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第二章

 Ⅰ


 止まない雨はない。雨の後には虹が出る。

 そんな言葉がよくあるけどそれでは雨は止まなくてはならないもののように感じる。もちろん、ずっと雨が降り続けるのは困ったことが起きるのはわかってるけど、それではまるで雨が悪の化身のように感じてしまう。それが何となく解せない。

 まっ、ボクが雨が好きだからこんなことを思うだけなんだけどね。

 今日は日曜日だが“あいにくの”雨だ。普通ならこの時間、この池のある公園で子どもたちが遊んでいてもおかしくない。だけど、周りには人はいない。もしいたとすれば物好きな人間だけなのかもしれない。

 ボクのようにこの雨を“素敵な”雨と思えるような。

(かれこれ30分も……よくあきないな)

 胸のうちから黒哉が呼び掛けてくる。

 ―――黒哉だって嫌いじゃないでしょ、雨?

(確かに嫌いじゃないが……さすがに飽きる)

 ―――寝てたらいいのに。

(……まだここにいるつもりか。まあ、いいけど。俺は寝ることにする)

 黒哉がくっと胸の奥に引っ込むのを感じる。

 ボクらにとって精神の眠りはいくらあっても十分過ぎるということはない。体の眠りだと目が冴えて眠れないとかがあるけど精神の世界にはそんなものはない。まあ、寝過ぎたからってデメリットもなければメリットも無いんだけど。

「黒哉も真にはわかってもらえないか」

 少し愚痴をこぼしてみる。

 ボクは池に落ちる雨の雫を見るのが大好きだ。

 音や匂い、雨粒が落ちて起きる水の波紋。どれをとっても芸術的だなとさえ思う。

「あっ……」

 一匹の池に浮く鴨が水の中に潜っていく。魚を取りに行ったのかな……。

 しばらくすると鴨が浮上してくる。潜った場所からは少し放れている。くちばしになにも挟まってないところを見るに狩りは失敗したらしい。

「そうだ」

 ボクは両手で持っていた傘を左手だけにして余った右手で鞄を漁る。

 たしかここに……あったあった。

 ボクは市販のクッキーを一枚取り出す。そしてそれを粉々にして一欠片づつ投げ入れる。

「あっ、食べた食べた」

 鴨はボクの近くによってきてもっとくれと言いたげに鳴く。

「かわいい」

 残ったクッキーの欠片を一気に投げ入れる。

 雨粒が水の波紋を作り、そして鴨がクッキーの欠片をついばむ。

 ……なかなかに絵になるような気がする。それに雨音というBGMだってある。

 だからそれに夢中になっていて人の接近に気づいてなかった。

「お嬢さん」

「きゃっ?」

 急に呼び掛けられ後ろを振り向く。お嬢さんって……ボクのことだよね?

 その声の主は20代前半ぐらいの気の良さそうな青年だった。手元には高そうなカメラを持っている。

「驚かせてゴメンね。僕はあやしいものじゃないんだ。カメラマンの仕事をしてるんたけど、まだまだ駆け出しだけどね」

 少し肩をすくめて自分の正体を明かす青年。どうやら悪い人には見えない。

「そこで……被写体に困っていてね。そこにいい()があったから……写真をとらせてもらえないかなと思ってね」

「あっ、はい。どうぞ」

 つまりここからの写真にボクが邪魔だからどけということか。

 写真を撮るだけならすぐだろうしこの池がいいと言ってくれる人がいるのは嬉しい。好みのものが共感されるというのは非常にいいものだ。

 特にこの人は駆け出しといえどプロのようだし、そんな人に共感されたんだから尚更だ。嫌な気持ちになるはずがない。

 ボクはスッと場所を譲る。

 だけど―――。

「あっ、いや……君も含めていい画だと思ったんだ」

「えっ?」

 キョトンとしてしまって首をかしげる。ボクも含めて?

「君と池と鴨と……撮らせてもらえないか?」

「えっと……」

 突然の申し出に困ってしまう。ボクのどこがいいのか?もしかして、後ろ姿だけ?なら……。

「僕はまだまだ無名でね。コンクール用の写真に君を撮らせてほしいんだ」

「後ろ姿……ですか?」

「ああ、いや。斜めからのアングルだ。君の横顔に池、そして鴨……いい写真になると思うんだ」

 うっ、うう……ボクの顔も写るのか。嫌、というよりは恥ずかしい。

 こういうものは苦手だ。ボクなんかよりいい被写体がありそうなのに。

 ―――黒哉ー、どうしよ?

