表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瑠璃色の街  作者: 夏川 俊
15/16

15、埠頭を渡る潮風

15、埠頭を渡る潮風



 埠頭の夕暮れ・・・

 真っ赤な夕日が、幾つものクレーンの黒い陰の間を縫うようにして、ゆっくりと落ちて行く。 数羽のカモメが、鳴きながら、深い瑠璃色となった空を舞っていた。 おだやかな潮風・・・

 無機質な、赤錆びたコンテナが、過行く時を見つめている。 パナマ船籍の貨物船が係留され、数字が描かれた、大きな鉄扉のある倉庫群・・・ それらが、ひっそりと肩を寄せ合うようにして建っている。


「 綺麗な夕日・・! 」

 桟橋に止めた車から降りながら、あゆみは言った。

「 車で直接、桟橋まで入れるのは、この石炭埠頭だけなんだ 」

 幸二も、あゆみに続いて、車から降りながら言った。

 潮風に体をゆだね、深呼吸する、あゆみ。幸二を振り返り、尋ねた。

「 ね、どうして夕日って、大きく見えるのかしら? 」

 夕日を見ながら、幸二は答えた。

「 昼間見た太陽と、夕方の夕日は、勿論、同じ大きさだよ。 ただ、何も無い天頂にある時と、周りの景色がある夕日の時とでは、大きさを比べられるだけ、夕日の方が大きく感じられるんだ 」

「 ふう~ん・・・ 」

「 ・・現実的な説明で、ごめん。 何か、全然、ムード無いよね? 」

 あゆみは、微笑みながら答えた。

「 ううん・・ 真面目な、幸二さんらしいわ 」

 あゆみの肩を抱き寄せる、幸二。 あゆみもまた、幸二の腕を掴み、寄り添った。 夕日は、更に赤みを増し、2人を照らす。

 あゆみが言った。

「 ・・・幸せ・・・ 」

 幸二の顔を見上げる、あゆみ。 幸二も、あゆみを見つめ、答えた。

「 僕もさ・・! こうしていられる時間の為にだったら・・ 僕は、どんな辛い事だって我慢出来る 」

 じっと幸二を見つめる、あゆみの目。 あゆみの事だ・・ こんな歯の浮くセリフを言うと、いつも恥ずかしがって、顔を真っ赤にしてしまう。 きっと、今も、そのはずだろう。 だが、赤い夕日の為に、今は、それを確認する事は出来なかった。

「 ・・・嬉しい・・・ 」

 一言そう言うと、あゆみは、幸二の胸に顔を埋めた。 優しく、あゆみの肩を抱く、幸二。

 カモメが1羽、鳴きながら頭上を横切って行く。 工場の屋根に、半分ほど沈んだ夕日・・・

 あゆみは、言った。

「 キスして、幸二さん・・・ 」

 潮風になびく、少し伸びた髪をやさしく押さえながら、幸二は、つぼみのような、あゆみの唇にキスをした。


 幸二は、幸せだった。

 手にする事が出来ないと思っていた宝石・・・ あゆみという、掛け替えの無い宝石が、いま、自分の腕の中にいる。

 夢では無いのだ。 探し続け、憧れ続けていたぬくもりが今、自分の中にある。 いつでも、その笑顔に触れ、その声に答える事が出来る。 少し手を伸ばせば、やわらかなその腕は、いつでも自分を慕って来る・・・

 幸二は、幸せだった。


 あゆみが言った。

「 学生時代の、講師の先生が言ってたわ。『 恋は、憧れと情熱。 愛は、信頼と絆 』だって・・ 」

 潮風になびく、あゆみの前髪。 幸二は、その髪を指先で梳きながら言った。

「 随分と、ロマンチストな人なんだね、その講師の人 」

 あゆみは、笑いながら答えた。

「 大学では、フランス文学を専攻していたんですって。 いつも、詩集を持っていてね。 詩を、幾つも聞かせてくれたの。 女性講師の人だったけど、ロスから来た外人講師の人と結婚して、アメリカへ行っちゃった。 今は、シアトルに住んでるわ 」

「 ふう~ん・・ 」

 あゆみは、続けて言った。

「 今、先生が言ってたコト、凄く理解出来る・・ 」

 足元の岸壁に、小さく打ち寄せる波の音。 その波が続く、港の外の海。

 あゆみが続けた。

「 この海の続く、遥か向こうに、先生はいるのね・・ 」

 外洋に目をやる、あゆみ。

 夕日は、すっかり落ち、辺りには夕闇が迫って来ていた。 港入り口の海面が、薄明るい色に輝いている。 その向こうの外洋・・・ 暮れ残った空の色に反射し、空と水平線が同化している。 遠くに、貨物船の陰と、マストの先の明かり・・・

