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第一章

 Ⅰ


「被る、舐める、香る、しゃぶるができるパンツは下着のなかで最強だと思うの!!」

 俺の人生経験上、朝最初に会った時の挨拶は『おはよう』だと思ってきた。だがその俺が築いてきた常識をコイツはいとも簡単に塗り替えてきた。

  確かに仲の良い友人関係なら『おう』とか『やあ』とかで済ませることがある。でも、それでも挨拶ということには変わりない。

 しかし、これは確実に言える。挨拶じゃねぇ。

「……とりあえず、パンツは穿くものだ」

 ひとまず訂正からはいる。ちなみにここは道の真ん中。後ろから聞きなれている、タッタッタッという走る足音が聞こえ、立ち止まってみたら挨拶じゃなくてこれだ。

「あっ、見るってのもあるよね」

 誰がそんな話をした。話をきけ。

 ……はあ。

 ため息を胸中でつく。もう朝から疲れた。よし、奥に引っ込もう。後はまかせた。

「へっ!?ちょ、ちょっと!」

「あれー?白乃しろのちゃんになっちゃった?」

 ―――白乃ー、任せたぞ。

黒哉くろや、困るよ!)

 ―――俺、もう朝から疲れた。

(で、でも―――)

「もしかして二人で会話してるの?」

「う、うん。まあ……あはは」

 何となくごまかすように言う白乃。こういう時に白乃という“別体格人格”があるのは便利だ。

(黒哉!今日のこの体は黒哉のものでしょ!?だからボクがでるのはおかしいよ!!)

 ―――周りに俺たち以外の人はいないだろ。だから白乃が出てても問題ないって。

(だからって―――)

 なんて、やりとりを繰り返していると左の二の腕の辺りにジンとした熱を感じる。見ると目の前の少女―――桃花ももかも二の腕に異変を感じていたようでそちらを見ていた。

 赤く淡く光る二の腕。そしてすぐに耳に取り付けられている極小のインカムから通信が入る。

『よーし、キミたち!!』

 白乃に頼んでいきなり通信を切ってもらいたくなった。だが、まことに残念ながら通信をこちらから切る方法はない。

 繰り返す。非常に残念だ。まあ、こっちからも話すことはできるが今回は桃花も隣にいるしキミたちという複数形が誰と誰を指しているのか明確だからあえてしないが。

『東京新宿区にあいつらがでよった!今すぐ急行してくれたまえぃ』

 プツンと用件だけ述べて通信がきれる

 あのムカつくオヤジの声が聞こえなくなったのは喜ばしいことだ。

「よーし、いくよ!白乃ちゃん!!」

「……わかったよ」

 ―――がんばれー。

(黒哉も戦うの!主体は確かにボクだけどさ!!)

 白乃はちょっと怒りながらもしぶしぶと二の腕にある、その小さなボタンを押す。

 その途端訪れる浮遊感。来ていた服が光って別の衣装に変わっていく。顔つきも俺のものと白乃のそれとが足して2で割ったような顔になる。荷物も自動的に消失する。変身を解いたら戻ってくるが。

 なお、胸はほんの少ししか出ないがそれはもとから白乃の胸が小さいからであり、俺が入っているということで小さくなっているという訳ではない。多少は影響は与えているだろうけど。

(黒哉うるさい)

 ―――あれ?聞こえてた?

(聞こえるように言ったくせに。どうせ胸小さいようだ)

 白乃が拗ねた声を上げる。だが、そんな馬鹿な話をしてても変身は自動的に行われる。そしてビキニ姿を思わせるほどの露出度の高い服装に変わる。いくら夏にかかろうとしているとはいえこれはどうだろうか?

 そしてその服装の色は―――。

「灰のトール、変化終了!」

 白乃の声と共に輝きが消える。桃花も変身を終えたようで声を上げる。

「桃のフレイヤ、変化終了」

 キャフッといった擬音が似合うポーズを桃花がする。胸元には首飾りがついている。

「いこっか……フレイヤちゃん」

「レッツゴー」

 既に精神が衰弱している様子の白乃―――もといホワイトトールが靴を二回トントンとたたく。桃花―――もといフレイヤも続く。俺の周りには灰色のベールがまといフレイヤの周りには桃色のベールがまとう。そのベールが解けたときには俺たちは東京新宿のあるビルの上にたっていた。

「あれが、今回の」

 ホワイトが顔をしかめる。視線の先にはタコ型の巨大なモンスター。そいつは自分の吸盤がついた足を器用に動かしニュルニュルと街を進行していく。たくさんの人たちがそのタコから逃げる。さっさと片づけるか。

「触手きたー!!」

「そこうるさい」

 ―――そこうるせえ。

 俺とホワイトのツッコミが重なる。因みにこの変身後のトールの状態だと俺の声も一緒に戦う人に聞こえる。

「だって触手だよ!ホワイトちゃんはともかくブラックくん、男の浪漫ロマンなんじゃないの?」

 ―――俺にそういった趣味は無いし、そもそも相手は敵だし。ほらっ、行くぞ。

「む~……触手に女の子にイキ顔は―――っておいてかないでよ」

 なにやらいらないことをいってるフレイヤを無視して、体に風をまとわせて、真っ直ぐにタコのモンスターに近づく。

 ―――タコとしての性質を失ってないなら弱点は目と目の間だ。そこを突けば倒せるはずだ。

「了解―――!倍加の力帯(メギンギョルズ破壊する槌ミョンニル!」

 声と同時にお腹に赤い帯がまとわり右手に巨大なハンマーが現れる。それらが現れる時に瞬いた光が巨大タコの目に入ったのか進行を止めて俺たちに視線を向ける。

想う爆発ヘルツフレム

 フレイヤが後ろから声を放った途端にタコの周りにボンボンと爆発が起きる。

 ―――フレイヤ、そのままアイツの動きを牽制けんせいしててくれ。

「了解~。眠れるさざめきフレムシュレフ

 小さな爆発がタコの周りに起きてフレイヤはタコを挑発するようにくるくると回りだす。

 その様子に逃げ戸惑っていた人のざわめきが消えて俺たちを注視し別の声が聞こえ始める。

「あれは……」

「だよね……」

 そういった確信じみた声が俺たちの耳にも届く。

「うぅ……」

 人前に出るのがいやなホワイトが恥ずかしげに声を上げる。というか、露出も高いし胸の大きなフレイヤと並びたくはないだろう。

 ―――ほらっ、さっさと片付けるぞ。

「うん。最大パワー……落す巨人ヨツンスマッシュ!」

 巨大なハンマーを振り上げるホワイト。もちろん質量は馬鹿にならない。だが、メギンギョルズのおかげで軽々と操ることができる。

 どおん!!

 大きな音が響く。フレイヤに気を取られていた巨大タコの眉間に一撃を食らわせる。

 キィィィィン!!

 悲鳴を上げる巨大タコ。その途端に体がバラバラになる。

「吸収せよ。極寒の死世界ニブルヘイム

 例の二の腕のボタン部分が白く輝きタコのカラダがそこに集まり吸収されていく。

「ホワイトちゃん!」

「きゃっ」

 吸収し終わった後汗を拭おうとしていたホワイトにフレイヤが抱きつく。やれやれ……いつもどおりなようだ。そんな俺たちの姿を見て下の人たちが歓声をあげる。

「ありがとう」

「俺たちの希望だ!」

「流石だ―――人類の希望ミッドガルド!!」

 この声たちにいまだ慣れないホワイトは小さくなり、フレイヤは短パンを少しずらして自分の下着を見せよ―――。

「ってちょっと!?」

 ―――おい!?