 自分だけではどうしていいかわからず黒哉に助けを求める。だけど返事は待っても帰ってない。

 あっ……そっか。ボクが寝ておけばって言っちゃったんだ。

 数十分前の自分を責めたくなる。

「ダメかな?」

 懇願するような目で頼む青年。そんな目をされたら……。

「わかり、ました」

「本当かい!?ありがとう。じゃあ、さっそく撮らしてもらうね。自然にしてくれていいから」

 そう言って少し離れてカメラを構える青年。傘も投げ出してどんどん濡れていく。

 さて、困った……。自然にするというのはどうしたらいいのか。

 とりあえず両手に傘を持って池を眺める、いつものポーズになるよう心がける。

「う、うーん。少し固いな」

「そ、そうですか」

 やっぱり肩に力が入ってるのか今一つらしい。シャッター事態は連続で押されているがしっくりこないようだ。

 どうしたらいいのか……青年が濡れていく姿を見て申し訳ないと焦るほど自然がわからなくなる。そんな時。

 ガー。

 なんとも間の抜けた鴨の鳴き声が聞こえる。みるとクッキーを全て食べ尽くしてしまっているようだ。その様子にクスリとする。

「そう、その笑顔」

「えっ?」

 急に興奮したように青年がいう。

「そうだ、もう一度鴨にエサを投げてくれないかな?」

「エサですか」

「うん。そうだ、コンビニでパンでも買ってくるから少し待ってて―――」

「あっ、大丈夫です。クッキーがあるんで……それ投げますから」

 今にも走り出しそうな青年を止めてボクはクッキーを取り出してもう一度粉々にする。青年がカメラを構えるのを確認してから投げ始める。

「あっ……ふふっ」

 縦横無尽に動き回ったり、たまに鳴いたりして見せる鴨に思わず笑う。

 かわいい……。

 そうしている間にクッキーを投げ終わる。

 鴨も二枚のクッキーで満足したのかどこかにスイーと言ってしまう。どうやらボクに感謝の念は無いようだ。鴨に感謝をしろというのには無理があるか。

「ありがとう……いい画がとれたよ」

 傘を持って朗らかに笑う青年。髪の毛もびしょびしょに濡れている。

「なら、よかったです」

 ボクは笑う。

 そのあと、これぐらいしかお礼が出来ないけどと喫茶店でパフェをご馳走になって互いの連絡先を交換した。その時撮った写真を見せてもらったけど思わず声が出てしまう物だった。

 それがちょうど……今から2か月前で、まさかこんなことになるとはその時のボクには考えもしなかった。




 黒哉が精神の眠りから覚めないからボクは気にせずに傘を持って出かける。日曜日だからたっぷり寝たいんだろう。

 目指すのは中ノ池公園。雨の日にここにいくのがボクの趣味だ。

 このことはお母さんもお父さんもなかなか同調してくれない。唯一黒哉はわかってもらえたがそれでも完全ではない。双子と言えど、ということらしい。

 歩くこと数分……。ボクは池に到着する。そういや、ここで二宮博士に出会ってしまったんだっけ。ここはいろんな人と出会うな……。

 雨が傘を打つ音が聞こえる。

 それに聞き入り、池に見入るボクに男の人の声が聞こえる。

「あの……もしかして」

 ふっと後ろを振り返る。そこには見覚えのある男性が。彼は……。

雨澤あまさわさん」

「やあ。ここに来れば会えるかと思ってね」

 2か月前、コンクール用にとボクを撮った見習いカメラマンの男性、雨澤雪兎ゆきと。カメラを肩にかけているが今日はそれに加え大きな紙袋を持っていた。

「ボクに会いに?」

「まあね。配送してもらってもよかったんだけど直接渡したかったんだ」

 そういってその大きな紙袋を持ち上げる。ボクに渡したい物?

「とにかく、これを見てくれないか」

 そういって紙袋から1つの雑誌を差し出す。『マルフォト』というタイトルの雑誌。恐らくカメラの雑誌だろう。

 日にちを見ると今日販売のようだ。

「これは……?」

「12ページ、見てくれるかな?」

「はい……」

 言われるがまま、雨にうたれないようにさっと雑誌を受けとり指定されたページを開く。そこで真っ先に目に入ったのは……ボクが写っている写真。その下には大賞と書かれていた。

「これ……は?」

 思わず声が震える。疑問符がつくような声音だったけどそれが意味する内容は理解出来ている。ただ、情報の処理が遅いだけ。

「この雑誌のコンテスト。テーマは水。僕の作品が……大賞をとってくれた」

「すごい!おめでとうございます」

「ありがとう。でも君のお陰でもある」

「そんな……ボクは別に」

「謙遜しなくていいさ」

 雨澤さんが優しく笑う。その顔は本当に嬉しそうだ。

「君がいなければ、多分今回も賞を逃してた気がする。迷惑じゃないなら、ご両親に挨拶させてもらえないかな?」

「えっと……はい。わかりました」

 ほんとのことを言うと帰りにミッドガルドに寄る予定だった。だから予定変更だ。

 雨澤さんにミッドガルドの基地へ案内するわけにはいかないし、ボクがトールとばれるのは絶対に避けなければならないことなんだから。バレたら赤崎さんから大目玉を喰らうことなる。




 ボクは雨澤さんを家へと案内する。道中お母さんに知り合いを連れていく旨をメールで伝えた。

(で、なにが起きてるわけ?)

 精神の眠りから覚めた黒哉が説明を求めるように言う。写真云々のことは黒哉には言ってたんだけど……初めて雨澤さんとあったときも黒哉は寝ちゃってたし、これが始めましてだ。

 ―――黒哉、ごめんね。説明はあとでするから。

 急にボクが黙ったら雨澤さんはきっと変に思うはずだ。

 まさか自分の中にいる双子の兄と喋ってます、なんていえるはずがない。

 黒哉も了承してくれたみたいでこれ以上この場ではなにも聞かなかった。

 雨澤さんを家の前に案内して鍵を開けながらインターホンを鳴らす。こうしてボクの帰宅を知らせる。

「ただいま。おかーさん」

 ボクは呼びかける。その途端ダッダッと大きな足音を立てて走ってくる音。

「貴様ー!白乃に何してくれるー!!」

「お父さん!?」

 走ってくる勢いそのまま雨澤さんに掴み掛るお父さん。

(ちょっ、白乃止めろ!!)

 黒哉もあわててボクに言う。その声でボクは我に返る。

「えっ、いや僕は別に白乃さんになにかをしたとかじゃ」

「白乃の名前を口に出すなー」

「お父さん、何してるの!!」

 ボクはお父さんと雨澤さんの間に入って胸倉につかんでいる手を離そうとする。

「くっ、何やってるの、お父さん!お母さん、助けて!」

 自分の力だけでは離せないと悟りお母さんに助けを求めにかかる。すると。

「いい加減にしなさい」

「えっ、お父さん!?」

(父さん!?)

