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第四章

 Ⅰ


 24時間経営のコンビニやファミレスはあっても24時間経営の喫茶店は少ない……というより、あるのだろうか?少なくとも俺の家の近くには存在しない。その為、雨澤雪兎とは中ノ池公園で待ち合わせる事となった。

 白乃の体から俺の体に代わる際、白乃が起きないかが気がかりだったが、意外に白乃の眠りは深かったらしい。となるともうひとつの気がかりは警官ぐらいか。時刻は11時30分。見つかれば補導される可能性だってある。

「あっ……」

 公園について少し辺りを見渡していると彼がベンチに座っている姿が目に入った。音をたてて近寄る。

「……君は」

 すぐに後ろを振り向いて俺に喋りかけてくる。

「俺としては……そうでもないんですが、始めまして。灰垣白乃の双子の兄の黒哉です」

「やっぱり……始めまして」

 俺の挨拶に頭を下げて答える。

 30分前。家に帰ったばかりの俺に雨澤雪兎かた届いたメールは俺たちの秘密を知った、という内容だった。

 すぐに連絡をとり、詳細な説明をするために彼と待ち合わせをしたのだ。

 因みに秘密を洩らしたのは彼を送っていた新崎にいざきさんらしく謝罪の電話を入れてきたが、とりあえず俺たちで話すからミッドガルドへの報告は後にしてくれと頼みその場はおさめた。

「ということは、今君の中に白乃ちゃんもいるんだね?」

「はい。眠ってはいますが」

「眠って……?」

「ああ……。体の奥に引っ込んでいる時は精神だけ眠りにつくことが出来るんです。まあ、俺たちも詳しくは分かんないんですが……とにかく、今白乃は眠っていて、意識が無い状態なんですよ」

「なるほど……」

 頭の整理をするように頷く彼。

「ところで、貴方はどれくらい俺たちの事を知っているんですか?」

 職員が口を滑らせたという話は聞いていたがどこまで滑らしているかまでは聞いていない。場合によっては1から説明しなければならないだろう。そして、彼の答え次第では……白乃が傷つくだろう。

「詳しくはなにも……。多重人格の類のような形だとは聞いてるけど」

「多重人格ではなく、別体格人格ですが……まあ、おおむねそのように思っていただければ結構です」

 多重人格と別体格人格の圧倒的な違いは確実にそのもうひとつの人格が存在するかどうかだ。俺たちはあくまでも2人なのだ。

「……らしいね。黒哉くんも白乃ちゃんもそれぞれ違う人なんだね」

「そうです」

 少し息をついて俺はベンチに座る。公園からここまで急いできたから少し息が上がっていた。

 その様子を見て雨澤さんも座る。

「これ、どうぞ」

「えっ?あぁ……ありがとうございます」

 差し出されたのは缶のオレンジジュース。よくみれば彼も缶コーヒーを買っているようだった。

 オレンジジュースを開けて喉を潤す。甘酸っぱい味が広がって頭がスッキリする。

「雨澤さん……余計な誤解や勘繰りなどされたくないので俺たちの事を……白乃の過去を全て話します」

「……うん」

「そろから先……俺たちに関わり続けるか関係を断つかは貴方にまかせます」

「関係を断つなんて―――」

「口では……なんとでもいえますよ」

 少し自虐的な笑みを浮かべて見せる。浮かせかけた腰を落とす彼。きっと、関係を絶つなんてありえないというのは本心だろう。

 もし、俺たちの事を気味悪がっているなら説明をしたいという言葉も拒否するはずだ。多分、彼は本当に“いい人”なんだろう。

「では、お話いたします」

 俺は過去の事を洗いざい話始めた。




「んだと、テメェ!」

 俺は許せない発言をした親戚のオバサンの胸ぐらを掴む。

「黒哉、放しなさい!」

「黒哉!」

 母さんたちがそんな俺をオバサンを離そうとつかみかかってくる。流石に2人がかりでやられれば抵抗もできず手を放してしまう。

「ケホッ……ケホッ」

 オバサンは苦しそうに咳き込む。気道まで閉めていたつもりは無かったが気がつけば閉めていたらしい。

「なんなの、この子。きちんとしつけときなさいよ」

「すみません」

 オバサンの嫌みったらしい言い方に母さんがすぐ謝る。だが、俺の怒りはおさまるはずがない。

「はぁ?んだよ、じゃあテメェの躾っつうのは人を“忌み子”呼ばわりすることなのかよ!?」

「く、黒哉!」

 父さんに羽交い締めされているから手出しは出来ないがそれでもなお大声で抗議する。

 許せない。俺たちを……白乃を忌み子というなんて!

「言葉遣いもなってないわね。目上の人を敬うことをしらないのかしらこの子は」

「目上?どこにいんだ?テメェこそ、歳上と目上の違いも理解できねえのか?」

「同じでしょうが……全く、事実を事実だと認識出来ない子ね」

 さらに言い返そうとするが父さんたちに押さえられて言葉には出来なかった。

「とにかく、選びなさい。もう灰垣白乃という忌み子は最初からいないものとするか、忌み子をかくまって如月(きさらぎ)家と縁を切るかを」

 日本3大グループ。若草、始龍院(しりゅういん)……そして如月。

 如月家から縁をきられるというのは如月グループの傘下の企業には勤められなくなる事を意味している。つまりは、父さんは職を失い、生きづらくなることを意味している。

 そうまでして白乃を認めたくないのか……。ヘドがでそうなほど薄っぺらくて、それでいて高いプライドだ。

「お父さん……」

 母さんは全てを父さんに任せるといった表情で父さんを見つめている。

(……黒哉)

 ―――白乃!?

