜入りのミルクティーが欲しくなります。