第五章
Ⅰ
新聞を見るとその見出しの一つにはミッドガルドの名前が載ってる。というか、載っていないほうが珍しいぐらいなのだが。
「ミッドガルド、広報部新設か」
俺はその見出しを読み上げる。
あの日からわずか二週間と少し。二宮博士の行動力と赤崎さんのバックアップもあってミッドガルド広報部が立ち上げられた。そこの写真科特別顧問リーダーという役職に雨澤さんは就任した。
「なんだか、すごいことになったわね」
コトッと俺(体は白乃)の前にカプチーノを置く母さん。母さんはそのまま自分のカプチーノを飲みながら俺の前に腰を降ろす。
見ていたページを開きながら新聞を傍らに置く。
「ありがとう。うん、確かに。まっ、いい方向に転がったんじゃないかなって思ってる」
「新聞見せて……。あら?この写真もしかして」
「うん?ああ。俺たち日本支部の戦闘員、オーディン、バルドル、フレイヤ、トールの写真。撮影者は雨澤雪兎。初仕事がこんな大きなものになるなんてって雨澤さんも驚いていたよ」
俺はあの時の状況を思い出しながら笑ってカプチーノを飲む。
雨澤さんは白乃が認めたことにより正式なミッドガルド職員となり特別顧問リーダーとして就任するまでは研修員として顔を出していた。そこで他の戦闘員とも仲良くなりなんとか順調に物事が進んでいた。
「ところで時間は大丈夫なの?」
「えっ?あっ、そろそろいかなくちゃな」
というかこの体は白乃のだから……。
―――白乃?そろそろ起きろ。
(……ん。おきてるから大丈夫。)
とても大丈夫そうな声音じゃないんだが……。ともかく精神の眠りがなぜか足りていなかったため出かける直前までまどろんでいたいという白乃の要望から俺が表に出ていた。しかし外を出歩くとなればそうとも言ってられない。無理にでも白乃に出てもらわなくては。まあ、体は十分な休息を得ているから大丈夫だろう。
スッと入れ替わる俺と白乃。母さんはその瞬間にも目ざとく変わったことが分かったらしく少し瞳を動かしていた。
白乃はパチパチと自分の頬を叩いてから残っていたカプチーノを胃に流し込んで立ち上がる。用意は全部し終わってるしな。
「じゃあ、行ってくるね」
「ええ。あっ、今日はどれくらいで帰ってくるの?」
「えっと、ゴメンわかんない。遅くても日付が変わるまでには帰ってくると思う」
「そう。あまり遅くなるようだったら誰かに送ってもらいなさいね?」
「分かってるよ。それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
母さんに見送られ俺達はミッドガルドに向けて歩き出すこと数分で待ち合わせをしていた桃花とあう。
「おはよう!」
「うん、おはよ」
「今日は白色の服なんだ」
「そうだよ」
「下着の色は?」
「……いこっか」
「そうだね~」
これが朝の挨拶である。もう一度―――もうこのくだりはいいか。
ともかく白乃は呆れたように目を向けてからミッドガルドに向かう道を歩き出す。
「それにしても、今日は楽しそうだね」
「そうだね」
「今日のポイントの色は……?」
「特に決めてるわけじゃないけど、まあ白のワンピース来てるから白かな」
「ふ~ん。じゃあ今日の下着の色は?」
「うん、急に色の話し始めた所でこんなこというんだろうなって気がしてたよ」
呆れてため息をついて苦笑いをする白乃。まあ俺もなんとなくわかってたけど……。
というか、思い違いかもしれないけどあの日以来、白乃は表情も豊になったし口数も増えたような気がする。もちろん今までが少ないとかそういう話ではなくなんというか、質が変わったような気がする。
「う~ん、残念。取材内でトールちゃんの下着は何色ですって答えようと思ったのに」
「ボクを巻き込まないでくれる!?」
まさかそこまで考えての犯行だったとは……。呆れる以上に少し恐怖さえも覚えたわ。
今日は広報部の本格始動を祝したパーティーと、そのパーティーの前には初活動の為に俺ら日本支部の戦闘員が雑誌に掲載するために写真撮影及び取材を受けることとなっていたのだった。
「まあいいや。ところで写真どんな感じで撮ってもらう?」
「どんなって……、別に普通にトールとして笑えばいいんじゃないかなって思ってるけど」
「あたしは短パン少しずらしてアダルトチックに」
「そんなことしなくていいからね!?」
んなことするなよ!?
聞こえないとわかっていても思わずツッコンでしまう。なんていうか変態にも色々タイプがあることをミッドガルドに来て“知ってしまった”気がする。
桃花は自分の体を使うアクティブ系、椎名さんと赤崎さんはやはりというか似ていて誰かをいじったりとかして楽しむタイプだし、博士はフェチ。若草さんは……なんともいえないが暴走系か?普段がおとなしいだけにスイッチが入ると見境がなくなるような気がするな、若草さんは。
そんなことを考えているうちにミッドガルドに到着して中に入る。
「お2人とも、おはようございます」
すると、すぐそこに若草さんがいて頭をゆっくり下げる。
「おはようございます」
「ございまーす」
若草さんに続き頭を下げる白乃と桃花。
やはりというか若草さんはいつも早く着いてるな。色々話も聞いてたけど礼儀作法とか厳しく教わったみたいだし。だからこそ、なぜそんな若草さんがミッドガルドにいるのは謎だがあんな特殊な性癖に目覚めた理由はもっと謎だ。正直闇な気がするから触れたくないけど。
「わたくしも先ほど来たばかりですの。それでは先に広報部のお部屋におりましょうか?椎名様は今日も遅れていらっしゃるでしょうし」
「そうですね」
若草さんを先頭に俺たちは歩き出す。あの人の遅れ癖は今に始まったことじゃないから遅れることがスタンダードなことだといわれても納得してしまう。
「おっ、いよ~、キミたち。来たね~」
俺たちを見つけた変態―――もとい博士が表れ声をかけてくる。流石に体に巻きつけられていた包帯は取れていた。
博士が二の腕にH-EROボタンを取り付けた本当の理由が自分の欲望の為ということは日本支部の戦闘員には伝えられ博士から直接謝罪を受けていた。一応若草さんの専用SPによる報復は受けた後だったためそれ以上のお咎めはなしで余計な混乱を防ぐためにこのことは門外不出ということになっている。
また、H-EROボタンの移植は難しいこともあり、博士の言い分である服にも隠れ、それでいて触れやすいというのもまた本当であるのでそのままだ。結論的には博士の思うままになったのは少し悔しい。
「博士、おはようございます」
過去の事は水に流すと宣言していた若草さんがいち早く挨拶をして白乃たちも後に続く。
「キミたちは日本支部だけでなくミッドガルド全体にとっても有力な広告塔になるからなぁ。よろしく頼むぞい」
「ボクたちは広告塔あつかいですか」
「ものの言い方じゃよ。なに飼い殺すわけでもない」
「それはそうだよね~。あたしは色々載るのは嫌いじゃないし楽しそうだからいいんだけどね~」
暢気な声を上げる桃花。らしいといえばらしいか。
まあ、今更雑誌に特集されるぐらい苦でもなくなってきてるしな。
―――いいんじゃないのか、別に。
(ボクも嫌なわけじゃないよ)
そんなやりとりもするがやっぱりため息を1つついてしまう白乃。
「それじゃあワシはパーティーまでの間色々やっとるから暇ができたら二の腕をワシに見せに来てくれよー」
そう言い残してピューと逃げ去る博士。
あのおっさん反省してねえな。
そんな博士を白乃と若草さんは冷めた目で見送ってから広報部へと入っていた。
「おっ、みんな早いね」
「雨澤さん!おはようございます」
椅子に腰かけてカメラを拭いていた雨澤さんが俺たちを見て声をかけてきた。
「おはようございます。椎名様はまだのようですがね」
「あはは……そうみたいだね。全員集合している写真もほしかったが……それは後にしようか。みんなも早くパーティーの方に移りたいだろうしさっそく個人写真を撮ろうか」