 オバサンの忌み子発言から黙っていた白乃の声が響く。その声はいつもの活発なものではなくて、暗くて空っぽなものに聞こえた。

(黒哉、代わって)

 ―――で、でも。

(いいから、お願い……)

 今の状況で白乃に代わる訳にはいかないと思い断ろうとするが、その空虚な声の中にある揺るがなさを感じた。

 ―――わかった。

 渋々入れ代わる。

蛍子(けいこ)さん……私たちの答えは―――」

「まって、お父さん」

 なにかを言おうとする父さんの声を白乃が遮った。

「白乃ね……」

 すぐに、入れ代わった事を察知した母さんが驚いた表情をする。父さんも同じだ。ただ1人……オバサンだけは見下したような冷たい目で白乃を見ていた。

「……お父さん。ボクは、迷惑をかけたくなんか無い。だから、ボクをいなかったことにして」

 ―――白乃!?

 なにを言うんだと抗議しようとする。その発言にただ1人、当たり前だという表情をするオバサン以外は驚きで固まる。

「灰垣白乃はいないんだよ。お母さんとお父さんの子どもは黒哉だけ」

 ぎこちなく笑みを浮かべようとする白乃。

「白乃……。蛍子さん、決まりました」

 そんな白乃を見て頷く父さん。まさか……!?

「決まった……というよりは、一層決意が固くなっただけですが」

「おっしゃい」

「私たち、灰垣家は4人家族だ、白乃も含めて!」

「なっ……あなた、何を言ってるの!?」

 言い切る父さん。えっ?と小さく声を漏らしたのは白乃だった。

 母さんは分かっていたとでも言いたげな表情で父さんを見ていた。

「白乃は忌み子なんかじゃない。確かに戸籍は無いし、苦労も馬鹿にならないでしょう。しかし、私たちは白乃も含めて家族なんです。それだけは間違いありません」

「……いいでしょう。わかりました。灰垣家は如月グループから破門いたします。二度と私たちの前に姿を表さないでください」

「失礼します。母さん、黒哉……白乃も、行こう」

 父さんに促される。白乃は茫然自失としていたが父さんに背中が押されるまま部屋を退出していった。




「それから白乃は自分のせいで家族に迷惑をかけたって責めるようになってしまって……。父さんの判断が間違っていたなんて俺は思いませんよ……。あっ、今はミッドガルドのメンバーや赤崎恵美副所長の手助けなどにより精神状態は安定してます。ですが、“迷惑をかける”という事に関しては誰よりもおびえるようになってしまったんです」

「…………」

 産まれてからの事、そして俺たち家族の中ではタブーになっていることを話す。それから、白乃の為にもこういった特殊体質であることは人に隠していた。また、白乃を傷つけるやからがでないように。

 空になった缶ジュースを握りつぶす。

「今は、お父さんは再就職を?」

「ああ……実は如月グループの上層部の親戚の中でも俺たちを容認してくれるような人もいたんです。その人が若草グループと強いパイプを持っていたんでその人を通して若草グループのある会社に縁故入社という形ですぐ入社できたんですよ」

「そうなんですか」

 どこか納得したように頷く雨澤さん。さあ、ここからだ。

「雨澤雪兎さん」

「……はい?」

 急にフルネームで呼ばれたことに驚いてかかしこまる彼。

「貴方が俺の話を聞いて俺たちをどう思ったかは、わかりません。もし嫌になったなら俺たちとこれ以上かかわるのを止めてください」

「そんなこと——―」

「口ではなんとでも言えます。それに今は本心からそう思ってるのかもしれませんが……、よく考えたら気持ちが変わるなんてことはあります」

 白乃が不安定になったトリガーを引いたのはさっきの事件だが、トリガーを引くためには銃弾だってこめなければならない。

 俺たちの事を親戚の年の近い子に話したことだってある。その人は俺たちを認めるといってくれた。だけど、それからは同情やどこか一歩引いた眼差しになったことを覚えている。きっとそれは本人には悪気はないんだと思う。無意識の差別―――区別だ。

「それに、貴方に灰のトールであることがばれたことで貴方自身とミッドガルドに“迷惑をかけた”と白乃は思ってます……。それも含めたうえでいいます。少し、きちんと考えて俺たちとかかわり続けるどうかを決めてください。失礼します」

 俺は早口で告げて家へと戻る。

 背中に彼の視線を感じたがそれに振り向かず公園の入り口付近に止めていた自転車にのって帰路につく。途中でゴミ箱があったのでカゴにいれていた缶を捨てる。

 こぐこと数分で家に戻れる。公園に置いてけぼりして彼には悪いことをしたとは思うがあの場面はこうするしかなかった。これ以上情報は与えず彼が答えを見つけるのを待つのがいいだろう。