 ホワイトが気付いてあわててフレイヤと共に靴をたたくことによってテレポートをしたのだった。

 どうやら、俺たちの同僚の変態性は露出狂にまで進化しそうであるようだ。




 新宿から帰ってきて変身を解く。まだ奥に引っ込んでいたかったが俺が引っ込んだとき同様、不意をつかれて白乃に半ば無理やり入れ替えられて、しぶしぶ俺が表にでることになった。

 今から奴と合わねばならないというのに……。まあ、だからこそ白乃が後ろにひっこんだんだろうし俺もそっちの方が安心な気がする。

「あれー、なんか疲れてるねー」

「六割お前のせいだけどな」

 俺は半眼で隣の(巨乳の)少女―――水鳴みずなき桃花を睨む。俺たちは今人類の希望ミッドガルドの本拠地にいる。そして今、俺の天敵を待っている。というかもう見えているが。

「いよー、よくやったねー」

 鼻につくような独特な声音のオヤジ―――二宮にのみや博士が俺たちに呼びかける。因みに苗字しか俺は知らない。というより二宮も本名かどうか怪しい気がしている。

「よしよし、では早速今回現れたモンスターの解析をさせてくれるかな、白乃クン!」

「いや、俺黒哉ですし、この体は俺のものですし」

「そんなことはわかってるとも、だから早く性転換して白乃クンに変わってもらいたいのだ!!」

 ―――だってよ白乃。

(断固拒否!)

「嫌らしいぞ」

「なぜだ!」

「当たり前だ」

(当たり前です)

 二連ツッコミ。つっても俺のツッコミしか他の者には届いてないがな。

「ぐっ……どうしてもダメか。なにをしようというわけではあるまい。ただ今回のタコの成分を調べるためにエイチイーアールオー吸放出きゅうほうしゅつボタンからキミたちが取り込んだタコの残骸を貰うだけじゃないか。二の腕をペロペロハスハスクンカクンカするわけではない!」

「あっ、モンスター残骸パソコンに送っときましたから」

「ノー!いつの間に操作を覚えた」

「特定のコードを指示するだけじゃねえか」

 因みにその特定のコードというのはH―EROボタンをダブルクリックの要領で二回押して声で命令するだけというもの。むしろなぜ覚えられないと思った。

「ぐー……桃花クン!」

 最後の頼みと言うように桃花にすがる二宮博士。だけど答えは。

「黒哉くんならいいけど博士だけには触られたくないです」

「ぐふぉっ!?」

 あっ、弾けとんだ。このおっさんも懲りないもんだ。

「じゃあ俺たち帰りますんで。学校サボってる身ですし」

 といっても俺たちのクラスである2―2の教室では俺たちのアンドロイドがいるから出席扱いにはなってるけど。

 なお、アンドロイド制作者は二宮博士。こういうものをさらっと作り上げる辺りはスゴい。

「うぅ……二の腕ぇ……」

 後ろの気持ち悪い声を黙殺して桃花と連れだって歩き出す。目的地は俺たちの学校―――院ノ宮(いんのみや)蘭丸(らんまる)高校だ。




 Ⅱ


 校舎裏の倉庫がある場所はフェンスが壊れていてそこからなら門を通過しなくても出入りができる。予鈴遅刻しそうな生徒はよくここから出入りして正門でのチェックを回避するなど一部の生徒では有名だ。

「よしっ、お疲れさま。戻ってくれ」

「戻ってー」

 その抜け穴から校舎内に侵入して待ち構えていたアンドロイドに話しかける。すると薄くそれぞれのカラー―――灰色と桃色に光って消えていく。

 博士お手製のこのアンドロイドはH―EROボタンとも連動していて戻れと言えば自動的に基地にワープするようになっていた。非常に便利だ。

 休み時間である今のうちに急いで教室に戻る。そのさなかにも噂話が生徒たちの間から聞こえる。

「ミッドガルドの皆様が活躍したんだって!!」

「今回は巨乳のフレイヤ様に美脚のトール様が活躍したらしいぞ」

「美しくて強い、素晴らしい」

「ああ、フレイヤ様の胸で叩かれてトール様の美脚で踏まれたい」

「彼女たちがいたらこの日本、いや世界は大丈夫だろうな」

 約一名おかしな奴がいたが、流石はミッドガルド。人気なようだ。俺は主体として戦ってないので自分が誉められている気にはならないのだがな。

 ―――白乃、評判だぞ。

(ボクはそれがすごく悲しいよ)

 ほんとに嫌そうだ。まあ、注目を浴びるのは苦手だもんな。

「おっぱいでひっぱ叩くって攻撃を次で試してみていいかな?」

「いいわけあるかい」

 真顔で頓狂とんきょう)なことをいう桃花。コイツに恥じらいというものは無いのか!

 まあ、ないからこそ戦闘員としてアイツらと戦っていけるんだが……。

 授業開始を告げるベルがなる。俺たちはいそいそと席につき教師が来ないうちに教科書を用意する。四時間目は現代社会の授業だ。ガラガラと若い女の先生が入ってくる。

「きりーつ。れいー」

 学級委員のやる気があるのかないのか分からない挨拶を済ませる。

「さて、みなさん。今日はまたミッドガルドの方々が終決闘いの使者(ラグナロク)を倒したのはもう聞いていると思います。ちょうどいいですので今日はミッドガルドとラグナロクについて学びましょう。じゃあ、今日は20日だから20番の土中君。ラグナロクとは?」

 ビシッと土中を指差す先生。俺の目の前に座る土中は口を開く。

「3年前突然やって来た化け物たちの総称です」

「正解。因みに最初に現れたのは山口県の小さな町で三つ首の犬のような姿をしていたことからケルベロスと名付けられたわ。じゃあ、後ろの灰垣くん。ミッドガルドとは?」

 それは俺たちがいて、変態どもの巣窟そうくつです……とは口が裂けても言えないので世間一般に知られている事実を話す。

「ミッドガルドは二宮博士が創設した対ラグナロクの組織。当初国際連連合軍による空爆などにも堪えるラグナロクに対し有効な力―――H―EROパワー、通称ヒーローパワーを見つけ出しそのパワーを操り戦う人たちが組織に属してます」

「よく勉強してるわね。その通りよ」

 満足げに頷く先生。そりゃ知ってますとも。俺たちがそのパワーを操ってるんですから。

(裏側知ったら絶望しそうだね)

 ―――確かにな。まさか世界が変態どもに救われてるなんて思わないだろう。

「灰垣君のいう通りヒーローパワーによって私たちは助かっているわけですが、ヒーローパワーの実態は明かされていません。謎の多い物質です。またヒーロパワーが女性しか扱えない原因は分かっておりません。では続いてこのミッドガルドの創立によって―――」

 現代社会の授業が続いていく。幸か不幸か知ってる内容だし欠伸がでそうになってしまう。

 因みにヒーローパワーは本当は既にかなり解析が進んでいる。

 H―ERO、なぜHとEROでわけているのかで勘のいい人ならわかるようにエロティカルな要素を持つ独特な変態的なフェチや想いが具現化したものだ。ただしそれを扱うにはH―ERO吸放出ボタンを介する必要がある。その際に女性ホルモンが反応するのだ。男性にも女性ホルモンがあるが多くあるほうがいい。だからか、俺がトールとして戦うときは指示をだすだけにとどまってしまうのだ。女性として戦うために。