 ガンッとフライパンで殴るお母さん。お父さんが膝から崩落する。ピクピクと微妙に動いてるから大丈夫だとは思うんだけど。

「ごめんなさいね、旦那が。さあ、こちらへ」

 お母さんがフライパンを背に隠しながら雨澤さんを案内する。

「は、はい」

 茫然としながら頷く雨澤さん。ボクはお父さんの様子を見ながら復活を待った。




 お父さんは10分と意外に早く意識を取り戻した。

 そしてその後なんとか落ち着いてもらったお父さんとお母さん、雨澤さん、そしてボクでリビングで話し合うことにする。そこで分かったのは……。

(白乃が悪い)

 ―――うっ。

 黒哉がぴしゃりと言う。お父さんの暴走の原因、それはボクがお母さんに送ったメールだった。

『会わせたい人がいるからお家に連れてくるけどいいよね?』

 この一文だけ送ったらその合わせたい人というのがボクの彼氏かなにかと勘違いしたらしい。だとしてもお父さんは暴走しすぎだけど。

 雨澤さんも苦笑いをして名刺をさしだしながら自己紹介をした。

「始めまして。私はカメラマンとして活動しているもので……今はまだアシスタントですが、この度娘さんを撮らせていただいて賞を頂けましたのでご挨拶に参りました」

「フフッそうでしたの」

 簡潔に自分の紹介をした雨澤さんに優しく微笑むお母さんと。

「も、申し訳ない。勘違いしてしまって!!」

 ガバッと頭を下げるお父さん。というか、もし本当にボクの彼氏だったとしてもいきなり胸倉つかむのはどうだろうか?

「い、いえ……気にしないでください。本当のことをいえばコンクールに応募すると決めた時点でご挨拶に参るべきでしたね。こちらも配慮が足りておりませんでした」

 雨澤さんも頭を下げた。

 ―――ボクが悪いんだけどなあ。

(確かにな。ただ、父さんも父さんだよな。白乃は容易に彼氏連れてこれないな)

 ―――そんなことする気はないけどね。それに、ボクじゃ結婚できないから……相手の人もかわいそうだし。

(あっ……悪い)

 ―――別に。割り切ってるし。

 ボクに戸籍がないことを思い出して黒哉が申し訳なさそうな声を出す。別に事実婚というのもあるからもしボクに好きな人ができたら一緒に暮らすことができると思う。だけど子どもを一応は産むことができるとはいえ、その子の戸籍を作るとしたら母親がいないことになってしまう。それでも、いいかもしれないけど……なんだかボクが耐えられないと思う。

 それに、ボクより黒哉に結婚してもらいたい。その時ボクは……なんて、未来の事は今はいいか。

「白乃?」

「えっ、なに?」

 物思いにふけっているとお母さんが呼びかけてくる。

「見せてもらえる?写真」

「あっ、うん」

 ボクが物思いにふけっている間に恐らく写真をどこで撮ったとか、そんな話をしていたみたいだ。そして今ボクの鞄には例の雑誌がある。それを取り出してパッと開いて見せる。

「これ」

 そうしてボクは写真を見せる。

 クッキーの欠片を投げるアホ毛の少女にそれを追いかける鴨。雨粒が水に波紋を描いている。まるでその部分だけ時間が抜き取られたような綺麗な写真。それが雨澤さんが撮った写真だ。

「あら……やっぱりプロに撮ってもらうとすごいわね。素敵よ」

「おお!いや、素晴らしい」

(すごいな)

 三者三様でその写真を褒める。雨澤さんは自分はまだまだだといっているけど、素人から見たらとても素晴らしいものに見える。

「ありがとうございます」

 嬉しそうに頭を下げる雨澤さん。ボクもなんだか少し恥ずかしい。ただの被写体なんだけどな。

「あっ、そうだ。これよろしければ皆さんで」

 そういって雨澤さんは脇に置いてあった紙袋からお菓子の入った箱を取り出した。

「あら?お気を遣わなくてもよろしかったのに」

「いえ。どうか、送らせてください。白乃さんのモデル代、ということで」

「そういうことでしたら、有難く受け取りますね」

 お母さんは笑ってお菓子の袋を受け取る。それから次は小さなカードケースのようなものを雨澤さんはとりだした。

「それでこれは現像した写真です。どうぞ」

 そのカードケースから10枚ほどの写真を取り出した。その10枚はすべて構図も違うならボクの表情も1つ1つ違っている。上手く順番にまとめたらパラパラマンガができそうだ。

 もちろん、その10枚の中には応募した作品もあった。

「ありがとうございます」

「おお、ありがとう」

 お母さんもお父さんも嬉しそうに受け入れる。

 それからしばらく談笑をしたのちお母さんが切り出した。

「そういえば、これで雨澤さんも本格的にプロデビューできるのかしら?」

「……そうですね。このコンクールはカメラマンを目指すものにとって登竜門のようなものでして……。まだしばらくはアシスタントですけどこのマルフォトの雑誌でしばらくは写真を掲載させていただける権利をつかめましたので、もしそれがどこかのお偉いさんの目に留まれば……そんな感じですかね」