雨澤さんの指示に頷いて俺たちは変身を始めた。
遅れること1時間で現れた椎名さんも含め俺たちは取材を受けたのち終わった。時間は12時を30分ほどオーバーしており、昼を食べるにはちょうどいい時間になっていた。
「よし、それではお疲れ様でしたー」
広報部部長の男の声が室内に響いて終了を知らせる。
「それではこれから多目的大ホールへと向かうとしようか。ここからはみんな楽しもう」
部長さんの言葉に返事を返してワイワイと向かっていく。
「僕たちも行こうか」
「うん」
雨澤さんに声をかけられ白乃は返事をする。あれから少しの間は白乃は雨澤さんに対して敬語を使っていたが雨澤さんの希望で結局はため口に戻っていた。ついでに流れで俺も……というか誰に対しても敬語の若草さんをのぞいて全員がため口となっている。そのあたりに雨澤雪兎の人間性が表れている気がする。
桃花たちはすでに先に歩いておりその後を追う形となっている。
「そういやマルフォトの写真……」
白乃がなにかを思い出したように呟く。先日今月号のマルフォトが販売され、それを雨澤さんから受け取っていた。そこにはあの時のクロックタワーの写真が載っていた。
「やっぱり一番いい写真は白乃ちゃんが映っていたものだったからね」
「そうなんだ……」
やはりというか俺たちに見せた写真が気に入っていたらしく白乃がクロックタワーを見上げている写真が採用されていた。
「そのせいで白乃ちゃんが僕の専属モデルなのかなんて編集の人に聞かれちゃったけどね」
「二連続だから仕方ないよ」
肩をすくめた雨澤にくすくすと笑う白乃。色々あったがそれゆえにこの二人は仲がいい気がする。まあ、ミッドガルドがキャラが濃いメンバーが多いがゆえに自然と呆れなどが原因で話すのが多くなるのだけど。
「おぉ……こんな部屋もあるんだね」
多目的大ホールについて一言雨澤さんが感心する。
「本来は世界の要人とかを接待するときとかラグナロクの対策を立てるときとかに使われるらしいよ」
「なるほど……それが今回はか」
「ミッドガルドという秘密が多い組織だからね。外でおおっぴらに何かをすることはできないよ」
「だよね」
ミッドガルドに入るときに書いた大量の契約書を思い出したみたいで、少し苦々しい顔をした。
秘密組織ミッドガルド―――それゆえに職員にはさまざまな制約が課されている。ミッドガルドに勤めているということは基本的には外部の人間には秘密ということになっている。といっても戦闘員よりかは緩い為ネットなどでおおっぴらに公開しなければいい程度のものなのだが。
「ウォッホン!」
わざとらしい咳をして注目を集める博士。一応はここの長だからかこうしてみると威厳が……ないな。
小さな体でそれっぽいことをいっている博士だが普段の様子を知っているからどうしてもそう見えなかった。
ともかくなんだかんだで簡単な挨拶を終える博士。
「それでは、みなさんコップを持って」
全員に配られているグラスを持つ。
「広報部の新設を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
全員で声を合わせる。
白乃も声を出してからレモンの炭酸水を飲む。今日は立食パーティーを中心にさまざまな企画を行う予定である。
「今日は楽しもうか」
「うん」
雨澤さんに返事をする。
―――適当なところで交換してくれよー。
(分かってるよ)
美味しそうな食事を俺も味わいたい。そのこともきちんと考えているのか白乃は明るく答えて雨澤さんとともに食事をとりに行った。
パーティーの演目としてなんだかんだで盛り上がれるBINGOや、職員の人の遊戯などもして十分に盛り上がりを示していた。大人組はお酒もたしなみ軽く酔っている状況だ。
「ところで、黒哉~。例の約束を覚えているか?」
お酒のせいで顔を赤くしている椎名さんが俺に絡んでくる。最初は白乃に絡んでいたのだが困り果てていたので仕方なく俺が出てきたのだ。
「約束って、なんのことすか?」
「忘れたのか?二人の裸をスケッチさせてもらうというやつだよ」
「マジでする気かよオイ」
普通にツッコム。そういやそんな話をしていたな。完全に忘れていたよ。
「よし、ならば今からショーとしてスケッチを開始しようか」
「どんなヌードショーだよ!?てか、スケッチさせねえからな!?」
(黒哉。頑張って阻止してよ)
―――わかってる。
白乃に後押しされてなんとかぬらりくらりと誘いをかわしていく。
「黒哉くん、黒哉くん」
「なんだよ?」
「白黒オセロの為にひと肌―――というか服を脱いでよ!」
「お前も敵か!?」
急に話に割り込んだ桃花もまた敵だった。
「流石にはしたないと思いますわよ」
「そ、そうですよ!てか普通に犯罪ですしね!」
若草さんの擁護を受けて俺も言い返す。2対2になってなとか状況を盛り返して後は若草さんに任せて俺はその場を後にした。
「うぅ」
「あれ?そうしたんすか?」
端の方に置いてあった椅子に座りうなる雨澤さん。どうしたのかと声をかける。
「ん?えっと……」
「黒哉です」
「黒哉くんか。えっと、ちょっと飲まされすぎたかな」
苦笑いを浮かべる雨澤さん。
「もともとお酒は強くないんだよね」
「なるほど、それで」
「これは二日酔い確定かな」
雨澤さんが額を抑える。酒は百薬の長とかいうけど、こういうのを見たら本当なのか怪しく思ってしまう。といっても俺も興味がないわけではないんだけどな。何事も程々が一番ってことか。
(大丈夫かな?)
———酔いが回ってるだけでしょ。気にするほどでもないって。
心配そうな声を上げる白乃。酔いすぎて立てないとか吐き気がするとかならともかくこれぐらいなら大丈夫でしょう。多少呂律が怪しいところがある程度だしね。
「普段からお酒飲まないんすか?」
「うーん……月に2、3度ぐらいかな?忘年会とかのシーズンになったらまた変わるけど基本的にはそんな感じ」
考えてから口を開く。お酒にあまり慣れてなさそうだし仕方ないか。
「どうした?そんなとこに座って」
グラスを片手に赤崎さんがやって問いかけてくる。
「ちょっと、酔ってしまったみたいで」
「なんだ?そんなに飲んでなかっただろ?———ほらっ、水でも飲んでおけ」
近くにあったグラスに入れる赤崎さん。それを雨澤さんに渡す。
「ありがとうござい———これ、焼酎ですよね?」
礼を言って口に含もうとしたところで動きを止める雨澤さん。どうやら匂いで気付いたらしい。
(気付いてたよね?)
———あっ、ばれた?
(当たり前だよ!なに黒哉も赤崎さん側に、回ってるの?)
実を言うと角度的に俺からは赤崎さんがミネラルウォーターを取る振りをして焼酎をとっていたのが見えていた。うまく角度を考え雨澤さんには見せないようにしていたみたいだけど。
「ふっ、流石に気づくか」
「匂いがありますからね。それより、もし気づかずに含んでたら大変なことになってた気がするんですけど」
「それを期待していたのだがな」
「……ですよね」
諦めたようにため息を吐く。
歳下をいじめ可愛がることをよしとする赤崎さんにとって雨澤さんは押しに弱く、反応もいい……標的にならないはずがなかった。
俺個人としては狙いが拡散して被害にあう確率が減ったので喜ばしい限りなのだが白乃はそれに不満のようだ。
白乃に対しての被害がないが故の言動なのだろうが、俺としては止めに入るとターゲットが俺に移る可能性が高い。というより、ほぼ確実な気がするため助け舟をだせないのだ。
———でも、妙に雨澤さんを庇おうとするよな。
赤崎さんにいじられている雨澤さんの反応を横目にしながら白乃に喋りかける。
(そ、そうかな?)
———ああ。少なくとも俺に対しやその他のメンバーよりは気を使うとは違うが気にかけてるような気がする。
(気のせいだよ。仮にそうだとしても雨澤さんとは色々あったからそうなるのも仕方ないんじゃないかな?)
———そんなものか?