 しかしなぜこの力がラグナロクにきくのかは不明だ。ゆえにミッドガルドではラグナロクの残骸を集め成分の解析が進められている。

 ノート提出だけのために真面目に版書だけして授業時間終了を告げるベルがなる。

 くうーと背筋を伸ばす。朝から巨大タコと戦って疲れた。腹も減っている。弁当の用意を……。

 そう思って鞄に手を伸ばしたとき先程の現代社会の先生が俺に呼び掛けた。

「灰垣君」

「はい?」

「保健室の赤崎先生が昼休みに来てって言ってたの。私連言たのまれてて」

「そうすか。あざっす」

 俺は先生に礼を言う。

 先生は「ちゃんと行きなさいね」と釘をさして教室から出ていった。

 俺は弁当を持ち立ち上がる。

「あれっ?黒哉くんどこいくの?」

 同じく桃花も弁当を持って俺の隣にやってきた。

「赤崎さんに呼ばれたから保健室行ってくる。お前もくるか?」

「うん。保健室のベッドの上で―――って待ってよ」

 無視無視。これ以上疲れたくない。てかどこのAVだよ。

 二階から一階に降りて保健室に向かう。トントントンと3回軽くノックしてから戸を開ける。

「なぜノックが2回じゃない」

「前回2回でやったらそれはトイレのノックだ。つまりここはトイレという認識だろ?じゃあ脱げといったのはどこの誰だ」

「新たな作戦を立てるか」

「いらん!」

 いきなりこんなバカなことをいって向かいいれたのは俺たちの保険医である赤崎あかさき恵美えみ。そして彼女もまたミッドガルドのメンバーでもある。この人も俺に対してものすごいエロい。並大抵の人じゃミッドガルドにはいられないよな。

「まあ、冗談は置いておこう。水鳴もいるみたいだしな」

「こんにちは~」

「ああ。今朝は2人……いや、3人か。お疲れだったな。ほらっ、今ニュースでやってるぞ」

 くるりと回転椅子を回して指示した先にある小型のテレビを見るとそこのニュース番組が俺たちの様子を流していた。テロップは巨大タコに立ち向かう二人の美少女戦士か。

(そんなの撮ってる暇があったら逃げなよぉ)

 ―――確かにな。

 最初の敵、ケルベロスが表れた時は鮮明に映された映像を入手するのにかなり時間がかかったものだが今ではたったの数分でここまでの映像を流せるのだから……もしもということがある以上少し慢心しすぎな気がしている。確かに今回の敵は大したことはなかったが……。

「さて、雑談はここら辺にしよう。白乃出てくれるか」

(じゃあ、変わるね)

 白乃の声のあとに俺は表に出る意識を白乃と入れ替える。

「こんにちは。白乃です」

 声は俺のものだが口調は白乃となる。産まれたた時からこれが当たり前だったため特に気持ち悪さといったものは無い。

「ああ。元気そうだな」

「はい。一時期みたいなことは無いです」

「嘘も無いようだな」

「はい」

 白乃は口に笑みを浮かべて答える。

 ―――まあ、だいぶ安定したよな。

(うん)

 白乃の声からは嘘が聞こえない。体は一つでも心は二つ。本当の真意は俺には確かにわからない。だが産まれてこのかたずっと一緒の俺にはなんとなくではあるが嘘か真実かの見極めがわかる。

 もともと俺たちは一卵性双生児として産まれる“はず”の人間だった。通常一卵性は同性が多いのだがまれに異性一卵性となることがあるらしい。

 そこからさらに二つに分かれた卵子がされに一つに統合―――キメラと呼ばれる状況が今の俺たちだ。さらに遺伝子が複雑に改変され精神が二つあり体ですら男の―――黒哉としての体と白乃としての体を自由に入れ替えることができた。ただし、産まれた当初はそんなことが起きているとは思われずに育ったため戸籍は俺のものしかない。この状態―――別体格人格と呼ばれるこれを知ってるのは俺の両親と一部の親戚、そしてミッドガルドのメンバーだけだ。

「本当に一時期荒れてたとは思えないほど変わったよな」

「あはは、そうですかね」

「少なくともあたしとお喋りしてくれるようになったもん」

「う、うん」

 女子会並みの会話をしながら弁当を開ける白乃。

(あっ、お弁当変わった方がいい?)

 ―――いや、別に。腹にはたまるんだしたまには弁当を味わえ。

(ありがと)

 味覚や嗅覚は基本的に共有しない。ゆえに飯は必然的にどちらかがしか味わえないことになる。といって入れ替わるのに時間はゼロに等しいぐらいしか変わらないため交互に咀嚼してもいいのだがそれもそれで面倒というものだ。

 因みに基本的には共有しないというだけで一定量を超える感覚に関しては共有してしまう―――簡単に言えば痛みは共有しやすいのだ。

 白乃には言えないが白乃には迷惑をかけてきたと思っている。当初は多重人格者―――正式名解離性同一性障害だと思われた俺たちは人格統合の治療をされ、戸籍すらないことを知り、あることをきっかけに白乃は自分の存在が誰かに迷惑をかけていると思い込む鬱のような状態になりかけた。それだけならまだしも、俺に迷惑をかけまいと自傷行為すらできず……結果的に心が壊れる速度が速まった。それを救ってくれたのが、赤崎さんや桃花……ミッドガルドのメンバーだった。

 白乃たちが楽しそうに会話するのを記憶にとどめず流す。女の子どおしの会話に入るのもやぶだろう。

 白乃は幼いころから俺を主人各として尊重してくれた。ゆえに男どおしの会話というものを幼き頃から見ていたがためか、いつの間にか白乃の一人称が“ボク”になっていた。白乃は直す気は無いらしいが。白乃曰く『ボクはボクだもん』らしい。

 そんな風なことを思い出しながら俺は昼休みが終わるまでの間の時間、精神の奥に引っ込んで時間が過ぎるのをまった。




 3月で春の朝日がまぶしい日。気の落ち込んでいるボク―――白乃を気遣って黒哉が外を歩くことを進めてくれた。正直嫌だったが黒哉がさもないとボクの体を使って変なことするぞなんて変な脅しをしてくるもんだからしぶしぶ出歩くことにする。今冷静に考えれば黒哉がボクの体でそんな気分になるはずがないから脅しをかけただけかもしれないけど。

 お母さんはボクの服もたくさん買ってくれているけど着るのは久しぶりで少しだけ服がきつい。

 黒哉は精神の奥に引っ込んで出てきそうにない。精神表面に現れれば無理やり交代できるのだが……気まぐれにに表面に出たのは失敗だった。だって、急にボクの体になったんだから気になるよ。

 トボトボと目的もなく歩く。黒哉が言っていたのだが最近はラグナロクと呼ばれる謎の化け物がいるらしい。ボクもそんな化け物と変わらない気がしている。黒哉はなにも文句は言わないがもしかしたらボクのことを邪魔だと思ってるかもしれない。一人か多人数か……数の違いはあるが迷惑をかけていることには変わらないのだから。