 もう寝ているかもと思い静かに扉を開ける。

「あれ?」

 だが、部屋の明かりはついていて予想が外れる。だれか……というか、最初に俺が帰ってきた時から父さんは眠らされていたから、母さんか。

「ただいま……」

 一応気を使って小さな声で帰還を告げながらリビングに向かう。

「あっ……」

 そして、それが間違いでなかったことを知る。

 母さんはテーブルに突っ伏して眠っていた。俺を待っていてくれたのだろう。

「……母さん」

 寝かせてあげようかとも考えたが風邪を引いても困るので起こすことにする。

 時計を見ると丁度今日が昨日へと変わる時刻だった。

「んっ……あっ、あら?黒哉。帰ってきたのね」

「うん。ただいま」

 目をこすりながら起き上がる母さん。

「……うん。黒哉、もうさっさと寝なさい」

「えっ?」

「明日は学校でしょ?授業中に居眠りなんてしたらダメだしね」

「う、うん……ていうか、何も聞かないのか?」

 てっきり根掘り葉掘り聞いてきて寝るのは遅くなると覚悟していたので逆に尋ねてしまう。

「もう夜も遅いからね。お母さんも眠いし」

 わざとらしくあくびをして続ける。

「それに、黒哉の事なら心配しなくても大丈夫だと思うしね」

 軽く微笑んで「お休みね」と言って去っていく。

「お、お休み……」

 母さんの姿をなんとなくぼーっと見る。そして小さく息をつく。

 敵わないなと感じつつ俺は母さんに言われた通り眠ることにした。




 黒哉が過ぎ去った後、雪兎は1人でポツリと公園のベンチに座っていた。たった一日で起きたこととは思えないほどの非日常が自分に降りかかりすぎていた。

 今まではテレビを通しての存在だったラグナロクやミッドガルド戦闘員……、そして別体格人格という存在。

「どうすればいいのかな」

 ぼんやりと自分で撮った写真を眺める雪兎。十数枚にわたる写真を見る。

 白乃に提案され、行ったクロックタワーは本当に素敵だった。そしてラグナロクの襲来……。そういえば白乃は途中でどこかに抜けていた。あの時にトールに変わっていたのだろう。

「でも……」

 雪兎はそのクロックタワーの写真の中から最初に撮った一枚を見る。その写真は熱心にクロックタワーを見る白乃の姿が映っている。

 クロックタワーが点灯した時に声を上げた白乃を見て思わず一歩を引いてシャッターを切っていた。すぐにシャッター音を聞いてか振り返る素振りを見せた白乃にあわててクロックタワーへとアングルを変えていた。そこからは必至に写真を撮っていたのは嘘ではないが少し心臓がドキドキしていた。

 黒哉に告げられた灰垣家の過去。あの明るい家族にこんなことがあったということは少し信じられない……。だが、過去は過去だ。この写真の中に映る白乃は無邪気な顔でクロックタワーをみつめる一人の少女でしかなかった。

「間違ってない」

 自分の気持ちが正しいことを意識して目の前にある池に視線に移す。

 黒哉には少し考えろと言われたがどう考えても気持ちは変わらないだろう。

 白乃ちゃんは白乃ちゃん、黒哉くんは黒哉くん……。2人は決して同じ人間じゃないんだ。

 雪兎は決意を込めて携帯を開きメール作成をし始めた。




 Ⅱ


 チャイムの音が学校中に響いて今日の授業がすべて終わったことを知らせる。少しして担任が入ってきてショートホームルームが始まる。

 結局、黒哉に眠るように勧められたあとボクは朝まで眠ってしまっていた。雨澤さんは気にしないでと言ってくれたがそれは無理な話だと思う。

(白乃、後で少し話あるから)

 ―――へっ?う、うん……。

 ぼんやりと思考していたところに黒哉が割って入ってきて少し驚く。話ってなんだろうかとまた、思考を変えている間に担任の先生の話が終わる。

「黒哉くん〜。帰ろー」

 桃花ちゃんが席までやってくる。帰る、というよりかはミッドガルドに顔を出すなのだがそんなことを人前では言えない。“秘密”だから。

「あっ……悪い。今日用事があるんだ」

 まず断ってから耳元で小声で桃花ちゃんにつなげる。

「赤崎さんには伝えてるんだが、今日はミッドガルドにはいかないから」

「うん、わかった」

 桃花ちゃんの返事を聞いてから黒哉は学校を出る。

 昨日のことを知っているのはミッドガルドの一部のメンバーだけで、戦闘員では椎名さんのみだ。

 ―――黒哉、どこいくの?

 学校から少ししたところにある最寄り駅についた辺りで聞いてみる。

 桃花ちゃんはミッドガルドの戦闘員になった関係で高校生になるのを境に、日本支部のあるボクの家の近くに越してきたので桃花ちゃんも電車通学だ。ミッドガルドメンバーになったのが中学3年の夏だったらしく、中学卒業まではワープを駆使して日本基地まで来ていたらしかった。

(とりあえず、家の方に向かう)

 詳しくは教えてくれない。気にはなるが黒哉の事だから、一度目ではぐらかされたのだからそれから何度聞いても教えてくれないだろうと諦めて電車に20分ほど揺られてボク達の住む町の駅に立つ。

 そのまま黒哉が迷いなく歩き出すがそれは家のある方でもミッドガルドの方でもない。中ノ池公園のある方角だった。

 ―――公園に行くの?

(ああ……そこである人と待ち合わせしてる)

 ―――ある人?

(すぐ、わかる)

 誰だろう?赤坂さんなら学校かミッドガルドで話せばいいし……。あとボクのことも黒哉のことも知ってるのって……、もしかして如月関係?

 色々考えを巡らせるがどれもピンとこない。黒哉の性格的に如月関係者が接触しようとしても断りそうだし。

「と……まだ来てなかったか」

 黒哉の呟き。着いたのは中ノ池公園の一角のベンチ。ここで、待ち合わせって誰なんだろう?

 ―――黒哉、いい加減教えてよ。

(……その前に、聞かしてくれ)

 ―――えっ?

 聞かしてくれって、何を?

(白乃、昨日の件。お前はどう思ってるんだ?)

 ドキンと胸が跳ねるような感覚に陥る。実際には今は精神体だけのはずなのに、ドキドキするような、変な感じに。

 ―――……わかんない。ボクのせいでミッドガルドや雨澤さん、それに黒哉にだって迷惑をかけたけど、だからって戦闘員を止めたら桃花ちゃんたちにも迷惑かけちゃうし……。どうすればいいのか、わかんない。

 難しいのがボクだけが責任をとる方法。戦闘員として身を粉にして働くというのも黒哉の時間を拘束することになるし……。それは嫌だ。

「はぁ……」

 ―――えっ?な、なんでため息つくの?

 急に呆れたようなため息をつかれてボクは慌てる。変なこと言った?

