二章 (4/5)
「アハハ。何それ、似合ってるよー」
アリスは、青いリボンの付いた黒色の可愛らしいミニハットを頭にのせた俺に、手鏡を見せる。そこには可愛らしいミニハットと共に、見るからにアホらしい笑顔が映り込んでいた。
俺は「ハッと」して表情をいつものポーカーフェイスに戻した。いや…なんでもないです、ハイ。
「あー、別にカッコつけなくてもいいのにー」
お揃いの赤いリボンの付いた黒いミニハットを頭に乗せながら、アリスは目を細めて笑う。ほのかに塗られたピンクのチーク上にえくぼが見える。
俺と家族の前だけだ、アリスが口に手をあてずに自然な笑いをするのは。小学生の頃から相変わらずだ。
そっちの笑い方のほうが可愛いぞ、と言おうとして口を紡ぐ。それからうつむき、やれやれと首を振る。それじゃ、まるで恋人のようだな。
これどうかなー?、と姿見の前で黒のテンガロンハットを目深に被りながらこちらに振り返る。
「うん、似合うよ」と笑顔で相槌を打つと、アリスは嬉しそうに「そうかなー」と呟いて、姿見に映る自分を凝視する。
belle-fille 金文字でアルファベットが綴られたローズウッドの看板。
学校から徒歩で10分程、駅前に立ち並ぶ高層ビル郡の一角にはファッション系の店舗が軒を連ねている。店内を見渡してみれば、俺たちと同じく制服を着たままの学生たちも少なくない。わりと学生たちの間では人気の店なのかもしれない。
「あ、これも可愛いー」
いつの間にか姿を消していたアリスが、両手に黒と赤系を基調としたタータンチェックのベストを抱いて戻ってきた。どうー?、とベストを制服の前に重ねる。小首を傾げて下唇を噛む。
俺は腕組みして「うーん」と少し考え込んだふりをしてから、「可愛いと思う」と口にした。
「でしょでしょー」とベストを広げ、姿見を見ながらはしゃぐ。忙しく姿見の前で角度を変えるアリスに続いて、ふわりと艶のあるセミロングの髪が、風のない店内でなびく。その度に、ほのかなライラックの香りが俺の鼻をくすぐった。
しばらく悩んでいたが、結局アリスは白黒チェックのスタッズにフェザーが付いたおしゃれなライトブラウンのテンガロンハットを購入した。
「うーん、似合うかなあー」
外に出て、店のショーウィンドウを見ながら早速被ったハットの位置を直している。俺も横に立って、記念に買った特価3900円のストライプベストを羽織ってみる。うん、まあまあだな。
「大丈夫。似合ってるって」
俺はアリスの小さい頭に乗った前傾気味のハットの後ろつばを下に引いた。
「よし、これでオッケー。いこうぜ」
そう言って先に歩きだした俺の後ろでアリスがクスッ、と笑った気がした。
「キョンちゃんのベストもカッコイイよー」
後を追って軽い足取りで俺の前に出ると「喉乾いたねー」と微笑みながら小首を傾げた。うん、と小さく頷いた俺に更に笑いかける。
「行ってみたいとこがあるんだあー」
嬉しそうに俺に背中を見せて歩きだすアリス。その後ろ姿を立ち止まって眺める俺。そしてアリスに聞こえないように小さくフッと笑った。
ハットの後ろつばには、俺がさっき貼った「特価3800円」と書かれたバーコードシールが貼り付いたままだ。
しばらくし歩き続けてから立ち止まり、それからゆっくり振り返るアリスは純粋な笑みを浮かる。生暖かい風の吹き抜ける青空の下、俺の景色に映るのはあの頃の思い出だけだった。