 自然に小さな池のある公園について池を見ながらぼんやり見る。土曜日の朝から外を出歩く物好きは少ないらしくこの公園は閑散としていた。

 そろそろ帰ろうか。黒哉の言うとおり出歩いたのだから文句は言うまい。

 体重を池を囲む柵から自分の両足に戻す。

 今から帰ると丁度お昼ご飯には戻れるだろう。

 そう考え歩き出そうとしたボクの前に一人の男が表れた。

「いよー、キミ」

「えっ?」

 唐突に現れたマンガで見るような分厚い瓶底眼鏡をかけたボクと同じくらいという低身長の男。はっきり言って少し気持ち悪い。

「キミには最高のエロティックな力を感じる」

「……」

 セクハラかな……?失礼な。

「よし、キミちょっとついて来てくれたまえ」

「嫌で―――」

「丁重におつれなさい」

「ちょ、ちょっと!?」

 ボクの言い分を聞かないままその男の指示に従うように黒服の屈強な男が表れボクを車に連れ去る。

 こんな無茶苦茶な出会いがボクたちをミッドガルに所属させる原因となり、桃花ちゃんと出会うことになるとは思わなかった。ちなみに出会いが出会いだからボクはいまだにこの男―――二宮博士の事が苦手だ。ファーストインプレッションでエロティカルな力って失礼でしょ?




 Ⅲ


 午後の授業を終えて放課後。部活に入ってない俺は今すぐ帰りたいが残念なことにミッドガルドに行かねばならない。

 今から半年ちょっと前。白乃を元気づけさせるために出歩かせたのが間違いだったか正解だったか、今でもわからない。たぶん、よかったんだろうけど。

 ミッドガルドに拉致されてそのまま流され職員の一人となった。精神の奥で眠っていた俺が白乃に起こされたらそこは見知らぬ場所で見知らぬおっさんが目の前でニコニコしていたのだから驚くのは当たり前だ。

 そこで知らせれるヒーローパワーの真実。なぜ俺たちにそのパワーが使えるかという問いに対して男であり女の心を持つ者がエロティカルなことをゼロにできるわけがないといわれたのでその時は遠慮なく博士を殴った。実際はよくわからないらしいがとにかく扱えるのだからと言われ、気がつけば戦闘員―――灰のトールとしてラグナロクと戦うことになっていった。

 そのおかげもあってか白乃も元気になってまあ、よかったのかもしれない。白乃に必要なのは誰かに認められることだったのだから。なお、俺は博士と会話するときは一枚ガラスがほしいとは思っているが。

 その白乃はミッドガルドのメンバーは嫌いではないがやや苦手らしくいつもあたふたしている。結局は俺に丸投げということも稀ではない。そのことに不満も無いといえば嘘になるが……白乃に無理はさせたくなかった。当の白乃は久しぶりに弁当を味わえたことに満足したのか授業が始まってからは精神の奥に引っ込んで眠ってしまっていた。

 ―――おーい、起きろー。

(ううん……いきなりセクハラ……?)

 だめだ。というかどんな夢見てんだ。なんかミッドガルドに来てからいい意味でも悪い意味でも影響されいている気がする。なんて、まるで小さな妹を見守るような気分になる。一応白乃と話し合って俺が兄ということにはなっているが……いって双子だしなぁ。顔立ちは男のものと女のものという違いこそあるがよく似通ったものだ。

「ようやく来たね」

「あっ、お待たせしました。すみません」

 教室の掃除をしていたため桃花も先にいっていたため俺が一番最後ということになったようだ、このミッドガルドの週に一度の戦闘員交流会に。

 俺に話しかけてきたこの女性は初めてラグナロクを倒した女性、椎名しいな夏藍からんさん。変身後の名前はあおのオーディン。

「気にしておりませんよ、お座りください黒哉さま」

「どうもです」

 優雅に紅茶を注いで席に座るように促すのは若草わかくさ海優みゆさん。変身後の名前は緑のバルドル。

 この二人に俺と白乃と桃花を加えた“5人”が現在主に日本で戦っている。世間一般的には4人と言われているが俺と白乃は別の人間だ。だからこそトールとして活動するときも白乃はホワイトトールと俺はブラックトールと仲間内では区別している。実際に第三者に向けて言う場合はトールで統一しているが。

 日本で、といったのは海外の国にもそれぞれ支部があり戦闘員がいるからだ。悲しいかななぜかヒーローパワーを使えるのが日本人が多いため日本人が支援に向かっていることも少なくない。変態大国日本ってか。

 そう、“俺たちを除き”この人たちは紛れもなく変態だ。普段は若草さんなんかは身を潜めているがたちまちフェチ部分を見つければ変態性が表れる。

「では早速始めていこうか。その前に桃花、黒哉。今日は今朝はこれなくて悪かったな」

「いえ、別に気にしないでください」

「そうか。ちょっと、女の子どおしの絡み合う体を描くのに時間が―――」

「聞いてないっすから」

 この人、椎名さんは玉崎たまざき玉湖たまこというペンネームでエロマンガを描くことを仕事としている。内容は百合ものだ。ちなみに桃花はそれの読者だったりする。なぜ18歳未満のコイツが持っているのかとかいうツッコミはもういい。桃花に渡しているのはこの椎名さんなのだから。

「それにしてもすっかり慣れましたわね黒哉さまも白乃さまも」

「俺は……指示するだけですけどね。頑張ってるのは白乃です」

「あらあら、そうですか」

 クスクスと口元に手をあてて笑う若草さん。

 ―――白乃ー、いい加減起きろ。

(んっ……んん)

 ―――白乃ってば!!

(きゃっ!?えっ、な、なに黒哉)

 ―――なにって……放課後、金曜日、現在ミッドガルドの基地にいる。これでわかるか?

(あ、はは。ゴメンね。ずっと寝ちゃってたみたい)

 ―――気にするな。

 ようやく白乃を起こして俺は皆の話に戻る。

「そうですわ、クッキーを焼いたのですがよろしければいかがですか?」

 若草さんはパカッと小さなバスケットを開ける。中にはチョコレート等の香ばしい匂いが漂う。

「いいんですか?ありがとうございます」

「わーい」

「ふむ、頂こう」

 俺たちはクッキーを手にして食べ……あっ、そうだ。

 ―――白乃?

(なに?)

 ―――いや、話聞いてただろ?クッキー食うか?

(いいよ、黒哉が食べなよ)

 遠慮をしてか渋る白乃。ならばと俺はクッキーをサクサクと一枚さっさと食べた後もう一枚もらう。そして。

 ―――幸いにもクッキーはいっぱいあるからな、ほらっ。

(きゃっ!?)

 白乃を表に出させる。俺自身も一枚食べてるわけだしなにも問題ない。

(もう、黒哉。食べてって言ったのに……ありがと)

 白乃はそういって小さくクッキーをかじる。きっとしっとりとしたクッキーの味が口内にしみてるはずだ。

「あら?白乃さまに変わられたのですか?」

「えっ?あっ、はい。白乃です。黒哉が変わってくれて……」

「ふふっ、どうしてもわかったという顔ですね。白乃さまはかじるように食べられたので女の子っぽくみえただけですわ」

「あっ、なるほど」

 確かに俺と白乃じゃ食べ方は違うな。白乃はかじるように食べることが多い。双子だし、同じ体なんだけどなあ。

「クッキーの食べ方で女の子っぽく……それを見て発情して……」

 なんか変な言葉が椎名さんから聞こえる気がする。

(黒哉……)

 ―――いいか、白乃。大切なのはスルーすることだ。普通にしていれば変態せいの少ない若草さんを中心にしゃべれ。

(うん)

 白乃に攻略法を教える。なんというか白乃は優しすぎるところがある。押しに弱いというか……ともかく、強くつっこめないなら無視するのが一番だ。

「椎名さん、次の漫画で白と黒はどうなるんですか!?」

 その呟きを聞いてかバシッと手をあげ質問する桃花。って、白と黒?