(俺は白乃がどう思うかと聞いただけで責任の取り方なんて聞いてないぞ)

 ―――……どう思うかだから、責任の取り方を考えたんだよ。

 迷惑をかけた代償を払うのは当たり前のこと。

 ―――それより誤魔化さないで次こそ教えてよ。誰と会う約束してるの?

(それは……もうすぐ……あっ)

 ―――えっ?って、えっ?

「ごめんね、遅れた?」

「いえ、それほどまでは……ああ。今は黒哉です」

「みたい、だね」

 なんで?えっ?なんで、黒哉と雨澤さんがそんな親しげに?どういうこと?

「……少し白乃に状況説明します」

「状況をって……教えてなかったんだ」

「まあ」

「それじゃあ、驚いてるだろうね」

「そう、ですね」

 ボクの動揺を無視して会話を進める2人。全く持って理解が追いついてない。

(とりあえず……待ち合わせしていた相手が彼だ)

 ―――待ち合わせていたって……なんで、黒哉と雨澤さんが?

(昨日の夜メールが来たんだよ……これっ)

 ―――そんな……。

 雨澤さんからのメールを見せられる。その文面でボクたちの秘密が明らかになっていたことを表していた。

(それで余計な誤解とかも招きたくないからこれまでの事全部話した。もちろん―――如月の事も)

 何かをいうべきだとは理解しているが言葉が全くでない。思考が固まってしまっている。

(で、今朝。まだ白乃が寝てるときにメール来て話したいことがあるって書かれてたんだ)

 追加で説明されるが言葉が紡げない。どういったらいいのかなんてわからない。わからない、わからない。

「終わりました。じゃあ……貴方の考えを教えてください」

 黒哉はそんなボクを放置する。雨澤さんはボクの状況なんて知る由もないから特に気にかけた様子も無く頷く。

「わかった。結論から言うと……僕は白乃ちゃんとも、黒哉くんともかかわり続けたいと思ってる」

 っ……。

 その言葉はどうしようもなく嬉しい言葉。“忌み子”として嫌われるような言葉を数多く投げられてきたボクにとってはどうしようもなく……。何とも言えない。心臓がキュンと引き締まるかのような気分……。

 だけども、素直に受け取れないとも理解している。

「それは、どうしてですか?同情からですか?」

 黒哉が畳み掛けるように言う。

「違うよ。そんなんじゃない。黒哉くんに言われた通りよく考えたさ……。だけどね、僕にはどうしても黒哉くんは黒哉くん。白乃ちゃんは白乃ちゃんにしか思えないんだ。もちろん、2人は双子だから似てる部分もあるけど……だけど、それ以上に2人は違う人間。黒哉くんは……会ったばっかしだからともかく、白乃ちゃんのおかげで賞取れたようなものだし……。そんな人とかかわり続けたいと思う。ダメかな」

 ニッコリと笑って黒哉を―――ボク達を見る雨澤さん。その瞳は嘘をついているようには思えない。

「それに珍しいから……なんて事は?」

「まあ……もの珍しさというのはあるかもしれないけど。だけど別にだから?っていう気分の方が大きいかな。確かに最初は驚いたけどそれだけな気がする」

 つらつらと述べる。もの珍しさなんてないといわれるより多少はあると認めてもらった方がなぜか受け入れやすかった。

「……わかりました、俺は。後は、白乃に任せます」

 えっ?と、驚いているあっという間に黒哉は引っ込んでボクが表に出される。

 黒哉はすぐに胸の奥に沈み交代できないようにした。

 ―――く、黒哉……。

 急な展開でもとより頭がついてきていないのにもう……なにがなんだかわからない。

「えっと、白乃ちゃんかな?」

「は、はい!あ、えっと……声は黒哉だけど、白乃、です」

 話しかけられて背筋が伸びる。精神体時で感じた心臓が引き締まる感覚が、実際に体に現れる。

「また敬語に……って、今は敬語を使うなってほうが白乃ちゃんには酷だよね」

 クスリと小さく笑って続ける雨澤さん。彼の言うとおり今はなんとなく敬語は使いにくい。

「言った通り僕は君達に感謝している。だから、僕は君達と関わっていたい」

「でも……ボクは雨澤さんにも迷惑を―――」

「迷惑だなんて!迷惑だなんて、思ってないよ」

「…………」

 優しい言葉に甘えたい。ボクの咎を受け入れてもらいたい。

 ボクの咎は……きっと存在していること。ボクの存在が灰垣という家にもたらしたダメージは馬鹿にならない。その咎を家族は受け入れてくれた。そして、咎としてあり続けるのではなく罰を受けて浄化するためにラグナロクと戦っている。そんなボクが“誰かに迷惑をかける”なんて行為をした時点で、誰かに受け入れられるのはダメ。

(白乃……馬鹿か!!)

 ―――えっ?

 急に黒哉に罵倒される。

(俺も赤崎さんも間違ってた。白乃が迷惑をかける行為を嫌う理由を……)

 ―――声が漏れて……!?

(感覚共有したんだ。どれ程お前が苦しんでたかわかった。俺たちは楽観視し過ぎてたんだな。てっきり、白乃は自分の存在を認めていると思っていた。だけど、それすらもまだ認めてられなかったなんて……)

「でも……」

「えっ?」

 思わず小さく声が出てしまった。それを雨澤さんに対する返事だと勘違いしたのか声が聞こえなかったとでも言いたげに首をかしげられる。

「あっ、これは……」

「黒哉くんと話してるんだな。いいよ、先話して。大切な話みたいだし」

「……ごめん、なさい」

「別に謝られても困るんだけどね」

 苦笑を携えて気にするなという雨澤さん。その暖かさに胸を撫で下ろす。一見すると急に独り言を始めたようで気持ち悪く思われても仕方ないのに。

 ―――でも……ボクの存在で迷惑をかけたのは事実でしょ?