(そういうものだよ)
どこか言い訳がましく感じながらもそれ以上は言い返せないので黙って口をつむぐ。
確かに白乃の性格上そう感じても良さそうではあるか……。
半ば無理やりそう自分を納得させる。白乃の変化は俺としても嬉しいものだしいいものが。
そう考えつつこのままいじられたり、何かを食べたりをしているうちに日が暮れるだろう―――そう確信していた。警報が鳴り響くまでは。
『長野県軽井沢町にラグナロク出現、総員立場に着け。繰り返す。長野県軽井沢にラグナロク出現、総員立場に着け』
Ⅱ
ミッドガルドに警報が鳴り響くなか、軽井沢町はパニックに陥っていた。
誰もが畏怖をする怪物。縦横無尽にラグナロクは暴れまわり、人々は退避を行っていた。
―――きっとミッドガルドによって助けてくれる。
そう楽観視する人もいないことはないのだがそれでも怖いものだ。それは毎度のことだが今回は特に恐怖を示す人が多い。その原因は。
赤色の体毛。鋭い牙。首輪のようなものがつけられ舌がだらりとはみ出している。その巨大な体躯が表れる。
微妙な違いこそあるが誰もが一度は写真などで目を通した存在。
「フェンリル」
ラグナロクが狩る存在から狩られる存在へと変わった、まだラグナロクという名前が付けられ間もないとき、人々に与えられた希望を奪った存在の名。
始まりの地獄―――絶望を与える三つ首。
死者をいざなう女神―――第二の北国をすべる者。
世界蛇の大地―――最悪の捨てられし子。
これらに続き希望が明確化し奪われもした存在。
戒めの悪狼―――希望を討つ大狼。
その姿を見て恐怖をしないはずもない。刷り込まれた恐怖が人々を揺るがしていた。
急な警報にざわつく。ボクも驚きはしたがすぐに気持ちを落ち着ける。よく考えればこの二週間全く現れていなかったのだから表れてもおかしくはなかった。
「ふむ……ちょうどいい」
赤崎さんも真面目な顔をしていたがニヤリと笑い大声で指示をだす。
「諜報員、及び戦闘員補佐の者は持ち場につけ!そしてオーディン、バルドル、フレイヤ、トール!全員でラグナロクを倒してこい!!その様子を雨澤雪兎、誰かとともにワープして撮影をしてこい!」
その命令の後じんわりと二の腕に熱を感じた。
どうやら今回は全員での活躍を写真に収め広報にもまわせということらしい。
皆で目配せをして頷きあう。
そして変身を行う。数秒の間に体が変質して主体精神も黒哉から俺に入れ替える。
「雨澤さん。ボクが運ぶね」
「うん。よろしくお願い」
ボクは雨澤さんに近づいて肩に触れる。そして他のメンバーも用意が整っているのを確認して靴をたたきワープを開始する。
ワープ先は草陰。自動で人のいないところを検索しその場に現れる。ぐるりと辺りをみまわたしラグナロクを探す。
「……えっ!?」
思わず声がこぼれる。それはボクだけでない。他のメンバーも……雨澤さんも一緒になって驚いている。
「あれは……、フェンリル」
オーディンが呟く。そうか、フェンリルを倒したのはオーディン。ゆえに驚きも人一倍らしい。
「いや、体毛の色が少し濃い。フェンリルとは似ているが違うな……」
あの時の状況を思い出してか少し声を震わしながら呟く。言われてみれば今回のラグナロクはフェンリルに比べやや赤黒い。まるで血のような色だった。
「今までが似たようなものがいなかっただけで、類似した敵がいてもおかしくないか」
「そうですわね。皆様いきましょうか」
「わかったー。どうするー?」
(バルドルの言う通りあいつがフェンリルに似た敵なら一度戦闘しているオーディンを中心に陣形を組んでください。オーディンとトールが前衛で戦い、フレイヤは遠距離からの補助攻撃。バルドルは町に被害が及ばないように防御を基本に動いてください)
黒哉———ブラックトールが指示をだす。なぜかはわからないがブラックトールの状態になると頭の回転が速くなり指示頭をとなるため無意識に意見をあおってしまう。
「よし、それでいこう。みんな、行くぞ!」
言うが早くオーディンが飛び出す。その後をバルドル、フレイヤが追う。
「雨澤さんは安全なところで。身の安全を最優先に動いて」
「うん。君たちもね」
雨澤さんの返事を聞きながらボクも躍りでる。ボク達の姿を確認してかパニックになっていた人々も一応の落ち着きを取り戻しつつあるが、それでも目に畏怖の色が消えることはない。
「倍加の力帯、破壊する槌」
いつものセットを取り出して構える。すでにフレイヤによる挑発的攻撃によりゆらりとラグナロクはボク達に目線を向けていた。
「八脚の眷属馬with全てを貫く槍」
ガチリと音を立てて召喚するオーディン。すぐにスレイプニルは動き出しグングニルで突こうとする。しかし———。
ガルルゥ。
唸り声を上げるとラグナロクは前脚でスレイプニルを弾き飛ばした。
「なっ!?」
驚きの声を上げるも町に被害が及ばぬように慌てて召喚を解くオーディン。
(ホワイト!後方から狙え!)
ブラックの指示を受けて、慌てて惚けるのをやめて戦闘態勢に戻り、ラグナロクの横から抉るように移動して真後ろに立つ。
「最大パワー……落す巨人!」
ガンっと思いっきり振り落とす。経験上これで倒せない敵はいなかった。しかし———。
「きゃあ!?」
(グフッ!?)
ラグナロクは片脚を思いっきり殴りかかってきた。慌てて防御体制に入り致命傷は避けられたが思いっきり吹き飛ばされる。
「大丈夫ですの!?」
「つっ……。ありがとうございます」
吹き飛ぶボクをバルドルが受け止め助けてくれる。よかった。このまま何かにぶつかっていたら危なかった。
「手加減も何もできないな———戦士を連れる者」
奥の手と言わんばかりに乙女達を召喚する。しかし睨みを利かすラグナロクに対しては容易に近づくことができないらしくあらわれたはいいが囲めていない状況だ。
「眠れるさざめき」
フレイヤがラグナロクの注意を引きつけようと爆発を起こす。これで隙が生まれれば……だが。
ガァァァ!
鳴り響く咆哮。
「ぐっ」
思わず耳を塞ぐ。炎の維持ができなくなったらしくフレムシュレフの攻撃もまた立ち消えてしまった。
このままではまずいということはボクでもわかる。バルドルから離れてミョンニルを構え直す。
「嘆きの宿り」
バルドルから放たれる矢。これが当たれば突き刺さり大ダメージを与えられるはず。しかし不安が立ち消えない。最悪の想像が実現しないで欲しいと願う。だけど、現実はどこまでも残酷にそれを見出した。
「どうして、ですの……?」
矢を前脚で何本か弾き飛ばす。そこまでは今までのラグナロク戦でも見てきたし理解ができる範囲だ。おかしいのは弾き飛ばした矢じゃない。
「まるで、気にしてないですわね」
矢がいたるところに突き刺さったまま痛がる様子も見せないラグナロク。
それどころか身を震わせて体に突き刺さっている矢を落とす。
「どうなっているんだ……」
ワルキューレを囲む隙を作れないオーディンが苦々しく呟く。
このラグナロク、色々とおかしい。今までも堅い装甲を持つラグナロクというものはいた。しかし、今回は違う。ミョンニルで殴ったときの感触。手ごたえが確かに感じた。しかしふたを開けてみると全くきいていない。
それはまるでRPGでよくある絶対に倒せない敵と戦うイベントのようだ。ダメージはしっかりと表記されているのにゾンビのごとく回復してしまう敵。そんな感じだ。
(……ダメージは与えられているはずです。ここは一撃の強さにかけます!オーディンとフレイヤは協力して敵の注意を散漫にさせてください。バルドルはミステルテインで攻撃も行いつつ皆の状況を整理して防御とバックアップを。ホワイトは隙をついて……やれ!)