「じゃあ、やっとスタートラインに立てたという感じなのね」

「そうですね」

 お母さんの歯に衣を着せぬいい方に少し苦笑いを浮かべる雨澤さん。

 やっとスタートラインって……。まあ、お母さんらしいけど。

「それじゃあうちの子が成人したときには写真頼もうかしら」

「あはは……えっと、今年で17歳だっけ?」

「はい」

「3年か……頑張ります」

 そういって笑う雨澤さんにボクもつられて笑う。どこか高級なところで撮ってもらうより雨澤さんに撮ってもらった方が記念に残りそうだな思う。

「あれ?そういえば……息子さんもいらっしゃるんですよね?」

 ふと気づいたようにいう雨澤さん。そういや、初めて会った時話の流れで双子の兄がいるっていったんだっけ。こんなことになると思ってなかったし。

「えっ、ええ。息子は朝から泊りがけで友人の家に行ってるの」

 お母さんがごまかすように言う。それは、ボクたち家族の中で隠すべきとしたことだから。

「そうなんですか。双子さんのようですし僕でよければお兄さんの写真も成人したあかつきにはとらせてください。それまでに僕も頑張っておきますので」

 ニッコリと笑う雨澤さん。本当にいい人のようだ。だからか、ちょっとだけ嘘をついてることに胸が痛んだ。

 なんでだろう、久しぶりにミッドガルドのメンバーでも、家族でもない人とこんなに長く会話したからかな。




 Ⅱ


 雨澤さんといつかまた写真を撮ろうと約束してからボクはミッドガルドに向かった。

 なんで電話とかじゃだめなんだろうと思うけどそれが決まりなら仕方ないと毎日顔をだす。といっても病気や怪我をしたらさすがに別だけど。インフルエンザなのにここにきたら、それはある意味テロ行為だし。

「こんにちはー」

 ボクはミッドガルドの休憩ルームの扉をあけながら挨拶をする。ここに誰かいてくれればいちいち他の職員を探す手間が省けるんだけど……。

 その懸念はすぐに無駄なものだとわかった。そこには桃花ちゃんを始め椎名さんに若草さん……戦闘員全員が集まっていた。

 一同はみんな若草さんのもとに集まっていた。

 ボクの声に反応して顔を向けてくる。

「えっと……?」

 あれ?ボクなにかしたかな?

「今、白乃ちゃん?」

「う、うん」

 なにか企んでいるのかと警戒しながら桃花ちゃんに頷く。すると、椎名さんも立ち上がりボクの元に近寄ってくる。

「私達に秘密にしていたのか?」

「そうだよそうだよ」

「はい?」

 話がつかめず聞き返す。

「椎名さま、水鳴さま、白乃さまが困ってますよ」

 クスクスと笑って若草さんが立ち上がる。手になにか持っているようだけど……。

「白乃さま、こちらの雑誌を見ましたか?」

「えっ?な、なんで?」

 そういって見せた雑誌は『マルフォト』。それはボクが乗っている雑誌で、それで皆がボクの映った写真が掲載されているのを見て騒いでいたことを知る。

(あっ……)

 ―――えっ、なになに?

(すぐわかると思うぞ)

 ―――なんなの黒哉!

 なにか気づいたような声。どういうこと?

「白乃さま。わたくしの父が経営している出版会社は?」

「株式会社ダイアリーローズ館講社……って、あっ!!」

 ボクは若草さんの持っている雑誌をよく見る。そこには薔薇のマーク。それはダイアリーローズという会社が発刊しているということを示している。

(よく考えたら若草さんが知っていてもおかしくなかったな)

 ―――確かに……。

 日本三大グループのひとつ。若草グループの令嬢、若草海優。

 グループの取り組みの一つには出版社もやっている。だけどマルフォトもそうだったなんて、見落としてたな。因みに椎名さんの漫画のいくつかはダイアリーローズでだしているらしい。

 ミッドガルドの情報は基本的に職員以外は知らないけど関係者となれば別だ。若草グループはミッドガルド創設の出資者でもある。それに加え令嬢が職員となればボクたちの事を知っていてもおかしくない。

 きっとボクのことを知っている誰かが若草さんに雑誌を見せたのだろう。

「もう、こんなことしてたなら言ってくれたらよかったのにぃ」

「あはは……ボク自身も今朝まで忘れてたし……それに、偶然ボクが写真を撮った時にに雨澤さん―――その写真の撮影者人とあったに過ぎないから言うほどでもないかなって」

 それに賞をとらなかったら雑誌に載らなかったわけだし。

 ボクは少し言い訳めいたことをいっていると戸が開く。そこから顔をだしたのは赤崎さんだった。そうだ、ボク顔出しに来たんだった。よかった、探す手間が省けて。

「白乃達も来たのか」

「はい。顔出しに」

 赤崎さんは頷いて雑誌に目を向ける。

「にしても面白いことをしていたんだな」

 あぅ、知ってたんだ……。あんまり身内に知れ渡るのも嫌だな。といってもいつかはバレるんだろうけど。

「しかし、こうしてみると白乃さまの良さが際立ちますわね。どうです?読者モデルなんてものをしてみませんか?」

「うっ、いえ……そういうのは結構です」

「結構というのはいいという意味だな」

「そんなわけないじゃないですか、椎名さん!!」

 思わず声を大きくしてしまう。なんだか悪徳業者の言い訳みたいだ。

「まあ、冗談だが、しかし若草もそういってるんだからやってみたらいいじゃないか読モ」

「ボク、そういうの苦手ですし」

「何をいまさら。エロマンガのモデルになってるんだから」

「それはあなたが勝手にやったんですよね!?」

(それはアンタが勝手にやったんだろ!?)