「それはまだ言えないな」

 なんか楽しそうに会話をする2人。なぜか一抹の不安を覚える。

 ―――白乃。ちょっと変わってくれるか?

(えっ?あっ、うん)

 手に持ってるクッキーを一気に口にいれ、咀嚼し嚥下する。それから俺を表に出させてくれる。

「も、桃花?椎名さんでもいいんですが、その……白と黒って?」

「ん?なんだ、また黒哉になったのか」

「ええ、俺です。で、白と黒とは?」

「私が四ヶ月前から連載をスタートさせた漫画の2大主人公さ。気の弱いボクッ娘の白と面倒見がいい黒。ちなみに双子だから、百合に謹慎相姦とエロ漫画の王道2つをついてるんだ」

「へ、へえ……」

 気が弱いはよく白乃が言われてること。俺自身はそうでもないと思ってるが、面倒見がいいとはよく言われてる俺。

「因みにそのキャラクター見せてもらえますか?」

 嫌な予感を携えて尋ねる。こういうのはえてして外れるものと決まってる……はずだ。

「今手元に原稿がないからな……見せられないな」

「あっ、私この前もらった最新刊の2刊今持ってる。その表紙に黒と白写ってるから―――はい」

 そういって桃花が差し出した漫画の表紙には二人の女の子。一人は切れ長の目で胸の大きいのが特徴でもう一人は見た目からして気が弱そうで胸が小さくて―――。

「丸っきりモデル俺らじゃねえか!?」

(丸っきりモデルボクたちじゃない!?)

 そう、俺の元からやや女顔の顔をさらに女の子っぽくさせて胸を大きくさせるという改編はされてはいるが明らかに黒とおぼしき人物のモデルは俺だ。白に関しては丸っきり白乃の顔だし!!

「なにを言う」

 あれ?まさかの反論?えっ、もしかして偶然?いや、でもそんな偶然あるか?

「なぜ君たちをモデルにしてはいけないというような言い方をされなければならない」

「開き直っただけでなく図々しい!?」

「君たちをモデルにしてはいけないという法律はなかろう」

「勝手にモデルにすんのは充分な肖像権の侵害だよ」

「ちなみに1刊目から人気が出たからな。編集と話し合って既に20刊は出すことは確定している」

「…………好きにしてください」

 既に積みであるこの状況に俺は酷い脱力感を覚える。白乃もなんだか疲れているのを感じる。痛み以外にも疲れが感覚共有するとは。

「ちなみに2刊なら……ほらっ」

「ぐふっ、なにみせてんすかっ!?」

 椎名さんが開けたページ。そこには黒とおぼしき人物が白とおぼしき人物の胸をじかに揉み、パンツに手をかけおろそうとしているシーンだった。黒も黒で上半身裸の状態だ。

 いくら俺たちがモデルの絵とはいえ二次元風に改編はされている体つきに健全な高校生に興奮するなという方が無理がある。はっきりいえば一部に血液が集まろうとしている。

(黒哉?)

 冷たい白乃の声。俺は白乃と素早く代わり精神の奥底につくことにする。

 白乃は顔を赤くしつつも本を閉じてから椎名さんに抗議の声をあげるのだった。

 気の弱い白乃はすぐ言い負かされたのはいうまでもないが。




 あの後、ハチャメチャなメンバーと別れて俺たちは家に帰る。例のエロマンガ(名前は白黒オセロというらしい)の件で少し怒っていた白乃も機嫌は何とか治った。因みに外に出歩くときは大体今の体がどちらのものかで決めている。だから今は俺が表側にでている。

「ただいま」

「おかえり、黒哉、白乃」

 玄関を開け家に入る。なんだかほっとする。

 俺たちを声だけで出迎えてくれたこの女性は俺たちの母親。キッチンからはトントンとリズミカルな音が聞こえるので料理をしている事がわかる。

 そして母さんは俺たちがミッドガルドの職員となるのを一番反対した人でもある。

 男である俺ならまだしも女の子で、精神的に不安定でもあった白乃が主体となってラグナロクなんて化け物と戦うことに大反対だった。

 結果的には椎名さんや赤崎先生の助言などによりしぶしぶ了承した。今ではそれでよかったと思ってくれているし、俺たちの一番の理解者だ。

「先にお風呂入りなさい。戦いで大変だったでしょ?」

 キッチンを通って部屋に向かおうとしていた俺に呼びかける。母さんが目線を送る。その先には夕刊があり少し開いてみると、新聞の一面……でこそはないがそこそこ大きく俺たちの姿が報じられていた。

「あはは……はぁ」

 それを見て一つため息をついて新聞をとじる。

(もう、いちいち載せなくていいのに)

 ―――一次期の『新しい戦闘員!?謎の少女の正体』よりマシだろ。

(それは、そうだけどさ)

 なんて言葉を返しあう。とにかくと、俺は階段をあがって自分の部屋に行く。風呂に行くにしても鞄は置かなきゃだし、タオルも必要だ。

 俺たちの部屋は少し広めの物をもらってる。白乃と共有できるような漫画なんかの嗜好品のようなものと俺の服と白乃の服……それに女の子ということでか身の回りの化粧品なんかもあったりと、つまりは二人分とまでいかずとも1.5人分ぐらいの荷物はあるわけでそれでか部屋もやや大きめな物をもらっていた。

 ズボンのベルトだけとってタオルと着替えの服と下着を持って階段を下りて風呂場へ向かう。

 脱衣所で服を脱いで風呂場に入る。

 シャワーを浴びて体が温める。なんだか疲れが一気にとれるような気分だ。

 そうしていると、ふっとあの、椎名さんの漫画を思い出す。

 白乃と一緒に生きているわけで。仕方のないことかもしれないが必然的に性への目覚めというものがおそくなった。すぐ隣を見れば同い年の女の子の下着があり裸があった生活だ。

(黒哉どうしたの?)

 ―――ああ、いや。なんでもない。

 ぼーっとシャワーを浴びるだけで洗うことをしなかった俺をいぶかしげに思ったのか白乃が話しかけてくる。なんか、あんなものを見たせいで変な気分になっているのかもしれない。

 精神会話には伝えたいと思うことだけしか伝わらないのはよかった。何もかもが共有するのはさすがに嫌だし……。まあ、そうなっていたらそうなっていたでそういう生き方ができるようになっているだろうが。

 白乃も俺の裸は見慣れているのでいちいち騒いだりもしない。

 白乃がミッドガルドの影響を受けてると思っていたが影響を受けているのは俺の方かもしれないなと苦笑いを浮かべそうになるのをこらえる

 そのまま体を洗うことを開始した。




 風呂から上がると美味しそうな匂いが漂っていた。匂いにつられるまま生乾きの髪のまま台所にいく。白乃が髪をかわかせなりなんなり言ってるがそれを意図的に無視して台所にやってくる。正直腹も減ってる。

「黒哉、髪もきちんと乾かさないで」

「別に大丈夫だろ」

 迷いなく白乃ではなく俺が表にでていると見破り注意を呼びかける母さん。俺と白乃の微妙な動きの違いや口調の違いを見てすぐに俺か白乃か、どちらが表に出ているかを見破るのだ。

「もう、そんなわけないでしょ」

「ちょ、ちょっと」

 俺の肩にかけていたタオルをもってガシガシと頭を拭く母さん。流石に恥ずかしい。

(だから拭いたほうがいいって言ったのに)

 ―――うるさいな。お前も腹減ってるだろ?