「「「「了解!」」」」
ブラックの指示に全員が頷く。この中で一番大きなダメージ量が与えられるのは間違いない、ボクだ。
「貧欲なる二狼」
オーディンはワルキューレを消して代わりに二匹の狼を出す。フレイヤもまた小さな連撃を止めやや大きめ攻撃を繰り返す。バルドルは様子をうかがっているようで隙を見つけ次第ミステルテインを放つようだ。
「雷鳴戦車を引く者」
体中に雷をまとわせる。この状態になっても普段はセーブしている力を根こそぎ持ってくる。
「ミリッター、第一段階―――氷雨」
雷の力をミョンニルに集中させ自分は高く跳ぶ。まだ……パワーが足りない。
二匹の狼がラグナロクの攻撃により大きくひるむ姿が見られる。だが攻撃によってできた隙をフレイヤとバルドルがカバーする。
「第二段階―――夕立」
腕の筋肉が悲鳴を上げるような感覚を感じるが活性しているため痛みなどは感じない。そのままボクは大きくミョンニルを振り上げる。後は隙さえできれば。
(全員一斉に攻撃を!)
ブラックが攻撃指示を出す。これでひるめば、ひるまなくても迎撃の為に動けば隙が生まれるはず!
「全てを貫く槍。いけっ!」
自らがグングニルをもちラグナロクに突き刺すオーディン。
「最高美の微笑み」
フレイヤが紫の炎を生み出しラグナロクを燃やす。
「嘆きの宿り!」
バルドルが大量の矢を生成して一気にラグナロクに向けてはなつ。
全ての攻撃が合わされるすごい音を立てて白煙が辺りを舞う。だが、雷の力で以上に活性化している瞳はラグナロクがその中でたっているのを認識する。だが、ラグナロクは気づいていないはず!
「最終形態―――驟雨!」
ミョンニルをさらに大きくさせミョンニルが本性を見せる。黄色く発光したそれを猛スピードで落下しながらぶち当てる。
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら思いっきりラグナロクの頭に向けてミョンニルを振り落す。
手ごたえは……ある!
「はぁはぁ」
限界を超えた体からまとう雷が消えて息を荒くする。こんなに力を使ったのは久しぶりだ。まだ戦いに慣れていない頃に使って以来……。
ぐるぅあぁ!
「ひゃぁ!」
(がはっ!?)
白煙の中怒りの咆哮が響いて脚で殴られる。
「トール!」
オーディンの声が遠くで聞こえる。
「かはっ!」
壁に激突して息が抜ける。
薄れゆく視界の中でボク達を心配する声とラグナロクの姿が見えた。
「白乃ちゃん!?」
いつの間にやら写真を撮ることを忘れていた雪兎が声を上げる。どこかで彼女達ならサクッと倒してくれると考えていた雪兎だったがその考えが甘かったことを認識せざる得なかった。
「…………っ」
キリッと歯を噛みしめる。
自分の無力さが悔しかった。助けに行けない自分が情けなかった。
雪兎の心臓の鼓動は煩く鳴り響いていた。
だけど今出て行ってなにになる?きっと、他のカラーの子に迷惑をかけむしろ隙を作る羽目になるのでは?そうなれなれば白乃———じゃなくてトールが救われる時間が減るかも知れない。
理解は出来ているのだ。雪兎は全て分かっている。だが、感情がそれを否定するのだ。
「くっ……」
雪兎は形容出来ない気持ちを口から出す。震える手をなんとか抑える。
僕にできることは……。
力の無い雪兎ができること。それは、写真を撮って今の状況を写しミッドガルドに持って帰り研究に使ってもらうこと。
すっと雪兎はカメラを構える。
バルドルがトールを背負ってオーディンとフレイヤが攻撃を行っている。その光景を必死に切り取った。
Ⅲ
妙な薬品の匂いと規則的な音で目を覚ます。頭がぼんやりとしていてどうなっているのかが理解できていなかった。
(白乃?)
———黒、哉?ここは?
内側から話しかけられる。目はうっすらと開けているが 微かな視界では場所の特定ができなかった。
(さあな?白乃が目を覚まさない限り俺からも見えなかったし……。ただ、この規則的な音から察するに医務室かなんかだろうな)
———医務室……。ああ、そっか。
ようやく状況を理解する。自分はラグナロクにやられたのだと。そこから意識を手放していたのだろう。正直、あんな攻撃を受けてなお生きていること自体が奇跡なような気がする。
なんとか身じろぎ情報を得ようとする。
「あっ、目が覚めた?」
そんなボクに気付いたのか視界の中に桃花ちゃんの顔が現れる。
「……うん」
声がでるか不安だったがなんとか発声することができた。
声を出したことでようやく頭も覚醒してくる。辺りを確認してみる。白色の綺麗な部屋にベッド。自分につなげられている管。姿はトールではなく白乃の姿だ。
黒哉の言うとおり医務室のようだった。
「待ってて。今人呼んでくるから」
桃花ちゃんはそう残してぱっぱと行ってしまう。聞きたいことは色々あったが……仕方ないか。
(ラグナロクがどうなったかわかる?)
―――わかるわけないだろ?俺も白乃と一緒に意識が飛んでたし。
(だよね)
一応記憶がボクだけ飛んでいる可能性も考えて尋ねてみたが、黒哉も同時に意識が飛んでいたみたいだ。
精神体であった黒哉だが、痛みで意識が飛ぶことがあるのと同じで感覚共有によって痛みを受け意識が飛んでしまったらしい。ボクの場合は外傷ダメージも相まっていたみたいだけど。
なにか聞いたことがあるけどいわゆる植物人間の状態の人でも目覚める少し前になると、体は動かなくても意識だけが戻ることがあるらしい。もし、ボクがその植物人間の状態になっていたら黒哉だけが意識をずっと保った状態になっていたことになるかもしれない。それは、かなり辛いことのような気がした。ボクの意識が戻って本当によかった。
「目が覚めたらしいな」
ガララと扉を開けたのは赤崎さん。真面目な顔でボクの元に歩いてくる。後ろには桃花ちゃんもいた。
「気分はどうだ?黒哉もだが」
「大丈夫です。黒哉も大丈夫そうです」
スッとボクの顔を覗き込み、腕も触られる。
「血色もよさそうだし、脈も安定しているな」
「よかった~、白乃ちゃ~ん。黒哉く~ん」
「わっ」
桃花ちゃんがボクに抱きついてくる。ちょっとびっくりして声が出るが、とりあえず先に聞きたいことを尋ねていかなければ。
ボクは桃花ちゃんに大丈夫だからと言ってから体からほどき真面目な声音で尋ねる。
「ところで、あのラグナロクは?」
「現在中国、及び韓国のミッドガルドの戦闘員の協力で空想強固宝石という金属によって閉じ込めることに成功している。ただしいつ破られるかわからないがな」
「つまり、倒せていないと」
「ああ。ついでに攻略方法も見つかっていない」
「……そうですか」
だけど何となくそんな気がしていた。自他ともに認める戦闘員の中でも最高火力を出せるボク。そのボクの攻撃がきかなかったのだから。自分に驕るつもりはないけど正直他の人の攻撃で倒せるとは思えなかった。
アダマンタインによって動きが封じれているのは唯一の救いだ。
アダマンタイン———欠けぬ輝きなんて2つながある金属で、たしか韓国の戦闘員の人だけが精製できる物質。ダイヤを超える硬度。傷だけでなく衝撃、風化にも強い最強の合金だった気がする。油断は出来ないが猶予は出来たということか。
「じゃあ、早く作戦を立てなきゃ」
「ああ、今作戦を練っている。しかし……有効打が見出せない」
「……ですよね」
有効打があるなら既に攻撃案を練って出撃しているか。って、そうだ!