 思わず黒哉も突っ込んだらしくシンクロする。

 そうだよ、この件に関しては訴えたら勝てるレベルなんだよね。

 盛大にため息をつく。やっぱりボクはミッドガルドここは苦手だよ。

 そうだ、帰りに池を見に行こう……。雨もまだ降っているしね。




 白乃が脱力している時、件の賞をとった雨澤雪兎は自宅でマルフォトの編集者と電話で話し合いをしていた。

「……えぇ。はい、わかりました」

 内容はこれからの契約について。マルフォトは月刊誌。故に12回自分の写真を載せてもらえることとなる。ひと月につき載せられる写真は1〜2枚。

 これらの写真が誰かしらの目にとまるかどうかが勝負の鍵となる。

「では……また」

 雪兎は息をつく。雑誌に写真が掲載されるのは初めてではない。しかし、今回のような大掛かりなものは始めてだ。

「次はどうしようか」

 あの時は白乃さんのような素敵なモデルを偶然にも見つけられた。だけど、次もそううまくいくとは限らない。

 雪兎はため息をつく。まさか次回も白乃に頼むことなどできないなと思っていた。

「よし」

 雪兎はアシスタントの仕事に行くまでの間にネットを開ける。なにか面白い催し物があるかもしれないと検索をかけた。




 Ⅲ


「景色のいいところ、ですか?」

 突然雨澤さんから電話がかかってきて俺は慌てて体を白乃のものに代えて意識も白乃に渡す。土日の夜ならともかく今日は水曜日……、俺の体だ。

 声帯だけ渡すことが出来ればいいのだがそれもできない。非常に面倒だ。

『そうなんだ。僕は景色を撮るのが好きなんだけどいい場所が見つからなくてね』

「うーん……具体的にどんな意味で景色のいい場所なんですか?建物が、とか自然が、とか」

 毛布にくるまりながら白乃が返す。現在は俺が服を脱ぎ捨て白乃と変わり、そのままなので裸で会話をしているという状況だ。

 逆のパターンは休日の時によくあるのだがこのパターンは珍しい。というか初めてかもしれない。

 白乃の存在を知っている人は俺の声で白乃が答えてもなにも感じないから必然的と言えば必然的だ。

 でも雨澤さんというイレギュラーが増えたのであれば話は変わってくるわけで……。

『そうだな……イルミネーションとか見てみたいかも』

「イルミネーションですか?」

 時期的に夏に差し掛かろうとしている今、イルミネーションをやっているところは少ないよな……でも、無いわけではない。

 ―――クロックタワーとかどうだ?

(あっ、そうだね)

 俺の提案を受け入れ雨澤さんに提案する白乃。

『クロックタワー……かい?』

「はい。あそこは四季によって変わりますから……今は夏バージョンのイルミネーションが見れますよ」

 白乃は笑いをこぼしながら雨澤さんにクロックタワーの説明を続ける。この4月できた新しい観光スポットだ。

 やはり家族、身近な親戚、ミッドガルドのメンバー以外の人と話せるのは嬉しいのかもしれない。

 でも、なんか面白くないな。

「はい。夏場は休日の午後8時以降からイルミネーション開始です……はい、それでは」

 ふう、と息を吐いて白乃はベッドに転がる。

 ―――ダラダラする前に俺に体を返すか服を着るかしたらどうだ?

 女性はお腹を冷やしてはいけないというのはよく聞く話だし。

(うん。今代わるね)

 ベッドに横になったまま息を抜くと熱を感じて俺と精神も体も入れ替わる。

 なぜか鼓動がやたら早い。

「なんだ?」

 俺は体を起こすと息を整えてみる。すると意外に早く心臓が落ち着く。

「……なんだったんだ?」

(どうしたの?)

 ―――いや……なんでもない。

 俺は白乃に心で返して脱ぎ捨てた衣服を再度着始めた。




 いつも通りの学校の帰り道。ボクたちはミッドガルドに向かっていた。隣には桃花ちゃんもいるけどなにかよからぬ妄想をしていて黙々と歩いている。

(最近機嫌いいよな白乃)

 暇を持て余したのか不意に黒哉がボクに言う。

 ―――そう、かな?

(ああ。なんか機嫌がいいことが多い気がする)

 黒哉に言われて考えてみるがボクはそんな気がしない。別に普段通りなんだけどな。あっ。

 ―――この前長い間雨を見ることができたからかな。

 その、この前というのは雨澤さんと初めて会った時。

 今年は空梅雨で雨が少ないからなぁ。

(……ふうん)

 どこか納得言ってない様子で黒哉は返す。

 やっぱり機嫌がよく思えるのかな?別に普通にしてるつもりなんだけど。

 まっ、いっか。悪く思われるよりいいし。

 自分の中でそう結論つける。そんな風に話しているとボクたちはミッドガルドにつく。

「赤崎さんはまだ学校だよな」

「そうだね~。だから二宮博士か戦闘員管理者の人たちに合わなきゃね」

「そうだな」

 頼むから先に戦闘員管理者の誰かに会いたいと願ってみる。

 黒哉も博士には会いたくないのかフラグにならない、これはフラグにならないと心の中で繰り返しいる。

 というか、それがフラグな気がする。

 と、思った瞬間それがやっぱりフラグだと悟る。

「いよ~、白乃クン、桃花クン」

「黒哉です。そして顔は出しましたさようなら」

 黒哉は必要なことだけ述べて踵を返そうとする。

「いやいや、待ちたまえ!今日は折り入って頼みがあるんだ」

 だけど博士が止めに入る。

 なんですか、とでも言いたげな感じで振り返る黒哉。

「どうしたんですか~」

 対して桃花ちゃんはそんなボクたちに気も留めずに尋ねる。

「うむ、まぜは黒哉クンには白乃クンに変わってもらって2人に二の腕を差し出してもらって―――ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!冗談だから」

「次二の腕というワードでたら俺は帰りますから」

 睨みをきかす黒哉。

「う、うむ。今日はキミたちの前で言わないことを誓おう」

「出来ればこれから先も言ってほしくないんですけど」

「では本題だがな、とりあえずトレーニングルームに行ってくれるかな。夏藍クンと海優クンもそこで待っている」

 博士に引率されてボクたちも歩き出す。椎名さんたちも来て……どうしたんだろう?