(だから迷惑だなんて誰も―――)

 ―――ボクが……ボクが思ってるんだよ!!誰でもない、ボクが。

 自分の想いを一気に吐き出す。

 黒哉はいつもボクの味方をしてくれるし、お母さんはボクたちを優しく見守ってくれる。お父さんは……少し困ることもあるけどいつもボクたちを見てくれている。そんな人たちに迷惑をかけたとボクは思っている以上……ボクの存在が咎じゃないだなんてボクは思えない。それは絶対のこと。

「……雨澤さん」

「なにかな?」

「ボクの事を1人の人間としてみてくれてありがとうございます。だけど、黒哉から聞きましたよね?ボクの存在がみんなに迷惑をかけてきたことを……。ただ、怖いんですよ」

 雨澤さんとは最初、ただの双子の女の子としてでしか知りあわなかったから平気だったけど今は知っている。別体格人格で戸籍もない……多重人格における別人格のような存在だということを。

「ちょっと待って」

 そういって雨澤さんは鞄を探り二枚の写真をボクに差し出す。

「あっ……」

 そこにはクロクタワーを見上げているボクと、ラグナロクを倒すトールボクの姿が映っていた。

「ゴメンね、勝手に撮ってて。でも、クロックタワーを見上げている姿は一人の人間としか思えない。確かに、白乃ちゃんが言ってる通り君の存在で家族に迷惑をかけたのかもしれない。だけど、それ以上に君が家族に与えた幸せってあるんじゃないかな?」

「幸せ……?」

「それに、このトールとして戦ってる姿を見てかっこいいって僕は思ったよ。皆も君を……灰のトールという存在を頼りにしている。そんな君の存在が間違いだなんて……僕は思えない」

 真摯に訴えかける雨澤さん。真っ直ぐに見つめられる視線が怖くて目を伏せる。

「無理です。ボクには……無理です」

「白乃ちゃん……」

「ごめんなさい!」

「あっ!」

(おい、白乃!!)

 頭を下げて後ろを振り向かず一直線に逃げ出す。黒哉の非難するような声も聞こえるが振り向かない。ボクには耐えられない。公園から逃げ出して家までただ何も考えず足を動かした。




「結局追い込んでしまっただけなのか」

 白乃が去って行った後姿を見送りながら雪兎は呟く。追いかけようとも思ったが彼女の悲しげな表情を思い出すと足が動かなかった。

 黒哉からの話。それで込めた決意。だけど、それはどこまでも独りよがりのものだったのかもしれない。結局白乃の思いを無視していたのかもしれない。それに気づくにはあまりにも遅かった。

「というか、僕のせい……なのかな」

 そもそも僕と出会わなければ白乃ちゃんがあんなに悩むことなかったのに。

 後悔先に立たずというがそもそもの出会いが偶然だ。その偶然を否定したいとはどうしても思えないのだった。

 そのようなことがグルグルと頭の中を回る雪兎にある人物が話しかけてきた。

「およよ~。チミは」

「えっ……あなたは。まさかっ!?」

 一瞬理解が遅れるがその顔があまりにしれているものだったため誰であるかに気づく。その小さい男はミッドガルドの創設者、二宮博士ということを。

「どうして、こんなところに。というか、その怪我は?」

 まずはなぜこのような公園にこのような人がいるのかという疑問と、痛々しい包帯を頭に巻いてる姿にポカンとしている。その包帯の原因は海優の専属SPによるお仕置きによるものなのだがそのようなことを雪兎が知るはずもない。

「まあ、気にしないでおくれ。というより、思い出させないでくれ」

「は、はあ」

 その時の様子を思い出してプルプルと震える博士に頷かざる得ない雪兎。なお、包帯の数はこれでもだいぶ減っている。自業自得なわけだが。

「博士、彼が困ってますよ」

「貴方は……副所長さん」

「その言い方は止めてください。赤崎でいいですよ」

 苦笑いしながら伝える恵美。

「わかりました……が、どうしてここに……?」

「博士の散歩コースなんですよ、ここは。私は保険医の仕事が終わってミッドガルドに向かってる最中に博士にあってそのままつきあっていたんです」

「なるほど」

 ひとしきり説明されて頷く雪兎。だとしても、なぜ自分に話しかけてきたかなどは不明なままなのだがそんな事にまで頭が回っていなかなった。

「それより先ほど、話されていたのは……?」

「えっ、えっと……。灰垣黒哉くんです。白乃さんの兄であり……トールである」

 池の方へとフラフラと自由に歩く博士に一瞬戸惑うがまずはと恵美に答えた。

「ということは、御存知なんですね。彼女たちの事を」

「はい。昨日、あれから色々ありまして……」

 雪兎が告げると考えるように口元にてをやる恵美。なにかを考えている様子だが何を考えてるかまでは雪兎にはわからなかったが、やがてやわらに口を開いた。

「貴方がどう接したか教えて頂けませんか?」

 恵美は力強い眼光で雪兎を射抜く。それはミッドガルドの貴重な戦闘員が精神を乱したらどうしてくれる、なんていう副所長としてのものではなく、灰垣白乃を思いやる蘭丸の保険医、いやそれ以上の親しみから来ているのは誰が見ても理解できた。それほど、恵美の瞳には暖かさが滲み出ていたのだ。

「……白乃ちゃんと、もちろん黒哉くんとも1人の人間として向かい合いたいと。驚きはしたけど、そんなことは正直僕にはあまり関係ないって伝えました」

「白乃の反応は?」

「誰かと真に接するのが怖いって、そういって逃げてしまいました」

「……そうですか」

 そういって考え込む恵美。一瞬沈黙が訪れるがすぐにその沈黙を恵美が破った。

「雨澤雪兎さん」

「は、はい」

「貴方が白乃たちを偏見も何もなく見ていることは理解できました……しかし―――」

「はい、結局は白乃ちゃんを追い詰めただけでしたね……」

 目を伏せる雪兎。彼の中にも後悔渦巻いているのは恵美もすぐわかった。そして少し言い過ぎたかと慌てて口をつぐむ恵美。雪兎に当たっても仕方ないだろと自分を少し叱責した。そうしてまた訪れる沈黙。だがしかし、そこに場違いな声が響く。