「あれから、どれくらいたってるんですか!?」
「約4時間。現在19時20分だ」
「そんなに……」
「ご両親にはミッドガルドから連絡させてもらった。規定上2人を基地にあげることが出来ないが連絡はこまめにとらしてもらった。おそらく、意識を取り戻したという旨はもう伝えられているだろう」
「ありがとうございます」
お母さんも、お父さんも心配していただろうな。特にお父さんなんか取り乱してなかったらいいけど。
「ところで白乃、今回のラグナロク———赤き繋がれた獣と呼ぶことになったのだが、レッドフェンリルについて気づいたことがあったら教えてくれ」
「レッドフェンリルについて……。とにかくゾンビみたいでした。倒した先から回復するかのような、そんな感じです」
「お前もか……」
「お前“も”?」
「いや、他のメンバーも同じことをいうんだ。防がれたわけでも流されたわけでもない。確かにダメージは与えられているのにダメージとして認識されていないようだと」
みんなもそう感じていたんだ。
視線を桃花ちゃんに向けると頷く。ということは、椎名さんや若草さんも同じ感想をもっていたといことなんだ。
「実質最高火力であるトールの驟雨を耐えたわけだが……。どうだ?一番肉弾戦をしたのはお前の訳だが感触的なことはなにかあるか?」
「感触……普段なら倒せているという実感があるようなものが、倒せていないのが不思議でした」
倒せているのに倒せていない。不思議な感触だった。手ごたえはあったのに……どういうことなんだろうか。
黒哉もなにか考えているのがわかる。だけど、思いつかないのか何も口にはしなかった。
室内に沈黙が訪れた直後、コンコンとノックの音が鳴る。
「失礼します」
そういって入ってきたのは―――。
「雨澤さん」
ボクは思わず声を上げる。手にはノートパソコンを持っていた。
そういや、雨澤さんもあの場からここまで戻ってこれてたらしい。恐らく三人の内の誰かが一緒にワープして連れ帰ったのだろう。
「…………」
一瞬瞳の色が変わる赤崎さん。あの目の色はいつも黒哉とかをいじるときの目。だけど、今はそんなときじゃないと自制したみたいだった。
(二回のノックだったからな)
―――あっ、そういう。
そういや、そんなことをいってたっけ。二回のノックはトイレだ云々。って、そんなことはどうでもよくて。
「白乃ちゃん、元気そうでよかった」
「うん。それで、雨澤さんはどうして……?」
「少し気になることを見つけて赤崎さんを捜しに。そうしたらここにいるって聞いたからついでに白乃ちゃんと黒哉くんの様子も見に来たんだ」
「あっ……とりあえず、ボクも黒哉も無事だよ」
「ああ。私が見た限りでも大丈夫そうで無理をしているというわけでもなさそうだ。それで、私に報告したいこととは?」
赤崎さんが真面目な声音で問いかける。少し考える素振りをした後、ノートパソコンを開けてボクたちに見せた。
「あれー?あたしたちだー?」
桃花ちゃんが口にした通りパソコンの中にはボクたちがラグナロク―――レッドフェンリルだっけ?と、戦うボクたちが映っていた。
「これがどうかしたか?」
「はい。気になることというのは……それぞれの攻撃が当たったシーンをトリミング等したものなんですが……コチラです」
そう見せたのはボクがヨツンスマッシュのパワーでレッドフェンリルにミョンニルを振り下ろしているシーンだ。
「これが、どうかしたか?」
「この部分をよく見てください。少しですがレッドフェンリルの頭が陥没しています」
「なに……?」
その言葉に反応してボクたちは凝視する。ただでさえ馬鹿でかい体だから少々見えづらいが確かに微妙に陥没していた。
「そしてこれがトールを弾き飛ばした後のシーン。頭の陥没が治ってます」
「本当だ……」
微妙な違いすぎて気が付かなかった。だけど、確かにその違いはあった。
「他のメンバーの攻撃においても同じことが確認できてます。オーディンによって召喚された二匹の狼の攻撃も、フレイヤの爆撃も、バルドルの矢も……すべてレッドフェンリルを傷つけています」
「なにがいいたい?」
「皆さんの攻撃は“通じていないのではなく”て、“ダメージとして認証されていない”のではないかということです」
雨澤さんの言葉であることを思い出す。
戦っていたときに考えた比喩。まるでRPGに出てくる絶対に倒せない敵のようだと。その敵を攻略するにはフラグをたてなければならないことが多い。仲間の加護が発動したり、武器が覚醒したり。そのパターンであるのは―――。
「新しい仲間……」
「どういうことだ?」
思わず呟い言葉に赤崎さんが反応する。
「……ボクの憶測ですけど、攻撃は通じているのにダメージとして認証されていないということはどれだけボクたちが攻撃力を高めても無駄だということです。逆に言えば少量の攻撃力でも誰かの攻撃ならば大ダーメジと認識されることもあるのではないかと……そういうことです」
現PTでは倒せない敵が、ある特定の人物には弱かったりすることがある。その人物を仲間にすることで全員の攻撃が通じるようになったりするものだ。
「そうか!」
赤崎さんがボクの言葉に目を丸くして舌打ちをうつ。
「チッ……さっさとこの可能性に気づくべきだった」
携帯を取り出して声を荒げて通話を開始する。
「私だ!レッドフェンリルの体毛は入手できているんだな?それを用いて全員の戦闘員の波長とレッドフェンリルのものを照合しろ!理由は後で話す」
それだけ告げるとピッと電源を切る。そのまま医務室を去ろうとする赤崎さんだがボクらの疑問そうな顔を持っていることに気が付き足を止める。
「あぁ。わけを話さなきゃな」
苦笑いを浮かべてボクらに説明を始める。
「雨澤はしらないだろうが、白乃達には以前おこなっただろ?ラグナロクに攻撃をおこなってもらう実験を」
「あぁ、そういやそんなことしましたね」
ボクは頷いて雨澤さんにその時の様子を話す。
「その時検出されたことなのだが、各戦闘員によってダメージ比率が異なることが判明したんだ」
「そうなんですか!?えっ、どうして?」
「それは不明だ。だが、そうであることはすでにわかっている。とりあえず私たちはこれを、共鳴色と呼ぶことしている」
「カラークリティカル……」
そういや聞いたことがある。戦闘員の事をミッドガルド創設当時は戦闘員色と呼んでいたって。だがあまり普及しなかったことからあまり使われなくなったと。
「全員の話を統合するにレッドフェンリルは特に癖が強いラグナロクなんだろう。きっと共鳴しないメンバーがほとんどなんだ。だけど、必ず質の合う誰かはいるはずだ……。それを探してもらっている」
「ということはその人が見つかれば……」
「ああ。きっとな」
赤崎さんはそうのこして医務室を去って行った。残されたボクたちは手に入れたかもしれない希望に喜びを感じずにはいられなかった。
グルゥゥゥ。
唸り声は上げるも大人しくアダマンタインの牢に収まるレッドフェンリル。暴れてもこのアダマンタインは破れないと悟ったのだろう。
ラグナロクに知能はあるかは不明とされているがその時の臨機応変さ、なにかを求めるように暴れる姿は意思を感じさせられる。そこから推測されるに恐らくは学習はできるというのが大方の見方だ。
その検討は恐らく間違っていないだろう。レッドフェンリルは牙をたてる、体当たりをする、殴る……思いつく限りの攻撃をしてもなおアダマンタインによる牢が破れないと判断したので大人しくしているのだから。
アダマンテインはギリシア神話などではティターン親族のクロノスや英雄ペルセウスなどが使っている金属。硬質で命を刈り取ることもできる。ただし、それは神話上の話だ
アダマンタインにはある弱点がある。
レッドフェンリルは考える。今までの攻撃が通じなかった意味を。それは硬質だから。それ以上でもそれ以下でもない。だが、金属の特性として固いものは同時にもろいという性質もある。柔軟性がない為に折れることもあるのだ。
レッドフェンリルは人々が勝手につけた名前。だが、それは外れていなかった。
レッドフェンリルの血が騒ぐ。首につけられている戒めはグレイプニル。絶対に破ることのできない柔軟なヒモ。
瞳を赤くさせるレッドフェンリル。ヒモは破れなくても金属なら破れる。レッドフェンリルは二つの前足を使い牢に二つの方向から圧力をかけ始めた。
