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『終わり』

 中学を卒業する頃、好きな人がいた。

 その人は同じクラスで、修学旅行の班が一緒だった。優しく、面倒見のいい人だった。他の男子や女子と分け隔てなく接するような人で、わたしにも同じように接してくれた。それがわたしには嬉しかった。いまにして思えば、勘違いだとわかるのだけど、当時のわたしは舞い上がってしまっていたんだ。

 高校がばらばらになることはわかっていたから、リミットは卒業式まで。それを逃せば、いつ行われるかわからない同窓会なんてことになってしまう。当然、わたしにはメールか何かで連絡を取り続けるなんて行動を起こせる勇気もなく。

 生来の本の虫で培った語彙を活かして、深夜のテンションでラブレターをしたため、彼の下駄箱に投函をした。翌日にはわたしは笑いものにされていた。そのときは気付かなかったが、のちに、クラスのLINEグループでラブレターの文面が共有されていたらしい。幸いにもすぐに卒業式を迎えて、地獄はほんの二週間ほどだったが、それ以来、わたしは人との『距離』というものがわからなくなっていた。信じられなくなっていた。『ここまで近づいてきたなら信用してもいい』というラインが曖昧になって、どうしていいかわからなくなり、誰にも心を開くことなく、高校ではひとりで過ごすことに徹していた。

 「やなことを思い出しちゃったな……」

 ケテルくんの無邪気な笑顔を思い出す。別にこれが恋だとは思わないけれど、ここまで素直に必要とされることはわたしの人生でほとんど存在しなかった。その心地よさに身を委ねようとすると、あの手痛い失恋のことを思い出す。あれ以来、ただでさえ低いコミュニケーション能力は停滞し続けている。ケテルくんに悪意はないのだろうけど、自然と身を任せることはできそうになかった。

 『うん、王様からのお願い』

 お風呂、寝室、そこから連想されることはひとまず置いておいて(じゃないと恥ずかしさで頭がパンクしそうだ)、彼はわたしを必要としている。面白い『物語』を無限に思いつく石版の巫女として。それがわたしの創りだした虚像の姿であるとはいえ、わたしはこうして必要とされている。何を怖れる必要があるんだ、と自分に言い聞かすも、どうにも儘ならない。

 ため息ひとつ。螺旋階段を登っていく。

 「ひかり。もう食事は終わりましたか?」

 「うん」

 黒衣の少女ビナー。何故かわたしから眼を逸らして、俯きがちにそう言った。わたしは何を話せばいいのかわからなかったから、簡潔にそう答えた。『理解の姫君』。わたしだって察しがつかないわけではない。王ケテルくんと仲良くしているわたしが気に入らないのだろう。

 「ひかり、私はすべてお見通しですよ」

 「え……?」

 彼女は呟くようにそう言って、足早に階段を降りていった。お見通し。わたしがこの世界で何を隠し、何を暴かれることを恐れているか。『理解の姫君』。螺旋階段を昇り、部屋に帰ると、恐れていた事態は発生していなかった。手回し式の充電器も無事だったし、ipadも普通に起動する。何か仕掛けられているような様子もない。彼女の言葉が刺のように刺さっているが、あれはどういう意味だったのだろう。

 その場で糾弾でもすればいいのに……。

 「考えたってしょうがないか……」

 念入りにシャワーを浴びて、ipad片手に螺旋階段を降りていく。王の間に着くと、寝間着に着替えたケテルくんが奥の部屋へと案内してくれた。わたしはドキドキしながら、一歩二歩踏み出していく。王は柔らかそうなベッドに飛び乗り、枕に頭を乗せて、こちらを興味津々の顔で見つめた。ドキッとした。

 「ねえ、早く『物語』を語ってよ!」

 わたしの若干よこしまな想いに恥ずかしくなりながらも、「仰せのとおりに、王様」とipadの電源を入れる。ベッドに腰掛け、『物語』を選ぶ。わたしは神託の巫女、そう自分に言い聞かす。邪悪な王様ではないが、シェラザードみたいだなと自分で思った。