「いよっ、待たせたね」

 トレーニングルームに入りヒョイと手を上げる博士。そのままひょいひょいとガラス張りの観察ルームに移動していく。

「なにするか椎名さんたちは聞いてるんですか?」

 黒哉が2人に尋ねる。しかし2人とも首を振って知らないという意志を示す。となると、博士待ちか。

『よしよ~し、少し待っててくれ』

 マイクを通して言うとなにかを機械に打ち込む博士。10秒後ボクたちの前になにかの―――ラグナロクの足が現れた。

「あら?これはわたくしと桃花さんで倒したラグナロクの足ですわね」

「たしか、狼型でしたよね」

 ああ、そういえばいたねそんな形のラグナロク。よく見れば肉球のようなものもあるし。

「それで、コイツをどうしろというのだ?」

『うむ、いい質問だ。ラグナロクの研究の為にキミたちには変身してそれぞれこのラグナロクの残骸に攻撃を当ててほしいのだ』

「残骸に?」

 その今一つわからない指示に椎名さんが疑問の声をあげる。

『うむ。今回の実験はラグナロクになぜヒーローパワーが通じるのかということじゃ。ラグナロクにヒーローパワーを当てたさいの反応等を観察するのだ』

「なるほどな」

 そういうことか。いつもは、始めてあった時のセクハラをのことがあるからどこか不真面目なイメージがあるけどこういう時は権威ある学者であることを思い出すな。

「あの、よろしいですか?」

 若草さんがスッと手をあげる。

『なんじゃ?』

「なぜ、全員参加なのでしょうか?先ほどのお話ではお一人でも十分に感じられるのですが」

 あっ、言われてみれば……。

『まっ、一応じゃ。変わりは無いとは思うが一例だけでなく多数の例を集めておきたい。もしかすれば人によってラグナロクの反応が変わるかも知れぬからな』

「そういうことですか。わかりましたわ」

 若草さんが頷き変身を始める。ボクたちも続き変身する。

『それでは、オーディンクン、やってくれぃ。ただし、バラバラにしないように気を付けてくれよ』

「わかってる。貧欲なる二狼ゲリ・フレキ

 オーディンが2匹の狼を出す。その2匹はラグナロクの足元に近寄り噛み付き肉をちぎる。

『ふむ……よく、わかった。次、トールクンお願いする』

「力加減難しいな……雷鳴戦車を引く者タング・リスト

 ボクは少し迷ってミョンニルは出さず、代わりに拳に雷を纏わせる。

「やぁ!」

 ボクは光速に近い速さで地を蹴ってラグナロクを突き刺す。ボクの拳はラグナロクの肉を突き破る。

「うっ」

 だからこの技は嫌いだ。ラグナロクに血液のようなものは無いけど、肉の変な感触が気持ち悪い。

『ふむ、いいぞ。次フレイヤクン』

「ん~と、これでいいか。眠れるさざめきフレムシュレフ

 ラグナロクの周りに爆発が起きる。いいな~、力加減もできるし。

(そんなに気持ち悪い?)

 ―――うん。肉料理とは訳が違うし……。

『ふむふむ、では最後。バルドルクン頼む』

「はい。嘆きの宿り(ミステルテイン)

 一本の矢を産みだしてラグナロクに突き刺す。

『おお、わかったぞ。よおし、よくやってくれた。ごくろうじゃ』

 博士はなにかしらタイプしながら言う。ラグナロクは姿を消したのを見てボク達も変身を解く。

『よしよし、今日はありがとうな。解散じゃ』

 博士の満足したような声。これで終わり、か。

 黒哉が帰ろうと扉を開ける。だけど、その背中に椎名さんが声をかけてきた。

「そういや、あの写真の反響がすごいようだな」

「はい?」

 椎名さんの言葉に黒哉と一緒になって意味のとらえ方に迷ってしまった。




 ―――早く早く!!

(待ってろって)

 ボクは黒哉を急かす。あの後急いで黒哉に家を帰らせて服も着替えぬままパソコンをつけてネットを開ける。

 そして検索をかける。『白黒オセロ マルフォト』で。

 バッと検索結果が表示される。白黒オセロのホームページやマルフォトのホームページがあるが目的のサイトはそれではない。とある掲示板でまとめられたスレを開く。

『【速報】白のモデル発見』」

 そんなタイトルでまとめられているスレは白黒オセロの白とマルフォトで掲載された雨澤さんの写真が並べられている。

 ―――終わった。

 ボクは絶望する。スレの内容は白とそっくりの少女がいるというもの。それもそうだろう。白のモデルはボクなんだから。

(ま、まあまあ。似てるだけだから)

 黒哉が励ますように言う。

 でも、よく考えたらそうだよね。認めたくないけど白黒オセロは人気成人漫画だしマルフォトもカメラ好きの間ではメジャーな雑誌みたいだし。ああ……もう、コラ画像が出回ってるよ……。

(し、白乃?)

 ―――ボクしばらく表でないから。

(お、おい!!そ、そうだ、明日は雨が降るらしいぞ!!)