Ⅳ
テレビは番組予定を大きく変更してレッドフェンリルについてばかりやっている。だが、ミッドガルドによってしかれた報道規制もあってか俺が知っている以上の情報は流れてこなかった。
テレビの三流評論家やコメンテーターは好き勝手な憶測をさも正解を語るような口調で騙る。
『ですからね、ミッドガルドはもっと早く対応しておくべきだったのですよ。現在手をこまねいているのも普段の怠慢が原因でしょう』
どこぞのオッサンが偉そうに口にする。今までは俺たちを持ち上げるような意見ばっかりだったのに急に手のひらを返された。
「チッ」
俺は舌打ちをしてテレビを消す。
ここはミッドガルド内にある休憩室。俺たち戦闘員はなにかあった時にすぐ反応できるようにとミッドガルド内にいた。因みに現在の姿は黒哉だ。体の交換には傷の継承は含まれていないので白乃の体が治癒するまではこちらでいるつもりだ。
転換する際に桃花と椎名さんから執拗に迫られたのは記すまでもないが……。もしもの時の為にミッドガルドに代えの服や下着を持ってきていよかった。
「気にする必要性などありませんわよ」
ニッコリと笑う若草さん。
椎名さんは部屋の隅でヘッドフォンをしてマンガのネームを書き桃花は飲み物を取りに行くといって数分前にここをでた。
「そうですけど、なんか腹が立って」
「大丈夫ですわよ。酷いようでしたらわたくしどもが潰しますし」
「な、なにもそこまでしなくてもいいですよ」
若草さんなら簡単にそれぐらいの事が出来てしまいそうで怖い。いくら腹が立ってもあのコメンテーターにも家族がいるだろうし潰すなんてできない。
「それにしても、状況はよくありませんわね」
「そうですね。レッドフェンリルの事だけでなくミッドガルドとして悪評がたたなければいいのですが」
「ヨツンガルドからも色々と言われてるみたいですからね。チッ。なんとかできるならとっくにやってるってんだよ」
早くどうにかしろというお達しがヨツンガルドから来ていることを思い出して苛立ちを隠せない。
ヨツンガルドにとってしては数人の戦闘員の命より多くの国民の命の方が上なのだろう。俺たちを駒としてしか見ていない。ゆえにそんなことを平気で言えるんだろう。
「ヨツンガルドに対応する時間を減らせればより速く解決策が見いだせるかもしれませんのにね。そこら辺を考えるべきですわよね」
「そうですね」
よく考えればそうなのだ。だが、外部からしてみれば中で何がしているのかわからないのだからサボっているとか考えてしまうのかもしれない……。皮肉というか、なんというか。
「ふう。本当にそうだな」
「あっ、聞いてたんですか」
ヘッドホンを外しながら息を吐く赤崎さん聞いていたことに驚いた。
「本当に好き勝手言ってくれる。こちとら、頑張ってんのにまだあがらないのかまだあがらないのかと急かしやがって……」
「なんの話してるんですか?」
「編集の野郎だ」
「……そうっすか」
なんか聞いて損した気分だった。漫画業界も大変だということか。
「ネームは出来たか、企画は出来たか……今作っているというに」
「いや、もういいっすから」
このままズルズルと愚痴を聞かされそうだったので止める。聞きたくないし、知りたくもない。
(というか、描いてる漫画って……)
———白黒オセロかもな。
他にも同時進行で漫画描いてるかは知らないが。どちらにしろエロ漫画で間違い無いだろう。
「なんの話してんのー?」
ひょっこりと桃花が頭を出す。手には缶ジュースが握られていた。
「なんでもありませんわよ。早くレッドフェンリルを倒せればいいですねと話していたのです」
「ふーん」
「それより、皆様時間も時間ですし軽食でも食べませんか?」
「あっ、サンセー」
「そういや、俺は飯食ってなかったな。俺も賛成です」
「私もたべよう」
「かしこまりましたわ。三影」
「はい。かしこまりました」
どこから現れたのかシュッと顔を出す執事、三影さん。本当、何者なんだこの人。
「ご用意いたします」
バサッとテーブルクロスを引きあっという間にサンドイッチを置いてジュースを持っている桃花ちゃん意外には紅茶をいれる。
「こちらはニルギルティーです。オススメはアイスティーかレモンティーにすることですが、どうなされますか?」
「レモンティーでお願いしますわ」
「私もそれで頼む」
「あっ、じゃあ俺も」
てか、なにティーだって?
———ニル……、ニルギリ?
(ニルギルティーだよ。ボクもどんな紅茶か知らないけど)
———紅茶なんて普段飲まねえもんな。
すると俺が不思議そうな顔をしていたのを発見してか三影さんは説明を始める。
「こちらの紅茶は穏やかな香りで飲みやすいのが特徴となっております。フルーツとの相性も良いためフルーツたっぷりのデニッシュなどがよくあいます。ただ、誠に申し訳ありませんがデニッシュはご用意できませんでしたが、フルーツの入ったサンドイッチはご用意させていただいておりますのでそちらでお楽しみくださいませ」
「ありがとうございます……」
なんと丁寧な説明だ。にしても、紅茶っていろんな種類あるんだな。アールグレイぐらいしか知らなかった。
「では、ごゆっくり」
一礼して去っていく三影さん。THE執事というような人だな。
「それでは、皆様いただきましょうか」
「そうだな」
俺たちは各々いただきますと口にして食を進める。
一言で言えば、上手い。なんか、パンの食感から違うし……、うん。流石という感じ。
———お前も食うか?
(んー……別にいいや。黒哉が食べてて)
「わかった」
少し悩んだような声の後答えた白乃に答えてからサンドイッチを食べ始める。
「美味しい」
思わず声を上げる。
「本当だ!おいしい~」
桃花ちゃんも続き椎名さんも満足げだ。
「そういえばこれは誰が作ってるんだ?コックでもいるのか?」
「あぁ……それは三影が作っておりますわ」
「ケホッ……三影さんが?」
驚いて咳き込む。三影さんといえばがっしりとした雰囲気の男性だったためこんな繊細な料理を作るとは思わなかった。
「ええ。三影は料理や裁縫。その他家事周りもすべてやってくださるの」
「へ、へえ……すごいっすね」
「若草家の専属執事となるにはこれぐらいは必須項目となっておりますからね」
さらりと言い切る若草さん。さすがというか、なんというか。立ち振る舞いも(普段は)上品で一流だし。
納得しながら食事を進めていると途中、急に椎名さんが口を開いた。
「それにしても、カラークリティカルか……」
「どうしました?」
「いや……、私達の攻撃が通じなかったということは私達は攻撃に参加できないということなんだなと思ってな。いや、参加できなくもないか。雪兎の言うとおりなら足止めぐらいなら何とかできそうか」
「そうだね。あたしたちと、後助っ人の人たちもカラークリティカルではないということだもんね」
そうか。確かにいざというときに控えて俺たちはここにいるが基本は攻撃に参加できないんだな。
「全く腹立たしい。フェンリルと似ていて全く違うなんてな」
「そういや、フェンリルを“倒した”のは椎名さんですもんね」
「ああ。あの時と同じように攪乱させてグングニルでとめをさせると思ったんだがな」
フェンリルの時を思い出すように喋る椎名さん。現在一番の古株だからな、この人は。
その時の様子を尋ねようとしたときガラガラと休憩室が無造作に開かれる。見ると俺を担当してくれている南野さんが息を荒くして俺たちに話しかけてきた。
「ハァハァ……皆さん。ゲホッ、レッドフェンリルが動き始めました」
「なっ」
「今すぐ出動して足止めをしてください!」
南野さんの言葉を受けてすぐ俺達は変身を始めた。
解析を進めるミッドガルド。
アメリカ、イギリス、スペイン、キルギス共和国、オマーン国……。さまざまな国のカラーを調べるもクリティカルカラーとなる人物は現れなかった、一人を除いて。
「くそっ」
恵美は悪態をつく。クリティカルパワーとして応対したカラーの名前。それは、赤のロキ。
恵美にとってしては最悪の名前だった。
「恵美クン」
「博士」
悩んでいた恵美に後ろから博士が話しかけてきた。少し目をまるくする恵美。
「なにも悩む必要などなかろ?」
「し、しかし……」
「己に問いかけて正しいと思うことをするのが科学者じゃ。どうするかは恵美クンが、決めるといい」