 「それではハロウィンの夜に実行された少年の悪戯と、森のなかで出逢った魔女の物語を始めましょう」

 「ひかり、ハロウィンとはなんだ!?」

 「おっと。まずそこから話をしなければなりませんね。ハロウィンというのは……」

 それからケテルくんの静かな寝息が聞こえてくるまで、わたしはその物語を語り続けた。こうして誰かに必要とされること。疑っていた自分が情けなかったが、こういう世界もあるんだと気付かされた気がした。ipadの電源を消し、部屋の灯りを消し、わたしは朝までケテルくんの寝顔を見つめていた。


 ※


 「ビナー、最近寝不足のようですが。ミスも目立ちますし」

 「うるさい……」


 ※ 


 「やっば。寝不足……」

 鏡を見ると完全にくまが出来ていた。慣れない環境で、結局昨日はケテルくんを見つめて続けていたため、ほとんど眠ることができなかった(深夜に螺旋階段を昇るのもふらふらだった)。急ぎ手回し式の携帯充電器をチャージし、昼からの舞台に備える。少し仮眠を取りたかったけど、いまわたしの生命線はこの手回しにかかっているため、眠るわけにはいかなかった。のど飴を舐めながら、ぎーこぎーこうるさいハンドルを回していく。

 昼間は玉座の間で本を読み、食事を挟んで、王ケテルくんの夜のお伴。最近は膝枕をせがまれて、やぶさかでもないわたしはついついしちゃっている。3、4作読めば、穏やかな寝息が聞こえてくる。が、膝枕をしているがゆえにわたしは動けず、そのまま壁にもたれて眼を閉じる。ささやかな休憩時間だ。

 「ひかりと一緒になれたらいいにゃ~」

 「ふえぇ!? ……って、寝言か、びっくりした」

 そして王が目覚めたら部屋へと帰り、休むまもなくハンドルをぎーこぎーこ回し、充電を行う。

 「に、人気者は辛いねえ……」

 そんな軽口でも叩ければいいのだが、もとよりインドア指向で体力のほとんどないわたしはもうふらふらになっていた。それでもせっかくの期待には答えなければならない。わたしが無理をすれば無理をするほど、人々は『物語』の魅力に取り憑かれ、さらなる期待を求められる。わたしにはそれがどんなクスリよりも強い快楽となっているから、体力的に無理だなんてとても言い出せなかったし、言い出したくもなかった。

 「ひかり、顔色が悪いようですが休んでみては」

 「ビナーの方こそすごいくま」

 「あまり無理をしないほうがいいのでは」

 「あなたこそ……」

 何故かそのころには黒衣の姫君ビナーもわたしと同じくらいにふらふらだった。『計画』が最終段階に向かっていると聞いていた。おそらくはその大詰めのタイミングなのだろう。ある夜、わたしが『魔法の石版』を抱えてケテルの寝室に行こうとすると、ケテルとビナーの声が聴こえた。

 「ひかりを休ませてあげてください」

 「え、そうなの。たしかに最近ふらふらしてるけど、随分楽しそうだったから――」

 「休ませてあげてください」

 そのときのわたしは疲れからかどうかしていたのだろう。そのビナーの言葉にカチンと来てしまった。いくら王に好かれたいからって、ようやくできたわたしの居場所を取るなんて! わたしを心配しているようなていを装って、結局わたしを王から引き離したいだけなんでしょう!?

 「ケテルくん、わたしなら大丈夫だから――!」

 勢い良く扉を開けると、それまでの無理が祟ったのか、身体がふわりと浮くような感触がした。すんでのところでたたらを踏むと、ガタリという強い衝撃音がした。わたしはしばらくその音の意味するところがわからず、壁に手をついて一息ついていたのだが、王とビナーの眼はまんまるに見開かれて、地面の一点を見つめていた。

 「あ、」

 『魔法の石版』はその角から、硬い大理石のような床に落下し、画面のガラスが粉々に砕けていたのだ。わたしは目の前で起こっていることの理解ができず、そのまま意識は昏く塗りつぶされてしまった。その刹那、わたしの名を呼んで駆けつけてくれるふたりの声が聞こえたような気がした――。


 ※


 まどろみの中で溢れる泡を数えていた。

 それはわたしの短く、密度の薄い人生の中で溢れでてしまった血漿のようなもので、『ほんとうにあなたは役立たず!』とか『根暗そうでキモい』とか『ちょっと優しくしただけで勘違いをしちゃったんだねえ~』という、言葉。こんな異世界に呼ばれたとしても、返しがついているかのようにわたしの心に突き刺さって抜けやしない言葉たち。

