・エピローグ
1972(昭和47)年2月28日。
その日の10時ごろからNHKおよび民放各局は通常番組を休止し、特別編成の番組を放送していた。
10日前から長野県の「浅間山荘」に立て篭もっていた連合赤軍の5人の逮捕、そして人質救出のために警官隊が突入を開始したのだ。
しかし、すでに数時間が過ぎたものの、膠着状態が続き、事態は進展を見せなかった。
*
大学から帰ってきた信輔は両親とともに、こたつに入ってテレビの前でその様子を見ていた。
「そうか、もうあれから10日経つのか…」
信輔が長野から東京に戻ってきたその日、すなわち2月19日に連合赤軍の5人が「浅間山荘」に立て篭もった、というニュースは聞いていたし、まだ大学に顔を出すようになるとどこでもその話題で持ちきりだった。そして今日、大学で「警官隊が突入作戦を開始した」という話を聞き、家に帰ってテレビをつけてもどこの局も特別編成の番組ばっかりだったので、何をするでもなく、さっきからテレビを眺めていたのだった。
しかし、信輔はテレビの中の出来事がどうなっていようと自分には関係がない出来事の様な気がしていたのだった。
もともとノンポリ学生でこう言う思想だの連合赤軍がどうのこうのといったことに興味がないこともあるが、「例のこと」のほうが信輔にとって印象が強かったこともあるのかもしれない。
いずれにせよ、今の信輔は連合赤軍の動向より気になることがあったのだった。
「…もし、あいつがいたら、どうなってただろうか」
ふと、信輔はそんなことを考えていた。
長野で阿那冥土をあと一歩のところまで追い詰めながら取り逃がして10日。
あの日から不思議と連合赤軍と関係のあると思われる運動家が殺害される、という事件がピタリとやみ、そして信輔の周辺にも何も起こらなった。
警察はあれからも運動家殺害の容疑者を探しているそうだが、これまでに逮捕された連合赤軍の運動家やその関係者たちは全員が(少なくとも運動家の殺害に関しては)容疑を否認しているというし、なかなか証拠も見つからず警察も手を焼いているらしい。
しかし、信輔は確信をしていた。一連の事件は阿那冥土が起こしたのだ、という事を。
ヤツは、阿那冥土は日本を混乱に陥れようとしている存在である。そして自分の邪魔をしようとしているものは利用できるものは利用し、そして利用できないものは遠慮なく捨てるという事も。
おそらく楯の会と接触(三島由紀夫と会ったのかまではわからないが)したのも、あるいは連合赤軍のメンバーと接触したのも彼らが利用できるかどうかを調べたからかもしれない。
しかし、三島たちは結局自決してしまい、連合赤軍はこうして追い詰められていった。
結局阿那冥土にとって三島たちも、連合赤軍も結局は利用できるものではなかった、という事なのだろうか
そして自分にとっては全く利用できるものではない、あるいはもしかしたら自分にとって邪魔な存在にしかならない連合赤軍やその関係者たちを次々と阿那冥土は殺害していったという事なのだろうか?
「…もしあいつがいたら、こんな事件は起こらなかったかもしれないな」
もしヤツが、阿那冥土があのままこの場にいたとしたら、おそらく今浅間山荘に立て篭もっているであろう、連合赤軍の連中も皆殺しにあっていたのではないか、そんな気がしたのだった。
阿那冥土は日本を混乱に陥れようとしている人物であり、そして連合赤軍は暴力によって日本に革命を起こそうとしている連中である。
しかし、得てしてそういった連中は同じ方角を向いているようで、実は全くと言っていいほど反対の方角を向いていることだってある。
おそらく、一時的に手を組んだとしても(仮に連合赤軍ではなく楯の会だったとしても)おそらく遅かれ早かれ対立は起こっていたかもしれないが。
果たしてそれがよかったのか悪かったのかはわからない。もしかしたらこういった事件は起こらなかったかもしれないし、逆にもっと悲惨な事件が起こっていたのかもしれない。
ただ一つ言えることは今、テレビを通して放送されていることは紛れもない現実である、という事だけだった。
「どうした、義明?」
父親の義明が話しかけてきた。
「あ。いや、何でもないよ」
「何でもないじゃないんだろう? お前長野から帰ってきてからなんか考えることが多くなったな」
「そ、それは…」
「ヤツのことか?」
「…ヤツがもし、あの場にいたらどうなってたかなって」
「さあ。もし浮かしたらこんな事件が起こらなかったかもしれないし、もっと悲惨なことが起こっていたかもしれないな」
「親父もそう思うか…」
そんなことを考えているうち、すっかり日は落ち、あたりが暗くなってきた。
「信輔、電気点けてくれないか?」
義明が言う。
「あ、ああ」
そういうと信輔は立ち上がって電気のスイッチを入れる。
*
午後6時21分。
あさま山荘に立て篭もっていた連合赤軍5人のメンバー全員が逮捕され、ここにのちに「あさま山荘事件」と呼ばれる事件は幕を閉じた。
「…終わったか」
放送が終わると、信輔はこたつから立ち上がった。
特に何の感慨もなかった。
ノンポリ学生の信輔にとってはただ犯罪者がその場で逮捕された、というだけであり、この後彼らがどうなろうが関係ないことであったのだ。
「…ヤツは次はいつ、どこに現れるんだろうか…」
すっかり暗くなった外を見て信輔はつぶやいた。
こうして一つの事件は終わった。
しかし、それは防人家と阿那冥土の最後の戦いが始まる前触れにすぎなかった。
(「平成編」(完結編)に続く)
※参考文献・「日録20世紀 1972年」講談社/1997年発行
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