(ボクは今なにも感じないし)

 ―――なら、表でるか?

(断るよ)

 たくっ……白乃も色々言うようになってきたな。

 白乃とやりあいながら大人しく我慢して母さんに頭を拭かれる。

「ほらっ、タオルおいて座りなさい。今日はカキフライよ」

「うん」

 俺は母さんの指示通りにタオルを脱衣所においてリビングのテーブルに座る。

 テーブルには母さんの言うとおりカキフライとキャベツの千切り、味噌汁等……たくさんの料理が並んでいた。

「なんか、豪華だな」

「今日はトールがラグナロクを倒したみたいだし?ご褒美よ」

「トールって呼ぶのはやめてくれよ」

 親にそう呼ばれるのは正直堪える。

 というか、トールが頑張った褒美というのなら……。

 ―――白乃?

(なに?ボクもトールってお母さんに言われるのはだけど)

 ―――そうじゃなくて。表出てこい!

(えっ、ちょっ!?)

 グイっと心の中で縄を引っ張るような要領で無理やり白乃を表に出される。

「あれ?白乃に変わったの?急に、黒哉どうしたの?」

「わからない。ど、どうしたの、黒哉」

 ―――話聞いてただろ?トールとしてのご褒美なら白乃が受けるべきだ。好物なんだからカキフライ食べたらいい。

 双子ゆえか、体も共有しているためか好きな味というのは同じで、つまりは俺もカキフライは好きなのだが……兄なら我慢するのが当たり前だろ。

「なんか、黒哉がトールとしての褒美ならボクが食べるべきだって」

「黒哉らしいわね……仲良く半分づつ食べなさい、と言いたいところだけど……?」

 ―――気にせず全部食えよ。

「気にせず食べろって」

「黒哉のことだからそういうと思ったわ。白乃、アンタが食べなさい」

「え、でも……」

「黒哉がこうなったらやめないこと知ってるでしょ?わがままで優しいお兄ちゃんの顔を立ててあげなさい」

「うん」

 白乃が頷き「いただきます」といってカキフライをほおばった。

 優しいとか、そういうのは正直やめてほしいな……なんて胸の奥で考えた。




 時同じくしてミッドガルド日本基地。

 二宮博士はパソコンの前に座っていた。体は腹が減っていると訴えているがそれを脳が黙殺していているようで全く空腹感を感じていなかった。

 普段はただのエロオヤジだがひとたび仕事モードに入れば学者としての顔になる。あの有名な学術雑誌ネイチャーにも何度も論文が載っておりノーベル賞を二度受賞したほどだ。

 その博士に近づきコトッとコーヒーを置いたのは、保険医であり、真の姿は博士の右腕の助手、赤崎恵美。

 彼女はもともと保険医ではなかったが博士が連れてきた灰垣の、もっというならば白乃の精神ケアの為に保険医の資格をとり白乃たちが通う学校、院ノ宮蘭丸学校に乗り込んだのだ。このあたりはさすがはミッドガルドというべきか。因みにこの学校の略称は『宮丸』や『蘭丸』と呼ばれている。けっしって『院蘭』ではない。

 コーヒーを置いたのにも気づかずパソコンに没頭する博士に恵美はため息をつく。パソコンを覗くと複雑な計算式や化学成分の名前が書いてある。それを見て一瞬で今回トールとフレイヤが倒したラグナロクのものだと理解する辺り恵美の秀才さは際立っている。

「博士。二宮博士」

 仕方ないと考えてポンポンと肩をたたく恵美。そこでようやく恵美に気づいた博士がはっとした顔をする。

 遅れて体が空腹を訴えていることに気づくが今は目の前の自分の助手だと博士は恵美に語りかける。

「恵美クン、どうしたのかね?」

「博士、そろそろ食事です。それまでの間これでも飲んでいてください」

「おお、そうか。砂糖とミルクは?」

「いつも通り砂糖3袋、ミルク4つ入れてますよ」

「流石だ恵美クン。ついでに二の腕も差し出してくれるかね?」

「……私の二の腕は食べ物ではないので」

 これさえなければため息をつく恵美。

 恵美も人のことを言えないのだが、自分の悪いところは見えないものだ。

 二宮博士は二の腕フェチ、赤崎恵美は年下の男が恥ずかしがったり驚いたりと、いじめ可愛がることをよしとしている。

 彼らのことをよく知る学者に言わせてみれば天才なのに変人なのか天才だから変人なのか、とにかく残念なコンビだと言われていた。事実学者としては素晴らしいが人間として黒哉たちに尊敬されることはないだろう。

「十分後には休憩ルームに来てくださいね」

 二の腕ぇと悲壮な声をあげる博士を無視して恵美はスタスタと研究ルームを去っていった。




 夕食を食べ終えてまた白乃と変わり今はマンガを読んで時間をつぶしていた。高校生というのは私立なら違うかもしれないが小、中と違い意外と宿題が少ないものだ。予習復習はもちろんあるが……俺たちは同じ時間で二回勉強できるわけだ。精神的に疲れているだけなら交代で眠ることもできるしテストも二人がかり……正直少しチート気味だ。

 そんな風に時間をつぶしていると玄関の方で微かに鍵を施錠する音が聞こえる。

「ただいま~」

 男の声―――つまりは父さんが帰ってきたらしい。マンガを閉じて俺は階段をおりて玄関に近づく。

「おかえり」

「おお、白乃ー」

「黒哉だ」

 この父親は母さんのように見分けることができない。というより八割がたで外す。逆にすごい。

(母は強しってことなのかな?)

 ―――確かにな。

「おかえり、あなた」

 俺の後ろから母さんが苦笑いをしながら言う。

「ああ、ただいま。そうだ、ケーキ買ってきたぞ」

 父さんはケーキを俺に渡す。ケーキ屋『椿』。このあたりでは有名なケーキ屋でなにやら元ミシュラン二つ星の店のパティシエが独立して開いた店らしい。やたら高級という訳でもなく庶民的な値段のものもあって良心的だ。といっても、俺たちはミッドガルドとして働いてるわけでかなりの額が給料として支払われるわけだが。

 ―――白乃、ケーキだってさ。

(ボク二つもいらないからね。黒哉が一個は食べなよ)

 ―――……わかってるさ。

(ほんと?)