 『うそつき!』

 暗闇の中でそう叫んだ女の子は、わたしだった。あれほど嘘をつくことを禁じていた父が、嘘に嘘を塗り重ねた挙句に母とわたしを棄てて出て行った。新しい女とその子どもと、かつて父だったものが一緒に歩いているのを、駅前のスーパーで見たことがあった。わたしは、わたしは――。

 「うわあああぁ!」

 飛び起きると、そこはケテルの王城に設けられた部屋だった。ずるりとおでこに乗せられていたであろう濡れタオルが落ちてくる。それを受け止めて、わたしは周りを見渡した。いつのまにかパジャマに着替えさせられて、ベッドの中にいる。頭はずきずきと痛み、身体には妙な気怠さがある。

 「気が付きましたか、ひかり」

 「ビナー」

 『理解の姫君』は部屋の中央にある椅子に腰掛けてこちらを見つめていた。相変わらず目の下にはくまがあって、疲れている様相だ。はじめは綺麗に整えられていた長い黒髪も最近は手入れもしていないのか、ぼさぼさ。テーブルの上にはバケツがあって、彼女がずっと世話をしてくれていたことがわかった。

 「かれこれ丸2日は眠っていました、気分はいかがです?」

 「ん、大丈夫。わたしは――」

 わたしはこの世界で嘘をついて天才作家めいた振る舞いをして、いろんな住民に気に入られて、わたしがわたしでいることが許されて、王様にも好かれて、それですごく頑張って――、倒れてしまった。ずきん、と頭が痛み、顔をしかめる。濡れたタオルの感触を味わっていると、薄ぼんやりと致命的な記憶が蘇ってきた。

 「そうだ、わたしは倒れて、ipadを壊してしまって」

 「そうです」

 テーブルの上には画面が破損してしまった『魔法の石版』が置かれていた。画面はもう半分以上がガラスが砕けてしまい、中の基板が見えている。高級そうな布が広げられ、そこには細かく砕けてしまった硝子片がひとつひとつ並べられていた。

 「あ、あぁ……」

 わたしはベッドから転がり落ちるように降りた。足腰に力が入らなかったからほとんど這うようにテーブルへ向かう。ビナーの可愛らしいバレエシューズとリボンの付いたソックスが見える。椅子にすがりつくように立ち上がると、『魔法の石版』の変わり果てた姿がさらなる現実感を持って襲ってきた。

 「あぁ……」

 持ち上げると、ぱらぱらとガラスの破片が落ちる。電源ボタンを長押ししても、反応はない。当然だ、こんなボロボロのipadなんて、発売直後に対物ライフルで撃ってみた動画くらいでしか見たことがない。仮に起動したところで、もう表示された文字は読み取れないことだろう。充電器はある。コンセントはなくても、大地震があったあとの読書を懸念していたわたしは手回し式で充電ができる。でも、さすがにipad自体がこんな状態になることは想定していない。

 抱きしめてみても、動くはずもない。

 「ひかり、」

 「お願い、この子を治して」

 「無理です、ひかり。『計画』発動はもうすぐ。『ここ』のリソースもエネルギーも余力はないのです」

 「お願いだから」

 ビナーは首を横に振るだけだった。

 「わたしは、わたしはね――」

 魔法の石版を抱きしめたまま、ベッドに腰掛ける。思えば、ここに来てからもう一週間くらいだろうか。わたしのせいでこうなってしまったとはいえ、よく頑張ってくれたと思う。ごくろうさま。あなたがいなければ、わたしはきっと途方に暮れていたかもしれない。でも、こうなってしまったということは、きっともう無理なのだというメッセージなのかもしれない。

 「『嘘つき』なんだ。これは『魔法の石版』でもなんでもない。もといた世界で、いろいろな才能のある人が面白い『物語』を創ってネットワーク上に投稿をしていたの。わたしはそれをただ読んでいただけ。だから、このipadの中には無数の『物語』が記録されていた」

 ビナーはきっとすべてを知っていたのだろう、あまり驚きはしなかった。わたしは息をひとつ吐いて、吸う。

 「わたしは本当に何の取り柄もないダメ人間なんだ。そして、ズルい人間。ここの人たちが『物語』という概念を知らないことをいいことに、あたかもわたしがすべて考えているように嘘をついてしまった。ほんとうはこのipadに保存された誰かの『物語』を盗んでいただけ……」