 ボクの気を紛らわそうとして黒哉が色々ボクに励ましの言葉を上げ続けた。

 なんとか気を持ち直したときにはすでにお母さんが晩御飯の準備を終えていた。




 そんなことが起きているとは露知らず、撮影者の雪兎はカメラのアシスタント活動を行っていた。

「はい、お疲れ様でした」

 今日の仕事はとあるファッションモデルの撮影。もちろん一人だけではなく複数人を次から次へと撮影していた。先ほどの女性が今回の最後のモデルである。

「お疲れ、雨澤ちゃん」

「あっ、はい。お疲れ様です」

 雪兎は声をかけてきた、自分がアシスタントしているカメラマンである男性に返す。

「そうそう、キミマルフォトで大賞とったでしょ?教えてくれたらよかったのに」

「えっ、あっ……よく御存知で」

 まさか知っているとは思っておらず雪兎は驚きの声を上げる。

「知ってるも何もオレも読者だからね。それに俺もマルフォトで大賞とってから仕事が増えたしね」

「そうなんですか」

 雪兎は意外そうに驚きながらやはりマルフォトで自らの夢を叶えることができるのだと再認識していた。

「雨澤ちゃんは次号の写真何撮るか決めてるの?」

 自身の経験から1年の契約があることを知っている男はそう問いかける。

「まだ、完全には決めてはいませんが、とりあえず第一候補はクロックタワーのイルミネーションですかね」

 雪兎は白乃が提案してきた時の会話を思い出しながら答える。

 正しくは白乃の提案ではなく黒哉の提案なのだが、そんなことは雪兎には知る由もない話だ。

「ふ~ん、クロックタワーか。いいね~。なになに、あの写真のモデルのと一緒に行くわけ?」

 少し下品そうなニヤニヤした笑いを浮かべながら雪兎に聞く。それに思わず苦笑いを浮かべる雪兎。

「あの子は偶然知り合っただけですよ。あったのまだ2回だけですから」

「な~んだ。てっきり彼女か何かかな~って思ってたのに」

「ははっ……、僕には不釣り合いな子ですよ」

 謙遜と白乃の顔立ちを思い出して言って笑ってみせた。そんな雪兎に十分美男美女カップルと認められるよ~と軽口をたたく男に雪兎ははそんなことないですよと首を振っていた。

 でも、1人で行くのも寂しいかなと、胸中で雪兎は呟いていた。




「最大パワー……落す巨人ヨツンスマッシュ!」

 ギュルゥゥゥ……!

 ボクは大蛇だいじゃ型のラグナロクにとどめをさす。今日はクネクネした動きを捕えるのが難しくて少し手間取った。

極寒の死世界ニブルヘイム

 今日共に戦ったバルドルがラグナロクを吸収してくれる。

 ニブルヘイムは北欧神話における第三層世界。死者の世界とも呼ばれている。その世界に送るという意味を込めてラグナロク吸収時にはニブルヘイムと呼ぶようになったらしい。

「お疲れ様です。ホワイトさま、ブラックさま」

「バルドルも、お疲れ様です」

 ボクは返す。地上ではボクらに声援を送る人々。バルドルとなら安心してそれに応えられる。少し恥ずかしいけど。

 ボクたちが小さく右手を振るとさらなる歓声が沸きあがる。

「あら?あれは」

 だけど、そんな時にバルドルが何かを見つける。その視線を辿ると……。

(あっ、そうだ!ここは!!ホワイト、さっさと連れて逃げろ!)

「えっ、あっ……そういう!!」

 ボクはソレに気づくと慌ててバルドルに寄り添ってテレポートを開始する。

「無垢な笑顔がわたくしを―――」

 余計なことを口走らないうちにテレポートをしてミッドガルドに移る。

 そうか。ここには幼稚園ソレがあるんだ。

「あっ……何するんですの」

「いや、そうしますよ」

 ボクは、はあと息をつく。頭のあほ毛がピョコンと揺れるのがわかる。

「そこに幼稚園があるのなら行くのが礼儀ですわよ!」

「そんな礼儀はありませんから。とりあえず落ち着いてください」

 そう、若草さんがこの戦闘部隊の一因となるのは幼稚園や保育園などの園児……の相手をする保育士さんや幼稚園の先生の顔が異常に好きだから。ちなみに保育士さんなどであったら男女関係ないらしい。

「ほらっ、早く変身解いて今回のラグナロクを博士に渡しましょう」

「わかりましたわ……」

 かなり残念そうに頷いてボクに続く。なんでこうなるのか……。

(そういう意味では戦闘する時は椎名さんが一番いいかもしれないな)

 ―――確かに。

 黒哉に返しながら思う。基本的にはアレだけど突飛な行動をしないという意味では椎名さんが安定するかもしれない。一番強いし。

「ほいよっ、チミたちお疲れさん」

 にじり寄る二宮博士。今日は薄手の長袖だから二の腕を隠せてるけど……これから暑くなっていくと半袖も着ていくことになるからなぁ。

 まだ半袖ならマシだけどキャミソールとかは着ないようにしなくちゃな。

「では、海優クン。二の腕を差し出して―――」

「送っておきましたわ」

「グフォォッ!?」

 あっ、はじけ飛んだ。

「くぅぅ……ワシにやらせてくれていいじゃないかぁ。なんのために二の腕にボタンを付けたと思っとるのだ」

「「えっ?」」

 その博士の言葉にボクたちはそちらを向く。

(白乃、代わってくれるか?)

 ―――うん。

 黒哉に言われて代わる。

 ボクたちはこのボタンを付けたとき二の腕でなくてはならないと聞いた。だけど、先ほどの博士の言い分を聞くと、それは“自分の趣味”のために二の腕につけたように聞こえた。

「あっ……」

 自分の失言に気づいたのか床に這いつくばりながら声を漏らす博士。

「おい、オッサン。どういうことだ?」

 黒哉が近づいて威圧する。

「およよ……黒哉クンに代わったみたいだねぇ。そうかそうか。今日はもういいぞ、帰ってくれたまえ」

「帰るわけないだろ?」

 冷や汗をタラタラ流す博士。

「単刀直入に聞く。H-EROボタンは二の腕でなくてもよかったんだな?」

「はい、そうです」

「二の腕にした理由は?」

「服で隠れやすくて触りやすいからです」

「本当は?」

「趣味だ!!」

「おい、コラッ!!」

 開き直った博士に黒哉が蹴りを入れようとする。

「お待ちになってください」

 だが、そんな黒哉を抑える若草さん。

「わ、若草さん?」

「おお、助けてくれのかね?」

 困惑した声を上げる黒哉と歓喜するような声をあげる博士。

 黒哉、そりゃそうだよ。

「まず黒哉さま。今は白乃さまの体であることを思い出してください」

「えっ、あっ……つっ!」

 今日のボクはスカート。足を振り上げればスカートの中が見えてしまう。

(白乃、ごめん)

 ―――気を付けてね?