「ところでチミ~、雪兎クンだったかな」

「あっ、はっ、はい」

 完全に空気とかしていたので博士の存在を忘れていた雪兎。不意を突かれて少し驚く。

「いや~、昨日あれからチミの資料みたけどカメラマンなんだってねぇ」

「は、はあ。まだ見習いですけど」

「なるほどなるほど……ならば専属でどこかにいるという訳じゃないのだね?」

「う、うん」

「それならの~―――」

 そういってつなげられた言葉に雪兎は驚きを禁じ得なかった。




「え~、そんなことがあったんですか~!?」

 桃花が夏藍から聞いた、昨日の話に驚いた声を上げる。海優もまあ、と小さく声をもらしていた。

 この面々、ミッドガルドのカラーである彼女たちは基本的に戦闘がないときはミッドガルド施設内に集まって女子会をよく開いていた。黒哉がまじってからは女子会、とは呼べなくはなったがそれでもただのお喋りかいとして盛り上がるのだった。女性はお喋りが好きだというが、それが本当だなと感じさせるものだ。

「ああ。だから少し気になってたな。桃花の方こそなにも聞いてなかったのか?黒哉はいないようだが……」

「黒哉くん、今日は用事があるって……。そういや黒哉くんは普通だったけど、今日は白乃ちゃんとはあっていなかったなぁ」

「そうなのですか……心配ですわね」

 桃花の話に海優が深く息をつく。

 桃花、海優、夏藍……この三人は心を閉ざしていたころの白乃も知っているため彼女の事をきにかけていた。特に桃花は黒哉、白乃と級友だ。心配するのが当たり前というものかもしれない。

「まっ、用事があるというのだからなにかしらあるのだろう。話を聞く限り白乃はともかく黒哉が大丈夫そうなのだからまずは黒哉に任せるのが正解だろう」

「そうですね」

 彼女たちにとっても灰垣黒哉、白乃は同僚以上に友人であり仲間なのだ。心配であるが、心配であるがゆえにまずは信じる事を選択する。黒哉なら大丈夫、白乃なら立ち直れると。

 もちろん彼女たちはまだ別体格人格であるということをカメラマンの男が知ったということは知らない。だが知っていたとしても結局は同じ結論に至るだろう。

「それに元気になってもらわないと困る。あいつらの裸をモデルにするという約束があるんだからな」

 ニヒルに笑う夏藍。それに桃花が飛びつく。

「えっ、そんな約束が!?」

「ああ。もしできればよりリアルな絵が描けるな」

「おー!」

 なにやら盛り上がる桃花と夏藍。それにため息をつく海優。彼女も人の事をいえない性癖があるのだが……恵美しかりで自分の悪い部分には気が付かないものだ。それに彼女の性癖は桃花、夏藍、恵美に比べればまだマシなのも事実だ。それでも日本三大グループ若草家のお嬢様がこのような性癖では一抹の不安があるのだが。

「まあ、それにもう戦闘員が傷つく姿は見たくないからな」

 興奮する桃花を前にして小さく夏藍がつぶやいた。




 Ⅲ


 ―――なあ、いい加減表出てこいよ。

 黒哉が声をかけてくるが無視する。腰に手を当ててため息をつく黒哉。

 あの後、家に逃げ込んだボクはすぐに黒哉に代わり精神の奥に潜んだ。寝て時間が過ぎるのをまとうと思ったが寝ようとすればするほどいろいろな考えが頭をよぎって、眠れず結果現時刻は午後10時。その間黒哉がずっと声をかけてくれているがそれに返事をせずにいる。

 ———白乃、悪かった。

(……別に黒哉に対して怒ってなんかいないよ)

 というか怒れないよ……。そもそもがボクの不注意のせいで雨澤さんにトールであることが原因だし。それに黒哉はボクを思って行動してくれているのもわかっている。

 だからこそ、何も言えなかったし行動に移すこともできない。もし、ここにボクという存在だけを抹消できる薬があったとしてもきっと手を出せない。そんなことをすれば黒哉だってお父さんだって、お母さんだって、雨澤さんだって、ミッドガルドのみんなにだって心に傷を負わせることになるし。それはイヤだ。絶対に。だからこそボクは何もできない。まるで案山子かかし見たい。いや、案山子にはカラスを追い払うという役目があるから……それ以下かも。今のボクにはラグナロクと対峙する気力もわかない。

 ボクの返しにそれ以上の言葉が思い浮かばないのか黙ってしまう黒哉。と、そこに電話が鳴る。

「これは……」

 スッと視線を落とす黒哉。電話の相手は赤崎さん?

「はい、もしもし。黒哉です」

「おお!黒哉か。本題にはいる前に君をいじりたいところだが―――」

「いいから、本題どうぞ。こっちだっていろいろあるんですから」

 先手必勝という感じで言い切る前にはなつ黒哉。

「全く……キミもせっかちだな?もしやそうろ―――」

「それ以上はダメです」

 なんて空気ブレイカーな人なんだろう。いつもの事だけど。

「とにかく本題だ。悪いが、今からこちらに来てもらえないか?」

「今からですか?」

「ああ、もちろん係りの者……キミなら南野だな。彼に車を回してもらう。というよりもうすでに向かってもらっているんだがな」

「結局拒否権は無しですか」

「いや、拒否してもらっても構わないが」

「ちょっと……待ってください」

(どうする、白乃?)