 ビナーはわたしから眼を逸し、机の上の硝子片をロンググローブ越しに撫でていた。

 「でも、ひかりのガジェットはこうなってしまった」

 「うん。だから、もう、おしまい。ごめんね、ごめんなさい……」

 ああ、なんて自分勝手なのだろう。涙が止まらなかった。自分でついた嘘がどうしようもなくなってバレてしまったという場面なのに、わたしはまるで自分が被害者であるかのように泣きじゃくっているのだ。なんて情けない。なんて自分勝手。盗まれたもといた世界の作家たちはわたしを糾弾する権利があるだろう。騙されていたこの世界の人々はわたしを追放する権利があるだろう。けれど、わたしが泣きじゃくる権利は何処にもないのだ。

 「『お話』はそれだけですか?」

 「え、ええ」

 ビナーはため息をひとつついて、立ち上がった。

 「どうして、貴女の世界の彼らはわざわざ『創作』ということをしていたのでしょう」

 わざわざ。そう、わざわざだ。小説を楽しみたいだけならわたしのように、kindleなりネットのアマチュア小説なりを読んでいけばいい。それこそ一生かかっても読みきれないような小説が転がっている。ただ消費していけばいいだけだ。わたしも学校の宿題で作文をしたことがあるが、自ら考えて文章を紡いでいくことの苦労はわかる。たしかにちやほやされるかもしれない。でも、されないかもしれない。そんな不確かなものに膨大な執筆と推敲の時間を費やして、ともすれば読まれない可能性もあるサイトに投稿をする――。狂ったように消費をしていくわたしであっても、パッと見て読まないと決めた『物語』は数え切れないほどある。それらも、誰かが何日も何日もキーボードを叩いて創り出したものだと思うと、気が遠くなる。

 「……わからない」

 「そう、ですか。『計画』も大詰め、わたしやコクマーは手も離せないほど忙しいのですが、『計画』が発動してからが仕事の王はきっといま暇をしていることでしょう。私が色々なお話をして差し上げたいのですが、忙しくて忙しくて」

 バタンと、扉が強く閉められた。

 「私も『物語』というものを書いてみました。けれど、やはりうまく行きませんね。王がそれほど『物語』を気に入ったのならば、私も、と思い、このクソ忙しいときに寝る間も惜しんで書いたのですが、残念です。ええ、非常に残念」

 それだけ言って、ビナーの足音が遠ざかっていった。


 ※


 「ひかり? ケテルだけど、大丈夫かい?」

 「うん……、少し体調が悪いだけ。休ませて」

 「そうか。君はこの世界のたいせつな客人だから、何か不足があればいって欲しい」

 「ううん……、だいじょうぶ」

 大丈夫、大丈夫だから、心配しないで、ママ……。きっと幼いころにわたしが言ったであろう台詞が、ぼんやりとした頭のなかでリフレインする。父の罪、嘘、その代償として失ったものはあまりにも大きすぎた。母はわたしに構うほどの余裕がなくなり、わたしはそんな母に迷惑はかけまいと『いい子』を演じ、その一方で誰も信じることができなくなっていた。

 わたしはもう丸一日は、布団の中で過ごしていた。隠れていた――という表現のほうが正しいのかもしれない。なにから? 逃げようのない罪悪感から。あるいは電子機器ひとつ壊れてしまうだけで剥がれてしまう、自分の虚飾に。どうやらビナーが扉のむこうに食事を届けてくれているみたいだけれど、拒食が再発したらしいわたしはとても食べる気にはならなかった。

 『どうして、貴女の世界の彼らはわざわざ『創作』ということをしていたのでしょう』

 創作という言葉。物語という言葉。それは本当ではない世界を創るということ。言ってみれば、それは嘘でしかない。わたしは嘘に嘘を塗り固めて騙っていたわけだ。馬鹿らしくて笑えやしない。何度寝返りを打っても、この世界の少年少女達の喝采が頭から離れやしない。罪悪感はあったけれど、あの体験は気持ちが良かった。わたしの人生で味わうはじめての味だった。それだけは本当だった気がする。


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