(おう)

 黒哉も気づかないのは仕方ないから怒る気はしない。

「そして、博士」

「美海クン……」

 ニッコリと笑う若草さん。そしてパチリ指を鳴らし告げる。

三影みかげ、お仕置きをしてあげなさい」

「かしこまりましたお嬢様」

 どこからか現れたのかピッチリとしてスーツを来た若草さんの専属の執事が頭を下げる。そして。

「みなさま、やってください」

 三影さんが静かに告げるとサングラスをつけた屈強な男たちがどこからともなく表れて博士を連れていく。

「ちょっ、止めたまえ。離してくれ!やめろー……!!」

 どんどん遠くなる博士。

「死なない程度にお願いいたしますねー」

「御意!」

 屈強な男たちが若草さんの声に返す。流石はお嬢様。自分の手を煩わせずにより恐怖を与えるなんて……。

「お嬢様、これからどうなさいますか?」

「もう帰りますわ。黒哉さまもおかえりになさいます?一緒にかえりましょうか?お送りいたしますよ?」

「あっ、ありがとうございます」

 黒哉が頭を下げる。

「では、お嬢様、灰垣様。どうぞこちらへ」

 三影さんに連れられミッドガルドを出る。

「みぎゃーーーー!!!!」

 なんだか叫び声が聞こえるけど……無視でいいよね。




「ありがとうございました」

 白乃は頭を下げる。

「おきになさらずに。それでは、ごきげんよう」

「さようなら」

 白乃は軽く手を振って若草さんたちを見送る。リムジンを颯爽と乗るのをみているとやっぱり若草さんはお嬢様なんだなと思ってしまう。

「ただいまー」

 白乃が施錠して部屋の中に入っていく。その時携帯が鳴ってそれを見る。

(代わるね、くろ……あっ)

 慌てて部屋に行こうとする白乃だがディスプレイ画面に表示されている名前をみて動きを止める。そこに刻まれている名は雨澤雪兎。つまりは白乃あての電話ということになる。

 ―――なら、ゆっくり話ししな。

 俺は白乃を促す。普段は俺あての電話が多いがゆえに俺にあててのものと思ったんだろうな。俺もそうだったし。

「はい、もしもし」

 白乃がゆっくり自室に向かいながら電話を始める。

『あっ、白乃ちゃん。こんにちは』

「こんにちはー。どうしたんですか?」

『うん。実はさ明日クロックタワーに行こうと思うんだけど……どうかな?夕食もご馳走するし一緒にいかない?』

「えっ……?」

 突然の言葉にポカンとする白乃。俺も俺で雨澤さんの説明を待つのであった。




 海優専属のSPに二宮博士が仕置きを受けている時、恵美は一人でパソコンと睨めっこをしていた。

 先日の戦闘員を使った実験でラグナロクとヒーローパワーの研究がすすめられていた。その攻撃を通じてわかった結果は、戦闘員1人1人のヒーローパワーがラグナロクに吸収されてそれがダメージとなっているということだった。

 しかし、根本的になぜこのパワーが吸収されているのか、なぜ吸収されてダメージと還るかはいまだ不明のままだった。

 というより、わざわざ解明する必要があるのか?

 恵美は疑問を覚えるが仕方がない。これは司令なのだから。

 ミッドガルドは二宮博士が立ち上げた独立機関である、形式的には。

 実際は国連に管轄されている第三者機関、第二層の地上世界ヨツンガルドに度々“意見”を出されいる。ヨツンガルド事態が国連管轄の機関であるため実質は国連の意見とも言い換えられるのだ。

 ミッドガルドは民間企業からの支援もあるが、国連からの支援も多くあり、立ち上げることができた機関であるため、ヨツンガルドの意見を無視することはできない。下手をすれば支援打ち切りなどということもあり得る。流石にそんな馬鹿げたことはしないと恵美は信じたいが不信を募らせていいわけでは無いので仕方なくヨツンガルドからの要請でヒーローパワーとラグナロクの相関関係を研究しているのだった。

「しかし、これはどういうことだ?」

 ミッドガルド側も要請される前から既に仮説はいくつか立てていた。だが、今回の実験で得た結果はその仮説を覆すものだった。

 各戦闘員によって吸収されるヒーローパワーの率が異なっていたのだ。

 実験に使っていたラグナロクだけで見るのであれば一番吸収していたのは桃のフレイヤのヒーローパワー。逆に吸収が悪かったのは緑のバルドルによるものだった。といっても、対して差は無いのだが……、ここでは少しでも差があるということが大切だ。

 これが何を示しているのかわからない。しかし、吸収率と与えるダメージの量には相関関係があるのはこの実験からも明らかで吸収率が高いほどダメージも大きかった。それには物理的ダメージの量などは存在していない。

「となると……」

 恵美の頭には嫌でも最悪のビジョンが浮かび上がる。

 もし、戦闘員のヒーローパワーがすべてラグナロクに共鳴しなかったら……。

 それはいくらヒーローパワーを用いてもラグナロクが倒せないことを示している。あの子達は傷つき世界は終わりを辿る。

 その時、ミッドガルドは……その時、私はどうするべきだ。

 恵美は唇をかみしめラグナロクとヒーローパワーの相関関係の研究を続けた。

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