 ―――ボクはどっちでも。ただ、たぶん拒否しても明日とか、近いうちに何かされることは目に見えてるけど。

(だよなぁ)

「わかりました。行きます」

「助かる。それじゃあ、待ってるからな」

 そういって電話を切る赤崎さん。黒哉は小さくため息をついて出かける準備を始める。

「母さん、ちょっとミッドガルドに行ってくる」

「こんな時間にミッドガルド?別にかまわないけど……どうしたの、急に?」

「なんか、緊急招集みたい。とりあえず行ってくる。帰りはいつになるかわかんないから先寝ていいから」

 そんな話をしているとピンポーンとインターホンが鳴る。ちょうど来たらしい。

「じゃっ、父さんにも適当に言っといて」

「それが一番面倒そうね」

 ハハッと笑ってボクたちを送り出すお母さん。因みにお父さんは現在お風呂の最中。黒哉は母さんに小さく返してから玄関に向かう。

「おっ、用意も万全とみると、来てくれるんだね?」

「はい。南野さんも急に出勤させられて、きついっすよね」

「まあ、それが仕事だからね。少し変わった執事みたいなものだと割り切ってるよ。それに給料も十二分にもらってるからね。さっ、乗って」

「はいっ」

 南野さんに促され車に乗り込む。

 数分でミッドガルドにつく。そこで南野さんとは別れて進んでいく。すると待っていたとばかりに赤崎さんがいた。

「きたか」

「はい。あっ、今は黒哉です」

「そうか……急に呼び出してわるかったな。緊急に連絡したいことごあってな。とにかく、こっちに来て座れ」

「はい」

 赤崎さんに促されるまま着席する。あの赤崎さんが黒哉だと分かってセクハラ発言をしないなんて……、それほど重要な話でもあるのかな?

 ……何気にセクハラ発言の有無で重要度を測ったあたりが虚しさをちょっと感じるな。博士相手だとどこでもおかしな発言するからセクハラ云々じゃわからないからあの人は例外だけど、それ以外だとセクハラ発言の有無で重要度がわかるようになってきちゃったな。

「時間も時間だからさっそく本題に入るぞ。今日の夕方ごろ、昨日の男性……雨澤氏と共にいたよな」

「えっ、ええ。よく御存知で」

「実はあの時私もその場にいてな。あの後雨澤氏と私も話したんだ」

「なっ……。そうなんすか」

 ボクも驚く。あの時の……逃げた瞬間を見ていたのかな?ということは呼び出した理由というのはそのことについて……。どこまでも、迷惑かけるなボク。

「ということは?」

「ああ。まずは謝らしてくれ。こちらのミスでキミたちの情報が漏れてしまった。すまない」

「謝らなくいいですよ。あれは事故ですし」

「そういってもらえると助かる」

 軽く頭を下げてもう一度謝罪をしてからさてと話を切り出した。

「その雨澤氏について話があるんだ」

「なんですか?」

「実はだな……」

 珍しく言いにくそうに口ごもる。どうしたんだろう?

「えっと、博士の思いつきというかなんというかでな……ごほん。ミッドガルドの支援金を増やすために広報部を新たに設立することは話しているよな?」

「ああ、らしいですね」

 ミッドガルドは何かを売ったりとして利益を得ているわけじゃないから結果的に運営には寄付金や各国の支援金を募ることとなっている。だからかその支援金を増やすためにも広報部の設立をすると聞いていた。

「それが?」

「百聞は一見にしかずだな……入ってきてください」

 赤崎さんが声をかける。そして、入ってきたのは―――。

「新たにミッドガルド、広報部写真科に配属されることなった雨澤雪兎です」

「はぁっ!?」

 ええっ!?

 ちょ、意味わかんないんだけど!?うん、ミッドガルドの実情を少しは知っていて職員との関係もあり、プロフィールもすべてわかってる状況……。確かにそこだけみたらいい存在なのかもしれない。だけど……意味わかんない!?

「あっ、はは。まあ、驚くよね」

「そ、そりゃそうすよ。というか雨澤さんアシスタント業やってるんじゃないんでしたっけ!?」

「訳を話したら快く退職を認めてもらったよ。かのミッドガルドから直接頼まれて断れる人もいないだろという話でもあるんだけどね」

 苦笑いをしながら語る雨澤さん。そうだけど、そんなことより話が入ってこないというのが正直な感想だったりする。

「えっと、整理させてください。まず、なぜ雨澤さんがここに来ることになったんですか?」

「事の経緯いきさつについては私から説明しよう。先ほど話した通り私達はキミたちが去った後に彼に接触した」

「私“達”?」

「ああ。言っただろ、博士の思い付きだと。その時博士もいて博士が彼を見て急に彼を広報部として引き抜きたいと言い出してな」

 ため息をつく赤崎さん。博士の奇行、もとい謎の行動力に関しては赤崎さんも手をこまねいてるらしい。

「それで雨澤さんも承諾を?」

「まあね。悪い話でもないし安定した職につけるわけだしで断る理由もないからね」

「もう、滅茶苦茶だ」

 額を抑える黒哉。なんでこうなるんだろう……。はあ。

「といっても、話を聞いた限り大変だよな。だからこう紹介したがまだ彼のミッドガルド入りは仮なんだ。黒哉と白乃が許可をしたら正式に加入となる。2人とも、どうだ?」

「俺は……白乃しだいだと思ってます。正直俺はただ俺たちの関係を知っている人が1人増えたという認識しかありませんからね」

「ということは、白乃。出てきてくれるか?」

 ―――うっ、うぅ。はあ。黒哉代わって。

(ああ。無理はするなよ)