 なんて少し疑ったような白乃の声を胸に聞きながらキッチンに向かう。

 少し箱を開けて中身を確認するとフルーツが乗ったショートケーキが“4つ”。こういうデザート系なら二つ食べることだってできるからか、父さんが親ばかだからかは知らないが俺たちの分もそれぞれ買ってくれるのだった。

 俺はまた箱を閉じて冷蔵庫に直す。父さんが御飯を食べ終えた後にみんなで食べよう。それがいつの間にかできた我が家のルールだった。




 ケーキ食べようと、父さんが声をかけてきたので下に降りて俺はまずキッチンに降りて母さんと一緒に紅茶を入れてリビングにいく。そこにはすでにケーキが切り分けられている。俺がいつも座っている席には2皿。

「じゃっ、いただきまーす」

 俺は合掌して紅茶で口を湿らせてからケーキを口に含む。甘さやフルーツの旨味が口内にしみわたる。テレビタレントのようなコメントはできないがとにかくうまい。

(う~ん……やっぱり共有できないね)

 ―――初めてここのケーキ食った時は共有したんだがな。

 それぐらいここのケーキは美味しいのだが……簡単に言えば初めて食べたときの感激もあって感情共有ができた。

 もしこれが操れればこういうものは共有できて痛みなどの不快感情はシャットアウトしてができればな……。

 俺はペロリとケーキを平らげて白乃に代わる。代わる直前に紅茶を飲んでケーキの味は舌から洗い流しておく。やっぱり一口目は格別というものはある。

 ―――体も入れ替えるか?

(えっ?あぁ……めんどくさいでしょ?いいじゃん別に)

 ―――そうか。わかった。

 やっぱり自分の舌で食べるほうがいいかと思い話しかけるが断られる。まあ、いちいち部屋に行って着替えてとなったら面倒か。

 白乃はフォークでケーキをちびちびと食べていく。だが、お腹を気にすように少しさすった。

「どうしたの?」

「あっ……えっと、お肉ついちゃうかなって」

 少し苦笑いをしながら母さんに返す。ああ、そうか。俺としては多少太ろうが別にいいが白乃は気にするか。黒哉としてついた脂肪や筋肉は白乃の体にもフィードバックする。逆も同じだ。

「黒哉はともかく白乃は女の子だもんね……。でも、トールとして動いてたらカロリー消費するんじゃないの?」

「だといいんだけどね」

 双子でも男と女。白乃のことはまだまだ分からないなと苦笑しかけた。




 Ⅳ


 うるさくなる目覚まし時計を止める。もう少し寝ていたい気がする。これは精神的な眠気というより身体的な眠気だ。

 土曜日だしこのまま寝ていたい。だが、それをこらえて起き上がる。今日は日本本部のメンバー全員で戦闘訓練をする予定だ。それが無くてもなにか異常がないか調べるため1日1回顔を出すように言われているが。

 ―――白乃起きてるか?

(うん。起きてるよ)

 ―――よし、入れ代わるか。

 来ていたパジャマも下着もすべて脱ぐ。

 ―――じゃっ、いくぞ。

 白乃に呼びかけてふうと息を吐く。体が少し熱くなる。そのまま耐えていると身長が縮まり"ほんの少しだけ"胸が膨らみ髪が伸びて、くびれができ男女の大きな違いともいえる陰部が変わっていく。

 そして表にでる精神を入れ代える。

「よし」

 白乃がつぶやく。それは紛れもない女性の四肢……つまりは白乃の体だ。変身にかかる時間は10秒もかからない。だけど、対面的なこともあるし高校に入学しているのは俺だけということになっている。ゆえに平日は黒哉の体となり休日は白乃の体となる。冬休みのような長い休みはその時その時でやっている。

 白乃は自分の服がしまってある小さなタンスから下着とキャミソール、スカートを取り出して身に着ける。残念ながらブラが必要なほど胸が成長していない。スポブラがやっとだ。

 トントンと階段を下りて洗面所に向かい顔を洗う。そのままリボンを使って髪を結ぶ。飛び出たあほ毛が特徴だ。ちなみに、100人中70人は可愛いといわれる容姿であるだけに。

 ―――胸がなぁ。

(こういう時普通の双子なら殴れるのにね)

 ―――自分殴るか?

(お母さんに昨日、椎名さんの書いてるマンガ見たときの様子を教えようか?白の胸の方に注意むいてたよね?)

 ―――なっ、お前。

(前から思ってたけど確信したよ。黒哉貧乳好きだね)

 ―――お前は貧乳の域にも達してないけどな。

「お母さーん!」

(止めろ!!)

「どうしたの?」

 来ちゃったし。えっ?親に性癖ばれるとかなにこの罰ゲーム。

「ボクの化粧水ってどこだっけ?」

 あれ?

「ああ。ごめんね。場所移したの。ここよ」

「あっ、そこか。ありがとう」

 白乃は礼を言って化粧水をつけ始める。母さんはそのまま朝食づくりのためかまた戻っていった。

 ―――白乃?

(なに?)

 ―――いや、その……。

(もう胸のこと言わないでね)

 ―――はい、わかりました。

 いつも白乃をからかっているが結局は女にはかなわないと悟らされた。




「黒哉くんに言われて考えてみたけどやっぱり下着最強はパンツだよ」

 二度目だがあえて言おう。朝最初にあったときは挨拶から始めるものだ。桃花のようなことをいうのはおかしい。

 というか、下着に最強も最弱もあってたまるか。

「とりあえず、おはよう」

 ここは俺と白乃の違いか、俺はツッコミから入ったのに対して白乃は挨拶をした。

(昨日黒哉が言ったようにスルーに徹するよ)

 なるほど、そういうことか。

 白乃はそのまま桃花をあしらいながらトレーニングルームに行く。そこにいたのは若草さんと赤崎さん。

「おはようございます」

 白乃は挨拶をする。

「ああ、おはよう」

「おはようございます」

 こういう時に俺も変わって挨拶すべきなのかもしれないがいちいち面倒だし気にしてなさそうだからいいだろう。博士がいれば俺がすぐ変わるが……。

「あとは椎名さまだけですわね」

「そうですね」

 この、あと1人がいつも遅い。昼集合ならまだしも朝集合の場合は時間通りに来ることの方が稀だ。

 ただ待ちぼうけかなと思っていると赤崎さんが口を開く。

「今日は1対1の模擬バトルをもとに訓練をするつもりだから先に始めよう。第1戦はトールとバルドルだ。2人とも頼む」

 手に資料とペンを持つ赤崎さんが指示をだす。この人は俺のような歳下の前でなければ普通なんだよな……。

「はい」

「わかりましたわ」

 それに返事をしてスッと二の腕に触れる。その途端、例の変身が起きる。

「灰のトール、変化完了」

「緑のバルドル、変化完了ですわ」

 ほぼ同時に変身を終える。若草さん―――否、バルドルは露出は少なく全身が薄い鎧のようなもので包まれている。

 変身の合間に特殊なガラスのはられた部屋に移動していた赤崎先生と桃花。マイクを通じて戦闘スタートの合図がだされた。

 因みにここの建物などにはすべて博士が作り出したミスリルと呼ばれる金属を使っている。なにものだよ博士。

「では……いきます!倍加の力帯(メギンギョルズ)破壊する槌(ミョンニル)

 風をまとわせ空を飛びながらこのセットを取り出す。

 トールは物理パワー系、フレイヤは魔法遠隔系……そして、バルドルは。

「まずは、半分の力でいきます!」

 ガンッとその圧倒的な質量をバルドルにぶつける。半分といえどそれはマンションを潰すに匹敵する衝撃だ。普通の人間なら人としての形をとどめているかすらあやしい。しかし、バルドルはそれを……片手で受け止めていた。

「くっ……」

 逆に呻き声をあげるのはホワイト。俺にも痛みが伝わる。

 バッドで鉄を殴れば響いて手が痛くなるのと一緒。最強の防御というのは矛にすらなり得るのだ。

「いきますわよ、奪う自由(リーモンギフト)

 受け止めている腕とは逆の手で金色に輝く“毒”を放つバルドル。

 ―――一旦引け!