普段はチャランポランなことしか言わない博士だがたまに述べる鋭い言葉は的を得ているものだった。
「分かりました」
「そうか、そうか。ならワシの研究として二の腕をだしてくれぇ」
「……とことん、貴方の趣味ですよね」
苦笑をしつつも恵美は上着を脱いで自分の腕を差し出した。
Ⅴ
南野に言われるがまま変身をしてワープする面々。レッドフェンリルに近づき場を確認する。
「パワーは一流か」
椎名ことオーディンが眉をひそめて呟く。
レッドフェンリルの腕にはアダマンタインが刺さっており無理やり壊したことがわかる。
「―――」
フレイヤが攻撃を開始する。しかしどうじる素振りを見せないレッドフェンリル。だが、そんなことまで想定済みである。もともと倒そうという心意気など皆無なのだ。
レッドフェンリル―――いや、フェンリルの特性として攻撃を受ける際は足を止めるのだ。つまりは、交代に攻撃を出していけば永遠と足止めは可能なわけだ。
「全てを貫く槍」
自分の番が来たとオーディンは槍を召喚し貫く。普段なら決め技となってもおかしくない攻撃を足止め程度の攻撃で使うとは……。
少し悔しくなり歯ぎしりをするオーディン。
―――結局私は変わらないな。
グングニルを扱いながら心で苦しく感じた。
足止めぐらいなら片手間でもできるとばかりに少し過去の事を思い出す。それは、まだトールどころかフレイヤもバルドルもいなかった頃の話だ。
『やれっ!』
あの時の言葉、感触はいまだにオーディンに焼き付いていた。
フェンリルが希望を討つ大狼といわれるゆえん。それは人類に期待と不安を産ませたことからだ。
「トール、後は任せたぞ」
グングニルを引いてトールに声を声をかけた。あの時の事を思い出しいても仕方がないとオーディンは切り替える。
赤い体毛に少し“アイツ”の姿を思い出しながら。
「はぁはぁ」
ボクは息を荒くする。他のメンバーが遠距離から連撃できるのに対してボクの攻撃はすべて接近戦で一撃一撃にパワーを貯めるためどうしてもラグができてしまうし体力も使ってしまう。大体は体力がきれる前にケリがつくので気にしたことがなかったがこんな弱点が生まれるとは。
「大丈夫?」
「う、うん」
疲労を見せているボクを見つけてかフレイヤが声をかけてきた。
現在はバルドルが攻撃を行っておりそれをボク、フレイヤ、オーディンで待っている状況だ。
「無理はしないでね」
「ありがとう」
礼を述べる。それを受けてフレイヤは持ち場へと戻っていった。ボクは気を取り直して体にまとう雷の量を調整する。ずっと最大出力にしているわけにはいかないがこのままではただ体力が削られるだけだ。それならば―――。
「ミリッター、小規模解放―――地雨」
(ホワイト……!?)
驚くブラック。
―――こうしないと、逆にキツイから。
(……そうか)
確かに後の疲労はすごいものになりそうだけどねという言葉は飲みこむ。地雨状態ならとりあえずは今は体力が持つ。ボクはこの状態は未来への借金のようなものだと感じていた。長期戦には向いている状態。こんなのも久しぶりに使うけど。そんなどうでもいいことを考えていると。
グゥゥ、ガァァァ!!
吼えるレッドフェンリル。
「くっ……」
危険だと判断したバルドルが攻撃を止めて大きく後退する。そしてその判断は正解だった。
レッドフェンリルは大きく口を開けて彼女を喰らおうしていた。もしかわしていなければいくら防御の堅いバルドルといえ無事ではなかったかもしれない。
(とりあえず、押さえましょう!ホワイト以外で攻撃を!)
ブラックが状況を判断して命令を下す。だが、この単調な作戦が長く続くとは思えない。ボクたちがやっていることはさっきから同じだ。
交代で攻撃、反撃する素振りをレッドフェンリルが見せたら防御、また隙を作るために一斉攻撃、そしてまた交代で攻撃……。レッドフェンリルに体力という概念があるかは不明だがこのままだとこちらのジリ貧であることは目に見えて明らかだった。
「いまだ。ヤァッ」
皆の攻撃で動きを止めた一瞬を見逃さないようにボクが連続攻撃に移る。
連続攻撃というよりかはただスピードにのってパンチなり蹴りなりを適当にしているだけだが。もともと格闘技を習っていたわけもないし。
グルゥゥ。
鬱陶しそうに足を振るうレッドフェンリル。攻撃に気をつけながらかわすが……。
「オーディン!お願いします」
体力の次は集中力がきれそうになっていきこれ以上は危険だと考えてボクは後ろに下がった。オーディンはすぐにグングニルを使ってラグナロクを牽制し始める。
少し前から思っていたことだが全員攻撃を交代する時間がどんどん短くなっていった。疲れはたまっていくのに休憩する時間はどんどん短くなっていく。
ヤバイ……。
「クソッ」
オーディンが悪態をつく。同じことを考えていたようだ。
だが、そう考えていると“彼女”が声をかけてきた。
「悪いなみんな……決心に時間がかかった」
「えっ!?」
ボクは思わず驚く。フレイヤ、バルドルも……。そして攻撃をしていたはずのオーディンは“彼女”の姿を見て声を荒げた。
「な、なぜここに来た!?恵―――っつ。ロキ!」
彼女……ボクも見たことがある。史上初のカラーであり、ラグナロクと戦った存在。そして、その正体は……ミッドガルド、副所長―――赤崎恵美。
「レッドフェンリルへのカラークリティカルができるのが私だったからな」
「だが、ロキはもう戦えないはずじゃ……」
「さすがは博士という所だ」
ニヤリと笑うロキ。
「それより、まずはレッドフェンリルだ」
「……チッ。訳は後で話せよ」
軽くロキを睨んでレッドフェンリルに向き直るオーディン。ボクたちも混乱しっぱなしだがとりあえずはとレッドフェンリルに向き直る。
「ブラック。私に攻撃をできる隙を与えてくれ」
(……わかりました。バルドルは周囲を囲む攻撃を、フレイヤは動きの拘束用のものを、オーディン、ホワイトは力を貯めた攻撃でコンマ一秒でも長くひるませる時間を!)
「「「「了解」」」」
ボクたちが攻撃を繰り出す。
「奪う自由」
「最高美の微笑み」
まずは二人が攻撃をする。その後を追いかけるようにオーディンが持っているグングニルで突く。
「最大パワー……落す巨人」
ボクも続いて頭上に振り落す。その瞬間……確かにだが動きが微かに止まる。それを、ロキが見逃すはずがない。
「幻覚の現実!」
瞳が怪しく光るロキ。すると、唐突にラグナロクが鳴きだす。
グルゥアア。
悲痛そうな鳴き声。ロキは通りトリックスターという異名を持つ。その異名どおりその攻撃は幻術。実際には攻撃が加えられていないのだが勝手に思い込みそしてそれが実際の身体のダメージへと移る。
「とどめだ、幻界の星空」
まるで弓を射るかのような動作をして放つ。すると、ラグナロクがさらに吼える。そしてぐったりと四肢の力が抜けていく。
「誰か私の代わりにアイツを吸い込んでくれ」
「ええ。わかりましたわ。極寒の死世界」
ロキに頼まれてバルドルが吸い込む。
普段ならこの状況だと歓声が上がるところだが今は規制線が張られているのでそのような声を上げる人は一切いない。
「後始末は警察やらミッドガルド職員やらがやるから私たちはミッドガルドに戻ろう」
こうして、あそこまで苦戦させられたはずのラグナロクがあっという間に片付きボクらは勝利を収めた。
Ⅵ
「それで、どうして恵美が来たんだ?」
ミッドガルドに帰還して休憩するまでもなく、まるで怒ってるかのように椎名さんが赤崎さんに詰め寄っていた。
「先ほども言っただろ?クリティカルカラーだったからに過ぎない」
「だとしたら別の方法をとれば―――」
「一番勝率が高かったのは私の出撃だったからだ。それ以上に理由などいるか?」
冷静に返す赤崎さん。
―――く、黒哉。止めてよ……。
(無理だって……)
すでに若草さんが二人をなだめようとした後だったのもあってかすでにあきらめムードの黒哉。まあ、そうだよね。
「ねえ、黒哉くん」
「ん?」
「ところで、なんで赤崎さんはロキとして出てこれたんだろう?」
「あっ……そういや」
完全に忘れていた。赤崎さんがでてきたというインパクトに負けてすっかり忘れていたがロキは“史上初のカラー”であり、“史上初のカラー脱退者”でもある。すでに変身する能力は失われているはずでは?
