表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

二章 (5/5)

 「La-Lune」駅前のファッションモールの裏路地、そこに小さな看板を構えて佇む洒落た喫茶店だ。


 「でね、そこでやっとさやかちゃんも気づいたんだあー」


 「へえー、そりゃ災難だったな」


 「でしょっ」


 スプーンで器用にカプチーノの泡を口に運ぶ。…。流れる沈黙に、単調なクラシックが間を繋げる。ゆっくりと店内を見渡した。人はそこまで多くないが、共通点はある。どの客も男女一ペアで来店しているのだ。


 来店条件はただ一つ、「カップルで来る」ということだ。静かな店内に、初老の店員がカウンター席で新聞をめくる音が時折響く。


 「あ…。そういえば、キョンちゃんさ」


 アリスは思い出したように顔を上げる。


 「恋してるでしょ」


 「えっ」


 アリスの不意討ちに、つい動揺した声を上げてしまった。


 「やっぱりしてるんだあー」


 「してないよ」


 「嘘だ。キョンちゃんが嘘ついたら、私、すぐ分かるもん」


 アリスは真剣な眼差しで、じっと俺を見つめる。ブラケットライトから滲み出る淡いライトブラウンの光を、アリスの透き通った瞳が反射し、俺は思わず目を逸らす。


 「ほらねー」


 そう言って、アリスは勝ち誇った笑みを浮かべる。俺は苦笑しながら再度、「してないよ」と呟いた。


 「当ててあげよっか」


 アリスは両手に持ったカプチーノのカップをテーブルに置いて、手を交差する。


 「その子は、あなたと同じ学校の生徒です」


 俺は苦笑してうつむく。


 「その子は、次の十人の中にいます」


 アリスは目線を左上へと向け、小首を傾げる。次々と挙げられていく名前のほとんどは、面識がなかった。


 「それと…」九人目まで言い終えて、右上に視線をずらす。不意に俺に向き直り、真剣な表情に戻る。十人目は…


 「…宮木優子」


 俺の瞳を真剣な顔で見つめながら、アリスはそっと呟いた。俺は長いまつげに囲まれた、アリスの綺麗な瞳を真っ直ぐ見返す。引き込まれるような、深い漆黒の瞳が見つめている。


 ほんの一瞬だった。やがてアリスの真剣な表情は微笑へと変わり、そしてゆっくりと息を吐いた。


 「やっぱりね」


 「違うよ」


 「そうだよ」


 「違うって」


 「ううん、キョンちゃんの嘘はいっつも簡単」


 アリスはうつむいて首をふり、そして顔をあげて微笑む。俺も微笑み返した。クラシックの一曲が終わり、新聞をめくる音だけが、静寂の店内に響く。


 玄関口に自転車を止め、インターホンの横にあるレンズを覗き込む。数秒の後にカチャリと音を立ててドアの鍵が開いた。


 革靴を脱ぎながら「ただいまー」とリビングに発する。母親の「おかえりー」という声が帰ってきた。


 「今日も遅帰りかね、少年」


 ソファーに寝転がったままの姉がニヤリと笑った。「買い物行ってただけ」と返して、苺タルトの入った紙袋を投げ渡す。姉は「サンキュー」と言いながらキャッチした。


 「今日の晩飯、何ー?」


 キッチンにいるはずの母親に尋ねると、唐揚げという答えが返ってきた。時刻は夕方の6時半を回ったところだ。


 「唐揚げかー、ラッキー」


 とはしゃぐ姉を横目に、俺は自室に向かった。


 「にしても高いの買ったなー」


 京介の姉、百合は紙袋の中に入っていたベストの背についたバーコードシールを剥がして顔に近づける…「19800円」。百合は「タルトタルト…」と呟きながら、シールを小さく丸めてゴミ箱に捨てた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