「わかってる!えい!!」

 ブンとミョンニルを横にふって毒粉を振り払う。

 バルドルの特徴。それは絶対の防御と多用な毒だ。

「逃がしませんわよ。嘆きの宿り(ミステルテイン)!」

 鉄のような矢が三つ現れ俺たちを貫くべく迫る。先端には強力な毒が付着してるのは言うまでもない。

 ミステルテインってバルドルが殺されたときの凶器だろ、とかはどうでもいい。そんなこと言い出したらフレイヤだって魔法使いじゃない。

守る鉄鋼手袋(ヤールングレイプル)!」

 迫る矢を2本はミョンニルで潰し、残る1本は手に装着させた鉄の手袋で守る。

「遅いですわよ」

「えっ?」

 ―――っつ、後ろ!!

「きゃっ!?」

 いつのまにやら後ろがわが金色の粉で一杯になっていた。こんなものに触れれば一発でKOだ。

 俺は視野を広く持てるのに気付かなかった。

「くっ……」

 ミョンニルを振るいながら逃げるように立ち回る。

 ―――とりあえず逃げ続けろ!俺が指示を出したら……。

「分かった!」

「なにを考えていらっしゃるのかしら?嘆きの宿りミステルテイン

 さらに例の矢を大量に用意して攻撃に転じるバルドル。

 手袋と巨大槌を丁寧に使いなが迎撃していく。

 後3つ……2つ、1つ……0。いまだ!

 ―――行け!

不浄を防ぐ館ブレイザブリク

 バルドルが大きな盾を使って守るようにする。なにが来るかわからないからだろうから防御の体制に移ったのだろう。この時こそが最大の攻撃を与えるチャンスになる。

「最大パワー……落す巨人ヨツンスマッシュ

 思いっきり振り上げて槌を振り落す……バルドルの近くの地面に!

「きゃっ!?」

 地面に到着した途端の余波でバルドルの体制を崩す。その隙を逃さずにミョンニルを再び振り上げてバルドルにあてる……直前でとめる。

「ふう。終わりですよね」

「そうですわね」

 地面に仰向けになったバルドルと笑いあう。

『色々データは取れた。お疲れ様』

 変身した時と同じく二の腕のボタンに触れ変身を解く。

「守りには自信がありましたのにね」

「ですから別の場所から攻めさせてもらいました」

 クスクスと笑う白乃。以前巨大なカメを模したような敵が表れたときがあった。その時はフレイヤとオーディンが戦ったのだが強固な防御力に苦戦していたようだった。その時の様子をテレビで知ったので俺と白乃はこういう防御主体の敵と戦うときの戦法を話し合っていた。やはり虚をつき隙を作る。それが一番だ。

 バルドルが防御は最大の攻撃だというのであれば、トールは攻撃は最大の防御……そう、主張したい。

『それでは、続いてオーディン対フレイヤだ』

「えっ?」

 ふっと、隣をガラス張りのそれをみるとオーディンこと椎名さんが寝癖もついたままジャージ姿で立っていた。眠そうだが……漫画家というのは不規則な生活を約束されているものなのか。

「じゃあ、変身するか」

 戦闘員の中で唯一成人している人が一番適当だな。若草さんも19で来年には成人するが。

「眠そうですね」

 すれ違いざまに白乃が喋りかける。

「昨夜は夜まで編集にせかされてマンガを描いてたからな」

「ああ、それでですか」

 それ以上は踏み込まずに俺たちはガラス張りの部屋に行く。あの話はもうこりごりだ。それは白乃も同じようで俺が何か言う前に椎名さんの前を過ぎていく。

「桃のフレイヤ、変化完了」

「藍のオーディン、変化完了」

 そうしている間に二人は変身を終える。

 胸元のペンダントと半袖短パンの服装が特徴のフレイヤ。ランニングウェアを思わすぴったりとして体のラインがクッキリでる服装のオーディン。

 さて、どうなることか。

「では、始めてくれ」

 赤崎先生が告げる。その瞬間二人は一度身を引くように空を飛ぶ。

 フレイヤは魔法タイプ。近距離戦は得意ではない。対するオーディンは―――。

八脚の眷属馬スレイプニルwith全てを貫く槍グングニル

 声の後、魔法陣のようなものが空中に現れ光り、そこから八本足の馬が巨大な槍をもって“召喚”される。

 そう、オーディンの戦闘スタイルは召喚だ。

最高美の微笑みナッチファイア

 スレイプニルが紫色の炎が包まれる。

戦士を連れる者ワルキューレ

 その炎が消えぬうちに次に9人の少女が表れる。

「あっ……」

 スレイプニルの猛攻を避けることに必死になっていたフレイヤが声をもらす。これは―――。

「終わりましたわね」

 若草さんが口を開く。それに白乃も赤崎先生も頷く。

天上の宮殿ヴァルハラ!」

 その9人の少女がフレイヤを包みそれぞれが武器を持つ。

 クレイモア、ツヴァイヘンダー、ファルカタ、グラディウス……大きなものから小さなものまであるがすべては刃物で形容できるものである。

 それが一斉にフレイヤの元にいき……貫かれる前にすべて召喚されたものが消え去る。

「2人ともご苦労様」

 赤崎先生が指示を飛ばす。フレイヤがまるで熱に浮かされたように地に降りて変身を解く。

 ついでオーディンも変身を解いた。

「やっぱり無理ぃ」

 桃花に姿を戻した彼女はペタンと床に座り込む。

「負けられないからな」

 椎名さんが笑いながら桃花に手を差し出し立ち上げる。2人はこの部屋に入ってくる。流石は椎名さん……か。

「よくやってくれた。また研究がはかどる……今日は解散してくれてかまわない」

 赤崎先生の言葉に返事を返して俺たちはこのミッドガルドから出た。




 彼女たち、戦闘員が姿を消した後それらを記録していた女性、恵美はため息をつく。学校では保険医、ミッドガルドでは研究員と大変なのかと思わず心配してしまいたくなる。

 だが。

「ミッドガルドに来るのなら黒哉として来てもらいたいものだ」

 ため息の原因は黒哉をいじめることができなかったことらしい。わが道を行くとは彼女の為の言葉にすら感じる。

 恵美は戦闘員が戦っていた部屋に入り息をすう。

 左の二の腕におかしなボタンを付けられ、10代後半から20代前半の女性たちは戦うことが義務付けられた存在だ。そしてそれは決して負けてはならない戦いでもある。

 理由は言うまでもない。彼女たちの敗北は多くの人の命を奪うきっかけにもなるのだから。

「…………」

 黙って腰についているそれを取り出す。それは日本において特別な許可がなければ持っているだけで犯罪の物―――M586と呼ばれる拳銃だ。

 ミッドガルドのある一定の役職を超える者たちは拳銃の所持が義務付けられている。ミッドガルドには極秘の研究内容もある。反社会集団がミッドガルドが襲うことがあるかもしれないのだから。現にラグナロクらを神からの使いとして崇拝する集団もあるのだから。

 カチリとリボルバーを回し狙いを定め……そのまま力を抜く。

 恵美は少し彼女たち戦闘員がうらやましかった。ほんの少し左の二の腕が熱くなったきがした。それはもう機能しないはずなのに。

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