そんなボクたちの声が聞こえてかはっとした様子で詰め寄る椎名さん。
「そうだ。お前の変身能力既に失われているはずだ」
「そこは流石は二宮博士というところかもしれないな。赤のロキとなるためにH-EROボタンを改良してくれた」
「改良……」
本当に流石というか余計なことをしたというか……。
「いつの間にそんなことができるようになっていたんだか」
「私も知らなかった。なにか博士が研究していると思っていたらこのことも研究対象だったらしい」
ラグナロクの残骸を集めてヒーローパワーとの関連性を調べる研究がそれだったらしい。そういや、以前に研究している姿を見たことがあるが数字だらけでわからなかったな……。
というより、今はそんなことどうでもよくて……。
———黒哉。
(あっ、おう。わかった)
「2人とも落ち着いてください。そもそも、俺らも情報を人づてに聞いてるだけなんで……、あの時なにが起こったのか、教えてください」
黒哉の言葉に少し考えるそぶりを見せる赤崎さん。そして、
「ああ、そうだな」
ゆっくりと、あの時———フェンリル戦の様子を2人は語り始めた。
「お前らも知っての通り、ケルベロスを始めとするラグナロクは初期、縦横無尽に暴れまわり重篤な被害を及ぼした。それを対処すべく世界中の研究者がラグナロクについての研究を開始した。もちろん、二宮博士と私もその一部だ。その研究の結果、産まれたのが私たちについているこれ、H—ERO吸放出ボタン。その実験段階中に現れたのがフェンリルだ」
そこで出てくるフェンリルという言葉。人類が狩る側へと移行した敵。そして、希望の一つを壊した存在。
「その時点でこの力が使えていたのは私と夏藍の二人だ。流石は双子というわけだな」
なんとも言えない表情で笑う赤崎さん。それをどこか不満げな表情でみる椎名さん。
普段は赤崎さんが研究職で椎名さんが漫画家、副所長と職員、独身者と既婚者と色々違うし、顔だちもボクと黒哉と違って二卵性の双子ということもあって異なっているのであまり気にしていなかったが、そういったところは似るのかも知れない。
「ともかく、私は恵美に連れられるような形でフェンリル討伐に向かった。そこからは知っての通りだ……。攻撃を行おとした恵美———この時はロキだな。が、フェンリルに捕らえられてそのまま私がロキごとフェンリルをグングニルで貫いたんだ。今思えば、フェンリルにロキの攻撃が通じにくかったのはカラークリティカルのせいだったのかもな。とにかく、それのせいで研究段階だったH-EROボタンが損傷。恵美は変身能力を失ったはず……だったんだがな」
それが博士によりということか。
そして、椎名さんは赤崎恵美の姉として妹を傷つけたことが悔しく、そして自分のできることが削られたことに対して一時期ナーバスになっていた恵美が再びラグナロクと戦うことによってまた心が削られることが嫌だったと語った。
「正直な話、この気持ちは変わらんぞ。お前は二宮氏に続く逸材といわれた存在だ。ここでその逸材が壊れるのはいいとはいえないぞ」
その椎名さんの言葉に口を開けようとする赤崎さん。だが、その言葉は全く違う質の言葉が邪魔をした。
「どうしたんだね~、みんなそんなところで」
「……二宮博士」
思わず全員で空気を読めよという視線を博士に送る。その視線は、まあ感じ取っていないだろうな、全く気にしない感じで自然とボクたちの間に混ざる。
「イヤイヤ、少ーし聞きたいことがあってね」
「どうしました?」
唯一、まだまともに会話ができそうな赤崎さんが代表して聞く。
「レッドフェンリルについてだよ。これは恵美クンと夏藍クンにしかわからないかもしれんが見た目以外で戦っていて感じたフェンリルとの違いなどはあったかの?」
「違い……?まあ、まずは私の攻撃が通じず恵美の攻撃が通じたことぐらいだがな」
「……それと、攻撃手段ですね。レッドフェンリルの攻撃はフェンリルに比べ攻撃のモーションが一つ一つ小さかったです。攻撃力は変わらなかったのにも関わらず」
タメ口なのは椎名さん、敬語なのは赤崎さんだ。そういや、ずっと助手をしてきたからか赤崎さんが唯一ミッドガルド内で敬語を使う相手は博士だっけ。
「ほーほー、そうかそうか。やはり、学者が1人実際に間近で戦うと得られるものも違うのー。いやー、ありがたい。それじゃあのー」
飄々と風のように博士は去っていた。まるで赤崎さんに戦闘員として復帰することを進めるかのように。
「……あの、オヤジ」
それは椎名さんも感じたらしく恨めしげに呟く。
(あの人は本当に食えない人だな)
———どこまで本気でどこまで冗談なのか掴みかねるよね。
博士の行動原理の百パーセントは二の腕のためと言われればそれはそれで納得してしまうし、逆に知のため皆のためと言われたらそれはそれでまた納得してしまう。なにが正しくて間違っているのか、たった1人でパラドックスを作っているような人間だな。
「ははっ……まあ、そういうことだ」
「そういうことって」
赤崎さんが笑う。そういうことって、そういうことだよね。
「あ、あのー……」
ぽかんとしているボクたちに控えめに声をかけてくる。そちらを振り向くと雨澤さんがカメラを持って立っていた。
「どうしたんすか?」
黒哉が尋ねる。すると困ったような声を上げた。
「いや、雑誌にのせる写真に副所長さんを―――赤のロキを落ちぬ色戦闘者としてのせるかどうか後から決めるといわれたんだけど……いい加減〆切が近づいてるんで」
「ああ、そうだったな。すぐに行くよ」
言われて思い出したかのように声を上げる赤崎さん。うん、訳が分からない。
「……恐らく、リバースカラーというのは改良されたH-EROボタンで変身したお前の事だろうが、そこまで話が進んでいたのか」
椎名さんが呆れたような声を上げる。そして、
「全くいつも先に決めるな」
ため息をついた。
「博士も言ってた通り、私が出ればよりラグナロク解明の手立てにもなる。それに指示も出しやすくなるからな」
「だがな、だとしても相談の一つくらいあってもいいだろ」
「相談する事案ではないと判断しただけだ」
「判断が間違っていただな」
「……2人とも、とりあえず写真撮らせてください」
言い合う2人に困りを少し通り越して呆れとやや怒りをにじませた声を発する雨澤さん。
「「あ、あぁ」」
同時に声を上げる二人。やっぱりこの2人も双子だな。
なんてどこか少し感心していると声のトーンを戻して喋りかける雨澤さん。
「それと、椎名さん」
「なんだ?」
「確かに過去の事があって躊躇う気持ちもわかりますが、副所長は役割を新たに見つけれたのは嬉しいんじゃないんですかね。なんだかんだで、僕がここに配属されてから副所長にお世話になって色々話してましたがどこかやりきれない表情をしていたのが今はその表情が見えないんです。そして僕はここで自分の役割というものを見つけれて嬉しかったです。白乃ちゃんもそうじゃないかな……今は、黒哉くんが表に出てるようだけど」
(そうなのか、白乃?)
―――確かに、自分の役割というものをもてるのは嬉しいよ。
「雨澤さんの言うとおり見たいです、白乃も」
笑う黒哉。そしてそれを受けて黙る椎名さん。
「……はあ。そこまで言われたら私からは何も言えないな」
フッと力を抜いて笑う椎名さん。
「これからは日本支部の戦闘員は、藍のオーディン、緑のバルドル、桃のフレイヤ、灰のトール―――そして赤のロキというメンバーになるんだな」
どこか苦く笑うような感じでそう椎名さんは言い切った。