 あゆみは、それらの景色を見つめながら、呟くように言った。

「 先生・・・ 私は、信頼と絆を見つけました。 これが、幸二さんです。 見えますか・・・? 」

 幸二は、あゆみを抱き締めた。 あゆみもまた、幸二の胸に顔を埋める。

 幸二は言った。

「 その信頼に・・ 僕は、どのくらい応えているのか分からない。 だけど、世界中で一番、誰よりも君を愛している・・! たとえ君が、不自由な体になっても・・ 僕は、君を愛し続ける・・! 世界中を敵にまわしても・・ 君が、僕を見つめ続けてくれる限り、絶対に、僕の方から君を離したりはしない・・! 」

 あゆみは、無言で、幸二の背中に手を回し、その大きな背中を抱き締めた。 あゆみの肩が、小さく震えている。 その震えを止めるかのように、幸二は、やさしく、強く、あゆみを抱き締めた。

 あゆみが、小さく言った。

「 ・・幸二さん、日なたの匂いがする・・! 私の、幸二さん・・! 」

 いつも、屋外で仕事をしているからなのかもしれない。 だが、幸二は嬉しかった。 日陰者から、日なた者へ・・・

 まともな人間に・・ あゆみを愛するに、相応しい人間になれたような気が、幸二には思えた。 あゆみもまた、干した布団のような、ほっとする幸二の匂いを、気に入っているようである。

 あゆみの何気ない言葉に、救われたような気持ちを覚える、幸二であった。


 係留されている貨物船に、明かりが灯される。 海から渡って来る潮風が、心地良い。 抱き合ったままの2人に、夕暮れは止まったようにやさしい時を投げ掛ける。

 幸二は、あゆみの髪に埋めていた顔を上げ、少し間を置くと、あゆみに言った。

「 ・・君に、渡したいものがある。 受け取ってくれるかい・・? 」

 幸二の胸の中から、ゆっくりと顔を起こす、あゆみ。 しばらく幸二を見つめた後、小さく笑いながら言った。

「 私に・・ 幸二さんの受け入れを、拒む理由があります? 」

 幸二は、ズボンのポケットから、小さな箱を取り出した。

 フタを開け、幸二は言った。

「 ・・結婚しよう・・! 」

 幸二を見ていた、あゆみの表情が、ぱあっと明るくなる。

「 安物だけど・・・ 」

 エンゲージリングを、手に取って見せる幸二。 小さな、あゆみの手を取ると、そのやわらかな指先にリングをはめた。 あゆみは、じっと、幸二の目を見つめたままだ。

 はめ終わり、幸二は、あゆみの顔を見て言った。

「 ・・サイズ、ピッタリだよ? 」

 幸二を見つめたまま、ポロポロと大粒の涙をこぼす、あゆみ。 初めて、自分の手を顔の前に立て、はめられたリングを見つめる。

「 ・・・・・ 」

 少し、手を回しながら、リングを何度も見直す、あゆみ。

「 ・・私・・ 幸二さんの、お嫁さんになれるの・・? ホント? ホントなのね・・! 」

 あゆみは、更に、涙をこぼした。 幸二は、指先で、その雫を拭きながら言った。

「 新婚旅行は、あのボロ車で国内だよ? ごめんね 」

 何も言わず、再び、幸二の胸に顔を埋める、あゆみ。 幸二もまた、あゆみを抱き締めた。

 あゆみが言った。

「 ・・この指輪・・ 幸二さんに、はめてもらった指輪・・ 私、一生・・自分じゃ、外さないから・・! 結婚指輪にする時も・・ 幸二さんがしてくれなきゃ、ヤだからね・・! 」

 幸二は、指輪を確認するあゆみの指の動きを、背中に感じていた。

 あゆみの頭をやさしく撫でながら、幸二は言った。

「 いつも、一緒さ・・! 」

 すっかり暮れた、埠頭の桟橋・・・ 幸二とあゆみは、いつまでも抱き合っていた。

 穏やかに、そして優しく渡る、埠頭の潮風。

 外国航路の貨物船が、汽笛を鳴らした。 港に響き渡る汽笛は、2人を包む帷と相まって、どこまでも遠く響いていった。 2人の、ささやかな幸せを、祝福するように・・・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