 雨澤さんから逃げた手前出にくいけど……今回も逃げられないよね。腹をくくるしかないか。

「代わりました、白乃です」

「白乃ちゃん……」

 ボクの名前を小さく呟く雨澤さん。向き合わなくちゃ……。

「白乃の素直な気持ちを教えてくれ」

「ボクは……雨澤さんにも言いましたけど怖いんです。ボクの存在が与える影響が……現に雨澤さんはかなり影響をうけました。ボクの家族だって。どうしたらいいのか、わかんないぐらいです」

 ポツリと呟いていく。正直なにが怖いのか……ボクにだってわかっていなかった。理由の分からぬ恐怖に震えるなんておかしいと思うかもしれないけど分からないものはしょうがない。

 言葉を紡いで自分でも分からない恐怖の答えを探していく。

「だからって、死にたいとは感じない。そもそもこの体はこの命はボクだけのものじゃない。黒哉のものでもあるんです。だからこそ、選択を削られて何もできなくて……そう。何もできない……それが怖いんです」

 選択ができない……そういったときに気づいた。いざという時、もしもという時に、動けないのが怖いんだと。今までだってそう。ボクから求めて何かをしたことはなかった。基本的に受動的に動いていた。それが楽だったから。でも、それが自分を苦しめていた。

「雨澤さんはボクと関わって強い影響を受けた人です。どうしようもなく、日常を壊してしまった存在です」

「白乃ちゃん———」

 なにかを言おうと口を開いた雨澤さんを赤崎さんは手で制す。

「ミッドガルドは警備は固いですがそれ以上に危険な場所でもあります。ですので、もしもの時があった時、ボクは命を捨ててまで誰かを守ることができない……。それで最悪のことがあったら、想像しただけで怖いです。その色々な恐怖に耐える事こそが罰なんだと思うんです」

 選択をできないというのはそれだけで何かを守る覚悟が足りないということにもなる。それだけは確実。

 黒哉が胸のうちで言葉にならないなにかを感じているのがわかる。

 ボクは顔を上げて2人を見る。

「だからこそ……雨澤さんにはボクとの関わりを絶って安全なところにいてほしいんです」

 ボクの言葉に黙るみんな。結局長々話したけどボクは雨澤さんのミッドガルド入りを拒否していることとなる。

「白乃ちゃん……」

 何かを言いたげな視線に耐えきれずボクは顔をそむける。

「白乃ちゃん、いいかな?」

「……はい?」

「僕をなめないでほしいな」

「えっ?」

 明るく笑う雨澤さんに声を上げてしまう。

「どうしたの?」

「いや、だって……」

「ははっ。ごめんごめん。だけど、僕だって見た目はこんなにひょろひょろだけど男なんだから自分の身ぐらい自分で守れるよ」

「で、でも―――!」

「白乃ちゃん。確かに僕は今までの常識が破れたとはおもってる。だけど、日常が壊されたなんて思ってない。新たな日常に移ったんだと思うんだ」

「別の、日常?」

 鸚鵡返しに呟く。すると雨澤さんが優しく微笑む。

「うん。白乃ちゃんは選択できないことが怖いって言ってたけど僕だって何かを選び取ることなんてなかなかない。大概は受動的なんだ。だけど、その中でも自分の意地を貫き通したいときだってある。だからさ、白乃ちゃん。恐怖に耐えることが罰なんじゃなくてその恐怖に打ち勝つことを罰にしてみない?選べない恐怖を乗り越えるという罰にしてみようよ」

「…………」

 雨澤さんの言うことはもっともだ。結局ボクは楽なほうに逃げていただけ。本当に咎だと思うならより辛い方を選ぶべきだろう。

「といっても、僕としては罰とか関係なく僕を受け入れてほしいんだけどね。それに、少なくとも僕にとってしては白乃ちゃんは救いの存在だしね」

 あははと笑う雨澤さん。正直少し照れくささを覚えさせられる。

「白乃。私からもいいか?」

 赤崎さんに話しかけられ黙ってそちらを見る。

「私は結局キミを理解しきれていなかったみたいだ。黒哉から聞いている。キミは自分という存在が許せていないと。だからこそ言わせてくれ。たとえキミ自身が許せていなかったとしてもキミは灰のトールとしても、灰垣白乃としても誰かに必要とされている存在なんだ。もし、どうしても許せないというので彼の言うとおり耐えることを罰とするのではなく、乗り越えることを罰にして自分を許してみたらどうだ?その前段階として彼を受け入れてみたらどうだ?」

 赤崎さんが真摯に訴えかけてくる。さらに内側から黒哉も話しかけてきた。

(白乃)

 ―――黒哉……。

(俺からはあえてなにも言わない。赤崎さんたちはああいうが結局はお前が決めることだ。俺はどう答えても白乃を擁護するから)

 ……黒哉。ありがとう。

 よし、決めた。ボクはどうしていきたいかを。

「赤崎さん、雨澤さん、それと黒哉……変わりたい。ボクは今のまま苦しむぐらいならたとえ苦しい現実を迎えることになったとしても変わりたいです。そのお手伝いをみなさんしてください。お願いします」

 頭を下げる。確かにまだ怖いし辛い。だけど、それ以上にボクは変わりたいって思えた!

「もちろんだよ。白乃ちゃん」

「ああ。協力を惜しむわけがない」

(俺はさっき言った通り……どっちを選んでも白乃を応援する)

「……みんな、ありがとう」

 ボクは感謝を述べてみんなの姿に少し涙ぐんだ。

「大丈夫だからな」

「はい」

 赤崎さんが近づきゆっくり頭を撫でた。その流れに身を任せ―――って。

「どこ触ってるですか」

 頭からお尻に移動していてボクは半眼で赤崎さんを睨む。

「体は黒哉だからこういうのもいいかと思ってな」

「いいわけないですよ!?」

(いいわけねえよ!?)

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